トップ化学II4部 生命と物質>第2章 生命を維持する化学反応>第1節 化学反応と酵素

1節 化学反応と酵素

 

◆酵素

 酵素は生体の細胞によってつくられるタンパク質,またはタンパク質を主体と

する触媒作用を有する物質であって,いろいろな反応に特異的に作用する。タン

パク質が変性するような条件,高温,低pH,または高pHのようなところでは,

活性を失うことが多い。それぞれの酵素には,その触媒作用に最も適した,いわ

ゆる最適温度,最適pHというものがある。

 酵素はタンパク質だけでできているものもあるが,熱に安定な低分子化合物と

結合して酵素としての働きをもつものもある。この場合,タンパク質部分をアポ

酵素,低分子化合物を補酵素といい,その結合したものをホロ酵素という。水溶

性ビタミンは,この補酵素の成分となるものが多い。

 次に酵素の分類と例を表にして示す。

 

酵素の最適(至適)pHの例

酵素

ペプシン

カタラーゼ

トリプシン

リボヌクレアーゼ

アルギナーゼ

pH

1.5

7.6

7.7

7.8

9.7

 

酵素の分類

酵素名

基質

生成物

加水分解酵素

カルボヒドラーゼ

マルターゼ
アミラーゼ

マルトース
デンプン

グルコース
マルトース

プロテアーゼ

ペプシン
トリプシン
パパイン

タンパク質
タンパク質
タンパク質

ペプトン
アミノ酸
アミノ酸

エステラーゼ

リパーゼ

脂肪

脂肪酸、グリセリン

アミダーゼ

ウレア−ゼ

尿素

CO2NH3

酸化還元酵素

チマーゼ

 

ヘキソース

エタノール、CO2

カルボキシラーゼ

 

ピルビン酸

アルデヒド、CO2

オキシダーゼ

カタラーゼ

H2O2

水、酸素

 

 

酵素の反応

 酵素はタンパク質であり,生体内のほとんどの化学反応の触媒をしている。

酵素反応の特徴は,基質特異性穏和な反応条件(最適pH,最適温度)である。

これらを理解するため,酵素の立体構造の研究と速度論的解析が行われている。

 

 酵素の分類は3通り考えられる。@酵素の化学的性質(フラボタンパク質,ヘム

タンパク質など),A基質の化学的性質(ヌクレオチド,炭水化物,タンパク質な

),B酵素により触媒される反応,である。酵素についていろいろ調べてみると,

一つの基質に対して多くの酵素が関わることが知られているので酵素や基質の化

学的性質で分類するより,化学反応で分類することが行われている。

 酵素を分類する化学反応は次のように分類されている。

 

1.酸化還元反応・・・酸化還元酵素(オキシドレダクターゼ)

 

2.転移反応・・・・・転移酵素(トランスファラーゼ)

 

 

3.加水分解酵素・・・加水分解酵素(ヒドロラーゼ)

 

4.除去付加反応・・・除去付加酵素(リアーゼ)

 

5.異性化反応・・・・異性化酵素(イソメラーゼ)

 

 

6.合成反応・・・・・合成酵素(リガーゼ)

 

◆酵素の触媒能力

  酵素はタンパク質からなり,基質を取り込み反応する活性部位がある。酵素の

触媒作用は,酵素に基質が取り込まれるところから始まる。酵素Eに基質Sが取

り込まれると酵素基質複合体E-Sが形成され,酵素の活性部位で反応が起き酵素

生成物複合体E-Pができ,最後に生成物Pが酵素から離れて反応が完結する。

 

 

  酵素がないときの反応と酵素関係する反応のエネルギー図は通常,下図のよう

に表されている。この場合は酵素が関係する活性化状態をひとまとめに扱ってい

る。

 

 しかし,酵素基質複合体,酵素生成物複合体を考えると酵素基質複合体の形成は,

吸熱反応の場合と発熱反応の場合と両者可能である。いくつかの生化学の本でも記

述が分かれている。

 

  酵素反応の場合,反応の律速段階は酵素-基質複合体から酵素-生成物複合体が

生成するところにある。aのように酵素-基質複合体形成が吸熱反応で形成される

場合,酵素反応全体の活性化エネルギーは,Q1としている。

  一方,酵素-基質複合体形成が発熱反応であるとき,酵素-反応全体の活性化エネ

ルギーをbのQ 1とする記述と,Q 3とする記述がある。酵素と基質が存在する状

態から,活性化状態までのエネルギーと限定すると,aでもbでも,それはQ 1

になるので,酵素反応全体の活性化エネルギーはQ 1として良いとも考えられる。

<参考文献>

図aで説明している本

H.Lodish, A.Berk, S.L.Zipursky, P.Matsudaira, D.Baltimore, J.Darnell , 野田春彦 等訳

『分子細胞生物学()』第3

E.J.WoodC.A.SmithW.R.Pickering 林利彦 等訳『生命の化学と分子生物学』

図bでQ1を活性化エネルギーとしている本

坂本順司 著『柔らかい頭のための生物化学』

図bでQ3を活性化エネルギーとしている本

D.VoetJ.G.Voet 田宮信男 等訳『ヴォート 生化学()

