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C 形成体と誘導

 

形成体

脊椎動物の初期発生で予定外胚葉に働きかけて,中枢神経の形成を引きおこすと共に,それ自身は,頭部中胚葉・脊索・体節に分化し,胚の形成の中心として働く胚の部分を指す。形成体の存在について最初に気づいたのはシュペーマンであるが,つづいて,マンゴルド,ホルトフレーターなどのドイツの学者によって著しく研究が発展した。形成体のはたらきの本質については,すでにいろいろな説があるが,形成体と反応を受ける組織とを,ミリポア・フィルターでへだてても誘導が成立することから何らかの物質が関与していることが確認され,この物質はタンパク質で,タンパク質分解酵素によって作用がそこなわれる。作用部位はかなり不安定な性質らしく,放置すると誘導そのものが変わってくることがあるというように考えられるに至った。ところが,最近の研究によると,予定外胚葉は本来神経に分化する性質があり,胚の腹側ではBMPと呼ばれる物質が働いて神経への分化を抑制し,背中側ではBMPが働かないので神経が分化することがわかってきた。ということは,形成体の本体は,背側のBMPの働きを阻害する物質であり,それがあるために,背側で神経が分化すると考える新たな説が注目を浴びている。

 


◆中胚葉誘導

動物極の割球や植物極の割球は,発生の早い段階からそれぞれ表皮外胚葉や内胚葉組織に自律的に分化する傾向がある。アフリカツメガエルの胞胚の動物極領域をアニマルキャップといい,アニマルキャップを胚から切り出し,単離した状態で培養をすると,表皮外胚葉にしかならない。植物極領域を切り出し,単独で培養すると,消化管に似た内胚葉になるが中胚葉は形成されない。ところが,表皮外胚葉にしかならないアニマルキャップと内胚葉にしかならない植物極領域の細胞を結合させて培養すると,典型的な中胚葉構造が形成される。なお,アニマルキャップと植物極領域の中間にある帯域とよばれる領域を切り出し,単独で培養すると筋肉や管などの中胚葉になる。このことから,オランダの生物学者ニューコープは植物極領域の細胞と動物極領域の細胞間に相互作用があり,帯域が形成されて中胚葉になると考えた。この現象は中胚葉誘導とよばれ,脊椎動物の発生で起こる最初の誘導現象である。

 カエルの未受精卵には動植物軸があり,精子は色素が沈着した動物半球に進入する。卵の表層は精子が進入すると,卵の内部細胞質に対して約30度回転する。これを表層回転という。回転の方向は精子の進入点によって決まり,表層回転によって左右相称が確立する。色素が沈着した表層が動物極方向に回転すると,精子の進入点の反対側に色が薄くなった領域が現れる。これを灰色三日月環といい,将来の背側中胚葉となる。背側中胚葉は形成体となり,脊索,体節,神経管などの背側の組織を誘導する。この背側中胚葉を誘導するのが,植物極背側領域であり,これをニューコープセンターとよぶ。植物極背側領域は消化管内胚葉に分化する。

微小管の重合を阻害する紫外線照射により表層回転を妨げると背側の構造が形成されず,微小管の形成を重水D2Oにより促進すると腹側の構造が小さくなり,背側の構造が増大することが知られている。また,卵割期の胚をリチウムイオンで処理すると,胚全体が背側化する。リチウムイオンはWntシグナル伝達系のGSK3βの活性を抑制し,転写因子βカテニンの核への移行を促進することから,Wntシグナル伝達系が背側構造の形成に関わることが示唆されている。

ニューコープセンターの働きに関わる遺伝子の探索は,アニマルキャップを遺伝子産物を加えた培養液で培養し,その発生を調べる方法で行われてきた。この手法をアニマルキャップアッセイという。中胚葉誘導因子の候補として,繊維芽細胞増殖因子(FGF)とアクチビンなどの形質転換増殖因子βTGF-β)が最初にあげられた。アクチビンは濃度依存的にさまざまな中胚葉組織を誘導する。また,背側中胚葉の誘導にも関係していることが示されている。しかし,アクチビンノックアウトマウスで中胚葉が正常に分化し,アクチビン受容体のノックアウトマウスでも中胚葉の分化が正常であるなど,アクチビンが単独で中胚葉誘導を担っているわけではなさそうである。他に,TGF-βファミリーに属すVg1や,BMPサブファミリーに属すNodalが中胚葉誘導因子の有力な候補にあげられており,アクチビンはBMPNodalを介して働いていることが示唆されている。

背側中胚葉はシュペーマンにちなんでシュペーマンオーガナイザーとよばれる。シュペーマンオーガナイザーで発現する遺伝子も,転写因子をコードするgoosecoidlim-1や,分泌タンパク質をコードするnogginchordinなど,多数報告されている。

 

