トップ化学II1部 物質の構造>第4章 溶液の性質>1節 溶解と溶解度

1節 溶解と溶解度

 

溶解の機構

 イオン結晶の溶解 塩化ナトリウムは水によく溶けるが,ベンゼンには溶けない。

塩化ナトリウムの結晶中では, NaClが静電気力で強く結ばれている。これに

対して,NaClとベンゼン分子との間にはこのような力は働かない。そのため

に,結晶から溶液中へこれらのイオンが移るのは容易でない。一方,これらのイオ

ンが水の中に入ると,イオンの静電気力によってイオンの周りに水分子が強く吸引

される(水和)。そのためにこれらの結晶は水によく溶ける。

 一般に,ある物質が1つの液体によく溶けるかどうかということを考えるには,

次の点に基づかなければならない。

(1) 溶質物質の粒子間に働いている力

(2) 溶媒分子間に働いている力と溶媒の液体構造

(3) 溶質粒子と溶媒分子の間の力

 分子結晶の溶解 ナフタレンのような固体がベンゼンなどに溶ける無極性物質相

互の溶解の場合には,固体内の分子間の力,固体の分子が液体中に溶けたときの溶

質分子と溶媒分子の間の力,および溶媒分子間の力は,同じような性質のもので同

程度の大きさである。このような場合には,分子がよく混じり合って乱雑さの大き

い状態に移っていこうとするのでよく溶ける。

 

イオンの水和 

 水和は溶媒和の一種であって,溶質粒子に水分子が結合するか,あるいはその相

互作用の状態にある現象をいう。

 水に溶けたイオンの周りを数個の水分子が取り巻き,イオンと水分子との間に静

電気力が作用するのは,水が極性分子であることに起因する。1個のイオンと結合

する水分子の数を水和数という。水和数を求めるにはいろいろな方法があるが,異

なった方法で求めたときの値は必ずしも一致しない。したがって,水和数は酸化数

や配位数のように化学的に定められた一定した量ではない。

 イオンに水分子が結合すると,全体のエネルギーは低下する。したがって,水和

によって発熱し,溶解度が増大する。しかし,水和だけでイオンが水に溶けるわけ

ではないから,水和の役割を過大視するのはよくない。Ni2Co2Fe2Cu2

などの遷移元素のイオンの水和では,水和する水分子のいくつかは,これらのイオ

ンに配位されて錯イオンが形成されていると考えられている。したがって,これら

のイオンの水溶液中の色は,イオンそのものの色ではなく,水分子が配位された状

態における色である。

 

参考 液体どうしの溶解

 完全に混じり合う例は,水とメタノールやエタノール,ベンゼンとトルエンやシ

クロヘキサン,ガソリンに見られる低分子炭化水素どうしなどがある。

 一部が混じり合う例としては,水とフェノール,水とブタノールなどがある。

 一方,水とベンゼンのように全く混合しないものもある。

 このように,液体どうしの混合には,完全に混合するもの,互いに少しずつ混合

するもの,ほとんど混合しないものがある。物質により混合の程度が異なるのは,

物質の構造の相違によると考えられる。

 ベンゼンとシクロヘキサンは相互によく混じり合う。いま,ベンゼン分子をA

シクロヘキサン分子をBとすれば,AAの間,BBの間,およびABの間に

働く力の大きさは同程度である。したがって,これらの分子は互いによく混じり合

う。

 水とエタノールもよく混じり合う。液体の水においては,水分子は水素結合と呼

ばれる力によって結合している。液体のエタノールにおいても同様である。水分子

とエタノール分子の間にも同程度の強さの水素結合が働くので,この両者はよく混

じり合う。水にショ糖がよく溶けるのも水素結合による。

 水とベンゼンが全く混合しないのは,水分子間の水素結合が強いのに対して,水

分子とベンゼン分子間にはこれより弱いファンデルワールス力しか働かないためで

ある。

 

参考 溶解の原動力

 熱は温度の高い物体から低い物体へ流れ,この反対の方向には流れない。このよ

うに,自然に起こる変化はつねにある1つの方向だけに起こり,その反対の方向に

は起こらない。自然におけるこのような変化を起こす原動力としては2つの要因が

ある。その1つはエネルギー差であって,変化はエネルギーの高い状態から低い状

態へ向かって起こる。もう1つの要因は,いわば乱雑さともいうべき現象に基

づく因子である。ここで,乱雑さというのは,熱力学でいうエントロピーに関係す

る概念である。

 エネルギーを最低にする傾向と,乱雑さを最大にしようとする傾向の2つの要因

が,反応や溶解の方向を決め,これらがつり合い,見かけ上不動の状態になるとき

が平衡状態である。溶解平衡の場合は,溶質の溶解と析出の速さが等しくなる。

 この2つの傾向を,ヨウ素がアルコールに溶けて吸熱する場合で考えてみよう。

 規則正しく分子の配列したヨウ素結晶中のヨウ素分子のもつエネルギーのほうが,

不規則な状態でアルコールに溶けたヨウ素分子のもつエネルギーよりも低い状態に

ある。

 I2(固体)I2(アルコール中)6.7kJ(6.7kJは溶解熱)

