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第3節 生態系の平衡と環境の保全

 

 

 生態系の平衡

◆生態系の平衡

ホイタッカーWhittakerは,植物群落の生産力と遷移の関係について,「アメリカ東部の温帯落葉広葉樹林域における二次遷移に伴う純生産力と現存量の変化」という論文を1975年に発表している。この図をみると,二次遷移の開始後,純生産力は増大し,26年で約500g/m2/年のレベルに達して,当分安定する(草原期)。やがて低木が優占し,高木の幼樹が生長し始め,15年後から再び急激な純生産力の増大が起こる(低木期)。そして3035年後には若い林となる(森林期)。純生産力の増加は50年後まで続き,約1200g/m2/年に達し,それ以後は伐採や火災による森林の破壊がなければ200年以上にわたり安定した平衡状態が続くであろうというものであった。

下の図は,1967年に吉良・四手井が発表した「人工林のような仮想的同一樹種・同齢の林における総生産力と純生産力の時間的経過を示す模式図」である。この図によると,生長初期には葉量の増加と共に総生産力(Pg)も純生産力(Pn)も増大する。やがて単位面積あたりの葉量は最大値に達し,少し減少してからその後はほぼ平衡状態となり,Pgも一定となる。これに対して葉の呼吸量は葉量に応じて変化し,幹・枝・根の非生産器官の呼吸量がその現存量の増加と共に増大し続けるので,林全体の呼吸量(R)は図のように増大していく。そのため,純生産力(PnPgR)の大きさは林の成熟と共

に減少していく。Pnの大きさは枯死・脱落量(L)と動物による被食量(G)の合計と等しくなるにつれ,現存量の増加分(ΔB)はやがてゼロとなる。つまり林は毎年の落葉を含む(LG)に相当するだけの量を補う単純な再生産をくり返し,平衡に達する。この考察は,そのまま「森林の遷移」に当てはめることはできないが,Pnの最大値の出現を説明し,また極相林(climax forest)について考えさせるものである。極相林では現存量が一定になるという平衡状態は,おそらく老木が枯死して倒れた分だけ後継者の若木が生長していくという単純化した考え方もできる。しかし,実際の森林では,多様な種構成とその各個体群の齢構成や空間的な構造によって複雑なことが起き,このような単純なものではないだろう。

人工林のような仮想的同一樹種・同齢の林における総生

産力と純生産力の時間的経過を示す模式図(吉良・四手井,

1967より)

 

 人間活動と生態系の復元力

◆大気の保全と地球温暖化

地球には343W/m2の太陽放射が届いている。このうち約30%は反射によって宇宙空間に逃げ,約70%にあたる239W/m2のエネルギーが地球表面で吸収されている。火山活動などによって地球自らが生み出すエネルギーは微々たる量に過ぎず,地球から宇宙空間へ放射されるエネルギー量もほぼ239W/m2と考えられる。表面温度の非常に高い太陽からは,主には紫外線や可視光線など短波長の光が放射され,表面温度の低い地球からは波長の長い赤外線が放射されている。

物質の表面温度を絶対温度Tとすると,その物質からの放射エネルギー量は以下の式で求められる(ステファン・ボルツマンの法則)

E(W/m2)5.67×10-8×T4  

この式を使って,239W/m2を放射する物質の表面温度を計算するとT255つまり

18℃となってしまう。しかし,地球表面の平均気温は約15℃だから,T288を式に入れると,実際には390W/m2のエネルギーが地球表面から放射されていることになる。したがって,大気中で吸収された地球放射エネルギーのうち390239151W/m2が再び地球表面に戻されているはずである。こう考えれば,地球表面の吸収エネルギー量(239151)W/m2と放射エネルギー量390W/m2とが一致する。このように,地球表面から放射される赤外線を吸収し,地球表面に戻す役割を果たしているのが温室効果ガスである。各気体の光吸収帯を調べてみると,赤外線を吸収できるのは水蒸気,二酸化炭素,メタンガス,フロンなどであり,これらの気体の存在が地球の表面温度を生物にとって適度な温度に保ってきたと言えるだろう。

しかし,地球表面の平均気温はこの100年間に約0.5℃,この10年間では約0.13℃上昇した。これが地球史における長期的気温変動の一部として理解できるのか,それとも二酸化炭素などの温室効果ガスの増加によるものなのかについて激しい議論がなされてきた。もし,近年における温度上昇が温室効果ガスの増加によるものであれば,理論的に以下のような特徴(温暖化のフィンガープリント)を示すと考えられる。

