トップ新編生物I>第1部 生物体の構造と機能>第3章 細胞の増殖と分化C 細胞の分化

C 細胞の分化

 

◆細胞の分化

発生中の細胞分化の仕組みは,現在分子生物学のカレント・トピックスである。

中胚葉の分化についていうと,カエル卵の動物極側にあるアクチビンというタンパ

ク質が中胚葉分化を起こす。アクチビンによって発現されるMyoDというタンパ

ク質が,筋分化を誘導することが示されている。

 

◆カイメンの細胞

アメリカの発生学者ウイルソン(H.V.Wilson)は,1907年,カイメンをガーゼでつつ

み,海水中でピンセットで繰り返しつついたところ,ガーゼの網目から細胞が出て

きてにごってきた。ばらばらになったカイメンの細胞は容器の底に沈み,やがて接

着して小さなカイメンができてきた。違った色をした2種類のカイメンの細胞を混

ぜると,それぞれ同種の小カイメンができて,混合カイメンはみられなかった。同

種のカイメン細胞は自己を認識するわけである。

 

◆細胞間の接着

多細胞生物の各組織で,同じ種類の細胞が相接しているのは,細胞間を認識して,

互いに接着しあうためである。細胞膜上にあるタンパク質と結合した糖鎖が,細胞

間の認識にあずかっているものと考えられている。カドヘリンというタンパク質は,

細胞膜を貫通してとなりの細胞を接着させる。カルシウムイオンを必要とし,組織

特異性がある。カルシウムを必要としない神経細胞に特異的な接着タンパク質

NCAM(Neural cell adhesion molecule)も知られている。そのほか,細胞間の接着には,

コラーゲン,フィブリネクチン,ラミニンなど特異性が厳密でないタンパク質があ

ずかっている。

 

◆細胞性粘菌の特徴

細胞性粘菌は,生物Iでは「細胞の分化」に深入りできないので,単細胞と多細

胞の2つの生活環をもつ生物として紹介されている。しかし,研究上は,「細胞の

分化」を中心にして,世界各地の研究室で広く培養されている材料である。

 細胞性粘菌はいろいろな特徴をもつ。まず,「細胞性」と名づけられたのは,一

生の間,細胞構造が持続されるためである。これに対して,原形質流動の観察材料

などとして用いられる真性粘菌は,変形体という細胞構造をもたない時期がある。

なお,ともに粘菌という名がついているが,両者の系統上の関係は,はっきりせず,

互いの類縁関係はないと考える人が多い。ほかにも,次にあげる特徴がある。

(1) 成長の時期と分化の時期が分かれていること

 細胞性粘菌の成長期は,胞子が発芽して生じたアメーバの時期のみであり,それ

が細菌などを捕食してふえ,餌がなくなった時期から「分化」が始まる。よく発生

や分化の研究に用いられる動物の受精卵や胚では,成長しながら分化していく。そ

の点で,この材料は「分化」の研究に有利である。

(2) 胞子と柄しか分化しない。

 多細胞動物の場合,発生にともなって,多種多様な細胞や組織に分化するが,細

胞性粘菌の場合は,分化は柄になるか,胞子になるか,二者択一である。多細胞の

移動体で,先端の部分が柄になり,後部が胞子になることもわかっている。このよ

うに,分化が簡単な点も,研究上有利である。

(3) 生涯を通じて半数体である。

 真性粘菌の場合,胞子から発芽したアメーバに原始的な性の区別があり,接合し,

接合子が融合して,変形体を形成する。したがって,真性粘菌ではnの時期と,2 n

の時期の両方がある。多くの他の生物も同様である。しかし,細胞性粘菌は,半数

(n)のアメーバが単に集合するだけで,特別な場合を除いて接合せず,一生nのま

まである。それで,アメーバなどに突然変異が生じたとき,それがそのまま形質と

して表現される。一方,接合して2 nの時期をもつ生物では,一方の突然変異形質

がかくれてしまうことが多い。こうした点も,細胞性粘菌が有利である。

(4) 培養しやすい。

 細胞性粘菌は,大腸菌やエアロバクターなどを餌にして,ペトリ皿(シャーレ)

どの上で簡単に培養できる。

 そのほかにも,研究材料として都合のよいいくつかの性質をもつので,この材料

は広く用いられるようになった。なお,「分化」以外にもおもしろいことが見つか

っている。アメーバが飢餓状態になると,集合を始める。その集合のきっかけとな

るのは,細胞が出す環状アデニール酸(cAMP)とよばれる物質である。cAMPはペプ

チドホルモンの働きを仲介することなどで知られている。さらに興味深いのは,

cAMPを分泌するだけでなく,一度分泌してから次にそれを分解する酵素を出すこ

とである。このことは,一見むだのように見えるが,もしcAMPを出しっ放しにす

れば,しだいにその濃度が高くなり,まわりのアメーバを走化性で引きつける能率

が悪くなる。それで,一度分泌してまわりのアメーバを集合させ,すぐに酵素でそ

の情報を消し,さらに改めて次の分泌をして引き寄せていると考えられる。

 このように,細胞性粘菌には,驚くべき「知恵」のようなものが備わっている。

 なお,細胞性粘菌はそれほど珍しいものではなく,都会の片隅に残された公園

や林の落ち葉などから見つかることも少なくない。

 

 

 

 








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