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1節 自然を探究する姿勢と方法

 

 ガリレイの時代背景と実験の意義

先人たちに学ぶ

 

 ガリレイの時代背景と実験の意義

ガリレイ(Garileo Galilei1564-1642)は,1589年,25歳の若さでピサ大学の教授に任ぜられ,28歳からはパドヴァ大学に転じ,1610年に故郷フィレンツェに戻るまでの18年間をベネチアで過ごした。彼が落体の運動や天体観測など実験的研究を行ったのは,主にこの時期である。当時のイタリアではルネッサンスも終わり,衰退の時代に入っていたが,パドヴァ大学の属するベネチアでは事情が異なっていた。スペインやフランスなどからの支配も受けず,独立を保ち,経済活動も活発であった。そして大学にも自由の雰囲気がみなぎり,ヨーロッパ各地から学生が集まっていた。

その時代,落体の運動については,アリストテレス以来の通説,つまり,同じ高さから同時に物体を落とすと,重い物体は軽い物体より早く地面に達するということを誰しも信じていた。実際,紙と石を落とすような場合,これは経験とも一致する。

しかしガリレイは,それなら重い物体と軽い物体を連結して落としたらどうなるかということに疑問をもった。連結した物体は個々の物体より重いから,重い部分が単独で落ちるよりもっと早く地面につくはずである。一方,連結物体の一部は速く落下しようとし,一部は遅く落下しようとするわけだから,連結物体としては重い部分と軽い部分の中間の速さで落下しないとおかしい。そこで彼は,約100mの高さから同じ大きさの鉛と樫の球を落としてみたが,着地点で鉛の球がわずか1mぐらい先行しただけであった。また,鉛の球と石の球ではほとんど差がなかった。こういう結果をもとに,落下の速さは物体の重さとは関係がなく,鉛と樫のようなわずかな違いは空気の抵抗が原因という結論に達し,そう考えることによって,前述の矛盾も解消することを示した。「ガリレイがピサの斜塔に登り落体の実験をした」という逸話は,弟子のヴィヴィアーニが著した『ガリレオ伝記』に基づいているが,疑問視する人も多い。

ガリレイは,斜面の実験から,“慣性の法則”を得たといわれている。しかしそれは,今日の私たちのような「力がはたらかなければ永久に直線運動を続ける」という理解とはやや異なっていた。彼にとって直線は,無限の長さを必要とするという理由で受け入れにくかった。その代わり,運動半径が地球のそれに等しい円運動であるとした。ここには,まだアリストテレス以来の伝統的な考えに縛られたガリレイを見ることができる。ともあれ,この慣性の法則によって,当時地動説への有力な反論とされていた,高い所から落とした物体が鉛直真下に落ちる事実が説明され,反論の根拠を失わせた。すなわち,コペルニクスのいうように地球が自転しているならば,物体は真下でなく西の方に落下するはずであるとされていたが,ガリレイは慣性を考えることによって,地球が自転していてもいなくても,地上にいる人間には物体が真下に落ちるように見えるため,落下物の位置だけでは地球の動きが検出できないことを明らかにしたのである。

ガリレイの最大の功績は,彼の最大の苦しみ−宗教裁判−に伴っていた。フィレンツェに戻って,権勢を誇っていたメディチ家の援助を受けることになり,しばらくは恵まれた研究活動を続けていたものの,地動説を擁護する彼の論文などがしだいにカトリック教会関係者には危険思想として映るようになる。161516年にガリレイはローマへ召還され,地動説を捨てることを誓わされる。これが第一次宗教裁判である。しかし,もちろん彼の信念は変わらなかった。教会の要求に抵触せず,しかもいかに真理を伝えるかということで,ガリレイの長い苦悩が始まる。その結晶が1632年に出版された「天文対話」である。これは,三人の対話という形式がとられ,一人が常にアリストテレス流の立場で,ガリレイ流の考え方を批判する役回りを演じる形になっていた。また,出版に先立って法王庁に検閲してもらっていた。そのような慎重な配慮にもかかわらず,再び異端審問所に呼び出され,有罪となり「天文対話」も禁書となった。やがて70歳になろうとする年齢が考慮され,入獄の期間は短かったが,死ぬまで軟禁させられることとなった。

しかし,彼の真理への情熱は衰えず,両目を失明した1638年には法王庁の権力の及ばないオランダで「新科学対話」を出版した。これらの書物を通して,ガリレイは因習を離れて自然をいかに正しく見るべきかを説き,近代自然科学の扉を開いたことになる。それは,彼の亡くなる年に生まれてくるニュートンの先導でもあった。

「彼の著書である「新科学対話」は,新しい科学者サルヴェヤチ,ベネチア市民サグレド,アリストテレス学者シンプリチオの3人が対話する形で記述されている。以下に3人の対話の要約を示す。」