 

  酵素タンパク質の立体構造や活性部位での反応機構が詳しく研究されている

酵素にキモトリプシンがある。キモトリプシンは,膵臓から分泌される消化液に

含まれ,活性部位でセリンSerが作用するセリンプロテアーゼの一つである。そ

の活性部位には疎水性ポケットがあり,芳香族側鎖が取り込まれることにより酵

素基質複合体が形成される。キモトリプシンでは,活性部位でセリンの-OH基と

ヒスチジンのイミダゾール基が相互作用し,セリンが基質と共有結合をつくり,

加水分解が進み,酵素生成物複合体がつくられたのち,生成物が酵素の活性部位

から離れて反応が完結する。

 

 

酵素反応の特徴

(1) 反応速度

 過酸化水素の分解反応は,無触媒のとき酸素の発生を観察することはできない。

酸化マンガン(IV),白金黒(白金コロイド)Fe3+など無機触媒を加えると,気泡の

発生が観察される。肝臓などに含まれるカタラーゼも過酸化水素の分解を触媒し,

反応速度は無機触媒の10万倍以上に加速している。これは,酵素の活性部位が精

密に最適化された反応場となっているためと考えられている。

(2) 特異性

  酵素は,同じような反応でも基質の微妙な違いを識別している。これは酵素の

立体構造に由来しており,地球上の生物のアミノ酸がL型,糖がD型ということ

と関連している。この点を,1894年にドイツのフィッシャーが,鍵と鍵穴にたと

えて,鍵と鍵穴説を提唱した。現在ではこれに手を加えた誘導適合の考え方も提

案されている。

 

 

 同じセリンプロテアーゼでもトリプシンでは,活性部位にアスパラギン酸の

-COO-があり,リジンLysやアルギニンArg-NH3+がクーロン力により相互作用

し酵素基質複合体が形成される。また,エラスターゼは,活性部位にバリンVal

やトレオニオンThrがあり,グリシンGlyやアラニンAlaのような側鎖がコンパク

トなアミノ酸残基のC末端が選択的に加水分解される。

 

 (3) 穏和な反応条件

  酵素の活性が最高になるときの反応条件は,無機触媒とは異なっている。酵素

はタンパク質からできており,高温,高pH,低pHなどの厳しい反応条件ではタ

ンパク質が変性するため,酵素反応は生体にとって穏和な条件で反応が進む。

 

  化学反応では,一般に温度を上げていくと反応速度が増加する。酵素反応でも,

40℃くらいまでは速度が増加していくが,その後は逆に反応速度が下がっていく。

多くの酵素は6070℃で触媒としての機能を失う。これを失活という。また,

反応速度が一番大きくなる温度を最適(至適)温度といい,通常40℃くらいである。

  高温で酵素活性が消失するのは,タンパク質が変性し,活性部位の立体構造が

変わり,基質が酵素に結合できなくなるためである。熱以外に反応液のpH変化

(酸性または塩基性),有機溶媒(エタノールなど)の添加によってもタンパク質の

変性が起こるので,それらによっても酵素の失活が起こる。

 

酵素の失活

  タンパク質の変性が起きると,酵素の活性部位の形が変わり,酵素と基質の複

合体が形成されない。

 

 

補酵素

 酵素反応では,酵素タンパク質とともにタンパク質以外の低分子量の物質が必

要なことがある。このような低分子量の物質を補酵素という。

 脱水素酵素は,基質から水素を奪う酵素である。脱水素酵素の反応には,補酵

(X)が必要である。Xは酵素と結合し,基質から水素原子を受け取る物質であり,

水素原子と結合してXH2となる。ビタミンB1などのようなある種のビタミンは補

酵素である。補酵素とほぼ同じ意味で,補因子,補欠分子族といういい方も使わ

れている。

水溶性ビタミン(B)に由来する補酵素の例

ビタミン

補酵素

酵素()

チアミン(B1)

チアミンピロリン酸(TPP)

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ

リボフラビン(B2)

フラビンアデニンジヌクレオチヂド(FAD)

コハク酸デヒドロゲナーゼ

ナイアシン(ニコチン酸)

ニコチナミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)

乳酸デヒドロゲナーゼ

ピリドキシン(B6)

ピリドキサールリン酸

アミノトランスフェラーゼ

葉酸

テトラヒドロ葉酸(THF)

グリシン解裂酵素Tタンパク質

コバラミン(B12)

コバミド

メチルアスパラギン酸ムターゼ

 

 

酵素反応の速度論

  酵素活性の評価は反応速度の測定で行われる。酵素の触媒作用では,酵素基質

複合体ESの形成後,触媒作用が働き酵素生成物複合体EPに変わり,EPから生

成物Pが放出される。

 

生成物Pの放出が速ければ次のように簡単に考えることができる。

 

 

  生成物ができるときの初速度をvとすると,vは次のようになる。

 (1)

 

ESの生成とPの放出速度が等しい定常状態のとき,次の等式が成り立つ。

    

 

 

