トップ物理II 改訂版3部 原子・分子の世界>第2章 原子と電子>3節 X

3節 X

 

X線の発見

X線管

X線回折

X線の散乱

コンプトン効果

光子の運動量

光電効果とコンプトン効果の区別

 

 

X線の発見

1890年代には,放電管を使った陰極線と蛍光現象に関する実験がさかんに行われていた。1894年,フィリップ・レナルトは陰極線管のガラスの片方に小さな穴をあけ,そこに薄いアルミニウム箔を貼って陰極線を放電管の外へ2cmほど取り出すことに成功した。この研究成果を知ったヴィルヘルム・コンラート・レントゲンは,自身でも陰極線を外に取り出す実験に取り組んだ。1895118日,より強い陰極線を得るために大型の誘導コイルを使い,また放電からの光を遮るため放電管を黒い紙で覆い,部屋を完全に暗くした。白金シアン化バリウムを塗った紙を間から少し離れた場所に置き,放電を開始するとスクリーンが蛍光を発したが,スクリーンを裏返して白金シアン化バリウムが塗っていない方の面を放電管に向けても,またスクリーンを遠ざけても蛍光は続いていた。このことからレントゲンは,これは陰極線ではなく,何か新しい放射線によるものであると直感した。次に,放電管とスクリーンの間に本やアルミニウム板を置いても放射線は通り抜けてしまった。しかし,鉛板は通り抜けなかった。さらに,自分の手をかざすと,手の骨が見えた。

発見から7週間研究を続けたレントゲンは,18951228日「放射線の一新種について」と題する論文をまとめた。その論文の中で,

・新しい放射線はいろいろな物体を通り抜けるが,その程度は物体の種類によって異なること。

・写真乾板を感光させる作用があること。

・反射や屈折は認められなかったこと。

・磁場によって曲げられなかったこと。

・陰極線が間のガラス壁に衝突する付近から出ていること。

などが述べられている。

この発見は世界中に衝撃を与えた。多くの物理学者が同様の実験を行い,X線写真を撮影した。また,医学分野に大きな発展をもたらした。これらの功績により,レントゲンはノーベル賞の第1回物理学賞を受賞している。ただし,レントゲン自身はなぜX線が物体を透過するのか,X線の実体は何かについては解明できなかった。

 

X線管

初期には,熱電子を利用しない真空放電型のものもあったが,現在は熱電子を利用する熱電子X線管(クーリッジ管)が用いられる。熱電子X線管は,加熱したフィラメント(陰極)から放出された熱電子を,陰極と陽極の間の加速電圧(数十〜数百kV)で加速し,適当な電圧をかけた集束用の電極などによって陽極上のターゲットに集中して衝突させ,そのターゲットからX線を放出させる。ターゲットは電子の衝突によって高温になるため,融点の高い金属であるW(下の表を参照)を熱伝導のよい銅に埋め込んだものがふつう用いられる(ただし,特性X線を得るためのX線管では, MoFeCuなども利用される)。陽極の冷却のため,陽極が回転するようになったX線管も用いられている。フィラメントを流れる電流の加減により,発生X線の強さを,また,加速電圧の加減により発生X線の波長(硬さ)を,それぞれ独立に変えることができる。

金属

Pb

Al

Cu

Fe

Mo

W

融点〔℃〕

327.5

660.4

1084.5

1536

2623

3407

(「理科年表 平成20年」(丸善)より)

 

X線管の用途は,医療用・工業用・分析用に分けられる。医療用X線管は,ふつう診断に用い,加速電圧は50100kVである。工業用X線管は,加速電圧150400kVのものが非破壊検査に用いられ,加速電圧50200kVのものが厚み計測に用いられる。分析用X線管は,物質の結晶構造や成分などを分析するのに用いられるもので,特性X線を発生させる。

 

X線回折

(a) X線回折という用語 回折というのは,本来,波が障害物の影に回り込む現象である。結晶によるX線回折は,散乱による干渉であり,回折という用語を用いるのが妥当かどうか疑問も残る。ただ,スリットや回折格子による光波の回折強度は,隙間の各点における「要素波」の干渉を考えることによって求まるわけで,その意味では類似の現象といえる。

(b) ブラッグの条件 1912年に,ブラッグが導いたもので,ラウエが実験に先立って示した理論の回折条件と同等である。強い回折波は,結晶格子面による反射の形で現れるので,ブラッグ条件を満たすX線回折は,プラッグ反射ともいう。格子面は,結晶中の原子や原子団による周期構造の互いに同等な代表点を連ねた面であり,必ずしも隣合う原子をすべて連ねた面というわけではない。

