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第1節 有機化合物の特徴と分類

A 有機化合物の特徴

有機化合物の歴史

有機化合物organic compoundsの名称は,生物organismにちなみ,1806年に化学者ベリツェリウスBerzeliusが初めて使ったとされる。18世紀後半に有機物の新発見が相次ぎ,無機物との性質の違いが認められ,この様に区別される様になった。当時は,有機物が動植物の生命力によってのみつくり出され,人工的に合成する事は不可能と信じられていた。ところが,1828年,ベリツェリウスの弟子ウェーラーWöhlerは,リービッヒとの共同研究(シアン酸銀と雷酸銀,シアン酸と雷酸の研究)中に,シアン酸とアンモニア水から加熱によりシアン酸アンモニウムをつくろうとして,尿素を得た。

HOCNNH3 ―→ NH4OCN ―→(NH2)2CO

この反応は,無機物から有機物が生じる反応であり,当時としては考えられない反応だった。ウェーラーは慎重に何度も実験を繰り返し,ベリツェリウスに「動物(腎臓)を使わないで尿素が得られること」を知らせると共に,この事実を公表した。当時,ベリツェリウスを始め多くの化学者は,この実験的証拠を承認しようとはしなかった。しかし,その後,次第に有機化合物が合成されるに及び,生命力の説は顧りみられなくなった。そして,有機物も無機物も本質的には同じである事が認識される様になった。

また,フランスのラボアジエは燃焼実験から有機物が炭素,水素,酸素及び窒素からなる事を明らかにしており(1784),炭素が有機物の特徴をなす元素である事が注目され,1848年にグメリンGmelinは「炭素化合物が有機化合物である」と指摘して現在の有機化合物の概念が確立した。1858年にはケクレKekúléにより,炭素原子が4価であり,また互いに結合し得る事等が指摘された。こうして,有機物の化学構造の基礎が確立され,19世紀後半には有機合成が行われる様になり,以後有機化学は各方面に発展して現在に至っている。

 

参考 最初に合成された有機化合物は尿素か

無機物から合成された最初の有機化合物は,一般には尿素とされている。しかし,ゲーリュサックの化学講義録(1828)によると,1824年にウェーラーはシュウ酸の合成に成功していた様である。この中で,酸化炭素は化学式CO,炭酸は化学式CO2,シュウ酸は化学式C2O3,その結晶は化学式C203 · 3H2Oと表される様に説明されている。シュウ酸結晶の現在の化学式はC2O4H2 · 2H2Oだが,C2O3 · 3H2Oと表した為,シュウ酸は無機化合物として扱われた。

 

 

有機化合物の炭素原子間の結合
 炭素原子間の単結合,二重結合,三重結合とその結合エネルギーは,炭素原子の価電子がつくるsp3sp2sp混成軌道を考える事で理解できる。

炭素原子間の結合

炭素原子間の
結合の名称

飽和結合

不飽和結合

単結合

二重結合

三重結合

ベンゼンの結合

共有結合の数

CC

CC

CC

CC

s 結合1

s 結合1

s 結合1

s 結合1

(sp3混成)

(sp2混成)

(sp混成)

(sp2混成)

p 結合1

p 結合2

p 結合0.5個相当

原子間距離〔nm

0.154

0.134

0.118

0.1399

結合エネルギー

kJ/mol

 

 

 

 

 

s 結合は,2個の電子軌道の重なり方が大きく,分子軌道が1の軸の周りに対称的に分布する結合で,当然結合エネルギーも大きい。p 結合は,1つの平面の両側にそれぞれ電子雲が分布する結合で,2個の電子軌道の重なり方が小さく,s 結合より結合エネルギーが小さい。単結合はs 結合1個で形成されるが,二重結合・三重結合ではこれにp 結合が1個・2個加わって形成される。結合数の多い結合程結合力が強くなり,原子間距離が小さくなる。但し,p 結合はs  結合より弱いので,結合エネルギーは単結合の2倍・3倍にはならず,それより小さい値となる。
 ベンゼンC6H6の炭素原子間の結合は,単純な単結合でも二重結合でもない。この事は,分子が正六角形である事から証明される。もし,単結合と二重結合が交互に存在するとすれば,炭素原子間の距離も,長いものと短いものが交互に存在する事になり,歪んだ六角形になる筈である。ベンゼンではp 結合が特定の原子間に固定されず,炭素原子間では平均して0.5個分のp 結合が存在するとみなす事ができる。尚,結合エネルギーは,p 結合の0.5個分相当よりは大きくなる。これはベンゼンが共鳴構造をとる為と説明されている。

