トップ>化学II>第4部 生命と物質>第1章 生命体を構成する物質>第3節 脂質
第3節 脂 質
生命体を構成するタンパク質や糖類とともに重要な物質として脂質がある。脂質は,
生体を構成する物質のうち,水に不溶でクロロホルムやエーテルなどの有機溶媒に溶
ける一群の物質である。このとき利用される器具にソクスレー抽出器がある。脂質は,
脂肪酸を主構成成分とし,単純脂質,複合脂質などに分類される。単純脂質としては,
油脂,ロウなどがある。また複合脂質としてはリン脂質,糖脂質などがある。
|
|
|

◆脂肪酸
天然の油脂を構成する脂肪酸は,直鎖で炭素数が偶数個から成り,特に炭素数16
と18の高級脂肪酸が最も多い。C=Cを全く含まない脂肪酸を飽和脂肪酸,含むもの
を不飽和脂肪酸という。
飽和脂肪酸は棒状であるので,結晶中で分子は配列しやすく融点が高い。パルミチ
ン酸(分子量256.43,融点63℃,沸点360℃),ステアリン酸(分子量284.48,融点70.5℃,
沸点383℃)と分子量が近いアルカンの融点の差を比べてみるとオクタデカンC18H38(分
子量254.5,融点28.18℃,沸点217),イコサンC20H42(分子量282.6,融点36.8℃,沸
点343℃)であり,分子量260付近では炭素数が2異なると,融点がほぼ7〜8℃異な
る。
|
分子量が近い化合物の沸点,融点 |
|||||||
|
分類 |
化合物 |
示性式 |
分子量 |
融点 |
差 |
沸点 |
差 |
|
飽和炭化水素 |
オクタデカン |
C18H38 |
254.5 |
28.2 |
8.6 |
317 |
26 |
|
イコサン |
C20H42 |
282.6 |
36.8 |
343 |
|||
|
飽和脂肪酸 |
パルミチン酸 |
C15H31COOH |
256.4 |
63.0 |
7.5 |
360 |
23 |
|
ステアリン酸 |
C17H35COOH |
284.5 |
70.5 |
383 |
|||
さらに,融点,沸点は分子量より分子の立体構造の方が影響している。炭化水
素鎖中の二重結合でシス型に折れ曲がることにより配向性が悪くなり,融点が大
きく下がる。

脂肪酸にはヒトや動物の生体中で合成できないものがあり,それらを必須脂肪酸と
いう。リノール酸,γ−リノレン酸,およびアラキドン酸を必須脂肪酸ということが多
いが,最近はα−リノレン酸,エイコサペンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA)
を含むこともある。
◆油脂
グリセリンと3分子の脂肪酸が作るエステル(トリグリセリド)を油脂という。解離
基を持たないため中性脂肪(neutral fat)といい,リン酸や糖を持たないため単純脂質
(simple lipid)に分類される。グリセリンのモノエステル(モノグリセリド)やジエステル
(ジグリセリド)も中性脂肪に含まれる。一般に,室温で固体の油脂を脂肪または固体
脂,液体の油脂を脂肪油という。このため,油脂の英訳はfat and oil または oil and fat
(化学辞典) となっている。
植物油(オリブ油,紅花油,大豆油など)はオレイン酸,リノール酸を多く含み液体
である。牛脂(ヘット),豚脂(ラード)にはパルミチン酸,オレイン酸,ステアリン酸を
相対的に多く含むため固体であり,鯨やイルカなどの水生動物の油脂は不飽和脂肪酸
(エイコペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸など)を多く含むため液体である。ヤシ油
と牛乳脂は炭素数12以下の低級脂肪酸を含むため,低級脂肪酸の供給源となっている。
油脂は動物のからだの中で一番エネルギーを蓄えている物質である。食物としての
乾燥質量あたりのエネルギーは,糖質やタンパク質の約2倍である。これは,脂肪は炭
水化物に比べて,還元されている(酸化されていない)ためである。実際のところ,糖
質やタンパク質は水と水和して存在しており,脂肪はほとんど水和しないため,湿重
量あたりの比は約6倍といわれている。
|
食物の乾燥質量1gあたりのエネルギー |
|
|
糖質 |
16 kJ |
|
タンパク質 |
17 kJ |
|
脂肪 |
37 kJ |
動物体内でグルコースはグリコーゲンとなって肝臓や筋肉中に蓄えられるため,貯
蔵量には限界がある。たとえば,ヒトでは,肝臓では蓄えられているグリコーゲンを
グルコースに分解し,他の組織で消費するグルコースを供給している。ヒトが24時間
絶食すると,肝臓のグリコーゲンはなくなるといわれている。
脂肪は,からだのあちこちの組織にある脂肪細胞や脂肪組織に蓄えられており,ほ
とんど無制限に蓄えられている。一般的なヒトの場合,脂肪の量はグリコーゲン約50
倍に相当する。

