トップ>新編生物I>第4部 動物の受容と反応>第3章 動物の反応と行動>B トゲウオの生殖行動
B トゲウオの生殖行動
◆かぎ刺激(信号刺激)
本能的行動を解発するのに有効な刺激で,その動物の受容可能な刺激のごく一部
に限定される。
1.視覚的かぎ刺激 ティンバーゲン(Tinbergen 1948年)によるイトヨ(トゲウオの
一種)の雄の縄張り防衛行動の研究は好例である。つまり雄に縄張り防衛行動をひ
きおこす刺激になるものは,イトヨの形態そのものよりは “赤い”腹部なので,
フナのような形であろうとドジョウのような形であろうと,下半分が“赤い”なら
闘いが解発されるのである。
また,イトヨの雄は縄張りの境界近くに雌が現れるとジグザグダンスのディスプ
レイを示す。このときのサイン刺激は腹が“ふくれた”ことであり,ふくれていな
ければ正確に雌をコピーしてもディスプレイは起こらない。その逆に,腹がふくれ
ていればディスプレイが起こる。
2.聴覚的かぎ刺激 ニワトリのひなの“悲鳴”によって親の救援行動が解発され
るので,ピンチにおちいっているひなの “姿”そのものによっては救援行動は起
こらない。
もはや鳴声をたてなくなった弱ったひなに対しては,親は全くこれを“無視”し
てしまい,ときには踏みつけてしまう(Brücker.1933年)。
3.触覚的かぎ刺激 イトヨの雄はジグザグダンス以後の連鎖反応的行動によって,
成熟した雌を自分の巣に誘導する。巣に入っている雌の横腹を,雄が口吻でつつく
と雌は巣内に産卵する。このとき,雄を遠ざけてしまい,ガラス棒による刺激でも
有効である。つまり,かぎ刺激は横腹への触覚的刺激なのであり,必ずしも雄によ
ることを必要としない。

◆動物間のコミュニケーション
一般に,ある動物個体の匂いや音声などが信号(手段)となって,同種の他の個体
に対して通信の役を果たしていると認められる場合に,これを動物間のコミュニケ
ーションとよんでいる。
人間と同様,動物においても,個体相互間のコミュニケーションには,情報(伝
達する内容)とその情報を伝達するための手段が必要である。動物個体が相互にど
のような手段によって情報の交換を行うかは,それぞれの動物種がもつ感覚器の構
造とはたらきに依存しているが,一般に,水中から陸上生活へと移行していく動物
進化の過程にしたがって,より複雑な情報の伝達が可能となってくる。
水中または湿度の高い場所でなければ生活できない動物たちの情報伝達の手段
は,直接的な接触刺激か,近距離間での視覚刺激,あるいは水によく溶ける化学物
質による刺激に限られている。原始的な体制をもつ動物群に,複雑な社会構造が発
達しない理由は,情報伝達手段が未発達であることにその一因があるかもしれない。
ところで,動物が相互に交信しあう情報は,匂いなど嗅覚に関係する化学的信号,
音,振動,接触など聴覚や触覚に関係する機械的信号,体色や発光,身ぶり,表情
など視覚に関係する視覚的信号により伝達される。
◆化学的コミュニケーション
動物はさまざまな化学物質を体外に分泌排出しているが,そうした化学物質が種
内あるいは種間の情報伝達の手段として重要な役割を果たしている場合がある。化
学物質による個体間の情報交換を化学的コミュニケーションといい,一般に,同種
間の化学的コミュニケーションに使われる化学物質をフェロモン(pheromone)と呼
ぶ。フェロモンは動物の体内でつくられ,体外に分泌されて,同種の他の個体に特
定の行動(配偶行動や,仲間に敵の近づいたことを知らせる。)を引き起こす化学物
質の総称である。
◆機械的コミュニケーション
動物界を通じて,音または振動によるコミュニケーションを発達させた動物は脊
椎動物と節足動物の2門に限られている。このコミュニケーション方式は発信者・
受信者が接触したり出会ったりする必要がないため,障害物があったり距離的に隔
たっていても,暗闇のなかでも有効な通信方法である。また,音は速く通過し,痕
跡も残さない。この点,音によるコミュニケーションは化学的コミュニケーション
にはない特性をもつといえる。音のもつこのような特性から,この種のコミュニケ
ーションの手段は,水中 (魚類,海産ほ乳類など),空中(有翅昆虫,鳥類など)など
の三次元空間を自由に活発に行動する動物群に発達している。
◆視覚的コミュニケーション
動物が視覚的コミュニケーションの信号として使用する形質には,体全体の姿勢
