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第2節 物質の分解と合成
◆代謝とエネルギー代謝
生物は,生命体を維持するため,外部から取り入れた物質を細胞や組織内の化
学反応によって,さまざまな物質に分解・合成し,不用となった物質を外部に排
出している。これを代謝(物質代謝・物質交代)という。また,代謝の過程で得ら
れるエネルギーをアデノシン三リン酸(ATP)の形に変え,あらゆる生体活動に利
用している。この過程をエネルギー代謝という。
これまでの高校化学では,物質代謝やエネルギー代謝を取り上げてこなかった。
強いていえば,グルコースがアルコール発酵でエタノールと二酸化炭素に変わる
反応やタンパク質および糖の加水分解反応程度であった。
◆物質のもつエネルギーの変化
化学I,IIで扱うエネルギーは,化学エネルギーと表現している。温度と圧力一
定のもとで考えるときには,エンタルピーHになる。化学Iで学んだ発熱反応,吸
熱反応はエンタルピーの変化に相当し,エンタルピーが減少するときを発熱反応,
増大するときを吸熱反応としている。このエンタルピーは次のように表されている。
H = G + TS
Gは利用可能なエネルギーで自由エネルギー(ギブスの自由エネルギー)という。T
は絶対温度,Sはエントロピー,TSは絶対温度とエントロピーの積で利用できな
いエネルギーである。生物の細胞での反応は,この自由エネルギーGの変化で反応
を検討している。
溶液中での化学反応について考えてみる。
aA + bB
cC + dD
この反応におけるGの変化DGは次のようになっている。
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ここで,DG°は標準自由エネルギー変化であり,反応の種類によって決まってい
る値である。例えば,アルコール発酵におけるDG°は-167 kJ/mol(グルコース)
である。25℃においてグルコース,エタノール,二酸化炭素の濃度がそれぞれ
40 mmol/l,20 mmol/l,0.5 mmol/l,のときのDGは次のようになる。
C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2
![]()
この値は,生物の教科書に見られる235 kJ/molに相当している。そして,アルコ
ール発酵のDGが213 kJということは,このエネルギーを使って最大213 kJ(また
は235 kJ)の仕事ができることを意味している。
一方,エタノール,グルコース,二酸化炭素の生成熱は,それぞれ1273.3 kJ/mol,
277.1 kJ/mol,393.51 kJ/molなので,化学Iで学んだ反応熱を計算すると約68 kJ/mol
となる。
(277.1×2+393.51×2)−1273.3=67.92≒68[kJ/mol]
このように,同じ反応でも,高校化学Tと生物,生化学系とは意味の違うエネルギ
ーを同じように扱っている。この点が,大学1年生が熱力学を学んだときに訳が分
からなくなる原因の一つである。
C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2
DG =-213 kJ/mol
C6H12O6 = 2C2H5OH + 2CO2 + 68 kJ DH =-68 kJ/mol
化学反応が自然に起きるときDGは負になるので,DGの値を求めることから自
発的に起こる反応の向きを判断でききる。
DG<0:発エルゴン反応。反応は右(正方向)に進む。
DG=0:平衡状態。正味の反応は起こらない。
DG>0:吸エルゴン反応。反応は左(逆方向)に進む。
反応熱が正のとき発熱反応というが,化学反応を自由エネルギー変化を考えるときには,
エルゴンという語句を使う。発エルゴン反応は発熱反応に相当し,吸エルゴン反応は吸
熱反応に相当する。
◆アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate)ATP
ATPは光合成とミトコンドリアにおける酸化的代謝などで合成されている。ATPは
図に示すように2つのリン酸無水物の結合をもっている。

ADP+H3PO4→ATP+H2O DG =+31 kJ/mol
DGの値が正であるから,自然の状態では,ATPの合成は行われず,ATPが加
水分解される方向に反応が進み,31 kJ/molの自由エネルギーが何かに利用できる
ということになる。

