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第2節 物質の分解と合成
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◆代謝とエネルギー代謝 代謝metabolismを広い意味でとらえると“生物中で起こる多くの化学反応の総称である(マクマリー生物有機化学Up.308)が,生物は生命体を維持する為,外部から取り入れた物質を細胞や組織内の化学反応により様々な物質に分解・合成し,不用となった物質を外部に排出しており,一般的には,この過程を代謝(物質代謝・物質交代)としている。高校生物では物質代謝において合成反応を同化,分解反応を異化と呼んでいる。また,生物は代謝の過程で得られるエネルギーをアデノシン三リン酸(ATP)の形に変え,あらゆる生命活動に利用している。この過程をエネルギー代謝energy metabolismという。 2006年の流行語の1つとなったメタボ=メタボリックシンドロームmetabolic syndromeは代謝症候群,内臓脂肪症候群(厚生労働省)と訳され,メタボリックという言葉は一般化してきた。しかし,代謝とは理解されず太り過ぎと誤解されている面がある。 これまでの高校化学では,物質代謝やエネルギー代謝を取り上げてこなかった。強いていえば,グルコースがアルコール発酵でエタノールと二酸化炭素に変わる反応,タンパク質や糖類の加水分解反応程度だった。 ◆物質のもつエネルギーの変化 化学で扱うエネルギーは,化学エネルギーと表現している。温度と圧力一定の下で考える時には,エンタルピーHになる。高校化学での発熱反応,吸熱反応はエンタルピーの変化に相当し,エンタルピーが減少する時を発熱反応,増大する時を吸熱反応としている。このエンタルピーは次の様に表される。 H = G + TS Gは利用可能なエネルギーで自由エネルギー(ギブスの自由エネルギー)という。Tは絶対温度,Sはエントロピー,TSは絶対温度とエントロピーの積で利用できないエネルギーである。生物の細胞での反応は,この自由エネルギーGの変化で反応を検討している。 溶液中での化学反応について考えてみる。 aA + bB この反応におけるGの変化DGは次の様になっている。
ここで,DGoは標準自由エネルギー変化であり,反応の種類によって決まっている値である。例えば,アルコール発酵におけるDGoは-167 kJ/mol(グルコース)である。25℃においてグルコース,エタノール,二酸化炭素の濃度がそれぞれ40 mmol/L,20 mmol/L,0.5 mmol/Lの時のDGは次の様になる。 C6H12O6 ―→ 2C2H5OH + 2CO2
この値は,高校生物の教科書に見られる235 kJ/molに相当している。そして,アルコール発酵のDGが213 kJという事は,このエネルギーを使って最大213 kJ(又は235 kJ)の仕事ができる事を意味している。
一方,エタノール,グルコース,二酸化炭素の生成熱はそれぞれ1273.3 kJ/mol,277.1 kJ/mol,393.51kJ/molなので,高校化学で学ぶ反応熱を計算すると68 kJ/molとなる。 (277.0×2+393.51×2)−1273.3=67.72≒68〔kJ/mol〕 この様に,同じ反応でも高校化学と高校生物,生化学系では意味の違うエネルギーを同じ様に扱っている。これが,大学に入って熱力学を学ぶ時に混乱する原因の1つである。 C6H12O6 ―→ 2C2H5OH + 2CO2
DG =-213 kJ/mol C6H12O6 = 2C2H5OH + 2CO2 +
68 kJ DH =-68 kJ/mol 化学反応が自然に起きる時DGは負になるので,DGの値を求める事から自発的に起きる反応の向きを判断できる。 DG<0:発エルゴン反応。反応は右(正方向)に進む。 DG=0:平衡状態。正味の反応は起こらない。 DG>0:吸エルゴン反応。反応は左(逆方向)に進む。 反応熱が正の時発熱反応というが,化学反応を自由エネルギー変化で考える時には,エルゴンという語句を使う。発エルゴン反応exergonic reactionは発熱反応に相当し,吸エルゴン反応endergonic reactionは吸熱反応に相当する。 ◆アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate)ATP ATPは光合成とミトコンドリアにおける酸化的代謝等で合成されている。ATPは2つのリン酸無水物の結合をもっている。
