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E 体液による生体防御

 

◆免疫と細胞

免疫という用語は,もともとは税金を免れる免税を意味し,転じて病苦から免れるという意味に使われるようになった。英国の田舎で開業していたジェンナー(17491823)は牛の乳しぼりをしている女性の手の指に水泡(牛痘)がしばしばできており,流行する天然痘にかからないことに注目した。1796年ジェンナーは牧童に牛痘にかかった婦人の水泡の液を注射し,2か月後に天然痘を接種したが,病気にならずにすんだ。ラテン語で牛のことをvacca,牛痘のことをvaccinaということから,ジェンナーは種痘のことをvaccinationとよんだ。今日のワクチンの語源にあたる。ジェンナーの種痘はヨーロッパ中に広まっていった。天然痘と牛痘のウイルスは異なっているが共通性があり,いずれかを抗原として抗体をつくると,抗体は両者と反応する(免疫となる)

●白血球 血液中には赤血球のほかに白血球がある。これが免疫に関与する細胞である。白血球は,顆粒球(多核形白血球)・リンパ球・マクロファージの3種類に分けられる。このうち顆粒球とマクロファージは異物食作用を示し,リンパ球はT細胞・B細胞の2種類があり,体液性免疫にあずかる。これら白血球は赤血球とともに,骨髄の中にある幹細胞からしだいに分化する。リンパ幹細胞のうち胸腺(thymus)にしばらくとどまった後,T細胞となり血液中にでる。T細胞は異物(抗原)を認識し,さまざまな働きをする。他方いったん肝臓に移住した後,骨髄で成熟する細胞はB細胞となり,抗体産生にあずかる。B細胞とよばれるのは,ニワトリでは直腸のファブリキウス嚢bursa of Fabricius経由で分化するからである。骨髄bone marrowとする説もある。

 

 

●細胞性免疫と体液性免疫 細菌やウイルスなどが体内に侵入すると,T細胞が認知してある種の因子(リンフォカイン)を放出する。するとマクロファージが集まって食作用を開始する。顆粒球も食作用に加わる。このように直接的な免疫のことを細胞性免疫という。これに対して産生された抗体が関与する免疫は体液性免疫とよばれる。後者は異物が最初に侵入して1か月ぐらい経てから(抗原がつくられてから)有効となる。前者は異物の侵入後ただちに起こる。

●マクロファージ マクロファージは白血球の一種であり,大型で単球(核の形状が球状でくびれがない)の食作用の旺盛な細胞の総称である。マクロファージは通常,老化した細胞や組織片,侵入してきた異物などを細胞内に取り込み,消化して処理する働きをしている。また,何らかの刺激を受けると,病原菌などの微生物や腫瘍細胞を殺して処理する働きもする。免疫については次のような働きをしている。

 マクロファージには,T細胞の機能発現を助ける重要な働きがある。抗原物質を細胞内に取り込み,適当な大きさの抗原ペプチド(アミノ酸数520程度)にする(抗原処理)。次いでその抗原ペプチドを細胞表面に表し,T細胞がそれに反応できるようにする抗原提示を行う。マクロファージとT細胞が反応するとマクロファージからインターロイキン1(ILl)が出てT細胞の分裂活性化を促進する。その後T細胞は特定のB細胞を捜しだして結合し,いくつかのインターロイキン(リンフォカイン)を出してB細胞の分裂活性化を助ける。こうして,抗体産生細胞(プラズマ細胞)となったB細胞は特定の抗原だけを標的とする抗体を放出する。

 

抗体産生におけるマクロファージの必要性 (a)マウスの脾臓細胞に羊の赤血球を与えると抗体産生が生じる。(b)リンパ球,(c)マクロファージのそれぞれに羊の赤血球を与えても抗体産生は生じないが,(b)(c)の混合したものでは抗体産生が生じる。

 

抗原と抗体

抗体を産生させる原因となる物質は抗原とよばれる。抗原となる物質の主要なのは非自己タンパク質である。ウイルスや細菌などのタンパク質が抗原となる。タンパク質中のアミノ酸配列10個ほどや立体構造の一部が抗原となる。多糖類,脂質も抗原となることがある。また低分子物質もタンパク質と結合していると抗原となる。