1) 温度上昇率は低緯度地域よりも高緯度地域で大きい。

2) 温度上昇率は夏よりも冬の方が大きい。

3) 温室効果ガスによる地球放射の吸収は主に対流圏で起こるので,その上の成層圏ではむしろ平均気温が低下する。

最近の気象観測データは,これらのことが実際に起こっていることを示しているという。また,地球史における最も急激な気温上昇は氷河期の氷期から間氷期に向かう時期にみられたが,それでも100年あたり0.08℃程度の上昇率であり,100年あたり0.5℃とか10年あたり0.13℃というような上昇率は温室効果ガスの増加を考慮しなければ説明できないことが,様々な気候モデルによって確認されている。

地球温暖化は海水の膨張をもたらし,海水位を上昇させる。これにグリーンランド,ヒマラヤ,アルプスの氷河融水が加わる。ただし,海水に浮かんでいる北極の氷はいくら融けても海水位の変化には関係ない。最も重要なのは南極の氷床がどのような影響を受けるかだが,専門家の間では,現在予測されている100年後の温度上昇率3.5±1.5℃程度では融けないだろうという見解が優勢である。これは,南極の気温が北極よりも低いこと,南極を取り巻く海域の冷たい深層水量が大きく,急激な気温上昇を妨げることなどによる。地球温暖化によって大気中の水蒸気が増えると降雪量が増し,南極の氷床はむしろ発達するのではないかという予測すらある。しかし,温度上昇率が予測を大幅に上回ると,南極氷床の融解もあり得る。中生代中頃の地球平均気温は現在よりも約10℃高く,極域や高山域にも氷河はなかったと考えられている。

 

◆オゾンホール

同じ極域でありながら,北極よりも南極でオゾンホールが発達しやすいのはなぜだろうか。これは,北極が大陸に囲まれているのに対し,南極は海に囲まれていることによる。極域周辺では秋から春にかけて偏西風が強くなり,大気の渦(極渦)が発生するが,北極周辺では大気の流れが大陸の山塊に妨げられるのに対し,海に囲まれた南極周辺では極渦が発達しやすい。渦に巻き込まれると脱出が困難であることからも解るように,極渦には大気が閉じ込められる。また,北極上空の気温は−70℃程度であるのに対し,南極上空では−80℃以下になり,成層圏でも氷の粒(成層圏雲)が発生する。フロンから塩素が遊離する反応は氷などの個体粒子の表面で進みやすく,冬の間に南極渦の中には大量の有利塩素が蓄積される。春先,このような大気に太陽光が当たると,遊離塩素がオゾン(O3)から酸素原子1個を奪う反応が進み,オゾン量が急激に減少する。南極で9月から10月にかけてオゾンホールが現れるのはこのためである。南極のオゾンホールは年々大きくなっているが,2002年には一時的に縮小した。これは,この年の極渦の発達が悪かったためであり,オゾン層破壊収束の兆候と考えるのは時期早尚である。

地球温暖化は対流圏内での現象であり,成層圏ではむしろ気温が下がると予測されている。これが正しいとすると,北極成層圏の気温が低下し,成層圏雲が生じる可能性があり,北極オゾンホールの発生も懸念される。19973月には北極でもオゾン量の大幅な低下が観測されている。

 

◆水の循環

生態系での物質循環では,水も大切なテーマである。

地球上に存在する水の量は,人により多少異論があるが,大体下表のようである。すなわち,現存する水の総量の98%は海水で,残りの大部分も氷山や氷河の氷の状態になっている。人間が生活や生産活動に使いやすい「淡水」は.全体の0.04%に限られている。しかし,これらの水は循環しているので,われわれが利用できる地球上の大気は1cm2の大気柱内に平均して2.5gの水蒸気を含み,これに対して年間降水量は1cm2あたり平均90gであるから,水蒸気は10日ごとに全部が降水となって降り,再び蒸発するという循環をくり返していることになる。

 

地球上に存在する水の量

海洋

1413×1021g (98.2)

大陸氷

22.83×1021g (1.60)

陸水

0.51×1021g (0.04)

水蒸気

0.015×1021g (0.001)

地表水量

1436×1021g (100)

