トップ生物II 改訂版>第3部 生物の多様性と進化>第3章 生物の分類と系統>第1節 生物の多様性と分類

第1節 生物の多様性と分類

 

 

◆「種」とはなにか

種の概念は古代人の知的活動のなかから自然発生的に形成されてきたものと考えられている (Grant1957Mayr1963)。 ニューギニア島パプア地区の山地で生活する原住民は,その地域に生息する138種の鳥類のうち137種を識別して固有の名でよび,一種のみ他種と混同していたにすぎないといわれる(Mayr1940)

イギリスのレー(RayJ)は,1686年すでに「種はそれ自身の限界の中で実際に繁殖する単位である」と定義している。その後,リンネによって「種」概念が規定されたが,リンネにおける「種」は神の手で創造され,そのときの形を保ったまま一定不変のものであるとされた。リンネの優れた分類体系も「種」については,静的な類型概念であったために,分類学者の仕事を袋小路に追いこむ結果となった。この類型概念を打破したのが,「種」は一定不変のものではなく,変化するものであると考える生物進化の思想である。「種の起源」(1859)の著者CDarwinは,「種」の輪郭は不確実なものであると考えていたようであるが,1940年代以降「種」というものは基本的にはむしろ明瞭な境界をもって他と接するまとまりであるとする考え方がでてきた。その代表はアメリカの動物学者マイヤー(Mayr,E1963)であり,彼は次の3点を「種」に特有な性質としてあげている(マイヤーの生物学的種概念)

(1)他の自然個体群と不連続で,かつ,特徴的な形質をもつこと。

(2)同所的に生息する他の個体群との間の競争を少なくするような特別な生態的特性をそなえていること。

(3)他の個体群と交配しない生殖的隔離機構があること。

しかし,このような考え方も脊椎動物を対象とするかぎりその適用は可能であるが,植物の場合には適用しにくい様々な問題のあることが指摘されている(Grant1957:河野,1974)。マイヤーの種概念に批判的な前川光司・後藤 晃(1982)〔川の魚たちの歴史,中公新書〕は,「種は,ほぼ同質の形態的特徴をもつ個体から構成され,歴史的に形成されてきたある範囲の分布域をもち,とくに,種内関係(子どうしの関係,親どうしの関係,親子の関係など)によって特徴づけられる固有の生活様式をもつ生物の存在のしかた(存在形態)である」と述べ,また,北海道のイワナの研究で有名な石城(イシガキ)謙吉(1984)はその著書「イワナの謎を追う」(岩波新書)のなかでマイヤーの考え方を次のように批判している。「それはひと口にいえば,種というものが,隔離機構と遺伝性の固い殻におおわれた,固定的なものとされすぎていて,種が時間とともに変化したり,分化したりするひとつの系列とみなすべきものであることを見落とすことになりはしないか。他から隔離された集団として実在するのは,あくまでデーム(deme)とよばれる遺伝子プールとしてのまとまりをもつ個体群であって,その集合体として把握される種の中には,さまざまな段階の種分化の過程が内包されているはずであり,だから種自体をあまりに強固なまとまりとして見るのは誤まりではないか」という見方である。そこで,いま到達しうる一般的な結論は,種とは,その中にいろいろな変異を含み,また新しい種の萌芽を内蔵しつつも,統一性と独立性をもって自然界に存在する生物のまとまりである,といってもよいのではないか。「種とは何か」という問題は,生物学における難問の一つである。

 

A 人為分類と自然分類

B 分類の方法

◆リンネとその分類体系

カルル・フォン・リンネ(17071778)はスウェーデンのロースフルトで生まれ,洗礼を受けてカルルと名づけられた。リンネの父は牧師ニルス・インゲルマンであるが,ルンド大学入学の折,リネウスLinnaeus(ラテン語よみではリンネウス)と登録した。理由は,彼の一族が住んでいた場所に,セイヨウボダイジュ(Lindenbaum)の巨木があり大切にされていたことによる。1762年までリンネは自分の名をカロルス・リネウスCarolus Linnaeusとよんでいるが,1762年に学問上の業績から貴族に叙せられ,‘von,フォンがつくことになって以来,カルル・フォン・リンネCarl von Linneとよぶことになる。リンネは幼少の頃から花好きの父につれられてピクニックに行き,そこで父からさまざまな植物の名前を教わった。