「ATPは,生体内では分解と再合成が繰り返される。たとえば,ヒトの大脳のエネル
ギー消費量は,からだ全体の20%にも及び,1日にATPを10kg使うといわれている。
大脳中に存在するATPは約1gなので,ATP1分子に関して,1日に1万回も分解と再
合成が繰り返されていることになる。」(教科書p.230)
ATPの分子量は507であるから,大脳中には約1/507molある。これが1万回分解と
再合成されているとすれば,分解されるときに生じるエネルギーは,次のように計算
できる。
31[kJ/mol]×1/507[mol]×10000=611.4≒611[kJ]
からだ全体ではこの約5倍,611×5=3055≒3×103[kJ] のエネルギーが消費されてい
ることになる。
◆糖類の代謝
植物は光合成により糖を作りデンプンの形で蓄えている。動物がデンプンなどの糖
類を食べると加水分解されマルトースになり,さらにグルコースとなる。グルコース
は体内に吸収され,エネルギー源になるとともに,グリコーゲンとして筋肉や肝臓に
貯蔵される。
グリコーゲンは必要に応じて加水分解されてグルコースとなり,必要な場所で解糖
系に入り分解される。解糖系では1分子のグルコースから2分子のピルビン酸がつく
られ,これがクエン酸回路を経て二酸化炭素にまで分解され,さらに血液により運ば
れてきた酸素による酸化・還元反応が起こり,グルコース1molあたり38molのATP
がつくられる。また,アルコール発酵,乳酸発酵では無酸素状態でそれぞれ1molの
グルコースから2molのATPがつくられる。
呼吸におけるグルコースの反応のDGは−2870 kJ/molである。
C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O
DG=−2870kJ/mol
この反応について生成エンタルピーから反応熱を求めると2803 kJ/molとなる。生
成熱は次のような値である。
C6H12O6 -1273.3 kJ/mol CO2 -393.5 kJ/mol H2O(l) -285.8 kJ/mol
C6H12O6 + 6O2 = 6CO2 + 6H2O +2802.7 kJ/mol (=2803 kJ/mol)
グリコーゲンやグルコースは,生体内では何段階もの反応を経て酸素と反応し
て二酸化炭素と水に分解される。まず,グルコースはピルビン酸CH3COCOOH
にまで分解される。この過程を解糖系と呼んでいる。つぎにピルビン酸はクエン
酸回路で二酸化炭素にまで酸化される。この全過程をまとめてみると,グルコー
ス1分子が酸素と反応して,そのとき放出される自由エネルギーを利用して38
分子のATPが合成していることになる。

◆ 光合成
植物は二酸化炭素と水から糖と酸素をつくるというのが光合成である。反応式
で示すと次のようになる。
6CO2 + 6H2O → C6H12O6 + 6O2
1941年,アメリカのS.RubenとM.D.Kamanは,H218Oを用いて水の酸素原子が
18O2として放出されることを明らかにした。18Oを用いた化学反応式は次のように
なるが,単なる化学反応式としては,両辺から水を差し引いた形になる。
6CO2 + 12H218O → C6H12O6 + 618O2 + 6H2O
光合成は植物の葉緑体において行われている。葉緑体は葉の葉肉細胞に多く存
在し,光合成装置として働くミトコンドリアと類似した細胞質に存在する葉緑体
膜に囲まれた細胞小器官である。
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葉緑体とクロロフィルの構造
葉緑体は膜構造のチラコイドを内部に持っている。チラコイドの膜の中には光
合成色素(クロロフィル)が含まれていて,光エネルギーを吸収し,電子が励起さ
れる。クロロフィルと電子伝達系はすべてチラコイドの膜の中に存在している。
二酸化炭素と水から炭水化物をつくる反応は光を必要とせず,ストロマで起こり,
暗反応とよばれている。

チラコイド膜には3種類の複合体,光化学系II(PSII),シトクロムbf複合体,光化
学系I(PSI)が存在している。PSIとPSIIの数字は発見された順番を意味している。

光合成装置のうち光学的な部分(明反応)を示した模式図
クロロフィルが光を吸収すると,反応中心にある電子は励起され,高エネルギー状
態となり,自然には起こらない反応がおこる。PSIIには,680nmの光を吸収し励起さ
れるクロロフィル分子P680があり,励起された電子は電子伝達系径を通ってPSIに
伝えられる。その結果P680は電子を失いP680+となり,非常に強い酸化剤となる。
PSIIには水分子を分解するMn2+を持ったタンパク質複合体があり,酸化剤となった
P680+が水分子から電子を引き抜き,酸素と水素イオンを生成する。水素イオンはチ
ラコイド幕の内側に移動し,酸素は大気中に放出される。


水分子の酸化とチラコイド膜での水素イオンH+,電子e− の流れ
PSIIで励起された電子が,電子伝達系を通るときに,チラコイド膜の外から中に水素
イオンが取り込まれ,その水素イオンがATPの合成を行う。そして,PSIに渡された
電子は,700nmの光を吸収するクロロフィル分子P700で励起され,NADP+を還元し
NADPHにするのに利用される。
NADPHはストロマ中に放出され,二酸化炭素から炭水化物を合成する暗反応で利用
される。