 

水の役割は,@生物の生命の維持,A生産の反応の場,B不要物を拾てるという3つに要約される。水がいろいろな物質を溶かしても,自身の性質が変わらないという比較的不活性な溶媒であること,異常に大きい表面張力をもち,土の中の水の移動,植物の吸水などに好都合であること,比熱が大きいことは地球に降り注ぐ太陽エネルギーを水蒸気の形でとらえ,その熱の移動が気象を形づくることなど,水のもつ特性が上の3つの役割を果たすのに適している。

植物と水の利用

 

水の循環の中で,生物体を通って起こる循環は量的に少ないし,その中で生物の反応に利用される水はさらに少ない。上図は,光合成に利用される水の量を示している。1シーズンに20トンの作物をつくるために,地面から約2000トンの水が吸い上げられる。収穫のとき,作物の生重量の中の約15トンは移動中の水である。そこで,乾燥すると,作物の重さは5トンになる。それらの中の3トン,つまり1シーズンにつくられた作物の総量の15%が,光合成により水分子の分解で得た水素原子と炭素原子とが結合したものである。

日本の水収支をみると,総雨量6,000億トンの3分の1は洪水で流出し,他の3分の1は蒸発し,残りの2,000億トンが利用可能であるが,そのうち実際に利用されているのは,750億トン,つまり全体の1213%にとどまっている。また,人口1人あたりに直してみると,次図のようになり,決して水に恵まれた国ではないことがわかる。これは,日本の降水が季節的に偏っていること,利水より水害が心配される地形であり,河水の流出が早いことなどの理由による。したがって,わが国の大都市の水不足は,今後も深刻な問題となると思われる。

 

 

◆カーソンとコルボーン

DDTBHCなどの有機塩素系殺虫剤が環境中に蓄積し,地球上の生命に大きな脅威を与えつつあることを最初に警告したのはRachel Louise Carson女史である。膨大な文献をもとに1962年に著した「沈黙の春」は,大きな反響をよび,賛否両論を巻き起こした。農薬や食品工業の会社は,農薬をやめたら害虫が大発生するとか,DDTBHCが人体に無害であることは証明ずみであるとカーソンを批判した。しかし,これらの合成化学物質がヒトや動物の脂肪中に蓄積しやすいこと,乳癌や肝臓癌の原因となりうること,実際にこれらの物質によると思われる大量死が鳥などで起こっていることなどが次々と報告され,カーソンの正しさが認められるようになっていった。これをきっかけにして各国で農薬の使用が規制されるようになり,日本でも,1972年までにDDTBHCの使用が禁止された。

カーソンが合成化学物質の毒性と発ガン性に着目していたのに対し,内分泌撹乱作用について警告を発したのがTheo Colborn女史である。ダイオキシンなどの合成化学物質がホルモンの作用に影響を及ぼすことは,科学者の間ではすでに1960年代から知られていた。コルボーンは,1996年,膨大な資料をもとに他の2名の共著者と「奪われし未来」を著し,五大湖の鳥の異常な性行動,ワニのペニスの短小化などが合成化学物質の内分泌撹乱作用によって引き起こされているらしいこと,ヒトにおける精子数の減少や生殖器の奇形なども同じような原因による可能性があることなどを指摘した。急性毒性や発ガン性に比べて内分泌撹乱作用の証明は難しいことから,コルボーンらの指摘にはこれからの検証を必要としているものもあるが,彼女らの著書がきっかけとなって日本でも環境ホルモン学会(日本内分泌撹乱化学物質学会)が設立されるなど,世界的に大きな反響をよんでいる。

 

◆生物多様性の保全

生物多様性は種の多様性とほぼ同義語として使用されてきたが,近年,種の多様性だけではなく,遺伝的多様性,群集や生態系の多様性,景観の多様性を含む広義の用語として使用されるようになった。また,保全とは,次世代の需要と希望を満たし得る生物圏の潜在能力を維持しながら,現世代に最大の持続的利益をもたらすように生物圏の利用を管理することである(IUCN「世界保全戦略」1980)