 したがって,エネルギー面では,自然に起こる変化はヨウ素分子が溶液から結晶

に移ろうとする傾向である。一方,乱雑さは,規則正しい結晶格子中よりも不規則

な溶液中のほうが大きい。したがって,乱雑さの面からは,ヨウ素分子は結晶から

溶液に移ろうとする傾向である。このように,ヨウ素の溶解は乱雑さが相対的によ

り大きい原動力となって起こり,エネルギー面が溶解の限度,すなわち溶解度を決

める。なお,乱雑さは高温ほど大きくなるので,高温ほど溶解するヨウ素の量が増

加し,溶解度が大きくなる。

 次に,酸素が水に溶ける場合について考えてみよう。

 酸素分子は溶液中にあるほうがエネルギーは低い。

   O2(気体) O2(水溶液中)16kJ

エネルギーを少なくする方向とは溶ける方向である。しかし,溶液中に溶けて閉じ

こめられた状態よりも,自由に運動できる気体の状態のほうが乱雑さは大きい。し

たがって,酸素の溶解はエネルギーが主たる原動力となって起こり,乱雑さが溶解

の限度,すなわち溶解度を決める。高温では乱雑さが増加するので,高温ほど酸素

は溶液から気体中へ戻り,溶解度は減少する。

 

 

溶液の濃度の表し方 

 目的により,いろいろな表し方がある。

(1)

 

 

 

  直観的にわかるので便利であるが,化学変化の量的関係を考えるには不向きで

 ある。水溶液では無水物の溶質について示す。

(2)

 

 

 体積モル濃度ともいう。c mol/lの溶液がvmlあれば,溶質はcv×103mol

 存在することになるので,溶液に関する化学反応では量的計算を行うときモル濃

 度を用いると便利である。

 

参考 その他の濃度の表し方

(1) ppm 微量の成分を体積や質量の百万分率で示す濃度である。

 

 

 

 ppmparts per millionの略記号。mg/kgcm3/m3などの単位で示すことも

ある。他に千分率(パーミルまたはプロミル,‰),十億分率(ピーピービー,

ppb)なども特別な場合に用いられる。

    

 

(2)

質量モル濃度=

溶質の物質量

mol/kg

溶媒の質量

  温度により値が変わらないので便利である。

 溶媒の質量をその分子量で割れば溶媒の物質量が求められるから,この濃度表示

は溶質〔mol/溶媒〔mol〕と考えることもでき,換言すれば,溶質粒子の個数/溶媒

分子の個数 ということもできる。もし,溶媒の物質量に対し溶質の物質量が極め

て小さく,溶媒〔mol溶液〔mol〕とみなせるときは,次に示すモル分率と同じ意

味になる。

(3) モル分率  溶質の物質量を溶液全体の物質量で割ったものを,モル分率とい

 う。無名数で単位はない。液体どうしや気体どうしの混合物を表すのに用いられ

る。

   

(4) 

 

 

  当量濃度,規定濃度ともいう。酸・塩基,酸化・還元などで用いられ,化学

 反応の量的関係を表すのに便利である。SI単位ではないので,教科書には記述

 されていないが,まだしばらくは根強く化学の世界では用いられると思われる。

 

参考 溶液の密度

 水に固体を溶かすときは,一般に濃度が大きいほど密度が大きくなる。液体と液

体を混合するときは,それらの純粋なものの密度の中間の値になり,濃度が変われ

ばその割合が多くなる物質の密度に近づくことが多いが,物質により中間に山や谷

ができ一様に増減しないこともある。たとえば,硫酸の25℃の比重(密度の数値に

等しい)は,94%で1.826097%で1.8314100%で1.8255となり,97%付近で最も

密度が大きくなる。水へ気体が溶けるときは,一般に密度が大きくなるが,アンモ

ニア水のように減少する場合もある。表に,水溶液の濃度と比重の関係について,

いくつか例を示す。温度は25℃である。

水溶液の濃度〔質量%〕と密度(g/cm3)の関係(温度は25)