光合成での電子の流れとエネルギー変化の模式図
P680の電子が680nmの光を吸収し励起(高エネルギー状態)され,シトクロム
bf複合体Cylbfを通ってP700へ伝達される。電子が不足したP680は水から電子
を受け取り,再び光で励起されるのを待つ。Ph:フェオフィチン,Q:プラスト
キノン,Pc:プラストシアニ,Fd:フェレドキシン,Fp:フェレドキシン−NADP
レダクターゼ
◆物質代謝・消化と吸収
食物を食べると,デンプンはグルコースに,脂肪はグリセリンと脂肪酸に消化=加
水分解され,吸収される。グルコースは縮合重合してグリコーゲンとして肝臓などに
貯蔵される。
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脂肪細胞の模式図とデンプン,油脂の消化吸収
人間が24時間絶食すると肝臓のグリコーゲンはなくなっしまう。これは体内に
貯蔵されるグリコーゲンの量に限度があるためである。そして,グリコーゲンに
変換されなかった摂取しすぎたグルコースは,中性脂肪に変換され脂肪細胞内に
貯蔵される。
脂肪細胞内では脂肪は油滴となっており,脂肪細胞は体のさまざまな組織に分
布しているので,グリコーゲンと違って,脂肪は無制限に貯蔵される。
タンパク質はアミノ酸に加水分解されて体内に吸収される。アミノ酸はタンパ
ク質や他の組織構成成分に再合成される。再合成されなかったアミノ酸の窒素は
尿素となって排出され,炭化水素部分は脂質やグルコースに変換されるとともに,
二酸化炭素と水となって排出される

◆脂質の代謝
油脂のトリグリセリドは,小腸内で酵素リパーゼによって脂肪酸とグリセリン
に加水分解される。そして,胆汁酸塩,脂肪酸,ジグリセリド,モノグリセリド
などの混合物ができ,これらが未分解の油脂の乳化促進剤として働き,乳化され
た油脂は腸壁から吸収される。
加水分解で生成したグリセリンは酸化酵素とリン酸化酵素により3-ホスホグ
リセルアルデヒドに変換され糖の代謝に合流し分解されていく。脂肪酸は,カル
ボキシル基側から炭素数2個ずつ切断され,補酵素A (CoA)と結合しアセチル補
酵素A(CH3COCoA)となる。(カルボキシル基が結合している炭素の隣の炭素(β
位)が切断されるのでこの反応をβ酸化という。) CH3COCoAはピルビン酸の代
謝と同じようにクエン酸回路に入り,ATPをつくりながら二酸化と水に分解され
ていく。このときCH3COCoA1分子から15分子のATPができるので,脂肪酸の
代謝ではアルキル鎖の炭素数n個から15×n/2のATPがつくられ,脂質がエネル
ギー貯蔵物質として役立っていることが分かる。
逆に考えると,体についた脂肪を取り除くには,多くの運動が必要であること
が納得できる。

◆タンパク質とアミノ酸の代謝
食物を食べると,食物中のタンパク質は胃から腸に移動する過程で消化=加水分解
され,約20種類のアミノ酸が生成し体内に吸収される。体内に入ったアミノ酸によ
って,その個体に応じたタンパク質が再度合成される。
生体内ではアミノ酸から別のアミノ酸が合成されるが,合成されないアミノ酸が約
半数あり,必須アミノ酸という。ヒトの必須アミノ酸は,ロイシン,イソロイシン,
リシン,メチオニン,フェニルアラニン,トレオニン,トリプトファン,バリンの8
種類である。ネズミではさらにヒスチジンが加わり9種類,鳥類ではグリシン,アル
ギニンが加わって11種となる。(理化学辞典)
不要になったアミノ酸は,アミノ基がアンモニウムイオンの形で分離され,残った
炭素骨格は主にはクエン酸回路で分解されていく。アミノ酸の分解は次のようになっ
ている。
@ アミノ酸はアミノ基転移反応でグルタミン酸に変えられる。

A
グルタミン酸脱水素酵素によりアミノ基がアンモニウムイオンの形に分離される。

B
一部のグルタミン酸はアミノ基転移反応によりアスパラギン酸に変わる。

C ここで生じたアンモニウムイオンとアスパラギン酸が次の尿素回路に入り,窒素
が最終的に尿素の形で体外に放出される。尿素回路は,中間体にオルニチンがある
のでオルニチン回路ともいわれ,ATPを消費しながらアンモニウムイオンとアス
パラギン酸,二酸化炭素から尿素と,フマル酸を生成する反応である。