ADP+H3PO4 ―→ ATP+H2O DG =+31 kJ/mol DGの値が正であり,自然状態ではATPの合成は行われず,ATPが加水分解される方向に反応が進み,31 kJ/molの自由エネルギーが何かに利用できるという事になる。
ATPは,生体内では分解と再合成が繰り返される。例えば,ヒトの大脳のエネルギー消費量は,身体全体の20%にも及び, ATPを1日10kg使うといわれている。大脳中に存在するATPは1gなので,ATP1分子に関して,1日に1万回も分解と再合成が繰り返されている事になる。 ATPの分子量は507だから,大脳中には1/507molある。これが1万回分解と再合成されているとすれば,分解される時に生じるエネルギーは,次の様に計算できる。 31〔kJ/mol〕× 身体全体ではこの5倍,611×5=3055≒3×103〔kJ〕のエネルギーが消費されている事になる。 ◆光合成 植物は二酸化炭素と水から糖と酸素をつくるというのが光合成である。反応式で示すと次の様になる。 6CO2 + 6H2O ―→ C6H12O6 + 6O2 1941年,アメリカのS.RubenとM.D.Kamanは,H218Oを用いて水の酸素原子が18O2として放出される事を明らかにした。18Oを用いた反応式は次の様になるが,単なる反応式としては,両辺から6分子の水H2Oを差し引いた上記の式を用いている。 6CO2 + 12H218O ―→ C6H12O6 + 618O2 + 6H2O 光合成は植物の葉緑体において行われている。葉緑体は葉の葉肉細胞に多く存在し,光合成装置として働くミトコンドリアと類似した細胞質に存在する葉緑体膜に囲まれた細胞小器官である。
葉緑体は膜構造のチラコイドを内部に持っている。チラコイドの膜の中には光合成色素(クロロフィル)が含まれてあり,光エネルギーを吸収して電子が励起される。クロロフィルと電子伝達系は全てチラコイドの膜の中に存在している。二酸化炭素と水から炭水化物をつくる反応は光を必要とせず,ストロマで起こり,暗反応と呼ばれている。
チラコイド膜には3種類の複合体,光化学系II(PSII),シトクロムbf複合体,光化学系I(PSI)が存在している。PSIとPSIIの数字は発見された順番を意味している。
光合成装置のうち光学的な部分(明反応)を示した模式図 クロロフィルが光を吸収すると,反応中心にある電子は励起され,高エネルギー状態となり,自然には起こらない反応が起こる。PSIIには,680nmの光を吸収し励起されるクロロフィル分子P680があり,励起された電子は電子伝達系径を通ってPSIに伝えられる。その結果P680は電子を失いP680+となり,強い酸化剤となる。PSIIには水分子を分解するMn2+を持ったタンパク質複合体があり,酸化剤となったP680+が水分子から電子を引き抜き,酸素と水素イオンを生じる。水素イオンはチラコイド幕の内側に移動し,酸素は大気中に放出される。 PSIIで励起された電子が電子伝達系を通る際,チラコイド膜の外から中に水素イオンが取り込まれ,その水素イオンがATPの合成を行う。そして,PSIに渡された電子は,700nmの光を吸収するクロロフィル分子P700で励起され,NADP+を還元しNADPHにするのに利用される。 NADPHはストロマ中に放出され,二酸化炭素から炭水化物を合成する暗反応で利用される。
光合成での電子の流れとエネルギー変化の模式図 P680の電子が680nmの光を吸収し励起(高エネルギー状態)され,シトクロムbf複合体Cytbfを通ってP700へ伝達される。電子が不足したP680は水から電子を受け取り,再び光で励起されるのを待つ。Ph:フェオフィチン,Q:プラストキノン,Pc:プラストシアニ,Fd:フェレドキシン,Fp:フェレドキシン−NADPレダクターゼ ◆消化と吸収,代謝 食物を食べると,デンプンはグルコース,脂肪はグリセリンと脂肪酸,タンパク質はアミノ酸に加水分解=消化され,吸収される。吸収されたグルコースは縮合重合してグリコーゲンとして肝臓等に貯蔵される。脂肪酸はグリセリンと縮合して脂質となり,アミノ酸は縮合してタンパク質となる。また,グルコースや脂肪酸は,クエン酸回路に入り分解されATPを作ると共にCO2となって排出される。