や動作・表情,体色や模様(色彩のパターン),光の点滅のパターンやタイミングな
どさまざまなものがある。動物はこれらの形質を組み合わせて,無限に近い数の信
号をつくることができる。
モンシロチョウやアゲハの雄は,雌の翅の“色”や色彩のパターンによっで性行
動が解発され雌に接近する。雄の接近を感知した雌は,自分が交尾する状態にある
かないかを動作や姿勢によって雄に示し,雄は雌の応答にしたがって一定の行動を
とる。また,ホタルの雄は,種に特異的な光信号を発し,飛びながら雌を深す。一
方,雌も種特異的な光信号で雄に応答する。ホタルは種特異的な光の点滅のパター
ンや応答のタイミングなどによって同種の異性であることを確認している。
求愛,闘争,防御などの行動で,動物がしばしばみせる誇示(display)やリリーサー
としてのはたらきをもつ行動パターンの儀式化(ritualization)などは,すべて,動物が
視覚を基礎として行動の進化(特殊化)の過程でつくりあげてきたコミュニケーショ
ンの方法である。
補充 学習,知能による行動
◆慣れ
学習のなかでもっとも単純なものは慣れ〈habituation〉であるといわれる(ソープ,
1956年)。これは,ある動物個体に同じ刺激を繰り返し与えていると,刺激に対す
る応答が衰えてくる過程をいい,強化は起こらない。また,持続的性質があるとい
う点で,疲労や感覚順応と区別される。ちなみに,強化〈reinforcement〉とは,報酬
の取得や保存,完了行動の解発,感覚情報のより完全な組織化などを通じて,生物
体により安定した完全な状態を生みだす状況またはそのような活動をいう(ソープ,
1979年)。
巣にいる鳴きん類のひなは,ふ化直後は何に対してもおくびょうで,頭上を木の
葉が舞っても,害を与えない鳥が飛んでも,すぐ巣内にうずくまってしまうが,日
がたつにつれて,「害のないもの」には逃避姿勢を示さなくなる。これは,「害のな
いもの」の影が何も攻撃しないということに慣れるからである。しかし,鳴きん類
のひなは猛きん類に似た図のようなモデル(+記号のもの)が,頭上を矢印+の方向
に飛んだ場合には逃避姿勢をとるべきことを生得的(本能的)に知っている(ティン
バーゲン,1951年)。したがって,あまり出会うことのない猛きん類に対しては慣
れることがなく,いざ猛きん類の影が頭上に飛んだときには,生得的逃避行動をと
ることができる。この鳴きん類のひなの逃避行動の例は,経験に基づく慣れの例と
考えられる。

◆刷込み
生まれてからしばらくの間にみられる学習の一形式で,急速に形成されて,しか
も大変安定したものである。ガン,カモ,キジ類のひなは,ふ化後20時間ぐらい
の間に見たある大きさの音を出して動く物体(自然の場合は母親)のあとを追う行動
を示す(ローレンツ,1935年)。追従行動のしくみそのものは遺伝的であるが,その
行動を何に向かって行うかは変化し得る。このような発生初期における臨界時間の
短い条件づけを
“刷込み”(インプリンティング)といい,学習の一種と考えられている。鳥類やほ
乳類の幼期に著しい。
いったんインプリントされてしまうと,それがミスインプリントであってもやり
直しがきかないし,また適期にインプリントされないと欠損が起こるかあるいは不
完全なものになってしまう。
インプリンティングは,親子のきずなを確立するとともに,同種の個体を認識す
ることにも役立つ。そのため,ヒトやヒトの行動型をミスインプリントされた小鳥
やその他のペットは,本来の同種社会では生活できなくなることが多い。
このように,刷込みはローレンツが発見した当時は,決定的なことと考えられて
いた。しかし,その後アメリカの心理学者で,動物行動を研究しているヘスらは,
マガモなどで刷込みを調べ,教科書に記したように,刷込みは決定的でないことを
示した。たとえば,初めヒトとの刷込みができても,その後,親鳥と会うとその刷
込みが消えてしまうが,逆に親鳥の刷込みが一度成立すると,その後いかにヒトが
努力しても,その刷込みは消えないことを見つけた。
考えてみると,その方が合理的である。もし,ローレンツのいうように一度刷込
みが起こり,それが決定的であるとすれば,野外で親鳥が何らかの原因でいなくな
ったときに,ひなは生存がむずかしくなるように思われる。特に,親が一時的にい