 

有機化合物の構造による分類

有機化合物は,その骨格で分類される。まず,環状構造を含むかどうかで鎖状(鎖式)化合物と環状(環式)化合物に大別される。鎖状化合物は,不飽和結合を含むかどうかで更に分けられ,また分枝があるかどうかで分けられる。

環状化合物は,炭素原子以外の原子をその骨格に含むかどうかにより,炭素環式化合物と複素環式化合物に分けられる。炭素環式化合物は,脂環式化合物とベンゼン環を含む芳香族化合物に分けられる。脂環式化合物は,環内に不飽和結合を含むかどうかで更に分類される。

この他,官能基によりいくつかの同族体に分類される。

炭化水素の分類

分  類

飽和炭化水素

不飽和炭化水素

鎖状炭化水素

アルカン

アルケン(オレフィン)

(非環式炭化水素)

(パラフィン)

アルキン      等

環式炭化水素

シクロアルカン

シクロアルケン(シクロオレフィン)

(シクロパラフィン)

シクロアルキン

(ナフテン)

芳香族炭化水素(アレーン) 等

複素環式化合物には,ONS等を含むものがあり,310員環が知られている。これにも飽和,不飽和がある。

 

B 異性体

異性体
 分子式は同じだが,構造式や立体配置が異なる為,物理的または化学的性質が異なる物質が2つまたはそれ以上存在するとき,これらの化合物を互いに異性体と呼び,この様な現象を異性という。

異性体

{

構造異性体

{

炭素鎖異性体,位置異性体

官能基異性体,互変異性体

立体異性体

{

シストランス異性体(幾何異性体)

光学異性体(鏡像異性体)

 

構造異性体
 構造式が異なる異性体を構造異性体といい,異性体の種類によりいくつかに分けられる。炭素鎖異性体(鎖形異性体)とは,鎖状構造が異なる異性体で,ブタンと2-メチルプロパン(イソブタン)等がその例である。位置異性体は,置換基が異なる位置に結合する異性体で, 1-プロパノールと2-プロパノール等がその例である。官能基異性体は,官能基が異なる異性体で,エタノールとジメチルエーテルがその例である。その他,環状化合物の環中の原子の位置が異なる環異性体(イミダゾールC3H4N2ピラゾール),環状化合物の置換基の位置が異なる為に生じる核異性(カンファンC10H18とピナン等)等が,構造異性体の例に挙げられる。
 尚,互変異性体とは,異性体が相互に構造を変えるものをいい,ケト形とエノール形等がその例である。

ブタンは融点−138.3℃,沸点−0.50℃。2-メチルプロパン(イソブタン)は融点−159.60℃,沸点−11.73℃。1-ブテンは融点−138.35℃,沸点−6.25℃。エタノールは融点−114.5℃,沸点78.32℃。ジメチルエーテルは融点−141. 50℃,沸点−24.82℃。

シス-トランス異性体(幾何異性体)
 環式化合物で環を平面構造と考えたとき,置換基の環平面に対する相対位置で生じる立体異性体を,シス-トランス異性体という。特殊な場合として二重結合があり,炭素原子間の二重結合を二員環とみなしたときの立体異性体である。この二重結合の異性体は,幾何異性体やエチレン異性体ともいわれる。
 シスとはこちら側という意味で,トランスとは反対側という意味である。

錯イオンについても,配位子の位置の違いで,シス-トランス異性が生じる。中心金属に対して反対側に配位子がくる場合をトランス形という。
 シス−2−ブテンは融点−138.91℃,沸点3.72℃。トランス−2−ブテンは融点−105.55℃,沸点0.88℃。

 

