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B 興奮の発生と伝導

 

◆興奮伝導のしくみ

生物電気の発見

 古代からシビレエイやデンキナマズによる衝撃が知られていた。1745年にライデン瓶が発明されるとこの作用は放電現象によって起こされる電気の感覚に近いことが分った。

 1791年にイタリアの解剖学者ガルヴァーニはカエルの脚標本が2種の金属に触れて収縮するという現象を発表した。彼はこれを筋肉が外側に陽電気を,内側に陰電気を蓄えているために起こり,金属で短絡することで放電が起こると考察した。この生物電気の考察は間違っていたが,社会的には医師の治療に金属弓(銅と鉄で作られた電気ピンセット)が利用されるなどの強い影響を与えた。

 物理学者ヴォルタは同様の実験をして,生物電気による収縮ではなく,2種の金属の電位差によるものと考察した(1793)。論争は激しく,ガルヴァーニは金属を用いなくとも,神経筋標本で神経の切断端を筋肉に接触させると収縮を起こすことを発表し,自説を主張した。これは神経の損傷電流によって起こる筋収縮であって,彼の説を証明したものではなかったが,生物電気が発生する事実として残った。ヴォルタは研究を続け,1799年にヴォルタ電池を発明した。

 

生物電気の測定

 1820年に電流計が作り出されて,筋肉の損傷電流や活動電流が記録されるようになった。しかし,これらの電気変化は微小で短時間であるため,電極やブラウン管など測定機器が発達しない限り,正確な測定は困難であり,進歩は1900年代に入ってからである。心筋の活動電位の記録(心電図)1913年に,神経の活動電位の記録は1929年に始められた。

 膜内外の静止電位の測定は,1939年のイギリスのホジキンの微小電極法の開発によって初めて可能となった。

 

静止電位と活動電位

 興奮が軸索を伝導するようすを記録するには,軸索の表面に電極をおく方法(A)と,微小電極を用いて軸索内部の電位変化を記録する方法(B)とがある。(A)では2相性,(B)では単相性の電位変化として記録できる(図 興奮伝導の記録)。タコの眼球の前後に電極を当て,瞳孔に向けて光を当てると,1.76Vのインパルス(Impulse 神経衝撃)が発生した(1924)

 エードリアンとズォテルマン(1928)は,カエルの筋肉の張力受容体から脳に送られるパルス数が筋肉の伸展の長さに比例することを報告した。これがエードリアンの法則である(1932年,ノーベル賞)1934年にはカブトガニの視神経が発生する電気信号が記録され,光を強くしても信号の大きさは変わらず,発生する頻度が増えることがわかった。

この現象はその後各種の受容体で確認され,刺激の強弱は軸索中を通過するパルス数/秒に変換されていることがわかった。また,一定の刺激を与え続けると,慣れによって感覚が低下し,閾値が上がることが知られているが,これも刺激の持続によってパルスが減ることで説明される。

 一方,脳から筋肉への命令の実体も同様なしくみによることがわかった。つまり,筋繊維につながる軸索を経て,脳からのパルス数/秒が多いほど収縮に参加する筋繊維の数が多くなり,筋肉は強く収縮することになる。

 また,閾値以下の刺激では信号は発生せず,興奮の発生については全か無かの法則(all-or-none law)が立てられた。 

 興奮していない状態の細胞の電位差を静止電位という。ホジキンとハクスレーはヤリイカの巨大軸索(直径0.5mm)の内部に,電極(3モルKCl溶液を満たしたガラス管)を差しこんで電位差をはかり,−50Vの静止電位を得た。刺激を受けると細胞内部は急激に電位差が減少し,0になり,さらに極性が逆転し,+30mVにもなる。この変化は1ミリ秒以内に終わり,速やかに元の静止電位のレベルに戻る。このような急激な電位変化を活動電位(action potential)という(図 活動電位の経過)。活動電位は神経や筋肉,植物の細胞で調べられ,心臓や脳など臨床医学にも応用されていった。

 

興奮発生のしくみ

 細胞膜を境にして内外のイオンの不均等な分布が電位差の原因であるという仮説は,1902年にベルンスタインによって提出されていた。ベルンスタインは生体膜が陽イオンのみを透過し,陰イオンをまったく透過させない選択的透過性を仮定した。その結果,膜を隔てた分極が発生し,静止電位が生ずる。興奮時には一時的に選択的透過性が消失し,すべてのイオンに対する透過性が増して膜は脱分極して活動電位が発生すると考えた。

 実際には上記のような選択的透過性は人工膜では認められても生体膜では成立しなかった。ボイル(1941)は筋肉の静止膜はKClを透過するが,Naとその他の陽イオンを通さないことを明らかにした。