濃度〔質量%〕

1

2

4

6

8

10

12

14

16

NH3

0.993

0.998

0.980

0.972

0.964

0.956

0.948

0.941

0.934

HCl

1.002

1.007

1.017

1.026

1.036

1.046

1.056

1.066

1.076

H2SO4

1.004

1.010

1.023

1.037

1.050

1.064

1.078

1.092

1.107

HNO3

1.002

1.008

1.019

1.030

1.041

1.052

1.064

1.076

1.088

AgNO3

1.006

1.014

1.031

1.049

1.067

1.086

1.105

1.125

1.146

KCl

1.003

1.010

1.023

1.035

1.048

1.062

1.075

1.089

1.102

CuSO4

1.007

1.018

1.039

1.060

1.083

1.105

1.129

 

 

C2H5OH

0.995

0.993

0.990

0.987

0.984

0.980

0.978

0.975

0.972

CH3COOH

0.999

1.000

1.003

1.006

1.008

1.011

1.013

1.016

1.019

 

飽和溶液,不飽和溶液 

 ある温度で,溶液が溶質の固体と共存し,かつ溶液と溶質とが平衡状態になって

いる場合,その溶液は飽和溶液であるという。これに対して,飽和に達していない

溶液は不飽和溶液である。また,溶解度以上に溶質を溶かした準安定溶液を過飽和

溶液という。過飽和溶液は,高温の濃厚溶液を,静かに徐々に冷却していくとき生

成し,不安定な状態であるから,かき混ぜるか小結晶を入れると結晶が析出し,飽

和溶液になる。

 

溶解度,溶解度曲線 

 溶解度にはいろいろな表し方があるが,溶媒100gに溶けうる溶質のグラム数,

すなわちg/溶媒100gで表すことが多い。そのほか,飽和溶液の濃度で溶解度を

表すこともある。溶質が水和物でこれを水に溶かすときは,無水物としての量で表

す。そのほか,実用上は,質量%などで表され,難溶性塩には溶解度積が用いられ

る。

 その物質の各温度における溶解度の変化をグラフにしたものを,溶解度曲線とい

う。一般に,固体の溶解度は温度の上昇とともに増加するが,塩化ナトリウムのよ

うにほとんど変化しないもの,水酸化カルシウムのように,温度が高くなるとかえ

って減少するものもある。

 

参考 溶解度積

 難溶性塩の溶解度は,陰陽両イオンのモル濃度の積を用いて表される。これを溶

解度積KSPという。一定の温度では飽和溶液の濃度および電離定数は一定であるか

ら,質量作用の法則をあてはめると,KSPは一定温度で一定値を示す。

 硫化銀Ag2Sについて考えると,

   Ag2S() 2AgS2

   KSP[Ag]2[S2]6.10×1044(mol/l)3(25)

このとき,溶液中のAgS2は,それらのモル濃度の積がKSPより大きくなれな

いので,超過した量だけ溶けなくなり,析出してくる。

 

再結晶

 結晶性物質を,溶解度の差を用いて精製する方法のこと。不純物を含んでいる物

質を溶媒に溶かし,ある温度T1での飽和溶液をつくる。この飽和溶液をT1より

低い温度T2まで冷却すると,T1T2との溶解度の差に応じた量が溶けなくなり,

沈殿となって析出する。このとき,温度T2で飽和していない不純物は,溶液中に

残るので析出しない。このように,温度による溶解度の差を用いた結晶精製法を再

結晶といい,温度によって溶解度に大きな差がある物質(溶解度曲線の勾配が大き

い物質)ほど,有効に精製できる。

 また,温度差でなく,溶媒の違いによる溶解度の差を用いて,結晶を精製する方

法もある。たとえば,スクロースの場合,常温で水に多量に溶けるが,エタノールには

少ししか溶けない。それで,スクロースの濃厚な水溶液にエタノールを加えると,ショ

糖の結晶が析出するようになる。このように,精製しようとする物質が難溶性とな

る溶媒を加えることにより,物質を精製することができる。

 また,濃縮により溶媒を蒸発させて,溶質を析出させることもできる。

 

参考 海水中の塩の分離と溶解度

 海水から塩を採取するには,水を蒸発させて濃縮し,溶解度の差を利用して分離

している。海水の主要な成分は,表に示したようにNaClであり,した

がって,NaClが最も多量に存在する。海水を濃縮していくと,溶解度の小さい塩

から順に析出するから,まずCaSO4(25℃のKSP=9×106(mol/l)2)が析出する。次い

NaClが析出し,さらに残った液からMgSO4MgCl2が析出する。

 最近では,海水の濃縮にイオン交換膜を用いる方法が開発されている。この方法は,

陽イオン交換膜(陽イオンだけを通す)と陰イオン交換膜(陰イオンだけを通す)を交互

に数百枚組み合わせ,それに電流を流してイオンを移動させるもので,高度に濃縮さ

れた液が得られる。

海水1kg中の主要成分

陽イオン

陰イオン

Na+

 