光学異性体と不斉炭素原子
 4価の炭素原子に4個とも互いに異なる原子や原子団(置換基)が結合しているとき,この炭素原子を不斉炭素原子という。不斉炭素原子をもつ分子を,それを鏡面に映した形の分子と比べると,重ね合わせる事ができず,互いに異性体となる。この異性体は,鏡像体(鏡像異性体)の関係にある立体異性体で,光学的性質だけが異なる事から光学異性体と呼ばれている(ときには,結晶形が左右逆になる事もある)。この様な立体的関係はちょうど右手と左手の関係と同じなので鏡像異性体同士を互いに対掌体と呼ぶ事がある。光学異性体の溶液に偏光を当てると,その振動面が右や左に旋回する。左に旋回させるものを左旋性があるといい,()で表す。右に旋回させるものを右旋性があるといい,()で表す。左旋性と右旋性のものの等量混合物は旋光性が無く,ラセミ体と呼ばれる。
 光学異性体には,その構造からみた命名上の規約がある。これは,フィッシャーE.Fischerによるもので,基準物質にグリセルアルデヒドを用い,小型のD(Dextrorotatory,右旋性)L(Levorotatory,左旋性)の文字を用いて表すものである。この規約では,図(a)の構造のものをDグリセルアルデヒドとする。四角形は不斉炭素原子を中心においた正四面体を表し,各頂点で置換基と結合している。HOHを結ぶ横向きの実線は紙面の手前にある事を示し,CHOCH2OHを結ぶ縦向きの破線は紙面の奥にある事を示している。図(b)は,(a)を平面に投影した図である。Lグリセルアルデヒドは,図(b)HOHを互いに交換したものになる。図(c)D型,図(d)L型であり, (c)(d)DLが鏡像体になっている事を示す。


 D () -トグリセルアルデヒドは,酸化されてD()グリセリン酸になり,さらに数段階の反応を経てD() 乳酸になる。この様に,D−グリセルアルデヒドから導かれる光学異性体をD型とし,DLは,旋光性と無関係に定められる。


乳酸は,ヨーグルト等の乳酸菌飲料や漬け物等の酸味成分であり,乳酸菌発酵によってDL乳酸ができる。また,筋肉等の動物組織中で糖代謝によりできる乳酸は,L()乳酸である。
 糖の場合には,糖とグリセルアルデヒドのCH(OH)CH2OHの構造を対比させて,同じ構造のとき記号も同じになる。アミノ酸の場合には,NH2OHに置き換えて,乳酸と対比させ,同じ構造のとき記号も同じになる。

天然のアミノ酸は殆どL型だが,旋光性は右と左のものがある。
 酒石酸には,
1分子中に2個の不斉炭素原子がある。そこで,2個ともD型またはL型のものと,D型とL型を1個ずつもつメソ体と呼ぶ対掌構造のものがある。メソ体は,ラセミ体と同様に,左旋性と右旋性が打ち消し合って旋光性を示さないので,光学不活性体である。


 一般に,不斉炭素原子n個をもつ分子の光学異性体は,2n個である。
 光学異性体は,生理的には全く異なった挙動を示すもので,地球上の生物体内のホルモンや糖類,アミノ酸等は,どれも光学活性であり,そのどちらか一方の分子からできている。例えば,タンパク質のaヘリックスのらせん構造は,光学活性のL型アミノ酸による二次元構造である。もし,この中にD型アミノ酸が混入すると,あの規則的ならせん構造はできなくなってしまう。この様に生物体内では,一方の光学異性体のみが選択的に秩序よく配列されて,安定な構造を保って生理作用を営んでおり,興味深い問題である。現在,この不斉が発生する仕組みについては,いろいろな研究が進められている。

 

参考 光学分割
 不斉炭素原子を含む化合物を人工的に合成すると,光学異性体の等量混合物であるラセミ体が一般には得られる。鏡像体の一方だけを合成する不斉合成もいろいろな方法が試みられている。しかし,ラセミ体から一方の鏡像体を分離する方法は古くから研究されており,これを光学分割またはラセミ分割という。主として次の様な方法がある。

(1)  最も古い方法として,パスツールL.Pasteur1848年に発見した方法で,DL酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の水溶液を27以下で再結晶させると,D塩とL塩の2種類の結晶ができる。これを顕微鏡を用いて分け,強酸で処理して,酒石酸のそれぞれの対掌体を得た。しかし,この方法に適する物質の例は少ない。