ところで,リンネの分類学上の功績は二名法の発明と植物の階層分類体系を創設したことである。リンネ以前には,生物に名前をつける命名法は記述的なものであって,属名のあとに形容詞などをつけて種の形質を記述して生物名としていた。しかし,このような方法では,あとになって似かよった種が発見されたとき,この二種を区別するためには,さらに新しい形容詞をつけ加える必要が生じ,複雑な生物名となって実用上困ることになる。そこで,リンネは属名generic nameと種小名(または,種名)specific nameをつなげた学名scientific nameで種の名前を二つのことばの記号によって表現する二名法を考案した。

生物名が記号化されるようになると,記号どうしの類似関係が比較検討され,類似した記号をもつ生物種をひとまとまりのグループとしてまとめ,さらに,これらの小グループをまとめて,大グループとしていく階層的な分類体系をつくることができる。リンネが考案した階層は,界・綱・目・属・種の五つであった。ちなみに,似通った「種」をまとめて「属」をつくり,似かよった「属」をまとめて「目」とし,さらに,その上に「綱」をつくったのはリンネではなくツルヌフォール(16561708)であり,「科」をつくったのはアダンソン(17271806)が最初であった。

リンネがつくった階層分類の体系は「雌雄(しゆう)ずい分類体系」とよばれるものである。すなわち,雄しべの数によって植物を24綱に分け,さらに,各綱を雌しべの数によって単一雌しべ目・二分雌しべ目・三分雌しべ目・四分雌しべ目・五分雌しべ目の5つの目に分けた。

リンネは,種は神が創造したものであるとした。自然の秩序は神の意志のあらわれであり,その意志を論理的な整合性をもつ「雌雄ずい分類体系」によって示しえたと考えていた。しかし,この分類法はしばらくすると人々に使用されなくなっていった。理由は,人間が事物の類似性を見分ける場合には,数とは異なる分類基準,すなわち,直観的に分けられる類似性によって見分けることが多く,その方法によって分けた分類群と数によって分けた分類群の間にくいちがいが生じてくるからである。

このような理由から,リンネ以後の植物分類学はツルヌフォール(16561708)の分類体系,すなわち,人間の知覚的認識に有効な形質,植物を草と木に分け,さらに,花の形で綱を分けるという方法に沿ったあり方で発展していった。

参考書:木村陽二郎(1983)「ナチュラリストの系譜」中公新書,池田清彦(1992)「分類という思想」新潮選書

 

リンネの雌雄ずい分類体系

雄しべ数

1

1

一雄しべ綱

 

2

2

二雄しべ綱

 

3

3

三雄しべ綱

 

4

4

四雄しべ綱

 

5

5

五雄しべ綱

 

6

6

六雄しべ綱

 

7

7

七雄しべ綱

 

8

8

八雄しべ網

 

9

9

九雄しべ綱

 

10

10

十雄しべ綱

 

12

11

十二雄しべ綱

萼上に

20

12

二十雄しべ綱

花軸上に

20100

13

多雄しべ綱

二強雄しべ(4雄しべで)

14

二強雄しべ綱

四強雄しべ(6雄しべで)

15

四強雄しべ綱

一束雄しべ

 

16

単束雄しべ綱

二束雄しべ

 

17

二束雄しべ綱

多束雄しべ

 

18

多束雄しべ綱

集葯雄しべ

 

19

集葯雄しべ綱

雄しべは雌しべと合着

20

雌雄合しべ綱

雌雄花同株

 

21

雌雄同株綱

雌雄花異株

 

22

雌雄異株綱

雌雄花同株または異株同時に両全花をもつ

23

雌雄雑性綱

雄しべ数

0

24

隠花植物綱

 

◆学名について

リンネが考案した二名式命名法(属名+種小名)は,世界の学者によって各地に生息する生物に適用され,動植物相の研究に貢献した。しかし,ある生物が発見された場合,その生物にこれまで,だれも名前(学名)をつけていないかどうか,また,すでに,学名がつけられていれば,最も先につけられた名を正式の学名としたいが,どこまでさかのぼって古い学名の有無をチェックするのかなど問題となってくる。そこで,1905年ウィーンで開催された第3回国際植物学会議で植物の種小名(または,種名)は,リンネの「植物種誌」初版(1753)から,属名は,「植物属誌」第5(1754)から始めることが決められた。動物については,種小名が整備された「自然の体系」Systema Naturae10(1758)を動物の学名の始まりとされている。

学名は世界共通の名前で,ウイルス・バクテリア・植物・動物はそれぞれ別々の国際命名規約があり,各規約には,@1つの分類単位には,ただ1つの有効な学名用い,その学名は,他の分類単位の学名と明確に異なるものであること,Aこの学名を用いて,自由に相互交信ができる,という共通の目的がある。