 ホジキンとハクスレーはNa説を立てた(1945)。軸索内部はK濃度が高く,外液ではNaCl濃度が高い。静止状態では膜はKに対して透過性が高く,Naに対しては低い。するとKは外液の方へ流出する。その結果,膜の内側は外側に対して負になる。負の電位はKを引き付け,Kの外への移動をある程度制限し,平衡となる。Naも少し透過し,その総合的な結果が静止電位となる。

  静止電位のマイナスの度合いが小さくなって0に近づくことを脱分極とよぶ。

 

活動電位が発生すると,膜のNaに対する透過性が選択的に高まり,Naは内向きに流入して膜電位を+側へ変化させる(脱分極)。その後,Naの透過性が急激に減少し,同時にKの透過性が増加してくることによって後電位が現れる(図 活動電位発生時のNaおよびK透過性の変化)

このような仕組みで活動電位が発生すると,そのたびに軸索は少量のNaを受け取り,同量のKを失うことになる。そこでNaを追い出し,Kを取り込んで,膜の内外のイオン濃度を一定に保つようにしないと,軸索は働かなくなる。そこでNaの排出機序をNaポンプという。KポンプやClポンプもあるが,Naポンプが一番重要な役割をしていると考えられる。

膜の興奮部では電位の逆転に伴い,表面から内部に向かう短時間の電流(局部電流)が観察され,この電流によって隣接部が興奮する。この興奮によって隣接部の膜の透過性が変化してNaの移動が起こる。このようにして,電位の変動がつぎつぎに神経を伝わっていくことになる。

 

軸索の途中を刺激するとき,興奮は右にも左にも伝わるはずである。このことは実験的にも確かめられている(上図 両側伝導)。しかし,両側伝導が当然であるかのように考えるのは誤解である。活動電位が軸索に沿って伝導する場合には活動電位が通過した直後の膜は再分極した状態(Na流出中)にあるため,Kの流出も高く,脱分極で活性化されたNa系は既に不活性化されている。したがって,興奮領域から流れ戻って来る環状電流は通常は再分極を遅延させるだけで,興奮の引き金にはなり得ない。つまり,通常は伝導は一方向にしか伝わらないのである。さらに,ニューロンとニューロンとの間のシナプスによっても刺激の情報は一方向にだけ伝達するように整理される。

 

電位依存性イオンチャネル

 

現在は,透過性の実体は電位依存型Naチャネル,電位依存型Kチャネルと呼ばれるイオンチャネルであることが判明している。チャネルはポリペプチドである(図 電位依存性Naチャネルの分子構造)。チャネルは活性化ゲートと不活性化ゲートをもち,静止時には活性化ゲートは閉じ,不活性化ゲートは開いている(次図())。脱分極が起こるとNaが移動する(次図())。脱分極が続くと,活性化ゲートは開いているが,不活性化ゲートが閉じるためにイオンの移動は止まる(次図())。再分極されると,不活性化ゲートが開き活性化ゲートが閉じて元の状態(次図())に戻る。

 

 

 

興奮伝導と跳躍伝導

興奮部位は隣接する部位と電位が逆転しているため,正から負の方向に向かって電流が流れる(局所回路)。そのため,隣接部で膜電位の減少が起こり,活動電位が発生する。ところで,有髄神経線維は髄鞘の切れ目のランビエ絞輪以外は絶縁体である。したがって,これらの伝導はひとつの絞輪から次の絞輪へと跳んでゆく。そのために伝導速度が早くなり,これを跳躍伝導という。

 

ニューロン説とシナプス

伝導とは興奮が同一細胞(軸索)内を伝わることをいう。伝達とはシナプスを介して興奮が別の軸索に伝わることをいう。

ニューロンとニューロンの接続部,ニューロンと作動体との接続部をシナプ(synapseギリシア語の接続を意味する)といい,これは脊髄ガエル等を使って反射を研究し,ノーベル賞を受賞したシェリントンの造語である。接続しているといっても完全に連絡しているのではなく,ニューロンとニューロンの場合には約20nmのすきまがある。

19世紀の末に開発された神経細胞を黒く染色するゴルジ鍍銀法は優れた染色法であった。イタリアのパヴィア大学のゴルジはこの染色法による研究で,神経系は連続した網状一体構造の電気回路と考えた。ゴルジの網状説である。

しかし,同じゴルジ染色を用いながら,スペインのカハールは神経回路網の途中は断線しており,神経細胞どうしが接触しているシステムと考えた。ベルリン大学のワルダイヤーがカハールの説をニューロン説として普及した。神経系の構造に関する業績でゴルジとカハールは1906年のノーベル医学生理学賞を同時に受賞しているが,受賞講演でもゴルジはカハールの説を批判し,握手もせずに別れたという。