教科書では,ブラッグ条件を導くにあたり,まず1枚の格子面を考えて散乱波を考え,次いで多数の格子面からの散乱波の重ね合わせを求めている。1枚の格子面による強め合う散乱は,原理的には反射以外の方向にも起こるが,強度は小さく,相対的には無視できる。また,1枚の格子面だけからの散乱は微弱であり,多数の格子面についての重ね合わせを論じないと,観測される回折X線は説明できない。

なお,ブラッグの条件は,回折する方向だけでなく,入射X線の格子面となす角(視射角という)を規定するもので,ある波長のX線は,特定の視射角でないとブラッグ反射が起こらないことに注意したい。

(c) ラウエの実験 結晶の中には,図1のように様々な方向の格子面が存在する。したがって,いろいろな波長を含む連続X線を当てると,各々の格子面は,その面のブラッグ条件を満たす特定波長のX線を選択して反射させる。ラウエ斑点は,このような複数の格子面による反射X線によって生じる。

(d) デバイの実験 粉末結晶の乱雑な集合体に,ある波長の単色X線を図2のように当てると,散乱されずにそのまま透過したX線の当たった点Oを中心として,図3のような同心円の回折像が得られる。この回折像は,1916年にデバイ(P.J.W.Debye1884-1966)とシェラーが発見し(1913年に西川正治と小野澄之助が発見しているが,欧米では評価されていない),デバイ-シェラー環とよばれる。

 

単色X線を,ラウエの実験のように,固定した結晶に当てても,結晶中の格子面がブラッグの条件を満足しない限り,回折X線はない。しかし,微小な結晶がいろいろな方向を向いて多数存在する粉末結晶集合体では,入射X線ビームは様々な方向の多くの微結晶に当たるのだから,当たった微結晶のうちのいくつかはブラッグの条件を満たすことになる。そして,このような「偶然にブラッグ条件を満たす」微結晶は,集合体中に一定の確率で均等に分布するはずである。よって,回折X線は,入射方向と2θの角をなす様々な方向に現れ,入射X線のビームを軸として,その軸に対して2θの角をなす円錐面に沿って,図4のように進む。これがデバイ-シェラー環になる。なお,ふつうの金属は,乱雑な方向を向いた微結晶からなる多結晶なので,粉末にしなくてもデバイ-シェラー環が得られる。

 

X線の散乱

X線を物質に当てると,一部は透過し,一部は吸収され,残りはあらゆる方向に散乱される。この散乱のほとんどは電子によるもので,次のように分けられる。

(1) トムソン散乱 電磁波が自由電子に当たると,その振動する電磁場によって物質内の自由電子は揺り動かされる。このとき,振動する電子の速さが光速に比べて十分無視できる程度であれば,振動させられた電子から同じ振動数(同じ波長)の電磁波が放射される。このような,自由電子による電磁波の散乱をトムソン散乱という。物質を構成する原子の電子(とくに外側の電子)は,X線に対しては自由電子のように振る舞うので,X線が物質に入射するとトムソン散乱が起こる。原子が規則的に並んでいる場合にX線回折を生じるのは,トムソン散乱されたX線である。

(2) コンプトン散乱 自由電子によるX線の散乱で,コンプトン効果によるもの。

散乱X線の波長は入射X線の波長よりも長くなる。その波長のずれは,

 

となる。ここで,h/mcは電子のコンプトン波長とよばれる。コンプトン散乱の断面積は,入射X線のエネルギーが0.5〜数MeVのあたりで大きくなる。

(3) ラマン散乱 X線の散乱のうち,散乱する電子について自由電子近似が使えない場合の散乱で,物質内の分子振動を励起したり,電子状態を変化させる。コンプトン散乱を起こすX線よりも,振動数が小さい(波長が長い)X線で起こる。

 

コンプトン効果

コンプトン効果において,X線にはね飛ばされた電子(反跳電子)は,ウィルソン(C.T.R.Wilson1869-1959)とボーテ(W.W.G.Bothe1891-1957)が霧箱で観測し,理論とよく一致することが確かめられた。

なお,コンプトン効果の波長のずれの理論式は,非相対論的には近似計算になるが,相対論に基づけば全く同じ結果を近似を用いずに導くことができる。以下に,非相対論的な近似計算と,相対論的な計算を示す。

