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3節 電離平衡

 

電離平衡

 溶液中における溶質分子と,それらが電離して生じるイオンとの間の平衡状態を

いう。一般に,弱電解質の水溶液中における電離平衡では,質量作用の法則がよく

成立する。

 たとえば,弱電解質MAの水溶液中では,溶質MAとこれから生じたイオン

MAとの間に次のような平衡が成立する。

   MA(aq)  M(aq)A(aq)

    [ ]は濃度を示す。Kは平衡定数を示す。

 

電離平衡では,Kを電離定数という。弱電解質の濃度をc,電離度をαとすると,

平衡時には,[MA]c (1a)[M][A],となるから,

   

 

となる。この式は,オストワルト(18531932)により1888年に見い出され,オ

ストワルトの希釈律といわれる。

 強電解質については,オストワルトの希釈律が成立しない。この場合には,濃度

ではなく活動度を用いると,同様の関係が成立する。

 

水のイオン積

 非常に鋭敏な計器を用いて水の電気伝導度を測定してみると,純粋な水の場合で

もその値は0にならず,非常に小さい値ではあるが一定の伝導度になる。すなわち,

純粋な水の中にも電気を運ぶイオンが存在するわけで,このイオンの生成は水分子

どうしの衝突と陽子の移行によって起こるものと考えられている。

   H2OH2OH3OOH

 この反応の平衡定数の値は,電気伝導度の正確な測定によって求めることができ

る。水の電離を表す式としては,一般にH2O HOHが用いられ,これに

質量作用の法則を適用して得られる式としては,次の式が用いられる(正確には濃

度でなく活動度を用いる)

   

 

 純粋な水,または希薄水溶液の中では,水分子の濃度[H2O]はほぼ次の値をとり,

一定であるとみなす。25℃では,水1lの質量は997gなので

1l中の水分子の物質量: 

 

 そこで,[H][OH]K [H2O]constKW KWを水のイオン横と称するように

なった。表にp KW (=−log10 KW)と温度の関係を示す。

pKWと温度の関係

温度〔℃〕

pKW

KW

温度〔℃〕

pKW

KW

0

14.9435

0.114×1014

30

13.8330

1.47×1014

5

14.7338

0.185×1014

35

13.6801

2.09×1014

10

14.5346

0.292×1014

40

13.5348

2.92×1014

15

14.3463

0.450×1014

45

13.3960

4.02×1014

20

14.1669

0.681×1014

50

13.2617

5.47×1014

24

14.0000

1.000×1014

55

13.1369

7.30×1014

25

13.9965

1.008×1014

60

13.0171

9.61×1014

 

 

水素イオン指数pH

 pHは水素イオン指数を表す記号で,英語読みでピーエイチ,独語読みでペーハ

ーと発音する。

 pHを測定するには,水素電極の電位差測定による方法と比色測定による方法と

がある。実際には,次の3つの方法がよく用いられている。

a) pH試験紙:pH指示薬をろ紙にしみこませたもので,標準色と試料水をしみ

 こませた試験紙の示色とを比較する。誤差が大きく,pH0.2ぐらいの差はご

 く普通である。溶液の種類によっては,pH1ぐらいも違ってくる。

b) pH比色計:pH指示薬を緩衝溶液に加えてアンプルに封入した標準色と,同

 量の指示薬を加えた試料水の示色とを比較する。わりあい正確に測定ができて,

 誤差は普通pH0.1以内である。

c) ガラス電極pH計:ガラス電極を用いて,溶液の水素イオンによる電極電位を

 測定する機器である。精密な測定ができるので,研究室などでよく用いられてい

る。普通の測定では,誤差がpH0.1以下である。最近では,ガラス電極の替

わりに半導体センサーを用いたpH計が増加している。pH標準溶液としては,

次の表のようなものがある。

*1 KH3(C2O4)22H2O 12.71gを水に溶解して1lとする。

*2 KHC4H4O525±3〔℃〕の水に飽和させる。

*3 KHC8H4O4 10.21gを水に溶解して1lとする。

*4 KH2PO4 3.4gNa2HPO4 (無水)3.55gとを水に溶解して1lとする。

*5 NaB4O710H2O 3.81gを水に溶解して1lとする。

 

電離度

 電離における解離度に相当し,一般に,電離した物質量を電解質の全物質量で除

した値でこれを表す。記号としてαが用いられ,強電解質溶液では通常α1,す

なわち完全に電離しているものと仮定して扱われることが多い。強酸や強塩基の

0.1mol/l0.05mol/l25℃における電離度は,ほぼ0.9であって,通常これを1とみ

なして扱う。

 弱電解質の溶液では普通1よりもかなり小さいが,低濃度になるにつれて増大し,

無限希釈状態ではすべての電解質についてα1 (完全解離)となる。

 電離度は,溶液の沸点,凝固点,浸透圧,導電率などの測定から求められる。

 

