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2節 日本列島の歴史

 

 プレートテクトニクスの考えが生まれるまでは,日本は全体として古生代の初め

頃からほぼ現位置あるいはそのすぐ近くのアジア大陸東縁に位置していて,日本列

島をつくる地層はそのそばに生じた地向斜の中に堆積し,その場所で造山運動を受

けたと考えられてきた。しかし,プレートテクトニクスが発展してからは,大陸や

島弧は相互に近づいて衝突したり,あるいは分裂して離れていくものであると考え

られるようになった。実際,岩石磁気や化石などを用いた最近の調査結果によると,

そのようなことが日本列島に現実に起こったらしいことが確実になってきた。この

ような日本列島のおいたちを新しい観点からみなおす仕事はまだ始まったばかりで

あり,特に中生代以前については不明瞭の部分が多い。

 

古生代〜中生代中期(オルドビス紀〜ジュラ紀)

[古生代の地層]  東北地方の北上山地南部は,日本で最も古い古生代の前半の化

石を含む地層が比較的広く分布しているところである。飛騨山地の飛騨変成岩(片麻

)になっている地層も古生代前半かそれより古いものがありそうであるが,化石を

産出しないので時代はよくわからない。

 この飛騨変成岩の東〜南側に飛騨外縁帯とよばれる地帯があって,北上山地南部

や黒瀬川構造帯と同様,シルル紀・デボン紀の化石を含む。一部にオルドビス紀の

化石もある。

 古生代の石炭紀やそれ以前の地層が比較的広く分布しているのは,北上山地の南

部である。それらの地層は付加体の堆積物ではなく,浅海の堆積物である。シルル

紀・デボン紀の地層からは,オーストラリア東部や中国南部で知られているものと

同じ植物化石やサンゴなどの化石が産出する。このようなことと古地磁気学的研究

とから,南部北上山地の地層は,当時は南半球にあったゴンドワナ大陸の上あるい

は縁に堆積したものと考えられている。つまり,南部北上山地の古生層は,現在よ

りはるかに南方の大陸の浅い海でできたものである(IX)。その後,ゴンドワナ大

陸の分裂が起こり,その断片の大陸とともに北上してきたのであろう。

 

 [日本列島をつくる付加体]  日本列島をつくる地層の大部分は,海のプレート

の沈み込みにともなってできた付加体の堆積物である(VIII)。特に,西南日本では

3つの時代の付加体が明瞭である。すなわち,@中国地方から北九州までの内帯の

大部分(中国帯=山口帯+三郡帯)を構成するペルム紀からトリアス紀にかけての付

加体(ペルム紀付加体という),A中国地方東部から中部地方内帯や外帯の秩父帯を

つくるジュラ紀付加体(東北地方では北上山地北部など),B九州から関東地方まで

の西南日本外帯の四万十帯を構成する白亜紀から古第三紀にかけての付加体(北海

道中部では日高帯の地層など)である。これらの堆積岩と中生代後期の花こう岩とが,

日本列島の主要な土台を構成している。

[ペルム紀付加体の時代]  ペルム紀付加体は,当時海側(いまの日本列島では南

)あった海溝地帯でできたもので,現在中国地方の西部に比較的広く露出して,

中国帯(3)を形成している。主に砂・泥・チャート・玄武岩などからなる。秋吉

台・帝釈台・阿哲台などの石灰岩体(当時の海洋底中のサンゴ礁をのせた海山)もそ

の中にとり込まれている。この中国帯の地層の一部(三郡帯)は,変成作用を受けて

三郡変成帯になっている。

 

ペルム紀付加体(中国帯)ができたときの沈み込み帯の位置ははっきりしていないが,

現在中国大陸の一部になっている中朝地塊あるいは揚子地塊(X,いずれもゴンド

ワナ大陸の断片)の縁であったと想像されている(XI)。いまのような中国大陸も日

本列島もまだない,ばらばらの時代である。

 [ジュラ紀付加体の時代]  ペルム紀付加体の南側に,丹波帯・美濃帯などのジ

ュラ紀付加体が広く分布する。たぶん沈み込み帯も,この時代に南方に移ったので

あろう。外帯の秩父帯もこの時期の付加体である。その一部がプレートの沈み込み

によって地下深所にひきずり込まれて三波川変成帯になった。領家変成帯もジュラ

紀付加帯を源岩としている(いずれも変成作用は白亜紀)。東北日本でも,阿武隈山

地の変成を受けた地層や,北上山地北部−渡島半島の地層がジュラ紀付加体である。

 この頃になると,北上していた大陸塊は互いに衝突し,最後にはシベリア大陸に

くっついて大きなアジア大陸がほぼでき上がった。ジュラ紀付加体をつくった沈み

込み帯(海溝)はその大陸の東縁に長々と続いていた。この海溝の陸側の陸地には,

浅海層や陸成層が堆積していた。山口県の美禰や岡山県成羽の石炭や植物化石を含

むトリアス紀層や,中部地方の手取層・来馬層などは主にそのような陸の地層であ

る。この時代は恐竜の時代であり,その化石がこれらの地層の中にみつかっている。

これらの付加体の地層は,現在ひどく褶曲したり断層で切断され移動して,複雑な

構造をつくっているが,それらは大部分ジュラ紀末から白亜紀にかけて生じた。

 このようにジュラ紀の未には,中国大陸の東縁に沿って,古生代ペルム紀の付加

体と,その南東側の中生代ジュラ紀の付加体がくっついて,日本の土台ができてき

た。

 

