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第2節 タンパク質
◆アミノ酸
分子内に-COOHと-NH2とをもつ化合物をアミノ酸という。これらの基が同一
炭素原子に結合したものをα-アミノ酸,距離が遠ざかるにつれてβ-,γ-,δ-…
アミノ酸という。

天然のタンパク質を構成するアミノ酸は,すべてα-アミノ酸である。α-アミノ
酸R-CH(NH2)COOHの名称と基Rを,下表に示す。Rに-COOH基をもつものは
酸性アミノ酸,-NH2基をもつものは塩酸性アミノ酸という。そのほか,Sを含む
含硫アミノ酸,-OH基をもつオキシアミノ酸,芳香族や複素環をもつアミノ酸な
どがある。また,α-アミノ酸は,グリシンを除いて光学異性体が存在するが,天
然にはほとんどL型が得られる。

►光学異性体と不斉炭素原子
4価の炭素原子に4個とも互いに異なる原子や原子団が結合しているとき,この
炭素原子を不斉炭素原子という。不斉炭素原子をもつ分子を,それを鏡面に映した
形の分子と比べると,重ね合わせることができず,互いに異性体となる。この異
性体は,対掌体,鏡像体の関係にある立体異性体で,光学的性質だけが異なること
から光学異性体と呼ばれている(ときには,結晶形が左右逆になることもある)。光
学異性体の溶液に偏光を当てると,その振動面が右や左に旋回する。左に旋回させ
るものを左旋性があるといい,(−)で表す。右に旋回させるものを右旋性があると
いい,(+)で表す。左旋性と右旋性のものの等量混合物は旋光性がなく,ラセミ体
と呼ばれる。
光学異性体には,その構造からみた命名上の規約がある。これは,フィッシャー
E.Fischerによるもので,基準物質にグリセルアルデヒドを用い,小型のDとLの
文字を用いて表すものである。この規約では,下の図(a)の構造のものをD−グリセ
ルアルデヒドとする。四角形は不斉炭素原子を中心においた正四面体を表し,各頂
点で置換基と結合している。−Hと−OHを結ぶ横向きの実線は紙面の手前にあるこ
とを示し,‐CHOと‐CH2OHを結ぶ縦向きの破線は紙面の奥にあることを示して
いる。図(b)は,(a)を平面に投影した図である。L‐グリセルアルデヒドは,図(b)の
−Hと−OHを互いに交換したものになる。図(c)はD型,図(d)はL型であり,(c)と(d)
はDとLが鏡像体になっていることを示す。

D
(+)
-グリセルアルデヒドは,酸化されてD(−) −グリセリン酸になり,さらに
数段階の反応を経てD(−) −乳酸になる。このように,D−グリセルアルデヒドから
導かれる光学異性体をD型とし,D,Lは,旋光性と無関係に定められる。

乳酸は,ヨーグルトのような乳酸菌飲料や漬け物などの酸味成分であり,乳酸菌
発酵によってD,L−乳酸ができる。また,筋肉などの動物組織中で糖代謝により
できる乳酸は,L(+) −乳酸である。
糖の場合には,糖とグリセルアルデヒドの−CH(OH)CH2OHの構造を対比させて,
同じ構造のとき記号も同じになる。アミノ酸の場合には,−NH2を−OHに置きかえ
て,乳酸と対比させ,同じ構造のとき記号も同じになる。

天然のアミノ酸はほとんどL型であるが,旋光性は右と左のものとがある。
酒石酸には,1分子中に2個の不斉炭素原子がある。そこで,2個ともD型また
はL型のものと,D型とL型を1個ずつもつメソ体と呼ぶ対掌構造のものとがある。
メソ体は,ラセミ体と同様に,左旋性と右旋性とが打ち消し合って旋光性を示さな
いので,光学不活性体である。