地球上ではこれまでに約180万種の生物が知られており,未知の種を含めると,数千万をこえる生物種が生息していると考えられる。しかし,地球上の生物多様性は,特に産業革命以降の人口爆発とともに急速に減少している。たとえば,1600年から1950年までの350年間に絶滅した種数は鳥で113種,哺乳類で85種であり,1950年以降の絶滅率はさらに急上昇している。鳥とほ乳類では約11%が絶滅の危機に瀕しており,特に,水鳥,オウム類,有袋類などでは30%から50%の種が危ない。魚類,両生類,爬虫類の絶滅危機種は約3%と言われているが,イグアナ,オオトカゲ,ボアなどの大型爬虫類では半数以上の種が危機に瀕している。昆虫類の推定は難しいが,特に熱帯林では発見されることなく既に絶滅してしまった種も少なくないと考えられている。植物でも熱帯林,マングローブ林,針葉樹林の乱伐により約10%の種が絶滅の危機に瀕しており,裸子植物やヤシ類では約30%の種が危ない。

個体数が減少する原因として,生息地の破壊や劣化,狩猟や採取による乱獲,外来種との競争などがあり,一旦少なくなってしまった個体数を回復させるのは容易なことではない。これは,個体数が少なくなると遺伝的多様性が急激に減少する,近親交配が進んで繁殖力が衰える,台風などによる撹乱によって全滅しやすくなる,性比が偏る確率が高くなる,などの理由による。生物の多様性を維持するには,生息環境を保全し,各生物種の個体数をあまり減少させないことが大切である。

 

興味ある話−生態系の保全

●ウミガメの保護に見る生態系の保全への取り組み

生態系は大気や水・生物間におけるエネルギーの流れや物質の循環によって,安定した平衡状態を保っている。地球全体も1つの生態系と見ることができ,この地球生態系には復元力があり,火山活動や人間活動によって環境が変化しても,やがて平衡状態を取り戻すことができる。しかし,人間活動の拡大にともなって,環境変化の規模と速度が復元力の及ばないものとなってきており,地球生態系の保全は人類にとってもっとも重要な課題となっている。

1 日本におけるウミガメの産卵地の分布

 

ウミガメが産卵する海浜環境の保全 世界のウミガメのうち,日本はアオウミガメ・タイマイ・アカウミガメの主要な産卵場所の1つとなっている。アオウミガメは草食性で,食用として乱獲され,個体数が減少した。このため,産卵場所である小笠原諸島や南西諸島ではふ化・放流などの活動が行われている。タイマイはカイメンを食べ,サンゴ礁の発達した海域に生息している。日本では沖縄本島以南の南西諸島で産卵しているが,タイマイの甲羅はべっ甲細工に利用され,かつては世界中から輸入されていた。これがタイマイの減少を引き起こした主な原因の1つと考えられている。貝やヤドカリなど海底の動物類を食べるアカウミガメは,前2種に比べれば多く,関東以南の主に太平洋岸で産卵している(1)。しかし,海浜環境の悪化とともに,産卵のために上陸するアカウミガメの個体数が減少しており(2),各地の海岸でその保護活動が行われている。

2 アカウミガメの上陸回数の変化

 

ウミガメ類は地球温暖化の影響を受けやすいと考えられている。まず,海水面の上昇は,ウミガメの産卵に適した海浜砂地を減少させるだろう。また,温暖化にともなって起こると予想される気圧配置の変化は,海流の変化を引き起こし,ウミガメの回遊に影響を与えるだろう。例えば,日本でふ化したアカウミガメは黒潮に乗ってアメリカ西海岸付近まで回遊し,成長する(3)。海流の変化はその生活史に影響を及ぼすかも知れない。

3 日本で生まれたアカウミガメの回遊経路

 

さらに地球温暖化はウミガメの性比を大きく歪めてしまう可能性がある。カメ類の性は性染色体によって決定されているのではなく,卵が発生するときの温度によって決まる(4)。約29℃を境として,これよりも低い温度で発生すると雄に,高い温度で発生すると雌になる。温暖化は雄を減少させ,雌の交尾機会を減らす可能性がある。

対策としては,海浜環境の多様性を保つことが重要と考えられる。砂中の温度は植生の有無や砂質でかなり異なり,気温が多少上昇しても,雄が発生できる環境を確保することが可能となるからである。

4 アカウミガメの卵の発生温度とふ化した幼体の雌の率

 

