トップ生物II 改訂版>第3部 生物の多様性と進化>第1章 生物界の変遷>第2節 生物界の変遷と地球環境の変化

2節 生物界の変遷と地球環境の変化

 

A 光合成生物の出現

◆原核生物の進化

最初の生物がバクテリア(細菌)のような原核生物だったことは疑いなかろう。しかも原始地球に有機物が少なかっただろうから,最初の生物は独立栄養生物だったと考えられていたが,それは呼吸や光合成など代謝系が十分理解されていなかった時代の話である。

原始大気に酸素は無かったから,最初の生物は嫌気性だったはずである。解糖系のような反応系を持ってエネルギーを得ていたのだろう。最初の生物は食物となる有機物の海を漂って,周囲から有機物をとりこんでいた従属栄養生物だった。つまり,嫌気的従属栄養型の細菌が最初だったのだ。現生の嫌気的従属栄養型の細菌には,クロストリジウム(破傷風菌やボツリヌス菌の他,底泥や動物の腸内にすむ非病原性の菌が多い),メタン生成細菌,硫酸塩還元細菌,脱窒素細菌などがある。

やがて従属栄養生物が増殖して栄養をめぐって競争が起こると,自分の食物を作ることのできる独立栄養の方が利益になる。初めは光合成ではなく化学合成で有機物を作っていたのだろう。その後に光合成細菌が進化した。この種類の微化石は35億年前の地層から発見されている。光合成細菌がH2Sなどを消費すると,水素源として水を利用する生物が進化し,その結果大気中に酸素が生ずるようになった。

 

◆縞状鉄鉱とストロマトライト

西オーストラリアのワラウーナWarrawoonaの微化石が最古の生物化石である(35億年前)。この形状は現生のシアノバクテリア(ラン藻)を思わせる。

 

北米やオーストラリアなど世界各地にある縞状鉄鉱層や,層状構造の発達したストロマトライトという岩石がラン藻類の光合成によって作られたもの,生物起源であることが分かったのはそう古いことではない。

鉄に富む赤や黒の層と二酸化ケイ素に富む灰白層が重なる縞状鉄鉱は,その多くが今から20億〜25億年前に生成された。2価の鉄を酸化して,3価にすると(酸化鉄(III)となって)水に不溶となって沈殿する。ラン藻の光合成による酸素が海中の鉄を酸化させて沈殿させた。低温期にラン藻の活動が不活発になったとき二酸化ケイ素が沈殿した。こうして縞状鉄鉱ができた。しかし,海中の鉄が減少すると,酸素は大気中に放出されるようになった。次はストロマトライトの時代だった。

1900年代初期にウオルコットが記載したストロマトライト(stromaは“bed”,1ithosは“rock”を意味するギリシア語)の一種,エオゾーン・カナデンセEozooncanadenseは生物起源ではなく,接触変成作用によるものと考える研究者は多かった。各地のストロマトライトの構成物質が石灰岩だったり,チャートやマンガン鉱,酸化鉄鉱などと変異があることも非生物起源と見る見方の原因となっていた。アジア地域ではクリプトゾーンやコレニアと呼ばれた渦巻き石灰岩は,顕微鏡で拡大しても生物組織が見いだせなかったため,疑似化石に格下げされた時代もあった。しかし,1954年にストロマトライト中にラン藻の化石が見つかった。さらに1960年代後半,オーストラリアの西海岸,シャーク湾のハメリンプールで,西オーストラリア州地質調査所のプレイフォードが現生のストロマトライトを発見し,構造と生成のメカニズムを報じると情勢は一変した。縞状構造は潮の干満と関連したラン藻の生成と死滅の繰り返しによる堆積構造だったのである。

 

◆真核生物の出現

オーストラリア中央部アリススプリングス付近のビタースプリングズ層(9億年前)では50種におよぶラン藻や菌類などの微石が見つかっている。そのなかには真核細胞と思われる化石もある。真核藻類の多くには多数の棘があったり,複雑な構造の細胞壁がある。18億年前の真核生物らしい化石アクリタークスも発見されている(アクリタークスは59千万年前に絶滅した。大陸氷河の発達した時期と同じである)

現在,真核生物は原核生物どうしの共生によって進化したという細胞共生説が有力である。ミトコンドリアは好気的細菌が,葉緑体はラン藻のような光合成原核生物がアメーバ状の原核生物と共生することによって生じたという(細胞の進化に関する仮説の項参照)

オーストラリアで見つかった約9億年前のラン藻や菌類の微石

 