一般に,不斉炭素原子n個をもつ分子の光学異性体は,2n個である。
光学異性体は,生理的には全く異なった挙動を示すもので,地球上の生物体内
のホルモンや糖類,アミノ酸などは,どれも光学活性であり,そのどちらか一方
の分子からできている。たとえば,タンパク質のa−ヘリックスのらせん構造は,
光学活性のL−型アミノ酸による二次構造である。もし,この中にD−型アミノ酸
が混入すると,規則的ならせん構造はできなくなってしまう。このように生物体
内では,一方の光学異性体のみが選択的に秩序よく配列されて,安定な構造を保
って生理作用を営んでいる。このことは非常に興味深い問題である。現在,この
不斉が発生する仕組みについては,いろいろな研究が進められている。不斉発生の
真の姿が解明される日も近いことと思われる。
参考 光学分割
不斉炭素原子を含む化合物を人工的に合成すると,光学異性体の等量混合物であ
るラセミ体が一般には得られる。鏡像体の一方だけを合成する不斉合成もいろいろ
な方法が試みられている。しかし,ラセミ体から一方の鏡像体を分離する方法は古
くから研究されており,これを光学分割またはラセミ分割という。主として次のよ
うな方法がある。
(1) 最も古い方法として,パスツールL.Pasteurが1848年に発見した方法
で,D,L−酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の水溶液を27℃以下で再結晶させ
ると,D塩とL塩の2種類の結晶ができる。これを顕微鏡を用いて分け,強酸で処
理して,酒石酸のそれぞれの対掌体を得た。しかし,この方法に適する物質の例
は少ない。
(2) ラセミ体の飽和溶液の中へ,再結晶の種として一方の対掌体の結晶を入れると,
種結晶と同じ対掌体の結晶が析出してくる。また,時には異なった旋光性の結
晶を種として加えても,その刺激によって一方のみの対掌体の結晶が析出するこ
とがある。たとえば,D,L−酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の水溶液にL‐ア
スパラギン酸の結晶を加えるとD−酒石酸ナトリウムアンモニウム塩が析出する。
(3) 酸,アミン及びアルコール類のラセミ体については,たとえば,カルボン酸の
ラセミ体D,L−酸の溶液に,Dの立体配置をもった光学活性の塩基を加えると,
生じる塩は,D−酸+D−塩基とL−酸+D−塩基の混合物(これをジアステレオマー
という)となる。この2種類の塩の溶解度の性質は同一ではなく,再結晶やクロ
マトグラフィーなどの方法によって,2種類の塩に分離することができる。この
分離した 塩を酸で処理して,DとLのカルボン酸をそれぞれ別々に得ることが
できる。
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D−塩基 |
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(4)
生物体から生じる化合物(代謝産物)は,殆どが一方の対掌体である。これ
は酵素の基質特異性に起因する。この性質を利用して生物体外における酵素
の作用により,ラセミ体のアミノ酸やテルペン類の光学分割を行うことがで
きる。
◆双性イオン(両性イオン)
1つの分子中に酸性原子団と塩基性原子団をもち,これらがどちらも電離して,
陰イオンと陽イオンとを1つの分子の中に生じたイオンである。
アミノ酸は,通常NH2-CH(R)-COOHのように表されるが,固体においても溶液
中においてもプロトンがアミノ基のほうに移動し,次のようになっている。

このことは,アミノ酸が大きい双極子モーメントをもつことや,有機溶媒に溶け
にくいこと,また,固体の融点が高く,それに達するまでに分解することなどの性
質を示すことから理解できる。このような陽,陰,両イオンを1つの分子中にもつ
イオンを双性イオンという。タンパク質もその例である。
双性イオンは,酸には塩基として,塩基には酸として働き,それぞれ陽イオン,
陰イオンになる。アラニンでは次のようになる。

脂肪族アミノ酸の等電点(純水に溶解したときのpH)は約6.0,pK1は約2.3,
pK2は約9.7である(酢酸のpKは4.6,NH4+のpKは9.2である)。また,酸性
アミノ酸の等電点は約3,塩基性アミノ酸の等電点は約10である。
◆ニンヒドリン反応
アミノ酸をニンヒドリン(トリケトヒドリンデン水化物)の水溶液と熱すると青
紫色になる。この呈色はアミノ酸が酸化的に脱アミノされ,生じたアンモニアが
ニンヒドリン(I)と還元生成物(II)とに反応し,青紫色の物質(III) (Ruhemann’s
purple)を生ずるためである。この反応はきわめて鋭敏でペプチド,タンパク質の
ほかに,多くの第一級アミン,アミノ糖も呈色する。また,アンモニア自身も陽
性となる。

参考 アスパルテーム
砂糖の200倍の甘味をもつアスパルテーム(α-L-アスパルチル-L-フェニルアラニ
ンメチルエステル)は,すっぱい味のL-アスパラギン酸と苦味のL-フェニルアラニ
ンのジペプチドのエステルである。

