トップ>化学II 改訂版>第1部 物質の構造>第4章 溶液の性質>第3節 コロイド
►コロイド粒子,コロイド溶液(ゾル) 昔は,溶質が分子やイオンの状態で分散しているものを普通の溶液とし,分子やイオンが集まって顕微鏡では見えない程度の粒子となって分散しているものをコロイド溶液としていた。しかし,今日では高分子化合物が知られ,これらは分子1つがコロイド粒子となっている。また,線状や板状のコロイドも知られており,粒子の直径だけでコロイド粒子を定義する事が困難になった。それでシュタウジンガーの説に従い,原子数が103〜109個程度のものをコロイド粒子と呼ぶ様になった。 ►チンダル現象 コロイド粒子により光線が散乱され,光の通路が輝いて見える現象。普通の分子も僅かに散乱するが,コロイド粒子に比べてずっと弱い。この現象は,イギリスのチンダル(1820〜1893年)が発見し,彼は空が青色を示す事をこの現象から説明した。教科書の図は,水,Fe(OH)3コロイド溶液,CuSO4水溶液,デンプン溶液に右側からレーザー光を当てたもので,Fe(OH)3コロイド溶液とデンプン溶液では光の通路が輝いて見える。これは,レーザー光が散乱された為で,コロイド粒子の大きさが原因である。 ► STM STMとは走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunnelling Microscopy)の事。この顕微鏡の中心部品はビエゾ素子(円筒形の圧電性セラミックス)に取り付けた白金-ロジウム電極である。これを導電性試料の表面に1nm以下の距離迄近づけて試料に沿って走査させると,電子がトンネル効果で空間を通り抜けて電位差を変化させるので,ビエゾ素子に電流を流して電極を上下させ,電極と試料の間のギャップの大きさを一定に保つ。このビエゾ素子に加えた電圧の二次元分布を測定し,像として形成する。 ►乳濁液,懸濁液 乳濁液の例に牛乳がある。牛乳は水の中に油滴が分散したものである。この様に,液体中に他の液体粒子が分散して乳状をなしたものを乳濁液(エマルジョン)という。乳濁液をつくるには適当な乳化剤が必要である。例えば,油を水中に分散させるにはオレイン酸ナトリウム・ゼラチン・アルブミン・カゼイン等が用いられ,水を油中に分散させるにはオレイン酸カルシウム・ラノリン・ゴム等が用いられる。 懸濁液は,液体中に固体粒子が分散したものである。金,水酸化鉄(V),硫黄等のゾルはこの例である。懸濁液をつくるには特別の方法が必要であり,生じたコロイドは凝析し易い。 ►ゲル コロイド溶液中のコロイド粒子の間に引力が作用して,粒子が互いにつながり,三次元的な網目構造やハニカム構造をとり,ゾルから溶媒を分離した固状の物質や,溶液全体がゼリー状に固化してしまったものがゲルである。豆腐,ゼラチンや寒天のゼリー,こんにゃく,ゆで卵等はゲルの例である。ゲルから水分を無理に取り去ると,後に網状組織だけが残り,キセロゲル(xerogel)と呼ばれるものになる。このものはシリカゲルの様に多孔質で,気体の吸着や乾燥によく用いられる。また,凍り豆腐や棒状寒天等もキセロゲルであり,これらは多量の水を吸収して膨潤し,ゲルになる。 ►コロイドの分類 コロイドは,コロイド粒子が分散した物質またはその状態を示す。コロイド粒子の構成や状態の違いにより分類される。
►透析 半透膜を用いてコロイドや高分子の溶液から塩類等の低分子物質を分離する事。沸騰水にFeCl3水溶液を滴下して得られた溶液をセロハン袋に入れて純水中に吊すと,この反応で生じるH+,Cl−や未反応のFe3+等はセロハン膜を通過するが,Fe(OH)3コロイド粒子は大きい為通過できない。よって,コロイド粒子をセロハン袋中に精製できる。 魚の浮き袋,硫酸紙,コロジオン膜,セロハン紙等が透析に用いられる。透析の実験をするには,教科書の図の様にするとよい。例えば,コンゴーレッドとピクリン酸ナトリウムの混合水溶液を100cm3取り,セロハンの袋に入れて水中に放置する。ピクリン酸ナトリウムは袋を通って出てくるので,セロハン紙の中は次第にコンゴーレッドの赤色が増してくる。また,外側の水はピクリン酸ナトリウムによって黄色となる。外側の水を流して入れ換えれば,両方の色素を分離できる。 透析は,タンパク質の精製等に利用されている。 ►血漿分離器 腎臓には,血液中の老廃物(特に尿素等)を取り除く働きがある。腎臓病により腎臓の機能が低下してくると,老廃物を体外に排泄できなくなり,尿毒症により生命の危機に陥る。これを回避する為に透析療法が行われ,血漿分離器(透析器)が用いられる。