誘導の連鎖

1924年,シュペーマンとマンゴルドによって発生運命の決定のしくみの大要が示された。現在では2つの細胞群が接触したとき一方が他方の発生運命を決定する誘導作用が連鎖的に起こって,各胚葉からいろいろな組織や器官が形成されていくと考えられている。オーガナイザー(形成体)発見とその誘導連鎖の解析は,最初両生類で行われたが,原索・脊椎動物全般にわたってその機構が明らかになり,発生の根本原理として認められている。

 

◆興味ある話  形成体の本体はなぜはっきりわからないのか

シュペーマンが,1924年に形成体を発見して以来,分化をひき起こす形成体の本体についての研究が,長年にわたって行われてきた。タンパク質,脂質,核酸などいろいろ取り上げられては,次々と否定されていき,結局わからずじまいとみなされるに至った。それには理由があった。シュペーマンの発見後40年して明らかになった遺伝子情報は,生命現象の基本をなすものであるが,その情報発現がどのように調節されているかは今日でもまだ解明されていない。形成体の作用とは,まさに遺伝子情報発現の引き金となるしくみのことである。この見地に立って新しい角度からの研究が進行中である。形成体の項でも述べたように,形成体の本体であるオーガナイザー因子(コーディン,ノギン,フォリスタチンなどが候補とされる)は,BMPに直接結合してBMPと受容体の結合を阻害することが確認されている。このことは,予定外胚葉は本来神経に分化する性質があり,背側で形成体が外胚葉の神経への分化を誘導するのではなく,腹側では神経への分化を抑制しているBMPの働きを背側ではオーガナイザー因子が阻害することで予定外胚葉が神経に分化することを示唆している。


 

参考 ニワトリの表皮の分化

発生の初期の段階で,中胚葉誘導や形成体による神経への誘導が生じていることはすでに述べたが,その後の器官形成でも組織同士が誘導しあうことで,複雑な構造が形成されることが知られている。例えば,毛や羽毛・鱗・歯などの形成においても,外胚葉性の上皮組織と,その内側にある中胚葉性の間充織との相互作用が生じている。このことはニワトリの胚を用いた実験で明らかにされた。羽毛を分化する背中の皮膚をトリプシン水溶液に浸して,表皮(上皮,外胚葉由来)と真皮(間充織,中胚葉由来)を分離する。同様に,鱗を分化する肢の皮膚も表皮と真皮に分離して,それらの組合せを変えて再結合させておく。すると,背中の真皮と結合させた肢の表皮からは本来生じるはずの鱗はできず,何と羽毛が生えてくる。このことは,表皮から羽毛や鱗を分化させる誘導因子が真皮(間充織)で作られ,それらが分泌されて表皮に移動してシグナルとして働いていることを示している。

 

発展 発生と細胞分化

ヒトの一卵生双生児が生まれる原理と同じように,胚が胚盤胞になったところで分割し,代理母の子宮に着床させるとクローン動物が得られる。この技術は実用化されており,優良な肉牛の卵と精子を人工受精させ,胚を安価な乳牛の胎内で育てると,高価で肉質の良いクローン牛を量産することができる。

 一方,体細胞の核を卵に移植して得るクローンを体細胞クローンという。未受精卵の核を取り除き,核を移植する。次に,電気刺激で精子による受精と同じように卵を活性化させ,発生を開始させる。胚盤胞まで培養したところで子宮に着床させて,生まれるのを待つのである。

体細胞から直接,核を取り出すのではなく,増殖因子を含む培養液の中で細胞分裂させてから核を取り出すと,成功率が高まることが知られている。体細胞の細胞分裂の速度は初期胚に比べると非常に遅いので,培養により増殖速度を初期胚に近づけることがよい結果につながるものと考えられている。

 これまでに,ヒツジやウシの体細胞クローンを得ることに成功している。しかし,成功率は極めて低い。大部分は妊娠中に死亡し,誕生したとしても何らかの異常がある場合が多い。その原因は,体細胞の核を卵に移植するとDNAのメチル化のパターンが書き換えられることにある。DNAのメチル化の程度と,メチル化される塩基配列は発生過程で大きく変動する。体細胞の核が卵に移植されると,DNAのメチル化パターンが胚盤胞に至る過程で消去される。細胞分化にともない,新たにメチル化を受けるが,メチル化パターンが異常になる場合がほとんどである。メチル化パターンが正常と異なると,遺伝子の発現パターンが狂い,正常な発生をしなくなり,流産する。たまたま,正常と似たメチル化パターンが得られれば,一見正常に生まれてくるが,障害を伴う場合が多い。例えば,雌の性染色体はXXであり,正常な個体では,片方のX染色体をメチル化して不活性化し,雄のX染色体の遺伝子情報量と等しくしている。しかし,体細胞クローンでは大部分が,両方のX染色体遺伝子を発現してしまう。

 クローン人間が得られたとしても,正常な体のヒトが得られる確率は今のところ皆無に近い。精神は遺伝子だけで支配されているわけではなく,むしろ誕生後の経験により形成される神経のネットワークが大きな影響を及ぼす。一卵性双生児が別々の人格をもつように,クローン人間ができたとしても,各クローンは別の人間であることを忘れてはならない。

 

 

 









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