◆油脂の加水分解
油脂の加水分解は,エステル結合の酸または塩基触媒,酵素による加水分解として
理解できる。塩基触媒によるケン化について化学Iの教科書では次のような反応式を
書いている。
RCOOR' + NaOH →
RCOONa + R'OH
この式では,OH-がR'と結合してアルコールに取り込まれているように見える。実際
にはOH-はカルボニル炭素と結合し,エステル結合の-O-がアルコール中に移ってい
る。
油脂のケン化ではグリセリンと3分子の脂肪酸に分解されるが,リパーゼなどの酵
素による油脂の加水分解では,グリセリンの2級ヒドロキシ基のエステル結合が残っ
たモノアシルグリセリドと2個の脂肪酸に加水分解され,体内に吸収されることもあ
る。

◆脂質の機能
脂質の機能には大きく分けて二つある。一つはエネルギー物質として中性脂肪(トリ
グリセリド)が脂肪細胞などに貯蔵されていることである。もう一つは,リン脂質など
が細胞膜の主構成成分であることである。
中性脂肪と異なりリン脂質などは,疎水性基と親水性基をもち界面活性剤として働
くことができる両親媒性物質である。そのため,リン脂質はある程度の濃度以上で条
件がそろうと二分子膜小胞体=リポソーム(liposome)を形成する。このとき生じるリン
脂質二分子膜は,厚さ5〜6nmの安定な膜である。リポソームには,作り方によって
二分子膜が,薄い水層をはさんで何重にも重なった多重膜リポソームができる。これ
に超音波を照射すると単一膜リポソーム(脂質二分子膜小胞体)になる。
二分子膜は,電子顕微鏡による形態観察や,熱的特性の観測などから,熱的特性と
して,ゲル(結晶)−液晶相転移現象(肉の脂身を温めると半透明になるような現象),
側方への拡散による相分離(平面内の分子流動性),およびフリップフロップ(二分子
膜での上下方向の移動)がある。リン脂質では,フリップフロップは側方拡散より遅
い運動であることが知られている。
これらのことから脂質二分子膜は柔らかく膜内で流動性があることがわかる。生
体膜が内側と外側を分けるだけでは生きた細胞の膜ではない。細胞膜にはいろいろ
なタンパク質が埋め込まれ,タンパク質が細胞の内から外,外から内への物質輸送
やシグナルの伝達などの役割を果たしていることが知られている。これらの性質を
ふまえた生体膜のモデルとしてSinger-Nicolsonの流動モザイクモデルが有名である。

多重膜リポソーム 単一リポソーム

参考 油脂の代謝
油脂のトリグリセリドは,小腸内で酵素リパーゼによって脂肪酸とグリセリンに
加水分解される。そして,胆汁酸塩,脂肪酸,ジグリセリド,モノグリセリドなど
の混合物ができ,これらが未分解の油脂の乳化促進剤として働き,乳化された油脂
は腸壁から吸収される。
体内の脂肪の代謝では,まず脂肪酸とグリセリンに加水分解される。グリセリン
は,トリオースリン酸(ホスホジヒドロキシアセトン,3-ホスホグリセリンアルデ
ヒド)を経てピルビン酸になり,TCA回路(クエン酸回路)に入っていく。
脂肪酸は,いわゆるβ酸化によって,-COOH基に対してβの位置の炭素原子の
ところが切れ,アセチル補酵素Aが順次に生成し,TCA回路に入って代謝され,最
後には二酸化炭素と水になる。炭水化物,脂肪,アミノ酸の相互移行も,TCA回路
がなかだちとなって行われる。
►硬化油
不飽和脂肪酸の脂肪油に,還元ニッケルなどを触媒として,水素を反応させ,固
体状の脂肪に変えたものをいう。その主成分は硬化度により異なるが,普通,飽和
脂肪酸やイソオレイン酸のグリセリドである。硬化油の融点は,その不飽和度に関
係する。これらは,食品,セッケンなどに用いられる。また,硬化条件により選択
的に水素と反応させると,イソオレイン酸に富む半硬化油が得られ,特に大豆油,
綿実油,落花生油のそれはマーガリン原料としてすぐれている。
►乾性油と不乾性油
植物油は,その乾燥性の強弱により,一般に乾性油,半乾性油,不乾性油に分け
られる。乾燥性は,油脂の脂肪酸中に二重結合を多く含むほど強くなる。
(1) 乾性油 ヨウ素価130以上の植物油をいう。薄膜にして空気中に放置すると,
比較的短時間に固化乾燥する。塗料として利用され,亜麻仁(あまに)油,荏(えの)油,
桐油などがこれに含まれる。
(2) 半乾性油 ヨウ素価100〜130の植物油をいう。やや乾燥性がある。食用,セ
ッケン製造などに用いられ,胡麻油,菜種油,綿実油,大豆油などがこれに含
まれる。
(3) 不乾性油 ヨウ素価100以下の植物油をいう。乾燥性が弱く,固化しない。食
用,セッケン,化粧品などの製造に用いられる。椿油,オリブ油,蓖麻子(ひまし)油
などがこれに含まれる。