当時,生理学の立場からニューロン説を支持したのが,オックスフォード大学のシェリントンであった。脊髄ガエルで脳が無くとも一部の神経系が機能している事実から,彼はニューロン説を支持したのである。そして,神経のつなぎ目をシナプスと名づけた。

 

化学伝達学説の誕生

1903年,ケンブリッジ大学の25歳の学生エリオットはネコから取り出した腸管平滑筋にアドレナリンをかけると交感神経を興奮させたときと同じ弛緩反応が見られることを実験し,交感神経末端からアドレナリンが放出されると考えた。アドレナリンは既に2年前に高峰譲吉により副腎から単離され結晶化されていたのである。1904年に彼は英国生理学会で自説を発表したが,当時は神経を電線のように考えていたので,化学物質の放出は信じられないことであった。

神経伝達物質を証明したのはオーストリアのグラーツの大学の教授レービィであった。エリオットと討論し,感銘を受けていたレービィはある夜,夢の中でごく微量の分泌物質を検出し証明する実験法を思いついた。目覚めてメモを書きとめたが,起きて読んでみると判読不能であった。しかし,翌日の深夜にも同じ夢を見た。今度はすぐに実験室にかけつけて実験をしてみた。

カエルの心臓を二つ用意してリンガー液に入れる。一方の心臓の迷走神経を電気刺激すると,次第に拍動は遅くなり,ほとんど止まってしまう。その心臓の入ったリンガー液をくみだして,別の心臓に投与したのである。すると,心臓の拍動は弱くなった。リンガー液中に迷走神経末端から拍動を弱める化学物質が放出されたことを示した実験であった。これがアセチルコリンという物質であることを確認したのはイギリスの薬理学者デールであった。レービィとデールは1936年「神経インパルスの化学伝達に関する諸発見」でノーベル賞を受賞した。

1950年代に入って,超微小電極や電子顕微鏡などの技術的な発達により,化学伝達は広く認められるようになった。

 

化学伝達のしくみ

化学伝達のしくみを運動神経と筋肉とのシナプスの場合を例にとって説明すると,次のようになる。軸索にそって興奮が末端(端板)まで伝わると,シナプス小胞が一斉にこわれてアセチルコリンが分泌され,筋肉の膜のレセプターに受け取られて作用する。アセチルコリンの働きで筋肉の膜のイオンチャネルが開き,ゆっくりとした(1/100秒の)脱分極(シナプス電位)が起こる。脱分極が閾値を超すと,筋肉の膜上のナトリウムチャネルが開いて活動電位が発生し,これが筋肉の膜やT管の膜を伝わっていき,筋肉は興奮し収縮することになる。

分泌されたアセチルコリンは,すぐにコリンエステラーゼによって分解される。分解産物はもとのニューロンに再吸収されて再使用される。猛毒サリンはこのコリンエステラーゼ作用を阻害するため,アセチルコリンが筋肉の膜のレセプターに結合したままとなり,筋肉の運動を麻痺させることになる。

 

 aからの情報は,blb3のいくつかのニューロンに同時に伝達される。

 a2a3のうち,いくつかの情報を同時に受けてはじめて,bのニューロンを興奮させるのに必要なシナプス電位になる。

 ふつうは,aの末端からの伝達物質によってbに脱分極(イオンの移動による電位の逆転)が起こってbが興奮する(興奮性シナプス)。しかし,シナプスによってはaからの伝達物質(たとえばGABAが末端から分泌)により過分極(静止時の電位差がより大になる)が起こり,抑制として働く(抑制性シナプス)

 

伝達物質の量子的放出

伝達物質が小胞のようなパケット状のものを単位として放出されるという考えは,シナプスでの信号伝達を電気生理学的に解析したカッツとその共同研究者の仮説である。カッツらはカエルの神経筋で筋細胞に電極を挿入し,運動ニューロンが活動電位を発生しないときも,筋細胞の終板部位(神経との接点)1mV程度の自発的な電位変化が発生していることを発見した。この電位変化は活動電位で生じる終板電位変化と同じ時間経過を示す。また薬物を与えた場合の影響も同様である。したがって,カッツはこれを一定量の少量の伝達物質が自発的に放出されていると考察した。その後,小胞に伝達物質が発見されてカッツの仮説は証明された。

 

シナプスによる情報処理

シナプスには一般に次のような特性が認められる。アセチルコリンのような物質の分泌による興奮の伝達であるから,一方向へ情報を伝えることができる。情報の量は,アセチルコリンのような物質の分泌量に左右される。これにより,刺激の加重,抑制という情報の処理が可能になる(図 シナプスによる連絡)