光合成の研究史

フンボルトによる生活形の分類や相観による植物群落の分類(1805)などのように,生態学の萌芽は既に19世紀以前の博物学にみられるが,学問体系としての生態学はダーウィンが1859年に著した「種の起源」に始まると考えられている。実際,この著書には自然選択説に関連して食物連鎖,種間相互作用,ニッチなど,生態学の基本概念の多くが示唆されている。しかし,新しい学問としての生態学の必要性を具体的に説いたのはダーウィン自身ではなく,彼の主張に共感したヘッケル(1866)であった。彼は「個体発生は系統発生を繰り返す」という言明で有名なドイツの形態・発生学者であるが,ダーウィンやラマルクと同じ進化論者の立場から,主に「生物と,それを取り巻く生物的・非生物的環境との関係」を明らかにする生物学としてEcologyを定義している。温度やpHなどの物理・化学的要因が非生物的環境であり,生物的環境とは喰う・喰われるの関係や種間競争を意味する。

20世紀に入ると,ラウンケル(1907)が「生活形」という概念を確立し,グリンネル(1917)はツグミ3亜種の研究から,ニッチを「生息空間における種の位置」と定義し,「生息場所ニッチ」論を提唱するなど,現代生態学につながる重要な研究が現れるようになった。中でも,1930年前後に出版されたエルトンの「動物生態学」(1927)とブラウン・ブランケの「植物社会学」(1937)は,その後の動物生態学者および植物生態学者に大きな影響を与えた。特に,エルトンは動物における「喰う・喰われるの関係」を重視し,ニッチを「食物連鎖や食物網における種の位置」(栄養的ニッチ)と定義するとともに,北極周辺における捕食者と被食者の個体群動態を詳細に解析し,個体群生態学の礎を築いた。これにはパール(1925)によるロジスティック式の再発見,環境収容力という概念の確立,ガウゼ(1934年など)の数理モデルや微生物を用いた実験による競争排除則の検証なども大きく貢献している。

1950年代に入ると,ブラウン・ブランケの方法にもとづく植物社会学が発展し,既に開発の進んだ地域でも原植生図の作成が試みられた。また,動物個体群の変動要因をめぐって,生物間相互作用や密度依存的調節機構を重視する生物学派(ニコルソンなど)と,気候変動の影響を重視する気候学派(アンドレワーサなど)の議論が展開された。最近では,気候要因の影響を強く受ける種と生物学的要因の影響を受けやすい種があるとする折衷説が有力であり,たとえ気候要因の影響を強く受ける種の個体群変動でも,密度依存的調節の効果を検出できる場合が多い。

1805年 フンボルト

 生活形の分類や植物群落の

分類

1859年 ダーウィン

 「種の起源」を著す

1866年 へッケル

 Ecologyを定義づける

1895年 三好 学

 生態学の訳語

1907年 ラウンケル

 生活形の概念を確立

1911年 シェフィールド

 実験生態学と野外自然の生態

 学とを結びつける

1917年 グリンネル

「生息場所ニッチ」論を提唱

1925年 パール

 環境収容力という概念の確立

1927年 エルトン

名著「動物生態学」出版

1934年 ガウゼ

 実験による競争排除則の検証

1935年 タンズリー

 生態系という概念の確立

1937 ブラウン・ブランケ

 「植物社会学」出版

1953年 E・オダム,H・オダム

 「生態学の基礎」(初版)出版

1958年 ハチソン

生物多様性研究の基礎を築く

1962年 カーソン

 殺虫剤による地球汚染を警告

1972年 国際連合

 第1回人間環境会議開催

1975年 ウイルソン

 「社会生物学」

1980年 アメリカ政府

「西歴2000年の地球」調査を

発表

1982年 メイナード

「進化とゲーム理論」

1990年 IGBP(国際地圏生物圏

研究計画)の発足

 