なくなることも起こる可能性がある。そのようなとき,一度刷込みが生じても,そ
の後親鳥にあえばそれが消えてしまう方が,生存に有利と思われる。
動物の行動に関しては,この刷込みのように,あまりに単純に考えると事実と相
違しがちであるので,注意が必要である。なお,刷込みには,適当な時期や臨界期
が存在することも,ヘスらの研究で明らかになりつつある。
刷込みのことを,「刻印づけ」と訳す人もあり,特に心理学者にこの語を用いる
人が少なくない。
◆知能をもった行動
チンパンジーがバナナのような報酬を手に入れるために,長い2本の棒を連結し
て1本の長い棒にする現象は,問題解決行動の間に突然起こることがある。このよ
うな現象は,洞察行動の例としてよく引用されるが,これは,実際には初期の行動
パターンから新しい様式に改変され,結合されて形成された行動パターンである。
このパターンが発達するには,まず動物が手のとどかないところにあるものに直接
手を伸ばすという初期のパターンを変える必要がある。
棒を利用することを学習する過程は,次のように行われる。
(1) はじめは,棒がもの自体としていじられているだけである。好物には手を伸ば
すだけで棒を握ることはせず,無用のものとして捨ててしまう。
(2) 近くのものを棒でつつく時期が現れる。この時期に得られた経験は,後に遠く
のものを手に入れるのに,棒を腕の延長として利用できるようになるために不可欠
であることが証明されている。
(3) 棒を腕の延長として利用し,遠くのものを手に入れるようになる。
この種の複合行動のパターンや生殖行動のパターンの特徴は,それらがしだいに
形成されていくということである。また,年をとった経験豊かなチンパンジーは,
問題状況におかれると,たやすく問題解決の態勢に順応する能力をもっている。最
初からえさに直接達しようとする行動は抑制され,まず1本の短い棒をとり,それ
を2本日の棒とつないで,より長く,より有効な1本の棒にすることさえ可能にな
ってくる。
さらに,チンパンジーは,天井からつり下げられたえさに直接達しようとする動
作を抑えることもできる。その代わりに,二つまたはそれ以上の箱をえさの下に積
み重ねて,その箱に登ってえさに達しようとする。この行動は,次のような過程を
経て習得される。
(1) まず,箱をえさの真下に移動させることを習得しなければならない。
(2) 下においた箱の上に自分が乗りながら,その上にもう一つの箱を積み重ねる。
(3) 自分が床の上にいて,いくつかの箱が積み重なった状態ができなければならな
い。このときになってはじめて,箱の頂上に登って,つり下げられたえさを手に入
れることができる。
忘れてしまっていることの一部を思い出すために,チンパンジーが身ぶりを利用
するという証拠がある。このような身ぶりは,目標物に手を伸ばすような動作から
成り立っている。この行動は,以前に棒を利用したことと連合しているために,現
状況では欠けている棒を思い出させるのであろう。
1匹の動物による社会的身ぶりの使用は,2頭のチンパンジーに共同して問題解
決の仕事をするように強制したときに認められる。たとえば,2頭のチンパンジー
は,えさをつけた重い箱を手に入れるために,一対のロープを引っぱることを学習
できる。
このような共同作業を学習すると,1頭が他方の腕を軽く引いて合図し,いっし
ょにロープを引っばらせることができる。個体の信号として,また個体間のコミュ
ニケーションの方法として,身ぶりを使用できるということは,チンパンジーの活
動のパターンの発達の程度が高いことを示している。
◆チンパンジーの言語学習
チンパンジーとヒトが,人間のことばで交信することができないかというきわめ
て興味のある試み(C.Hayes,1953年)は失敗に終わっている。生後1か月の雌のチン
パンジーをヴィキイと名付け,わが子のように育てて,人間のことばを教えようと
したのである。その後の研究で,その試みの失敗はチンパンジーの発声器官の構造
が,ヒトのそれとは異なっていることに起因することがわかっている(室伏靖子,
1982年)。
その後,人間の音声言語を使わない方法で,チンパンジーと対話する試みがなさ
れた。一つは,アメリカで手話を教え込んだ例(Gardner,1969年)であり,他に,プ
ラスチックの図形を並べて文章を作ることを教えた例(Premack,1978年)がある。