サルヴェヤチ;

「いや,実験しなくても,二つの物体が同じ材料でできていて,つまりアリストテレスが例としてあげているようなものでありさえすれば,重い物体が軽い物体より速く動きはしないことを,議論によって簡単に決定的に証明できますよ。ところで,シンプリチオさん。落下する物体はどれでも自然によって定められた速さを持ち,強制力や抵抗がなければその速さを増すことも減じることもないということをお認めになりますか。」
シンプリチオ;

「同一の物体が単一の媒質の中を運動しているときは,その物体は自然によって定められた一定の速さを持っています。力が加えられなければ速さを増すことができず,また,抵抗がなければそれを減じることもできないということには疑いの余地はありません。」
サルヴェヤチ;

「では,自然の速さが異なる二つの物体を取って,その二つを結びあわせたとしましょう。速いほうの物体は遅いほうの物体に引かれていくぶん遅くなり,遅いほうの物体は,速いほうに引かれていくらか速くなるはずですね。この点,私の意見に同意されますか。」
シンプリチオ;

「まったく,おっしゃるとおりと思います。」
サルヴェヤチ;

「しかし,もしもそれが正しいとすると,大きい石が,たとえば8の速さで動き,小さい石が4の速さで動いたとして,その二つを結びつけたものは,8より小さい速さで動くことになります。ところが,二つの石を結びあわせたものは,前に8の速さで動いていた石より重くなります。そうすると,重い物体が軽い物体より小さい速さで動くことになり,あなたの推測に反することになりますよ。これで,重いものが軽いものより速く動くというあなたの仮定から,重い物体のほうが軽い物体より遅く動くという結論に導けることがおわかりになったでしょう。」
シンプリチオ;

 「わたくしにはわけがわからん。………これはまったく理解できません。」

参考文献:G.ガリレイ「天文対話 上下」,「新科学対話」(岩波文庫)

青木清三「ガリレオ・ガリレイ」(岩波新書)

朝永振一郎「物理学とは何だろうか 上」(岩波新書)

 

先人たちに学ぶ

「図書館の6時間は実験室の6カ月を節約する」という人もいる(E.B.Wilson著「科学研究の進め方」(技報堂出版,1980))。何か新しい研究を試みようとするとき,全く文献調査を行わないでスタートする科学者はまずいない。しかし,あるテーマについて過去の成果の全てを知りたいと願っても,実際には到底不可能な場合が多い。過去の文献だけでもその数はほとんど限りなく年ごとに急ピッチで増え続けているからである。

文献調査で完全を期すことは難しいにしても,実行可能な範囲で次の2点のいずれか,あるいは両方を目標にしておくべきであろう。

@ 純粋に学術的な研究テーマの場合,それから得られるべき知見がすでに得られたものであるかどうか:現在はインターネットを用いた情報検索の技術が進歩しているので,この目的についてはずいぶんと楽になったが,かえって情報が氾濫し適切な情報を選択する能力が求められるようになってきている。ところで,ネットワークの無かった昔はずいぶん大変だった。メンデルの遺伝の法則を知らない人は今は少ないはずであるが,発表された当時(1865)はほとんど誰も知らなかった。そのため,20世紀に入ってすぐ,遺伝の法則を自分が発見したという人が3人も現れてしまった。後になると,彼らはメンデルの業績に光を与えたという意義は認められたものの,学者として文献調査に怠慢だったという非難で汚名を残すことになってしまった。

A 当該分野についての一般的な背景を知っておく:@の目的を達成することは,場合によって今でもなかなか難しいこともあるが,Aは単なる心がけの問題であって,必ずしも研究開始前に達成する必要もない。また,学術的な研究に限られた注意でもない。1つのテーマについて一般的な理解をもつためには,総説とか解説とか専門書などを読む方法もあるが,入手可能な短い専門論文などから始めて,関心のある方向に順に探りを入れていく方法もある。これを牛などが若葉を食べ歩くのにたとえて,ブラウジング(browsing)ともいう。自然科学における発見の歴史の中には,X線とかペニシリンのように偶然の恩恵にあずかったものも多い。こういう傾向をセレンディピティ(serendipity)という。しかし,全く心の用意がない場合にはセレンディピティの可能性があっても見逃されるだけである。その意味でもAは大切といえる。

過去の文献をよく学ぶということは大切であるが,あまりにそれにとらわれることは禁物である。先人の権威を信じこみすぎれば,進歩や発展は生まれてこない。科学も技術も時とともに進んでいて,ある時代にできなかった現象の検出が次の時代には可能となるようなことも珍しくない。常に批判的な精神を失うことなく,先人に学び続ける……これが科学するものの忘れてはならない心構えといえる。

 

 








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