透析器に導かれた血液の中で,血液は透析膜を通過しないが小さい分子である尿素は通過するので分離できる。しかし,同時にCa2+やHCO3−等も通過してしまうので,それらを補うため透析液にそれらを入れて補充している。 ►ブラウン運動 イギリスの植物学者ブラウン(Robert Brown,1773〜1858年)が植物の花粉から生じた微粒子について発見したのだが,初めは生命力に基づくものと誤解されていた。ブラウン運動は粒子が小さい程激しく,粒子の平均速度はボルツマンの分布則に従い,溶媒の分子と同じ運動のエネルギーをもって運動している。 コロイド粒子は重力によって下に沈もうとするが,一方ではブラウン運動によって拡散しようとする。したがって,コロイド粒子の分布は下の方程濃くなる筈である。スウェーデンのスベドベリ(Svedberg)は,超遠心分離機でコロイド粒子を沈殿させ,その沈降速度からタンパク質等の粒子の分子量を算出できる事を発見した。 ►限外顕微鏡 普通の顕微鏡の解像力は0.2×10-6mが限界だが,限外顕微鏡では4×10-9mの大きさの粒子の存在が認められる。微粒子と分散媒との屈折率が白色光で見分け難い時は,単色光を用いたり偏光を用いたりする。 ►電気泳動 コロイド溶液や懸濁液,乳濁液の中に電極を入れ,直流電圧を掛けると,コロイド粒子や微細な粒子がどちらか一方の電極へ移動する現象。粒子の移動は,粒子の大きさ・形・表面の電荷・加えた電圧,pH,温度等によって影響される。 水酸化鉄(III)のコロイド粒子は正電荷を帯びており,高電圧を加えると陰極側に移動する。したがって,教科書の図ではコロイド溶液と水の境界面が,陽極側では下に,陰極側では上に動くのが観察できる。コロイド溶液に直接電極を入れると実際に放電が起こり,コロイドが凝固して電極表面の状態が変化する。それで,コロイド溶液の上部に純水を加え,この中に電極を入れる様にする。これによりコロイド溶液の放電を抑え,また界面の移動も観察し易くなる。水酸化鉄(III)のコロイド溶液は沸騰水にFeCl3を加えてつくる。 FeCl3 +
3H2O ―→ Fe(OH)3 +
3HCl したがってHClを含むので,これを十分に透析して用いる。それでも多少H+やCl−を伴うのが常である。このような溶液を用いると,陰極ではH2,陽極ではO2やCl2が発生するので,金属電極では傷みが大きくなる。電極に炭素棒を用いると,この様な傷みは生じない。 コロイド粒子の分別,粘土の精製,合成樹脂やゴム等の電着等に利用される。 ►コロイド粒子の電荷の種類 (1) 正電荷を帯びたコロイド粒子 Fe(OH)3,Zn(OH)2,Al(OH)3,Fe2O3,ZnO,Ti2O3,ヘモグロビン,塩基性染料(ビスマルクブラウン,マラカイトグリーン,メチルバイオレット,メチレンブルー) (2) 負電荷を帯びているコロイド粒子 Ag,Au,Pt,S,Se,AgBr,As2S3,CuS,硝子末,石灰末,粘土,アスベスト,デンプン,羊毛,酸性染料(アニリンブルー,インジゴ,エオシン,ベルリンブルー) ►コロイド粒子の帯電の原因 コロイド粒子は前項に挙げた様に,正または負に帯電している。これは次の様な原因によるものと考えられる。 (1) コロイド粒子がイオン生成の原子団をもつ場合 例えば,セッケンやその他の洗剤(ラウリン酸ナトリウムやドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等)では,コロイド粒子1つが多数のイオン生成分子からできており,ミセルの表面は多くのCOO−またはSO32−原子団によって生じる負の電荷を帯びる事になる。 RCOOH―→RCOO−+H+ イオン生成の原子団を持つ事によって帯電すると考えられるものに,タンパク質,ペクチン等がある。 (2) 溶液からのイオンの吸着が原因となる場合 例えば,ヨウ化銀コロイドは,硝酸銀水溶液を撹拌しながらヨウ化カリウム水溶液を加えて生じせると銀イオンが過剰となり,正に帯電し,逆に,ヨウ化物イオンを過剰にすると負に帯電する事が知られている。これは,過剰になった銀イオン(またはヨウ化物イオン)が,生じたコロイド粒子の表面に吸着する為に,吸着したイオンと同じ電荷を帯びる事による。 金属コロイド,硫化物及び水酸化物コロイドの場合は,解離または吸着のどちらかと考えられ,例えば,銀,金コロイド粒子の負の帯電性は,粒子表面に吸着された銀または金の錯化合物の解離によるものと考えられる。また,水酸化鉄(III)コロイドも表面での解離が有力な原因であると考えられる。 ►凝析(凝結) 疎水コロイドの粒子は,普通,正または負の電荷をもっている。例えば,金・銀等の金属や,硫化ヒ素等の硫化物のコロイド粒子は負電気を帯びている。水酸化鉄(V)や水酸化アルミニウム等のコロイド粒子は正電気を帯びている。この為,コロイド粒子は互いに近づいてもはね返されて,粒子が集まって大きくなる事はない。 この帯電は,粒子が溶液中に微量に存在する陽イオン,または陰イオンを吸着している為に生じ,これに電解質の溶液を少量加えると,コロイド粒子は相互の反発が抑えられ,集まって次第に大きい粒子をつくり,ついに沈殿する。この現象を凝析という(最近では,コロイドにおける凝析と塩析は,厳密には区別しなくなってきている)。 疎水コロイドの凝析には,コロイド粒子と反対符号の電荷をもつイオンが有効で,しかもそのイオンの価数が増すと,凝析能力が著しく増す。例えば,負電荷をもつコロイドを完全に凝析させるのに必要なAl3+,Ba2+,K+の濃度比は1:20:1000である。 泥水中では,粘土がコロイド粒子となって分散しており,負電荷をもっている。したがって,価数の大きい陽イオンにより凝析されて沈殿する。水の除濁にAl3+やFe3+を含む塩を用いるのはこの理由による。また,河川水が海に達して三角州をつくるのも,海水中の陽イオンの働きで凝析が起こるのが要因の1つである。 ►疎水コロイド,親水コロイド 水が分散媒のゾルをヒドロゾルという。ヒドロゾルでは,コロイド粒子と水分子の親和性の違いで親水コロイドと疎水コロイドに分かれる。分散コロイドは疎水コロイドになる。
►塩析と保護コロイド 親水コロイドは水分子と親和性があり,水分子を引き付け,水分子の被膜をもっている。この為,電解質を加えても凝析し難い。しかし,多量のアルコールや多量の硫酸アンモニウム等の電解質を加えると,水分子がアルコール分子や電解質イオンに引き付けられて表面の被膜がなくなり,コロイドが沈殿する。この現象を塩析という(最近では,コロイドにおける凝析と塩析は,厳密には区別しなくなってきている)。 凝析された疎水コロイドは,沈殿を洗っても再び元のコロイド状態にならない事が多いが,親水コロイドは,電解質を除けば多くの場合再び元のコロイド溶液に戻る。 疎水コロイドに親水コロイドを少量加えると,疎水コロイドの周りを親水コロイドの粒子が取り巻き,電解質を少量加えても凝析し難くなる。この様な目的に用いる親水コロイドを保護コロイドという。 保護コロイドには,ゼラチンやカゼイン,デキストリン,アラビアゴム等がよく用いられる。
参考 豆腐のゲル 大豆のタンパク質は種子の1/3を占め,主としてグリシニン(グロブリンの一種)で,水には溶け難い。しかし,大豆中にはかなり塩類が含まれている為,塩類が水に溶け出すと伴にグリシニンも溶け出してくる。こうして豆乳ができ,これに凝固剤(塩類)を加えると,塩析されて豆腐ができる。凝固剤には,にがり(主成分MgCl2)や硫酸カルシウム等が用いられている。 参考 水と油の混合 互いに溶け合わない例に水と油があるが,互いにコロイド粒子となって分散したもの(乳濁液)は,日常よく見られる。乳濁液には,水に油滴が分散したもの(O/W型)と,油に水滴が分散したもの(W/O型)がある。 牛乳(O/W型):密度の小さい油滴が表面に集まり固まるとクリームになる。 バター(W/O型):クリームから水分を除き,かき混ぜて固めたもの。 マヨネーズ(O/W型):食酢中に,卵黄を乳化剤として油脂が分散したもの。 化粧品のコールドクリーム:W/O型が多い。油分が多く,べとつく。 化粧品のバニシングクリーム:O/W型が多い。さっぱりしている。 参考 吸着 不均一系の異なる相の間に考えられる境界面を界面という。界面では相の内部と異なった物理的及び化学的現象が見られる。特にコロイド溶液の様に2つの相の界面が非常に広い場合では,種々の現象が見られる。 吸着とは,物質が相の界面と内部とでその濃度を変える現象である。界面の濃度が内部より大きい場合を正吸着といい,正吸着を多く起こさせる界面をもつ物質を吸着剤という。活性炭やシリカゲル等がその例である。吸着剤の多くは,表面積を大きくする為に粉末状にして用いられ,脱色,脱臭,脱湿,触媒等に用いられる。 参考 活性炭 活性炭は,微結晶炭素が不規則に配列した多孔質炭素である。また,非極性(疎水性)吸着剤であり,非極性物質を選択的に吸着する。精糖等の食品工業・薬品工業・水道事業等で脱色・脱臭・不純物除去に広く用いられ,最近では,煙草フィルター,SOx,NOx等の大気汚染物質,水質汚濁物質,悪臭物質の除去吸着剤としても利用されている。 |