また,1953年に出版されたオダム兄弟の「生態学の基礎」は,食物連鎖に沿った物質とエネルギーの流れを重視するエルトンの自然観と,生物的環境と非生物的環境を1つのまとまりとしてみるタンズリー(1935)の「生態系」という概念を発展させ,1960年代以降における生産生態学の隆盛や1970年代以降における生態系生態学の隆盛を先導した。さらに,ハチンソン(1958年など)は生息場所ニッチと栄養的ニッチを統合するニッチモデルを示し,現在盛んに行われている生物多様性研究の礎を築いた。
 地球環境問題とも絡んで大きな盛り上がりをみせている生物多様性研究の根本的課題は,競争排除則が支配する自然界において多種の生物の共存を可能にしている機構は何かという問題である。この問題をめぐる議論では,少なくとも2つの異なる群集観が対立している。1つは,多くの群集で資源の需要と供給が平衡状態に達していると考え,資源をめぐる激しい種間競争が自然選択を通じて種間のニッチ分化を引き起こし,多種共存を可能にするという説であり,主にハチンソンやマッカーサー(1967年など)などの「群集理論」学派によって主張された。これに対し,潮間帯の動物群集を研究していたペイン(1966)やサンゴ礁の生物群集を研究していたコンネル(1978)は,捕食効果や気象現象を含む中規模の撹乱により多くの種の密度は環境収容力よりも低いレベルに抑えられており,これによって競争排除が避けられ,多種共存が可能になっていると主張した(非平衡学説)。さらに,個体数が増すにつれ有利さが減少し,少数者の方が有利になるという密度効果によって多種共存が維持されるという頻度依存説も加わり,特に熱帯雨林の種多様性の高さに関する議論が展開されている。

 種多様性に加え,最近注目されているのは遺伝的多様性の問題である。ある種の個体群サイズをNとすると,遺伝的多様性の指標となるヘテロ接合度は世代あたり12Nの割合で減少していく。これは,個体群サイズの小さい種では1遺伝座あたりの対立遺伝子数が急速に減少していくことを意味する。また,たとえ個体数が多くても,個体群が小さなパッチ状に分断されていると,やはり遺伝的多様性は失われていく。近年,分子生物学的手法へのアプローチが容易になったこともあり,生物多様性の問題を種多様性だけでなく遺伝的多様性や集団の遺伝構造の面から問い直そうとする生態学者が増えている。このように,生態学の課題に分子生物学的手法を用いて取り組む分野は分子生態学とよばれ,世界的な隆盛をみせている。逆に,種よりも高次な群集や生態系の多様性を対象とした研究プロジェクトも行われている。主な課題は,「多様性の高い群集は安定か,不安定か」や「多様性の高い生態系は生産性が高いか」などである。

本書では,動物の行動進化も取り上げられているが,近年における行動生態学の進歩は目覚しい。そのきっかけとなったのは,ダーウィンを最も悩ませた動物の利他行動の問題をハミルトン(1964)が血縁選択によって解いたことであろう。つまり,一見利他的に見える行動も,遺伝子レベルでみると個体の包括適応度を上げようとする行動として理解できようになった。これを契機として,ウィルソンは「社会生物学」(1975)を,トリヴァースは「生物の社会進化」(1985)を著し,動物の行動の多くは適応度をめぐる個体間の対立や協調の結果として説明できること,行動の進化には自然選択とともに性選択や血縁選択が重要な役割を果たしていることなどを示した。メイナード・スミスも「進化とゲーム理論」(1982)を著し,闘争行動やなわばりの進化をゲーム理論によって説明できること,闘争戦略では個体あたりの平均適応度を最大とする最適戦略ではなく進化的に安定な戦略(ESS)が選択されることもあることを示し,行動生態学の発展に貢献した。

 1990年代に入り,生態学は多様な分野へと分化しつつあるように見える。これには,ヒトゲノム計画以来目覚しい進歩を遂げた分子生物学と,近年深刻さを増している地球環境問題が大きな影響を及ぼしている。前者は進化生態学や行動生態学の立場から分子レベルの現象まで研究対象とする生態学者を生み出し,後者は保全生態学の発展を促すとともに,生物多様性だけでなく地球温暖化の生態影響とも取り組もうという生態学者を生み出している。「20世紀は物理学の世紀,21世紀は生物学の世紀」と言われているが,21世紀が生態学多様化の世紀となることもほぼ間違いないだろう。

 

 

参考 分子生態学の興隆を支える技術

生態学の課題に分子生物学の手法を用いて取り組む分野を分子生態学と呼び,世界的な興隆をみせている。生態学者でも分子生物学的手法を比較的容易に導入できるようになった背景には,DNA分析法の技術革新がある。