(2) ラセミ体の飽和溶液の中へ,再結晶の種として一方の対掌体の結晶を入れると, 種結晶と同じ対掌体の結晶が析出してくる。また,時には異なった旋光性の結晶を種として加えても,その刺激によって一方のみの対掌体の結晶が析出する事がある。例えば,DL酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の水溶液にLアスパラギン酸の結晶を加えるとD酒石酸ナトリウムアンモニウム塩が析出する。

(3) 酸,アミン及びアルコール類のラセミ体については,例えば,カルボン酸のラセミ体DL酸の溶液に,Dの立体配置をもった光学活性の塩基を加えると,生じる塩は,DD塩基とLD塩基の混合物(これをジアステレオマーという)となる。この2種類の塩は同一のものではなく,再結晶やクロマトグラフィー等の方法によって,2種類の塩に分離する事ができる。この分離した塩を酸で処理してDLのカルボン酸をそれぞれ別々に得る事ができる。

(4) 生物体が生じる化合物(代謝産物)は,殆どが一方の対掌体である。これは酵素の基質特異性に起因する。この性質を利用して生物体外における酵素の作用により,ラセミ体のアミノ酸やテルペン類の光学分割を行う事ができる。

C 基と官能基

基,官能基
 教科書本文では,母体化合物から何個かの原子が取れた形の原子団を「基」と呼び,特徴ある機能をもつ原子団を「官能基」と呼ぶ様に記述した。ところが,IUPACによる定義では,水素原子を除いて,炭化水素の水素原子を置換するものについては,教科書脚注の様に原子についても基と呼んでいる。教科書本文で原子を基から除いたのは,この段階では主に炭化水素基を扱う関係で,混乱を避ける為である。したがって,炭化水素の置換基については,これも基とよぶ事を,ハロゲン化合物等を扱う段階で指導して頂きたい。

IUPACの基に関する内容を拾い上げると,次の様になる。

(1) 置換基 母体化合物のH原子と入れ換わった基。置換基のうち,2つ以上の基 名に分けられるものを複合基(例:クロロメチル基CH2Cl),分けられないものを単純基(例:クロロ基,メチル基)と呼ぶ。

(2) 特性基 母体化合物に結合する原子がC原子以外の置換基(ClOH)だが,C原子であってもそのC原子に別種の原子(Hは除く)が結合している置換基(−CNCOOHCOCH3)であれば,これらを特性基という。

(3) 官能基 特徴ある機能を分子に与える置換基や構造を官能基という。特性基より広い意味に用いられる。例えば,不飽和結合は特性基ではないが官能基である。

  教科書で用いている官能基は,IUPAC規則にいう「特性基」と「官能基」にほぼ相当し,それからハロゲン原子等の特徴をもたない「特性基」をさし引いたものである。

 

炭化水素基

 炭化水素分子からH原子をいくつか除いた基で,次の様なものがある。

(1) アルキル基 アルカンからH原子1個がとれた形の基で,CnH2n1の一般式で表される。対応するアルカンの語尾-aneをイル-ylに代えて命名する。

(2) アルケンから導かれる基 名称は,対応するアルケンの語尾-eneをエニル-enylに代えて命名する。ビニル基の様に慣用名で表すものもある。

   CH2CH  CH2CHCH2  CH3CHCH

   ビニル基   アリル基  1-プロペニル基

(3) 芳香族炭化水素基(アリール基) 芳香族炭化水素の1価の基を,一般にアリール基という。アリール基には,次の様なものがある。

  C6H5フェニル基,CH3C6H4トリル基(o-m-p-がある)

 (CH3)2C6H3キシリル基(何種類か存在する)C10H7ナフチル基

 

示性式

 分子式を展開して,その分子の特性を明らかに示す様に記された化学式を示性式という。有機化合物の特性はその分子内に含まれる官能基によるものであり,官能基を抜き出して表した化学式を,通常示性式と呼んでいる。

 また,炭素骨格等がわかる様な簡略化した構造式を,示性式として用いる事もある。示性式は構造式に含まれる。

 

 

 








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