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第2節 惑星の運動

 

惑星の視運動

惑星の軌道

ニュートンの万有引力の法則とケプラーの第3法則

ケプラー(Johannes Kepler,1571〜1630年)と惑星運動の法則

 

 

惑星の視運動

 表に20072010年の火星の留・衝・合などを示す。

 

表 火星のデータ

(20072010)

[会合周期と公転周期]  惑星が太陽に対して天球を一巡するに要する期間を,会合周期という。内惑星の内(外)合から内(外)合,東方(西方)最大離角から東方(西方)最大離角,外惑星の衝(合)から衝(合)などがこれにあたる。惑星や地球が,すべて同じ軌道面内で円運動をしているわけでないので,惑星の会合周期も変動があり,長い期間の平均の会合周期を求めなければならない。

 ある内惑星の会合周期をS,公転周期をP,地球の公転周期をEとする。会合周期の期間中惑星は

地球は

だけ進んだことになる。この間,この惑星(地球)は地球(惑星)より360°だけ余分に回転しているので次の式が成立する。

この式により,惑星の観測から,公転周期を知ることができる。また,ケプラーの第3法則を用いると,平均軌道半径も得られる。ここでEは1恒星年で,365.2564平均太陽日にあたる。

 会合周期は,地球に近い惑星ほど長くなり,外側の惑星ほど1年に近づく。

 

惑星の軌道

 惑星の公転軌道は楕円であるが,個々の惑星について考えると,軌道半径が異なるだけでなく,その形も違う。

楕円は2定点からの距離の和が一定な点の集合であり,この2定点を楕円の焦点という。ケプラーの第1法則は,その焦点の1つに太陽が位置することを示している。

楕円の中心Oと焦点S(太陽の位置)との距離をaeとおくとき(0e1),eを離心率といい,これが楕円の形を決めるパラメーターとなる。ここでaは軌道の半長軸であり,太陽と惑星の平均距離に等しい。地球についていえば,aの値は約1.5×108kmで,この距離を1天文単位(A.U.)という。離心率eの大きなものほど,楕円の形はより偏平なものになる。惑星の離心率は一般に小さく,離心率の最も大きな水星では0.21ほどになる。なお,太陽が楕円軌道の焦点Sにあるとき,太陽から最も近い軌道上の点Pを近日点,最も遠い点Qを遠日点という。

惑星の軌道

 

ニュートンの万有引力の法則とケプラーの第3法則

 万有引力の法則によると,質量Mの太陽と,質量mの惑星の間には,その距離aの2乗に反比例し,質量の積に比例する引力fがはたらく。

 ここでGは万有引力定数である。また,惑星の軌道を円と考えると,惑星が半径a,公転周期Pの公転運動をするためには,

   

の向心力を必要とする。したがって

となり,変形すると

 となる。これが

で表現されたケプラーの第3法則である。これは片ほうの天体(惑星)の質量が無視できるほど小さいときに成立する。

 片ほうの天体の質量が無視できないほど大きい値であるときは,下図のように,質量mAの天体Aと,質量mBの天体Bの共通重心Oのまわりを,半径がそれぞれa1a2の円運動をする。

 

したがって天体A,Bについて,それぞれ

となる。一方,aa1a2であるので,a1a2を消去すると,

の式が得られる。このように,ケプラーの第3法則

のとき,すなわち太陽と惑星,惑星と衛星のように,一方の質量が無視できる場合に成立する式である。

 

ケプラー(Johannes Kepler15711630年)と惑星運動の法則

 ヨハネス・ケプラーは15711227日に南ドイツのヴァイルという小さな町に生まれ,22才のときグラーツの国立新教ギムナジウムの教師になった。そこで,1596年,最初の労作である「宇宙学的神秘」を出版し,それをチコ・ブラーエ(T.Brahe)とガリレオ・ガリレイ(G.Galilei)に送った。その内容は,各惑星の空間的配置や運動速度の間には,算術的あるいは幾何学的に単純な関係が存在するに相違ないという考えに基づいて,太陽系の構造や惑星の運動を説明しようとするものであった。

 その後,1600年プラーグに移ってチコの計算助手になり,チコのぼう大な観測資料を利用してもよいという許可を得たのである。チコの火星観測は,16年間に及んでいて,当時としては最高の精度をもつものであった。ケプラーは,まず火星の軌道を卵形と考えた。それまでには,天体の軌道が円であるとして誰1人として疑った者はなかったが,ケプラーは初めてそこに問題があるのではないかと思いついたのである。しかし卵形軌道では計算値と観測値との一致が十分でないことがわかったので,楕円形にしてみたところ,満足すべき一致が見いだされたのであった。

 火星の軌道が楕円であれば等速では運動しえないということから火星の軌道上の速さを調べることによって,第2法則も続いて発見した。これらは,1609年に出版した「新天文学」の中で述べられている。

 一方,第3法則は1619年に出版された「世界の調和」の中に発表された。

 その後,彼の母が魔女裁判にかけられるなど多くの苦難があったが,1627年には新惑星表を皇帝ルードルフの名をとってルードルフ表として出版している。

 

 

 

 

 








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