トップ新編生物I 改訂版>第3部 遺伝>第3章 遺伝子の本体A 遺伝子本体の探究

A 遺伝子本体の探究

 

◆形質転換

25に示す実験は,1928年グリフィス(Griffith)によって行われたものであるが,当時はこの結果が,どこまで信用できるかということに疑問がもたれていた。その後になってエイブリー(Avery)とその一門の人たちの研究で,ハツカネズミを用いなくても,試験管内でも起こることがわかり,さらに1944年エイブリーらは,99.5%純粋にしたDNAが,この変化を引き起こさせるのに有効であることを確かめ(26)DNAが形質転換を起こさせる物質であることを確認した。

 はじめは,無毒性の菌が死菌のさやをかぶって有毒性に変わるのだろうと単純に考えていたが,タンパク質のさやは表現型(pheno type)であって,DNAこそ遺伝子であることが明らかになった。

 

◆物理学者とファージ

ファージは,分子生物学の研究に不可欠な材料となっている。教科書にあげられているハーシー(A.D.Hershey)らの研究もその代表例の一つである。このファージに注目したのは,ドイツ生まれの物理学者デルブリュック(M.Delbrück)である。彼は,もともと化学結合の量子論や原子核理論を専攻していた。その後,遺伝子に興味をもち,放射線生物学の実験にもとづいた遺伝子のモデルを提案したりした。31歳のとき渡米して,カリフォルニア工科大学で,ファージの研究を始め,その増殖実験を手がけた。また,イタリア生まれで,米国で研究していたルリア(S.E.Luria)と共に,1940年代からファージの実験的な研究を始めた。ハーシーも彼らのグループで研究した1人である。1969年に,デルブリュック,ルリア,ハーシーの3人は,ノーベル医学生理学賞を受賞している。

 デルブリュックが,ファージに注目した点が面白い。彼は,ファージが増殖する系を,最も簡単な増殖モデルとしてとらえ,その解析に当たった。一般に,物理学者はより単純な系について,できるだけ普遍的に拡張できる理論の構築を目指す。実在しない理想気体を仮定して理論を建て,実際の気体に適用するには,補正を加えていくやり方などがその典型であろう。いろいろな観点に立てば,複雑な構造をもつ多細胞生物よりも,単純なファージ(生物ではないが,生物系のみを通して増殖する)を選んだのは当然といえると思われる。

 では,生物学者はどうであろうか,科学的な法則性を見出そうとするとき,できるだけ単純な系を用いようとすることも多い。しかし,一方において,「生物界はそんな簡単なものではない」として,知識を動員して複雑な例外を誇示する傾向もないとはいえない。「そんな簡単に割り切れはしない。生命現象はもっと複雑だ」といいがちになる。しかし,よく考えてみると,そのようないい方は,建設的でなく,専ら防衛的であることが少なくない。その点では,物理学者のやり方に学ぶべき点もあると思われる。

 現在,生物の多様性が注目され,それを保つことがヒトも含めた,地球上の生物にとって必要であると考えられている。しかし,そのことと上述のこととは矛盾することではない。多様性を「かくれみの」にして,分子生物学をはじめとする先端の進歩を否定することは,厳に謹むべきであろう。

 ファージで成功した多くの生物物理学者は,生物の行動に目を向けた。簡単な神経系をもつ線形動物などを用い,情報伝達のしくみを探ったが,残念ながら目ざましい成果はあがっていない。物理学者も,近年は複雑系の解析を手がけている。物理学と生物学という自然科学の両端に位置する学問が,互いの伝統的な手法の制度をいかしながら,協力して生命現象の究明にいどむことが,今後の生命科学の発展に不可欠であろう。

 

 

 








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