動物の学名については,その後,1958年にロンドンで開催された第15回国際動物学会議で採択され,1961年に公刊された「国際動物命名規約」International Code of Zoological Nomenclatureの第4(2000)が現在使用されている。

学名は前述したように通常二名式であるが,1つの種がいくつかの亜種に分けらている場合には,種小名の次に亜種小名(または,亜種名)subspecific nameを加えて三名式となる。

古い図鑑では学名のあとに,必ずその学名を命名した研究者の名前がつけられているが,現行の規約では,命名者の名前の引用は任意となっている。命名者の名前を付する場合は,ある学名が後の研究者によって別の属に独立させられた場合には,最初の命名者名が( )の中で示されるように定められている。たとえば,トキの学名は現在,Nipponia nippon(Temminck)と書かれる。トキは,はじめテミンクによって,Ibis nippon Temminckと名づけられたが(イビスはギリシア語でトキ類の意)1852年ライへンバッハ(Reichenbach)によってNipponiaという属名が与えられ,イビス属から独立したため,はじめの命名者テミンクの名を( )で囲んである。また,欧文の本や論文では,本文がローマン体(立体)で印刷されるので,学名を区別するために普通イタリック体(斜体)にするが,ペン書きやタイプ打ちのときは,それを示すために学名の下にアンダーラインを引くこととなっている。

属名と亜属名をあわせて属群名,種小名(種名)と亜種小名(亜種名)は種群名とよばれる。各群名は命名規約の上で,先取権,ホモニム(異物同名),シノニム(同物異名)関係などについて対等の資格をもつものとされている。

学名記述に使用可能なことばは,いずれもラテン語かラテン語化されたギリシア語でラテン語,ギリシア語の文法に従って書くことになっている。その場合,種群名は,@性が属名と一致する主格単数の形容詞 A属名と同格の主格単数名詞 B属格名詞を使用し,すべて,小文字で書くこととなっている。

人名に関連した学名をしばしばみかけるが,195794才の長寿で亡くなられた日本の植物学の大家 牧野富太郎博士は,笹の新種にご自分の妻の名を付して,スエコザサ(寿衛子笹)という和名を与え,学名もササ・スエコアナSasa suekoanaと命名された。

参考書:小森 厚(1983)「どうぶつ学名散索」  東書選書

平嶋義宏他(1989)「昆虫分類学」  川嶋書店

 

C 系統推定の方法

◆系統樹とヘッケル

系統分類学の創始者と考えられるラマルク(Lamarck)は,その著者「動物哲学」(1809)の中で,主として,動物の解剖学的な特徴を手がかりとして,下等から高等へと発展していく段階的な系統と歴史的・時間的経過を取り入れた動物の系統図(phylogram)をはじめてつくった。続いて,進化論あるいは由来論(theory of descent)を基礎に,生物の自然分類は由来に基づくものでなければならないことを主張したダーウィン(Darwin1859)やウォレス(Wallace18551856)により系譜または血縁,系図分類(genealogical classification),系譜樹(genealogical tree)などの概念が提案された。ラマルクやダーウィンなどの考え方をさらに発展させ,各年物の類緑関係を樹木のように図示した系統樹(phylogenetic tree)をつくったのは,ドイツのヘッケル(E.H.Haeckel)である。教科書の図は「一般形態学」(1866)に示された系統樹であり,次図の系統樹は「人類発生史」(1874)に図示されたものである。

ヘッケルのこのような動物界の体系化は,いろいろな問題も多かったが,地球上

のすべての動物群は単一の共通の祖先形から由来していること,すなわち,系統的

に単源であることを明確に示した点で重要である。

 

ラマルクによる動物の系統図

ダーウィンによる新種形式の系譜(上図)

下端のAB,……は同属の種。右端のIII,……の水平線は千世代ごとの間隔。枝分かれしていく点線は,変化する子孫を示す。保存や選択の結果,BCは死滅し,DEは不変のまま続き,Aは広く分散し,多くの世代の後変種(a1m1f1)を生じ,さらに分散を続け,新しい種(a14p14q14)を生じる。

ヘッケルによる動物界の系統樹(下図)

下端にモネラ(Moneren)という名がみられる。モネラは,核という構造が発達していない下等な単細胞生物で,アメーバの祖先型として仮想されたものである。下から1/4ぐらいの位置にガストレア動物群(Gas traeden)が,頂上には人間(Menschen)がみられる。