人類にとって甘味料は必要なものであるが,砂糖などの糖類は肥満,虫歯,糖尿
病など多くの問題を含んでいる。一時,合成甘味料としてサッカリンやチクロが用
いられていたが,発がん性などの問題があり,使用されなくなった。アスパルテー
ムは,タンパク質と同じように代謝され,安全性にも問題がなく,低カロリーであ
り,すっきりした甘味をもつダイエット甘味料として広く用いられている。
アスパルテームの甘さは,1965年に米国の製薬会社G.D.サール社(現在の
Nutra Sweet社)の研究員シュラッターが偶然発見した。彼は,胃液分泌促進ホル
モン「ガストリン」の中間体としてアスパルテームを合成し,これを再結晶してい
るときに,パラフィン紙をとろうとして指をなめ,強い甘味を感じた。つまり,液
が吹きこぼれて指に付着する偶然と,研究員の指をなめる癖とがあいまって,企業
の研究方針とは無関係に,全く偶然にアスパルテームは発見された。
アスパルテームは,各種の安全性データをそろえて米国FDA(食品医薬品庁)へ
1973年に認可申請がされた。しかし,1975年に異議申し立てがあり,1981年にな
ってようやく乾燥食品用に,1983年に飲料用に認可された。これは,実に発見か
ら18年目であった。日本では1983年に使用が認められた。
なお,アスパルテームは,Nutra Sweet社と日本の味の素(株)とで共同開発され,
両社での生産量は年間数千トンにもなる。このようなペプチドの大量生産は,他に
例のないものである。日本では,商品名「パルスイート」として味の素から発売さ
れている。
◆ペプチド
アミノ酸が2個以上ペプチド結合したもの。アミノ酸の数により,ジペプチド,
トリペプチド,テトラペプチドなどに分けられる。また,2〜10個のものをオリ
ゴペプチド,10〜100個のものをポリペプチド,100個以上のものをマクロペプチ
ドと大別することもある。
ペプチドは,タンパク質の加水分解生成物に含まれるほか,ホルモン,抗生物質,
毒素などとしても天然に存在する。
◆タンパク質
1926年にSumnerがウレアーゼの結晶化に成功してから,純粋なタンパク質は
かなり大きな結晶(1mm程度)になることがわかり,同じタンパク質は同じ大きさ
の分子からなると考えられるようになった。そして,クロマトグラフィーなどの分
析法で組成が決められるとともに,構成アミノ酸の順序も決定できるようになり,
1955年頃にSangerが初めてインスリンの化学構造を決定した。
タンパク質が生体で重要な機能を果たすのは,化学構造(一次構造)によるだけで
なく,その空間構造によることが明らかとなり,これを決定するためX線結晶解析
が用いられた。これにより,1958年にKendrewが初めてマッコウクジラのミオグ
ロビンの空間構造を明らかにした。
生体の機能を果たす機能タンパク質は,酵素が主たるものであるが,その作用機
作や,酵素反応による生成物がフィードバックにより酵素反応を押さえる調節作用
の機構などが,現在研究の焦点になっている。さらに,核酸とも関係するが,生体
内でアミノ酸配列の決まったタンパク質が,あたかも印刷されたようにつくられる
のかという,いわゆる生合成の問題が重要になっている。
◆ペプチド結合とタンパク質の構造
ペプチド結合をつくる4つの原子(O,C,N,H)と,これに結合する2個の炭素原
子は同一平面上に存在する。

ペプチドの構造には,>C=O…H−N< の水素結合が重要な役割を果たしてお
り,C-C結合の回転角の大きさにより,様々な立体構造をとる。C-C結合が1つ
の方向に回転するとらせん状構造となり,これをα-ヘリックスという(教科書
p.142図21参照)。α-ヘリックスには,右回りと左回りが存在する。また,基R-が
結合する炭素原子の部分で折れ曲がり,ジャバラのように並んだ構造を,β-構造
という。β-構造には,ペプチド分子が同方向に並ぶ場合(平行)と逆向きに並ぶ場
合(逆平行)とがある。
また,各タンパク質は決まった構造をもつが,α-ヘリックスやβ-構造のような
規則的な繰り返しのない構造を,通常糸まり構造という。

参考 ミオグロビン
筋肉細胞内に存在する色素タンパク質で,分子量はウマのミオグロビンで16800
である。筋肉内での呼吸で,酸素の貯蔵に大きな役割をはたしている。魚肉などの
赤色は,このミオグロビンの色である。マッコウクジラのミオグロビンの完全空間
構造は,すべてのタンパク質のうちで最も早く1958年に,Kendrewによって,X
線解析で決定された。詳細を下図に示す。

◆単純タンパク質
単純タンパク質は,その溶解性により,下表のように分類される。
|
名称 |
溶解性 |
存在場所 |
例 |
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|
水 |
塩類 (aq) |
希 酸 |
希 塩 酸 |
70%ア ルコール |
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|
プロタミン |
○ |
○ |
○ |
○ |
× |
生殖細胞 |
サルミン,クルベイン |
|
ヒストン |
○ |
○ |
○ |
× |
× |
動物細胞 |
胸センヒストン |
|
アルブミン |
○ |
○ |
○ |
○ |
× |
細胞,体液 |
血清・卵白アルブミン |
|
グロブリン |
× |
○ |
○ |
○ |
× |
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