◆中生代後期〜新生代中期

[四万十帯]  ジュラ紀付加体がアジア大陸の縁に沿って付着した後,付加体がで

きる場所(沈み込み帯=海溝)はその南東側に移り,それに沿って四万十帯の地層が

つくられていった(白亜紀〜古第三紀,一部中新世初期)。地層は主に大陸側(内帯側)

から運び込まれた土砂を材料にしたものであったが,沈み込む海のプレートにのっ

て南からやってきた玄武岩や,チャートなどもその中にはさみ込まれた。これらの

四万十帯の地層は,その北側のジュラ紀の付加体(秩父帯や三波川帯)とともに,現

在,九州山地から関東山地まで西南日本外帯の山地を構成し,日本列島の土台の一

部になっている。

 北海道中部でも,この時期の付加体が広く分布する(日高帯・常呂帯)。日高山脈

に露出する日高変成岩はその一部がひどく変成したものと考えられている。

[白亜紀〜古第三紀の内帯]  ほぼ同じ頃(白亜紀〜古第三紀),西南日本(東北日本

でも)の内帯は陸地が広がっていて,地下では大量の花こう岩マグマの貫入があった

(XII)。日本列島の花こう岩の大部分はこの時代のものである。一部は大量の流紋

岩類として地表にも噴出した。この大規模な火成活動については,中央海嶺がその

頃このアジア東縁の沈み込み帯に沈み込んだために生じたという議論や,当時沈み

込んでいた海のプレートの移動速度が異常に速かったためとする考えがある。

 この火成活動と前後して,四万十帯北側の秩父帯や内帯にまで海が入り込んだ。

和泉層群(白亜紀)はその例である。その後,三波川変成帯も隆起して古第三紀には

その結晶片岩が地表に露出した。

 北九州・常磐・石狩・釧路地方には,古第三紀に浅い海や陸成層が堆積し,日本

列島での主要炭田ができた。

 

[白亜紀未〜第三紀中頃の沖合いのプレート]  白亜紀末以後の太平洋プレート

の移動方向は,ハワイのホットスポットでつくられた火山の列の方向(p.8417)

に基づいて,4300万年前頃(古第三紀始新世)に,それ以前の北北西方向から現在の

ような西北西方向に急変したことがわかっている。

 四万十帯の沈み込み帯で沈み込んでいた当時の海のプレートは,太平洋プレート

であった(西南日本沖では別のプレートであったという考えもある)。この沈み込み

帯は北海道へのびていたが,北海道やそれ以北では,そこにオホーツクプレートが

沈み込み,それにつれてオホーツク地塊が東から近づいてきて北海道中部に衝突し

結合した。

[四国海盆の誕生]  伊豆・小笠原(マリアナ)弧で一番古い地層は始新世のもので

あり,その頃には島弧になっていたと思われる。その場所は,現在とほぼ同様本州

中部の南方であったとする考えもあるが,最近では九州の南方であったという考え

が普通である。古第三紀の終わり頃になると,この伊豆・小笠原弧が縦に2分され

てその間が広がり,そこに新しい海底ができ,拡大していった。その海底が四国海

(フィリピン海プレートの一部)である。九州の南方の海底にのびる九州パラオ海

嶺は,裂けた昔の伊豆・小笠原弧の西半分である。このような四国海盆の拡大の時

期は,漸新世から中新世中頃(およそ3000万年前から1700万年前)までである。

 

◆新生代後期〜現在

[日本列島の回転と日本海の形成]  この時期(中新世中期)に,日本はアジア大陸

から離れて弧状列島になった。両者の間に日本海ができた。大陸縁の南西部はその

とき九州西部付近を要として時計回りに回転して西南日本になり,東北部は反時計

回りに回転して東北日本になった。このような日本列島の回転は,その頃岩石が獲

得した地磁気の方向を,各地で調べて明らかになったことである。ほぼ1500万年前

頃を境にして,その前後の時代の古地磁気の方向がどこでも異なることからわかっ

たのである。図XIIIは日本海ができはじめる寸前の日本付近の推定図である。図

XIVは西南日本の回転前後の位置を模式的に示したものである。

 

 