(原図を横長に変更してある)

 

◆分岐分類学Cladistics

以下に分岐分類学または,分岐系統学と系統の構成法について小藤・長谷部(1992)(遺伝,4662526)を引用し紹介する。なお,この分類法については,太田邦昌(1989)(現代動物学の課題7「進化学−新しい総合−」日本動物学会編 学会出版センター)が批判的に紹介しているので参照されたい。

系統学においては,この30年ほどの間に大きな理論的・技術的進展があった。一つは,分岐系統学の発達である。分岐系統学では形質を2種類・すなわち原始形質と派生形質に分ける。生物の進化はそれまであった形質(原始形質)から新しい形質(派生形質)が生じる遺伝的変化によって引き起こされる。裸子植物から被子植物への進化は,胚珠がむきだしであるという原始形質から,子房に包まれるようになるという派生形質への突然変異によって引き起こされたと考えられる。したがって,現在,子房が胚珠を包むという派生形質をもつものたちは,突然変異を起こした個体の子孫の集まり,すなわち,単系統であろうと推定される。一方,原始的形質を共有していることは必ずしも単系統性を意味しない。たとえば,被子植物と裸子植物は種子を作るという派生形質を共有しているから単系統であろうと推定できるが,他の植物(たとえばシダ植物,コケ植物,緑藻類)を胞子を作るという原始形質を根拠に単系統であると主張するのは誤りである。これまでは形質を区別せず・似たもの同士は近縁であるという原則のもとに生物の系統関係を推定してきたため,原始形質の類似を重視し,間違った系統関係を推定してきた例も多くあった。

系統学の発展に貢献したもう一つの要因はコンピュータの発達である。形質を原始形質と派生形質に区別したあと,共通の派生形質をもつものが単系統になるように系統樹を構築していく。しかし,進化には平行進化や逆転という現象が必ずといっていいほど伴ってくる。平行進化というのは異なった系統で平行的に原始形質から派生形質への変化が起きることである。逆転というのは祖先形質から派生形質への変化が一度起きた後に再び派生形質から祖先形質への変化が起こることである。当然このような変化は系統推定の大きな障害となる。発生過程などを詳細に観察することによって平行進化を見破ることができる場合もあるが,多くの場合は見分けることが困難である。このようなときは平行進化や逆転が最も少なくなるようにして系統樹を構築してみる。このような方法を最節約法という。この方法は必ずしも進化が最小のプロセスで起こるということを仮定しているわけではないが,何回も平行進化などが起こると間違った系統関係を推定してしまう可能性がある。形質の中には経験的に平行進化が起こりやすいものと起こりにくいものがある。したがって,いろいろな形質を平行進化と考えたり,本当の派生形質として考えたりして系統樹を構築することが必要になる。以上のような操作は手作業ではほとんど不可能であり,コンピュータの手助けが必須となる。

形態データから分岐系統学の手法で作った系統樹

 

1980年代に入って,分岐分類学的手法とコンピュータを用いた研究がいくつか発表されるようになり,種子植物系統学は新しい一歩を踏み出した。

上図にいくつかの研究の結果,推測された系統樹を示す。これらの研究は,ほとんど同じデータセットを用いているが,どの形質を平行進化と考えるかなど,形質の評価のしかたが異なるために,違った系統関係を推定している。これらの系統樹に共通していることは,グネツム類と被子植物が単系統群となっていること,針葉樹,ソテツ類,イチョウを含む裸子植物は単系統群でなく,偽系統群であるということである。

 

◆DNAの塩基配列の違いにもとづく進化の推定

分子時計:タンパク質を構成するアミノ酸の変化速度は,同じタンパク質であれば,生物の系統によらずほぼ一定であることが分かった。この速度を分子時計と呼ぶ。良い分子時計の条件は時を刻むリズムが一定であることだが,なぜ分子レベルにおける進化速度に一定性があるのか,しばらくの間は分からなかった。しかし,中立進化論がそれに答えた。

進化速度中立進化論では進化速度λはλ=fμの式で表される。fは全突然変異率における中立突然変異の割合で,すべての突然変異が中立になる場合はf=1である。μは世代あたり遺伝子あたりの突然変異率である。fは遺伝子が働く内部環境が大きく変化しない限りはあまり変動しないだろうし,μも遺伝子や生物の系統によってそれほど大きく変わらないことが予想される。したがって両者の積で与えられるλはほぼ一定になる。