電離平衡  弱電解質の水溶液における電離平衡では,質量作用の法則が成立し,

水溶液の濃度が大きいほど電離度が小さくなる(オストワルトの希釈律)

   

 

氷酢酸は濃度が大きいにもかかわらず,電離度が小さいために

CH3COOHがわずかで電流が通らないのに対して,氷酢酸を希釈していくと,

濃度が小さくなっていくが電離度が大きくなり,CH3COOHが増加し電流が

通るようになることを確認できる。酢酸の場合,0.1mol/l水溶液での電離度は

1.66×1020.01mol/l水溶液での電離度は5.24×102である。

 

多価の酸の電離定数

 電離定数については,解説「電離平衡」ですでに述べた。ここでは,多価の酸や

塩基の電離定数について説明する。

 たとえば,H3Aで表される3価の酸では,3段階に電離が進み,それぞれの段階

で電離定数が考えられる。

H3AHH2A

H2AHHA2

HA2HA3

 

一般に,K1K2K3の関係がある。

 また,このような多価の酸の電離平衡は,H3A 3HA3でも表され,この

ときの電離定数は,次式のように表される。

   

 

 なお,酸・塩基の電離を電離定数で表すほか,電離定数の逆数の常用対数で示す

ことがあり,解離指数といい,記号pKで表す。

   

 

 

 

緩衝液

 一般に,弱酸とその塩,または弱塩基とその塩の混合溶液は,pHの値が変動し

にくいので緩衝液と呼ばれている。溶液のpHを一定に保つ必要がある場合や,

pH測定の際の標準液として利用されている。

 緩衝溶液の水素イオン濃度は,弱酸の平衡定数をKa,弱酸の濃度をCa,塩の濃

度をCSとすると,一般に次式で表される。

   

 

また,弱塩基の電離定数をKb,弱塩基の濃度をCb,塩の濃度をCSとすると,こ

の液では次式が成立する。

   

 

 

 下の表に,緩衝溶液の調製法の具体例を示す。

 生体内で緩衝作用を行う主要なイオンは,H2PO4HPO42である。H2PO4

酸の役割,HPO42がその塩の役割を果たし,pH6.97.4に保たれるようにし

ている。これは,表の(3)とほぼ同様の内容である。

    H2PO4HHPO42

 血液内では,CO2または,H2CO3HCO3とが緩衝作用をしている。

    CO2H2OH2CO3HHCO3

 

           緩衝溶液の調製法とpH

 

生体内の緩衝液

 生物の細胞内液や細胞外液は,これらの体液の正常pHで緩衝剤として作用す

る共役酸塩基対を含む。おもな細胞内緩衝剤はH2PO4HPO42の共役酸塩基対

(pK7.2)である。グルコース6−リン酸やATPのような有機リン酸も細胞内の

緩衝能に寄与している。脊椎動物の血液や間質液中の細胞外緩衝剤として主なも

のは重炭酸緩衝系である。血液の著しい緩衝能は次のような比較で示すことがで

きる。10mol/lHCl1mlを中性の生理食塩水つまり約0.15 mol/lNaCl1.0 lに加

えると,生理食塩水には緩衝能がないから,pH2.0に低下する。ところが,同

じ量のHClを血液1.0 lに加えても,pHはごくわずか,pH7.4から約pH7.2に低

下するだけである。

 重炭酸緩衝系(H2CO3-HCO3)はいくつかのきわだった性質をもっている。これも

他の酸塩基対と同じ方法で緩衝剤として作用するが,比較的強い酸であるH2CO3

pKは約3.8であり,血液pHの正常範囲よりずっと低い。したがって,なぜこ

のように低いpKの酸がpH7.0付近で生理的な緩衝剤として作用するのかという

疑問が起こる。重炭酸緩衝系ではプロトン供与体形である炭酸は溶存している

CO2と可逆的平衡にある。すなわち,

    H2CO3 CO2 (水相)H2O

このような水性系が気相と接触していると,溶存しているCO2はさらに気相と水

相との間で平衡する。

     CO2 (水相)  CO2 (気相)

ヘンリーの法則から水への気体の溶解度は気体の分圧に比例するので,重炭酸緩衝

系のpHは緩衝液上の気相中のCO2分圧の関数となる。他の変数が一定のままCO2

圧が増せば,重炭酸緩衝剤のpHは低下し,その逆も起こる。重炭酸緩衝系はプロ

トン受容体/プロトン供与体比が非常に大きいpH7.0付近でも,少量のプロトン

供与体H2CO3が肺の比較的予備量の大きい気相のCO2と不安定な平衡状態にある

ため,血漿に対し効果的な緩衝作用をもつ。血液が過剰のOHを吸収しなければ

ならないような条件でも,消費されてHCO3となったH2