 抗体(免疫グロブリンG)2本ずつのH(鎖重53000)L(23000)とからなり,全体の分子量は152000におよぶ。H鎖とL鎖は1本のSS結合で連結され,H鎖どうしも2本のSS結合でつながり全体としてまとまっている(下図)。この抗体は免疫グロブリンG(IgG)とよばれているタンパク質で,体液性免疫で主導的な役割を果たしている。

 このように一定の形をした抗体が多種多様の抗原と特異的に対応しているのは,HL鎖ともに抗体の種類によってアミノ酸配列が異なっている可変部が存在しているためである。H鎖では446個のアミノ酸中110120個,L鎖では214個のうち107個が可変部である。残りはすべての抗体に共通なアミノ酸配列をもっており,不変部といわれる。H鎖,L鎖ともに可変部は抗体分子の両腕の先端にあたり,そこが異物抗原との結合部位となっている。

 抗体は抗原と強い結合(解離定数は1091010である)をする。酵素と基質の解離定数は104107にすぎない。抗原抗体複合体は巨大な結合体をつくり,沈殿してしまう。そこにマクロファージが集まってきて取り込み消化してしまう。

 

 

◆抗体産生のしくみ

いったい,どんなしくみで100万種類以上の抗体がつくられるのであろうか。1900年ドイツの病理学者エールリヒ(18541915)は,抗体産生細胞にはあらかじめ表面に特異的な側鎖(レセプター)をもっており,抗原が結合すると膜から脱落し,細胞はレセプターをどんどん産生・放出すると主張した。これは最初の選択説である。一般的には,抗原は産生細胞に入りこんでかぎとかぎあなの関係にある抗体をつくらせるとする指令説が有力となっていった。エールリヒ説をリバイバルさせたのはバーネット(18991990)のクローン選択説(1959)である。抗体産生細胞は分化の過程で遺伝子変異が起こり100万を超える抗原に対応する細胞群ができると考える。11つの細胞の表面にあらかじめ異なった抗体が存在すると仮定する。クローン選択説は1976年スイスのバーゼル大学で利根川進(1939)によって実証された。

 リンパ細胞は成熟過程で抗体遺伝子の再編成(体細胞変異)がなされ,各細胞に遺伝子変異をもたらす。抗体H鎖に対応する遺伝子は,制御部(LH),可変部(VHDHJH),不変部(CH)と続き,各部域間には遺伝情報に関与しない部域(イントロン)が介在する。可変部の3部域には,VH300個,DH12個,JH4個と複数の遺伝情報部分(エキソン)が存在してイントロンでそれぞれ仕切られている。リンパ球が抗体産生細胞(B細胞)に分化していく間にVHDHJHの各可変部で各1個のエキソンが残って連なり他は消失してしまう。遺伝子としては制御部,可変部,不変部と続いている。このとき可変部のエキソンの組合せは,300(VH)×12(DH)×4(JH)14400通りとなる。L鎖でもVLJL (DLはない)の変化で1200通りの組合せができる。H鎖とL鎖との組合せから1000万種類以上の抗体遺伝子の生成が可能となる。

 

◆アレルギー

アレルギー反応は,スギやブタクサの花粉,ゴミ中のダニ,牛乳,サバなどが引き金となる。血液中にごく微量に存在する免疫グロブリンE(IgE)がこれらのアレルゲン(抗原)によってできると,IgEは皮膚や鼻の粘膜中に散在する肥満細胞のレセプター(Fcリセプター)と結合する。IgE抗体にアレルゲンが結合すると,細胞内の顆粒がこわれ,ヒスタミンなど刺激物質が放出される。ヒスタミンは皮膚にじん麻疹を起こさせたり,肺の気管支をせまくして喘息を起こさせる。また鼻粘膜を刺激してくしゃみや鼻汁の症状が起こる。アレルギーの急激な症状はアナフィラキシーとよばれ,気管支が一時的に閉ざされて窒息死にいたることがある。ペニシリン注射でも起こることがあり,ペニシリンショックとよばれる。

 

◆エイズ

19816月アメリカで2名の患者が25万人に1人というまれなカポジ肉腫で死亡した。これがエイズの最初の記録である。1993年までに世界中で1000万人のエイズ患者がいるといわれ,治療薬はまだ開発されていない。エイズ(後天性免疫不全症候群acquired immunodeficiency syndrome)は,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virusHIV)によってひきおこされることが19845年に発見された。