タンパク質によって進化速度に違いがある(ヒストンは進化速度が遅いのに,フィブリノペプチドは早い等)が,これはそれぞれの遺伝子におけるfが異なるということで説明できる。ヒストンではアミノ酸のわずかな変化もDNAとの結合能力の低下につながり,生存に有害な突然変異となってしまうのである。多種多様なタンパク質を調べてみると,分子時計が成り立たない場合もあることが分かった。実際の生物進化ではいろいろな要因が進化速度に関係する。例えば,げっ歯類の進化速度は他の哺乳類より速いが,これは他の系統に比べてげっ歯類の突然変異率μが高いためであった。

DNAの塩基配列:DNAの塩基が変化してもアミノ酸が変化しない同義置換もある(例えばAAAがAAGに転位しても指定されるアミノ酸はフェニルアラニン)。そこで,いっそDNAの塩基配列を比較して一定の突然変異率を求めれば正確な分子時計ができそうに思えるが,実際にはそれほど簡単ではない。相同領域の特定や進化速度の違いなどアミノ酸配列の分析でも問題になっていた困難が存在するからである。

タンパク質に翻訳される機能的なDNA領域の相同部分を異なる生物間で比較することはもちろん可能である。しかし,そのようなエクソン領域は機能があるだけに淘汰の影響を受けやすい。既に記したように例えば機能の制約が大きいほど進化速度が遅いのである。機能的な遺伝子領域は,それぞれの進化速度が異なっているのに,それが不明なのだから分子時計として利用するには不適当なのである。

がらくたDNA:そこで,注目されるのが大野乾が命名した「がらくたDNA(ジャンクDNA)」である。がらくたDNAには偽遺伝子,遺伝子間領域,反復配列などが含まれる。この部分はf=1であり,進化速度λは同義置換速度と類似することが期待される。ただし,がらくたDNAはヒトのゲノムでは97%にも及ぶ。なかには動く遺伝子で挿入された部分や遺伝子重複で増えた部分,機能のあることが判明した部分などがあり,同一の進化速度で把握することは難しい。けれども,機能のある領域を使うよりもましな近似が可能であろう。「中立的な変異が多いと考えられる領域として,遺伝子と遺伝子の間の領域の塩基配列の違いを用いている」という点に注意して欲しい。

整列:異なった生物間のゲノムの相同領域の塩基配列2本を横に並べる。これを整列と呼ぶ。整列距離(整列する塩基数)は両端に適当に伸ばして塩基数を付けて,塩基が一致しないサイト数(ギャップ数)が最小になるように決めるが,数式も提案されている。

転換と転位:塩基の変化にはA→Tなどプリン塩基がピリミジン塩基に変わる転換,A→G,T→Cなどプリン塩基どうし,ピリミジン塩基どうしで変わる転位があるが,化学的な類似性が高い物質どうしで起こる転位のほうが起こりやすい。

(参照:斎藤成也『ゲノム進化学入門』共立出版,2007年)

 

D 五界説

◆五界説

アメリカのホイタッカー(Whittaker1969)は,生物の世界を原核生物と真核生物のレベルに分け,原核生物レベルには細菌類やラン藻類を含ませモネラ界とよび,真核生物のレベルをさらに単細胞生物と多細胞生物に分けた。

単細胞生物の中には植物的な生活を営む種と動物的な生活を営む種,両方の生活を合わせてもつ種が実在し,全体としては植物とも動物ともはっきりとは決められない生物が含まれる。そこで,この生物群を動物でも植物でもない原始的な生物群として,原生生物界(プロチスタ)とよんだ。

多細胞生物は,エネルギーの獲得のしかたによって,植物界・菌界・動物界3つに区分される。生物界を大きく5つに区分したこの考えを五界説という。

その後五界説は,ホイタッカー(1978)やマーグリス(Margulis, 19701981)らによってたびたび改訂されている。特に原生生物界は,胚を作らないこと,複雑な組織や器官の分化がないこと,鞭毛が9+2構造をもつなどの特徴をもつ他の4界以外の生物としてまとめられ,体制の単純な多細胞の藻類なども含められるようになった(下図)。したがって,原生生物界は特に多系統の生物群であることを半ば前提として認識されている,便宜的性格の強い分類群である。

 

 

 

 








本サイトに掲載された記事や画像の無断転載を禁じます。
Copyright(C) 2009-2012 SHINKOSHUPPANSHA KEIRINKAN CO.,LTD. All rights reserved.