シナプスによる伝達物質は拡散によって移動するので,シナプスが多い伝達経路は伝達時間がかかる。急速な情報伝達にあずかる神経連絡路は,シナプスの数を減らしたほうがよい(例 錐体路系では,ニューロンの数が少ない)。シナプスは疲労しやすく,酸素不足に影響されやすい(端板のミトコンドリアに注意)。 

 

神経伝達物質の種類

植物や動物がもつ神経毒は神経の化学伝達を研究するツールとして積極的に使用されている。神経伝達物質とドラッグの関連に関しては生田哲『脳と心をあやつる物質』(1999年。講談社ブルーバックス)を参照。

 

全か無かの法則(悉無律)

神経細胞や単一の筋繊維(筋細胞)はある一定値(閾値:いきち)以上の強さの刺激に反応するが,反応の大きさは一定である。この法則性を全か無かの法則という。アメーバの仮足の収縮などについてはこの法則性はみられない。筋肉は,閾値(次図;TlT2T3)が異なる数種の筋繊維からなるので,反応は階段状になる。

 

  参考文献

岩瀬善彦「生物電気」『生物電気』1970年,南江堂 (図1の出典)

デルコミン「ニューロンの生物学」1999年,トッパン

新井康充『脳とニューロンの科学』2000年,掌華房 (図2と図3の出典)

藤義博・高畑雅一『脳と行動の生物学』2000年,講談社サイエンティフィク (図4と図5の

出典)

シュミット『神経生理学 第2版』1988年,金芳堂

後藤秀機『神経と化学伝達』1988年,東京大学出版会

 

◆興味のある話   反射を止める矢毒クラーレ

 アマゾン川・オリノコ川流域の原住民はツヅラフジ科の植物の樹皮からの毒を矢毒として用いていた。クラーレは部族語で鳥を殺す との意で,この主成分であるツボクラリンはクロロホルムなどの全身麻酔の補助剤として使われた。全身麻酔は意識や痛みをとめても反射をとめられない。ツボクラリンは神経末端−筋細胞のシナプスに働く。ツボクラリンはアセチルコリン2分子に近い立体構造をもち,シナプス後膜でのアセチルコリン受容体と結合するためのアセチルコリンが結合できなくなり,その結果骨格筋は収縮できなくなる。クラーレは消化管から吸収されないので,矢毒で殺した動物を食べても問題はない。

 

興奮伝導のしくみの研究史

発電魚類(シビレエイ,デンキウナギ)などによって,生物が電気を発生させることは古くから知られていた。これがくわしく研究されるようになったのは近年のことで,次第に重要な生命現象であることが明らかになってきた。

1.ベルンシュタインの膜説

 神経繊維の内側にはKが多く,そしてこれは膜を通過できるが,陰イオンは通過できない。そのため,Kが膜外に出て()に,膜の内側は陰イオンによって()に分極する。これを静止電位という。いま,膜の一部を傷つけると,この部分では電位差がなくなるので,正常部位()から損傷部位へ電流が流れる。これが損傷電流である。ベルンシュタインは,興奮時に膜が一時的にこわれ,膜電位が中和されてゼロになると考えた。しかし,実際には数十mVのオーバーシュートが発生したので,膜説は修正が必要になった。

2.ハックスレー,ホジキンのNa

 膜説で説明できないオーバーシュートを,膜のNaの透過性の変化で説明したものである。彼らはヤリイカの巨大神経繊維を用いて,細胞内の電位変動を測定した。その結果,静止電位は約−70mVであった。これはKが膜を通過できることによると彼らは解釈した。神経が興奮すると,一時的に内側が(),外側が()に,つまりオーバーシュートが起こる。活動電流が発生するときには,Naの透過性が増加し,そのためNaは内外の濃度差にしたがって内側に流れこみ,膜電位を減少させ,さらにプラス側に変化させるためであるとした。

イカの巨大神経繊維に生じる

活動電位

 

3.ベイカー,ショウの研究

 神経繊維をローラーでしごいて内液を除き,そのかわりに硫酸カリウム溶液を入れ,外液のNa濃度を保つ。そうすると,神経繊維は数時間にわたり活動電位を発生させることがわかった。そこで内液のNa濃度を次第に高くしてみたところ,活動電位が低下していくことを見いだした。この事実は,Na説から推定された結果とよく一致する。

18世紀中頃 ガルヴァーニ,ボ

 ルタ カエルの筋肉で生物電

 気を発見

19世紀中頃 マットイチ,デュ

 ・ボア・レイモン

 筋肉の静止電位の発見

19021912年 ベルンシュタイ

 ン 膜説(membranetheory)

1945年 ハックスレー,ホジキ

 ン カニ,ヤリイカの巨大神

 経繊維で細胞内電位変動の記

 録−Na

 

 

 

 









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