HIVRNAをもつウイルスで,RNAからDNAを合成する逆転写酵素をそなえているのでレトロウイルス(レトロは逆方向に向かうの意味)とよばれる。ふつうはDNA→RNA→タンパク質なのに,ここではRNA→DNAとなり,寄主の核のDNA中に入りこむ。ときにこのDNAからRNAがつくられて,それからタンパク質が合成されてウイルスがふたたびできる。HIVは直径100ナノメートルの球状をしており,外側は脂質二重層からつきでたスパイクをもった外被がとりまいている。内部に内被があり,その中にコアがあってRNAと逆転写酵素を包んでいる。RNA9000塩基からなり,7種類のタンパク質をコードする。

 HIVのスパイクはT細胞(ヘルパー)の細胞膜について細胞内に侵入し,外被,内被,コアがほどけてRNAを出す。もってきた逆転写酵素の働きで1本鎖RNAから2本鎖のDNAがつくられ,これが核内のDNA中に挿入される。ウイルスのDNAは細胞のDNAと挙動を共にし,細胞分裂の際には複製されるときにウイルスDNARNAをつくってタンパク質を合成させ数百個のウイルスを再生し寄主細胞を破壊させてとびだし,他の寄主に分散する。そのためエイズではT細胞の減少に伴う免疫不全が起こるのに数年かかる。直接の死因であるカポジ肉腫やカリニ肺炎は免疫が正常であれば発病しない。

 

◆血液の凝固

 血管に傷が生ずると,その部分だけ血液凝固が起こって止血される。まず,血小板が傷口に接着して血小板の塊(血小板血栓)が生じて傷口をふさぐ。同時に,血液が傷口に触れて血液凝固が発動してフィブリンが形成され,血栓を補強して傷口をより強くふさぐ。血管壁が内皮でおおわれているところでは,血小板は接着せず,血液凝固も発動しないので血栓は生じない。

 血小板は直径24μmの円盤状で核はない。血管の損傷により血管内皮細胞が剥離して,血管壁がむき出しになると,血小板は皮下組織のコラーゲンに粘着する。この過程で血小板は活性化され,形態は変化して突起が生じ,球状になる。また,活性化した血小板からADPやセロトニンが放出され,これらの物質によって血流中の新たな血小板は活性化され,すでに粘着している血小板と相互に接着するよう

になる。こうして血小板血栓が形成され,さらに,血液凝固によって生じたフィブリンが赤血球をまきこみながら血小板血栓にからみついて凝固血栓を形成する。

 

発展 ヒトの健康と免疫現象

ヒトの各組織には組織適合抗原があり,一卵性双生児以外では人によって異なっている。そのため,他人の組織を移植すると,細胞性免疫により白血球やリンパ球が移植組織を攻撃する。そのため移植臓器が定着できない。これが拒絶反応である。そこで,あらかじめ組織適合抗原の検査をして比較的似たものどうしで移植すると定着しやすい。また,シクロスポリンAのようにT細胞の産生を阻害する免疫抑制剤を投与して拒絶反応を少なくする。腎移植は70%以上の定着が可能となっている。

主要組織適合抗原 臓器移植の際,拒絶反応が起こるのは,組織を構成する細胞の表面に存在するある分子が個体ごとに少しずつ異なるためである。このような分子は,移植組織が受容者に適合するか否かにかかわっているため組織適合抗原とよばれる。この分子は共通の祖先の遺伝子が,少しずつ変異を起こし,それぞれが別の家系にひきつがれてきたことによって多様になっていると考えられる。組織適合抗原の中でとくに拒絶反応に重要な働きをしているものを主要組織適合抗原という。

 ヒトの組織適合抗原については,1958年に輸血患者血清に白血球と反応する抗体が見出されたのをきっかけに解明が始まり,HLA(human leukocyte antigen)とよばれる主要組織適合抗原の遺伝子複合体が第6染色体に存在することがわかった。通常,主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility gene complexMHC)の遺伝子座はIIIIII3つのクラスに分けられる。クラスI領域の産物(クラスI抗原)はすべての細胞の膜表面に発現している。クラスII抗原は,B細胞,T細胞の一部,マクロファージ,精子などの表面にあることがわかっている。免疫的に「自己」と「非自己」を認識するときには,このクラスII抗原が主要な役割を果たす。たとえば,マクロファージが提示した外来抗原(非自己)T細胞が認識する場合,マクロファージのもつクラスII抗原(自己)と外来抗原(非自己)とを同時に認識する必要がある。

 

 

 









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