◆糖類の代謝 植物は光合成により糖を作りデンプンの形で蓄えている。動物がデンプン等の糖類を食べると加水分解されマルトースになり,更にグルコースとなる。グルコースは体内に吸収され,エネルギー源になると共に,グリコーゲンとして筋肉や肝臓に貯蔵される。
◆好気呼吸と嫌気呼吸 グリコーゲンは必要に応じて加水分解されてグルコースとなり,必要な場所で解糖系に入り分解される。解糖系ではグルコース1分子からピルビン酸2分子がつくられ,これがクエン酸回路を経て二酸化炭素迄分解され,更に血液により運ばれてきた酸素による酸化・還元反応が起こり,グルコース1mol当たりATP38molがつくられる。また,アルコール発酵,乳酸発酵では無酸素状態でそれぞれグルコース1molからATP2molがつくられる。 呼吸におけるグルコースの反応のDGは−2870 kJ/molである。 C6H12O6 + 6O2 ―→ 6CO2 + 6H2O DG= -2870kJ/mol この反応について生成エンタルピーから反応熱を求めると2803kJ/molとなる。 生成エンタルピー:C6H12O6 -1273.3
kJ/mol CO2 -393.5 kJ/mol H2O(l) -285.8 kJ/mol C6H12O6 + 6O2 = 6CO2 + 6H2O +2802.7 kJ/mol (=2803 kJ/mol) グリコーゲンやグルコースは,生体内では何段階もの反応を経て酸素と反応して二酸化炭素と水に分解される。まず,グルコースはピルビン酸CH3COCOOH迄分解される。この過程を解糖系と呼ぶ。次にピルビン酸は二酸化炭素とアセチル補酵素A(CoA)となり、クエン酸回路に入り二酸化炭素迄酸化される。この全過程をまとめると,グルコース1分子が酸素と反応して,その時放出される自由エネルギーを利用してATP38分子が合成されている事になる。
◆脂質の代謝 油脂(トリグリセリド)は,小腸内で酵素リパーゼによって脂肪酸とグリセリンに加水分解される。そして,胆汁に含まれる胆汁酸等,脂肪酸,ジグリセリド,モノグリセリド等の混合物ができ,これらが未分解の油脂の乳化促進剤として働き,乳化された油脂は腸壁から吸収される。 加水分解で生じたグリセリンは,酸化酵素とリン酸化酵素により3-ホスホグリセルアルデヒドに変換され,糖の代謝に合流し分解されていく。脂肪酸は,カルボキシル基側から炭素数2個ずつ切断され,補酵素A(CoA)と結合しアセチル補酵素A(CH3COCoA)となる(カルボキシル基が結合している炭素の隣の炭素(β位)が切断され,この反応をβ酸化という)。CH3COCoAはクエン酸回路に入り,ATPをつくりながら二酸化と水に分解されていく。この時CH3COCoA 1分子からATP15分子ができるので,脂肪酸の代謝ではアルキル鎖の炭素数n個から15×n/2のATPがつくられ,脂質がエネルギー貯蔵物質として役立っている事が判る。 逆に考えると,体の脂肪を取り除くには,多くの運動が必要である事が納得できる。
◆タンパク質とアミノ酸の代謝 食物を食べると,食物中のタンパク質は胃から腸に移動する過程で消化=加水分解され,アミノ酸が生じ体内に吸収される。体内に入ったアミノ酸によって,その個体に応じたタンパク質が再度合成される。 生体内ではアミノ酸から別のアミノ酸が合成されるが,合成されないアミノ酸が約半数あり,必須アミノ酸という。ヒトの必須アミノ酸は,ロイシン,イソロイシン,リシン,メチオニン,フェニルアラニン,トレオニン,トリプトファン,バリンの8種類である。ネズミでは更にヒスチジンが加わり9種類,鳥類ではグリシン,アルギニンが加わって11種となる。 (理化学辞典) 不要になったアミノ酸は,アミノ基がアンモニウムイオンの形で分離され,残った炭素骨格は主にはクエン酸回路で分解されていく。 @ アミノ酸はアミノ基転移反応でグルタミン酸に変えられる。
A
グルタミン酸脱水素酵素によりアミノ基がアンモニウムイオンの形に分離される。
B
一部のグルタミン酸はアミノ基転移反応によりアスパラギン酸に変わる。
C ここで生じたアンモニウムイオンとアスパラギン酸が次の尿素回路に入り,窒素が最終的に尿素の形で体外に放出される。尿素回路は,中間体にオルニチンがあるのでオルニチン回路とも呼ばれ,ATPを消費しながらアンモニウムイオンとアスパラギン酸,二酸化炭素から尿素とフマル酸を生じる反応である。 |



アミノ酸の炭素原子とクエン酸回路の回路