10.56g

0.4590 mol

Cl

 

18.98 g

0.5354 mol

Mg2+

 

 1.27 g

0.0523 mol

SO42−

 

 2.65 g

0.0276 mol

Ca2+

 

 0.40 g

0.0100 mol

HCO3−

 

 0.14 g

0.0023 mol

K+

 

 0.38 g

0.0097 mol

Br

 

 0.07 g

0.0008 mol

 

気体の溶解度 

 気体の溶解度は,温度や圧力で変化する。溶解度の示し方にもいろいろな方法が

ある。普通,溶液1cm3または1gに溶ける気体の体積を,標準状態に換算した値で

示すことが多い。

(1) 温度との関係  すべての気体の溶解は,発熱反応である。圧力一定のとき,

 温度が高いほど気体は溶けにくく,低いほどよく溶ける。したがって,溶解度曲

 線は多くの固体の場合と異なり,右下がりになる。

(2) 圧力との関係  温度一定のとき,高圧ほど気体はよく溶ける。溶けにくい気

 体の場合には,溶解度は圧力に比例する。この関係は,1803年ヘンリーによっ

 て発見され,ヘンリーの法則という。

 

ヘンリーの法則 

 教科書では,ヘンリーの法則を「気体の溶解度はその圧力に比例する」という形

で表現している。これに対して,次のように表現する場合がある。「一定量の液体

に溶ける気体の体積は圧力に関係せず,一定である。」

 このような表現は,ボイルの法則と組み合わせて次図のように示すことができる。

 ヘンリーの法則によると,気体の圧力がn倍になれば,溶ける気体の質量もn倍に

なるが,気体の体積は,ボイルの法則によって,1/nになるから,溶けた気体の体

積は変わらない。すなわち,一定の温度において,一定量の液体に溶ける気体の体積

は圧力に関係しない。

ヘンリーの法則は,圧力があまり高くなく,温度もあまり低くない場合には多く
の気体について当てはまる。また,塩化水素やアンモニアのように水に多量に溶け
る場合には近似的に成立する。
 温度一定のときの,気体の水への溶解度と圧力の関係を次表に示す。

加圧下における気体の水に対する溶解度  圧力は気体の分圧を示す。溶解度は,

1gに溶ける気体の体積〔cm3〕を標準状態に換算して示した。

気体

温度

圧 力〔atm

25

50

100

200

300

400

500

1000

H2

0

0.5363

1.068

2.130

4.187

6.139

8.009

9.838

18.001

10

0.4870

0.969

1.932

3.796

5.579

7.300

8.980

16.623

20

0.4498

0.895

1.785

3.499

5.158

6.766

8.328

15.592

30

0.4263

0.848

1.689

3.311

4.897

6.430

7.922

14.928

40

0.4133

0.822

1.638

3.210

4.747

6.245

7.705

14.569

60

0.4053

0.810

1.610

3.168

4.692

6.173

7.625

14.407

80

0.4203

0.839

1.667

3.286

4.866

6.392

7.885

14.867

100

0.4615

0.912

1.805

3.544

5.220

6.841

8.429

15.775

He

0

0.2322

0.4674

0.9240

1.807

3.436

7.421

25

0.2156

0.4332

0.8491

1.688

3.241

7.265

50

0.2225

0.4445

0.8827

1.734

3.358

7.536

75

0.2442

0.4892

0.9699

1.907

3.666

8.251

N2

0

1.46

3.60

3.60

25

0.348

0.674

1.264

2.257

3.061

4.441

7.15

CO2

18

19.51

32.03

33.98

37.17

39.31

25

27.23

31.75

38.62

39.34

 

混合気体の溶解度 

 混合気体では,その成分気体がそれぞれの分圧に応じて,ヘンリーの法則に従っ

てそれぞれ独立に溶解するものと考えられる。たとえば,標準状態で空気が水に溶

けるとき,溶けた酸素と窒素の体積比は次式のように求められ,空気中より酸素の

割合が多くなる。
O2N20.0489×0.20.0231×0.8978184811.9

参考 潜水病
 水中深く潜ると水圧が大きくなるため,血液などの体液に気体が多量に溶け込む。
このとき急に水面に浮かび上がると,圧力が急激に低下するため,体液中に溶けて
いた気体が溶けきれなくなって気泡となり,血液の循環が悪くなる。これが潜水病
である。これを防ぐには,徐々に浮上して圧力を少しずつ減らすようにしなければ
ならない。

 

 

 








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