(1) 非相対論的な計算(その1) 運動量保存の法則より

x方向: ………@

 

y方向: ………A

 

また,エネルギー保存の法則より,

 ………B

 

sin2φcos2φ1の関係を利用して,@,Aよりφを消去すると,

……()

 

Bと()より,vを消去し,

 

ここで,よりという近似をすれば,

 

 

(2) 非相対論的な計算(その2) という「結果を見通した近似」ではなく,vcという条件で近似計算を行ってみよう。

まず,(その1)と同様に,()まで導く。次に,Bより,

………()

 

Bを移項して,2乗すると,

………()

 

()()を計算し,

………()

 

()(),より,

 

(3) 相対論的な計算 電子の静止質量をmとし,反跳電子のエネルギーをE,運動量をpとすると,まず運動量保存の法則より

x方向:………@′

 

y方向:………A′

 

また,相対論的なエネルギー保存の法則より,

………B′

 

sin2φcos2φ1の関係を利用して,@′,A′よりφを消去すると,

………()

 

B′を移項して2乗し,

………()

 

()′,()′より,

………()

 

ここで,相対論より,

 

この2式より,

………()

 

()′を()′に代入して,整理すれば,

………()

 

 B′と()′よりEを消去して,

 

 

光子の運動量

光子の運動量がp/cで与えられることを,高校生にも理解できるように説明するには,次のようにすればよい。

振動数νの光子のエネルギーは,相対論の質量とエネルギーの等価性から,

m*c2

と書ける。ただし,m*は光子のエネルギーを質量に換算したものである。これより,

m*

 

よって,

pm*c

 

ただし,光子には静止質量がないわけで,この説明は相対論的にはあまり適当でない。この説明を生徒に紹介する場合は,あくまで高校段階で可能な説明として提示すべきであろう。

 

 

光電効果とコンプトン効果の区別

コンプトン効果は,入射X線のエネルギーが仕事関数あるいは束縛エネルギーに比べて十分大きいときに起きる。数十keV以上のエネルギーをもつX線光子が電子と衝突した場合,仕事関数も,電子が光子との衝突前にもっていた運動エネルギーも相対的に無視でき,この衝突は外力を受けない静止した電子への衝突と見なせる。実際に物質内で電子が静止しているわけではないのに,コンプトン効果の計算で静止した自由電子という単純化が行われるのは,このためである。

なお,コンプトン効果の計算で,光電効果のように光子が消滅してしまうと仮定すると,エネルギー保存の法則は,

 

となり,運動量保存則は,

 

となる。この2つの式を満足するのは,v0ν0のときと,vcν=∞のときであり,どちらも現実には存在しない。つまり,コンプトン効果では,光電効果のような光子の消滅は起こらない。

一方,仕事関数が光子のエネルギーに比して無視できない場合は,電子は自分の属する原子あるいは固体中の近くの原子に束縛されていると考えなければならない。この場合,入射光子のエネルギーと運動量は,電気双極子的な相互作用で衝突した電子と残りの原子に分かち与えられ,光子が吸収されて消滅しても,全体としてはエネルギーも運動量も保存される。ただ,原子は電子よりはるかに大きな質量をもつため,運動量をもらってもその速度変化は小さく,運動エネルギーの増加は無視でき,エネルギーについては,全てが電子に与えられると考えてよい(実際,光電効果の理論では,そのように考えた)

つまり,入射光子のエネルギーが小さいときは,光電効果が起こりやすく,エネルギーが大きくなるとコンプトン効果のほうが相対的に起こりやすくなる(ちなみに,さらに光子のエネルギーが大きくなると,電子対生成が優勢になる)。また,同じエネルギーの入射光子なら,コンプトン効果は,束縛が小さい外側軌道の電子や,原子番号の小さな原子で起こりやすく,光電効果は,結合が強い内側軌道の電子や,原子番号の大きな原子で起こりやすい。

さて,原子に束縛され,相互作用により電気双極子になる電子が,光子を吸収し,光電効果を起こすわけだが,このことは,光電効果ばかりではなく,原子による吸収スペクトルなど,全ての光子の消滅機構でいえる。逆に,光子を放出する場合も同様で,自由な孤立した電子は光子を出せない。たとえば,真空中を等速度で運動する電子は光を出さないが,物質中に飛び込んで原子核の近くにやってきて,電気双極子的な相互作用をしてはじめて光子を放出できる。これがX線の制動放射(連続X)である。

 

 

 

 

 








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