このように,東日本と西日本は互いに異なった回転経路を通って現在の位置にき

て結合し,1つの本州島になった。その結合部がどのようであったかはまだ明確で

はないが,その場所は棚倉構造線付近と考えられる。

 このような日本の回転にともなって,日本海が生まれ,拡大していったに違いな

い。このことは,日本海の海底を調べれば確かめられるはずである。これまでの調

査結果によると,日本海は1500万年より少し前(数百万年前)からできはじめていた

らしい。当時の明瞭な拡大軸は確かめられていないが,日本海沿岸(グリーンタフ地

)での中新世前期〜中期の火成活動が,この拡大時の火成活動であると推定されて

いる。

 [東日本島弧系と西日本島弧系]  伊豆・小笠原弧は,日本海が拡大した頃には

すでに本州中部の南にあった。それに沿う伊豆・小笠原海溝(−日本海溝−千島海溝)

では,太平洋プレートが東から沈み込んでいた。太平洋プレートの沈み込みは四国

海盆の沈み込みよりも急速で,しだいに東日本島弧系と西日本島弧系とが明確に区

別できるようになった。東日本島弧系の火山弧の火山列が西日本の帯状構造を横断

して形成され,そこにフォッサマグナができた。

[本州と伊豆・小笠原弧の衝突]  伊豆・小笠原弧は,四国海盆とともにフィリピ

ン海プレートの上にある。フィリピン海プレートが北西に移動していることと,伊

豆・小笠原海溝での太平洋プレートの斜めの沈み込みによる北へのひきずり効果が

あることのために,伊豆・小笠原弧は本州へ向かって北へ移動している。しかし,

伊豆・小笠原弧は主に火山からなり軽いので,南海トラフ(東端部は相模トラフ)

沈み込むことができずに本州側の陸地と衝突する。たとえ沈み込めたとしても,

無理やり沈み込む(浮揚性沈み込みという)ので,衝突と同じように本州側を押し曲

げる。フォッサマグナの両側で西南日本の帯状構造がハの字状に折れ曲がっている

のは,このような伊豆・小笠原弧の衝突あるいは浮揚性沈み込みのためであると考

えられている。その時期は主に中新世の日本海拡大時期(つまり西日本の前進時期)

であろう。その後も伊豆・小笠原弧の北進は続いているので,その後にも屈曲の程

度は進んでいるかも知れない。

 

 

 伊豆半島の北側,丹沢山地の南側には第四紀の後期まで,南海トラフと相模トラ

フを結ぶ深い海があり,そこで,伊豆・小笠原弧が沈み込んでいた。つまり,箱根

火山などをのせた大きな島(伊豆半島)が南から近づいていた。約50万年前頃にはこ

の丹沢・箱根間のトラフとそこに堆積した地層(足柄層群)は,両者の間で押しつぶ

され陸続きとなり,伊豆は本州に結合した(XII)。このような衝突・結合は,これ

よりも前の第三紀にも南部フォッサマグナ地域で何度か起こった(丹沢山地もその1

)という主張(多重衝突説)があるが,反対意見もある(p.98)

 北海道南部でも,千島弧の外弧が太平洋プレートの斜め沈み込みによって西へ移

動して北海道西部を押している。日高山脈の隆起やその西側の著しい褶曲や断層は,

そのためであると考えられている。

XVIは中新世の地層がどの程度,変形しているかを示したものである。変形の

最も著しい地域は,上述のように衝突が起こっている北海道中部と本州中部の南部

である。

 

 

 

[第四紀の顕著な変形と圧縮隆起]  第四紀は新生代の100分の23の長さしか

ないが,現在の高い山脈も新第三紀層の褶曲構造も,多数の活断層やそれに沿う数

千mの土地のずれも,顕著に沈降する平野(XVII)も,みな第四紀になってからで

きたといってよい。第四紀は,新第三紀にくらべてきわめて地殻運動の速い時代で

あった。過去数万〜数十万年間における山地の隆起速度も,褶曲構造の生長速度も,

活断層の活動度も,いずれも年間平均ミリメートル(百万年で数千m)に達している。

これは中新世や鮮新世の地殻運動よりも1桁以上速い。図XVIIIからわかるように

第四紀の初め頃には,中部地方の山地でさえ1000m級であって,2000mに達する山

地は日本のどこにもなかったのである。

 日本の第四紀のもう1つの特徴は,逆断層や褶曲が多く,また隆起が顕著で,日

本列島全体が圧縮されているということである(XVI)。圧縮の力の方向(地殻応力

の最大圧縮軸の方位)はほぼ東西ないしやや北西−南東に近く,太平洋プレートやフ

ィリピン海プレートの移動方向とほぼ平行していて,後者が日本列島を押しつけて

いることを示唆している。なぜ第四紀になって日本列島に作用する圧縮力が大きく

なったのか,いろいろの議論があるが,1つにはその頃フィリピン海プレートが本

州中部で本州に衝突したことも一因になっているに違いない。

 

 

 








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