[E]について書き換えると次のようになる。

    

 

 

酵素の総量をEtotalとすると,次のようになる。

           [Etotal][E] [ES]      (5)

(5)式を(4)式に代入し,[Etotal]でまとめると次のようになる。

    

 

 

(7)式についてKm を次のように定義して,(7)式をまとめる。

 

(9)式を(1)式に代入すると,反応速度は次のようになる。

    

 

 基質が過剰にあるとき,酵素の活性部位には基質が全て結合しており,生成物

が生成する反応速度は最大Vmaxとなっている。従って次のようになる。

      Vmax kcat[Etotal]

これを(11)式に代入するとミカエリス−メンテン(Michaelis-Menten)が得られ

る。

    

 

 

ここでKmミカエリス定数という。さらに(12)式の逆数をとると次のようになる。

    

 

 

(13)式に従って1/v1/[S]をプロットすると,直線関係のグラフが得られる(

)。これをラインウィーバー−バークプロットという。vは初速度であるから

[S]は基質の初濃度であり,これらをプロットすることによりVmaxKmは実験的

に求めることができる。そしてVmaxからはkcatを求めることができる。

    

 

 

  ほとんどの酵素反応では,ESからEPが生成するところが最もゆっくりし

た反応(律速段階)であるので次のようになる。

    

 

よってミカエリス定数Kmは酵素基質複合体の解離平衡定数(平衡定数の逆数)

相当し,酵素と基質の親和性に関係している。酵素との親和性の大きい基質A

親和性の小さいBに対する酵素の反応速度Vmaxは,Aに対してもBに対しても

同じであるが,Kmの値はAに対するものよりBに対するものの方が大きい。

 

 

  [S]の単位はmmol/lmmol/l  などで,の単位は,酵素タンパク質1 mg,反応

時間1分あたり生成物が何mmolできたか,という単位であり,mmol/(mgmin)

表し,mmol/min  unitと定義することがある。

  の表し方として,ターンオーバー数(turnover number)が最近よく用いられる。

これは,酵素1分子が1秒間あたり何個の生成物をつくるかという数値で,単位

1/sである。

生成物の物質量÷酵素の物質量÷時間()

(30×10-6mol)÷(1×10-6×10×10-3mol)÷(300)10[s-1]

この値が,酵素1分子の1秒間あたりの代謝回転分子数ということになりる。た

とえば,酵素濃度1×10-6mol/l10cm3の反応液で,5分間に30×10-6molの生成物

が生成したとき,1個の酵素が1秒間に10個の生成物を生成することになる。

 

酵素の触媒能-tournover number

酵素

1秒間あたりの代謝回転分子数

炭酸デヒドロゲナーゼ

600,000

 

カタラーゼ

200,000

 

アセチルコリンエステラーゼ

25,000

 

乳酸デヒドロゲナーゼ

1,000

 

キモトリプシン

100

 

リゾチーム

1

 

 

酵素反応の阻害

 酵素反応において,多くの物質が酵素反応を妨害していることが知られている。

このような物質を阻害剤といい,医薬品などに応用されている。

 基質と阻害剤が競合して酵素活性部位に結合すると酵素の活性は悪くなる。こ

のような阻害を拮抗阻害という。

基質に似た物質による酵素反応の阻害

 

  エチレングリコールを誤飲すると体内でシュウ酸が生成し死に至る。このとき,

シュウ酸への変化の初期段階はアルコールデヒドロゲナーゼで触媒される。この

とき,大量のエタノールを与えると,エタノールはアルコールデヒドロゲナーゼ

の活性部位に競合して結合する。そしてエタノールの方がエチレングリコールよ

り強く結合し,エチレングリコールと酵素の結合が阻害され,エチレングリコー

ルはしばらくして腎臓から排泄される。エチレングリコールの誤飲は,日本では

ほとんど起こらないが,アメリカで自動車のラジエターが壊れ,エチレングリコ

ールを含んだ冷却液が漏れ,それを犬が飲んで問題になったことがある。

 酵素の活性部位以外に阻害剤が結合して酵素の立体構造が変わり,酵素活性が

悪くなることがある。これは,非拮抗阻害である。阻害剤と酵素の結合が,非共

有結合であれば可逆的な阻害となり,阻害剤と酵素が共有結合すると不可逆的な

阻害となる。

 サリンは神経伝達物質であるアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステ

ラーゼの活性部位に共有結合で結合し,アセチルコリンの分解を阻害する。アセ

チルコリンが分解されずに残ると筋肉の興奮状態が続き,呼吸に必要な筋肉の弛

緩が起こらず死に至る。このようにしてサリンが毒ガスとして作用する。

 マラチオンやパラチオンなど多くの殺虫剤は,有機リン系の化合物でサリン同

様にアセチルコリンエステラーゼの阻害剤である。これらに対しては,ヒトより

虫の方が感受性が高いためヒトのそばで用いることができると考えられている。

殺虫剤の方が複雑な化合物であるため,有機リン系化合物の製造工場が,サリン

などの神経ガスの製造に転用されると考えられている。 

 

 

 








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