まず,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応法)の開発により,ごく微量のDNAからでも標的領域のDNAを分析可能なほどの量に増やすことができるようになった。この方法では,塩基間の水素結合が高温で破壊され,常温で再形成されることをうまく利用する。まず,溶液中の二本鎖DNAを約94℃で変性させて一本鎖にした後,5060℃で各一本鎖の上流域(5’)にプライマーを付着させる(一本鎖が2つあるため2種類のプライマーが必要)。プライマーは標的領域DNAの上流域約20塩基に対応するオリゴヌクレオチドであるが,塩基には4種類あるため,20塩基であればゲノム中に全く同じ配列のある確率は(14)201兆分の1以下となり,標的上流域にほぼ正確に付着することができるのである。ただし,温度が低いと数塩基違うだけの他の配列にも付着することがあるので,温度の調節が大切となる。プライマーとは種火という意味であり,4種類のデオキシヌクレオチド(dATPdGTPdTTPdCTP)を大量に加え,約72℃に保ちながら高温耐性菌から単離されたDNA合成酵素(たとえば,Thermus aquaticusから得られたTaqDNAポリメラーゼ)を使用するとプライマーの下流(3’)に鋳型一本鎖DNAの塩基に対応するヌクレオチドが連鎖的に繋がっていく。この時合成されるDNAは下流域に歯止めがないため,長さがまちまちだが,このサイクルを繰り返すと,やがて2つのプライマーに挟まれた標的領域だけのDNAとなる。PCR法ではこのサイクルを3040回繰り返すので,標的領域のDNA量も23040倍となる。これにより,たとえば動物が残す糞や毛からとれる微量のDNAでも十分な量に増やすことができ,動物を捕獲したり傷つけたりすることなく,個体群の動態や遺伝構造を解明できるようになった。

また,ポリアクリルアミドゲルの開発により電気泳動法が格段に進歩し,わずかに1〜数ヌクレオチドだけ長さの違うDNAでも簡単に分離できるようになった。たとえば,ゲノム中には,GA16回繰り返し(GAGA・・・・GA)TATT6回繰り返し(TATTTATT・・TATT)のように,24個の塩基からなる短い配列が何度も繰り返されているマイクロサテライトが数多くみられ,ほとんどの場合,繰り返し数に多型が認められる。ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動法は,マイクロサテライトDNAにおける繰り返し数のわずかな違いをも検知し,塩基配列が似ている血縁個体の識別さえ可能にした。特に,個体間の血縁関係が重視される行動生態学では,マイクロサテライトDNAを用いた血縁度の測定が盛んに行われるようになった。また,植物生態学でも,実生の親個体をマイクロサテライトDNAで判定し,花粉や種子の分散距離を推定している。

PCR法の開発と電気泳動法の進歩は,DNA塩基配列決定法の進歩をも促した。特に,ジデオキシDNA塩基配列決定法を応用したDNAオートシーケンサーの開発は,塩基配列の判読を極めて容易にしてくれた。この方法では,まず,PCR法によって標的領域DNAを得た後,さらに一方のプライマーのみを使ってDNAを増やすのだが,その際,多量のデオキシヌクレオチドとともに,3’炭素にOH基ではなくH基のついたジデオキシヌクレオチド(ddATPddGTPddTTPddCTP)を少量加える。これにより,デオキシヌクレオチドの代わりにたまたまジデオキシヌクレオチドがDNA合成に取り込まれると,そこでDNAの伸長が止まる。ジデオキシヌクレオチドの取り込みはどの伸長段階でも起こり得るため,これらのDNAをポリアクリルアミドゲル上で電気泳動にかけると,標的領域の塩基の数だけDNAバンドができることになる。4種類のジデオキシヌクレオチドを異なる色の蛍光物質で標識しておけば,バンドを色で識別でき,それらの蛍光バンドを短い順に検出器で読み取ることにより,標的領域DNAの塩基配列を決定できる。現在,DNAオートシーケンサーを用いて,個体群の遺伝的多様性の測定や,個体群間や近縁種間の分子系統解析が盛んに行われている。

これまで,分子生物学と生態学は生物学の中でも両極に位置すると考えられてきたが,分子生態学の興隆は両分野の距離を大幅に縮めつつある。最近,その傾向は益々加速されており,遺伝マーカーを用いた研究だけではなく,動物の行動や生態に直接関わる遺伝子の特定とその発現機構の解明をめざす生態学者さえ現れ,分子生物学者にも大きな刺激を与えている。分子生物学が単に医学的要求に応える学問としてではなく,行動や生態を含む広範な生物現象を解明するための学問として成長していく上で,分子生態学が果たす役割は極めて大きいと考えられる。

 

 

 

 








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