◆細胞の進化に関する仮説−マーグリスらによる共生説−

真核細胞のミトコンドリアや葉緑体は,いずれも大腸菌など原核生物にみられる環状のDNAをもっている。このため,これらの細胞小器官の現す形質は,核のDNAとは無関係の遺伝様式(細胞質遺伝)を示す。

そこで,真核細胞は本来は別個の独立した原核生物が共生してつくられたものだという仮説がマーグリスらによって提唱された(1971)

すなわち,まず,嫌気性のマイコプラズマのような原核生物を宿主として,好気性細菌が寄生し,両者はその後共生関係をもつようになり,好気性細菌はミトコンドリアに変化し,好気性のアメーバ様生物が生まれてくる。これにスピロヘータが寄生してやがてべん毛となり,動物細胞ができあがり,さらに,ラン藻が寄生してやがて葉緑体に変化して植物細胞が生じたという説である。

この説を支持する実例として,オーストラリア産のシロアリの腸内に共生する原生動物の一種Myxotricha paradoxaが知られている。

この動物の表面には大小多数のスピロヘータおよび多数の細菌が付着し,スピロヘータはこの動物の運動に役立っている。また,この原生動物はミトコンドリアをもっていないが,小胞体やリボソームに囲まれた細菌(図中の内部バクテリア)が原生動物の中に存在し,この細菌がミトコンドリアの役目をはたしているものと考えられている。

マーグリスの説には,真核生物細胞の核の起源については,なにものべていないが,これについても23の仮説が提唱されている。ゴクソイルGoksoyrJ.(1967)は,真核生物の細胞は,個々の原核生物細胞のDNAが増量し,それにともなって細胞質も増加してできてきたものでなく,たくさんの原核生物細胞が融合して1個の大型細胞をつくり,ついでDNA1か所に集合し,まわりに膜が形成され,核ができたとしている。

 

◆生命を生み,育む海

長い間,進化論者を悩ませてきた難題のひとつは先カンブリア時代の化石がないということであった。しかし,多くの地質学者が化学的な沈殿物と思い込んでいたストロマトライトとよばれる層状構造を持った石灰岩が,ラン藻類(シアノバクテリア)と嫌気的なバクテリアの作る化石であることが分かった。20世紀の初めにストロマトライトを発見したウォルコットはこれを,ある種類の海藻が作った礁の化石と考えていたのだが,その見解は受け入れられていなかった。彼の見解が受け入れられるようになったのは,1954年にストロマトライト中にラン藻の化石が見つかって以後である。ことに1950年代後半にオーストラリアのシャーク湾で実際にラン藻がストロマトライトを作っていることが分かって,論争に終止符が打たれた。この湾は塩分濃度が高く,普通の海生生物は生活できずに,原始的なラン藻が他の生物の干渉を受けずに生育しているのである。化石中のラン藻類自体は続成作用(遺骸が化石になる過程で受ける物理・化学・生物的作用)の結果,消失してしまうのが普通である。ただし,(細胞壁などが二酸化ケイ素で置換されて)チャートになった場合は残されている可能性が高い。

層状構造のちがいは生物種の差によるものとする意見が強く,最古のものは約35億年前の地層(オーストラリアや南アフリカ)から知られている。炭酸カルシウムの薄層が同心円状に重なるコレニアColleniaは,北米や中国に産する先カンブリア時代後期のストロマトライトの一種で,石材としてよく利用されている。

ストロマトライトは縞状鉄鉱と同じ過程で作られるが,鉄に富んだ層が欠けている。世界的に重要な鉄資源のひとつ,縞状鉄鉱では鉄に富んだ部分と二酸化ケイ素の多い部分が交互に重なり合っている。

先カンブリア時代に生物の進化はおそらく次のような過程を経たのだろう。

最初の生物は嫌気的な状態で有機物を分解して生存する従属栄養の細菌だった。やがて光合成細菌が進化したが,なお嫌気的な条件であった。

次にラン藻類が進化し,光合成で作られた酸素は海水中の鉄と反応して酸化二鉄となり,沈殿した。また,ラン藻が光合成を休んだときに放出される炭酸ガスが反応して作られる炭酸カルシウムだけが沈殿した。こうして縞状鉄鉱ができた。

しかし,海洋中で鉄が消費されつくすと,石灰岩だけが沈殿してストロマトライトが作られた。15億年前になると縞状鉄鉱は見られなくなった。(『太古の世界を探る』『古生物学事典』『古生物』参照)

 

B 海中での多様化

◆先カンブリア時代

46億年前〜58千万年前》 先カンブリア時代の気候はほとんど分かっていない。約7億年前にアクリタークスの絶滅があり,広い範囲に氷河作用を受けたことが推定されている。

カンブリア紀の地層からは海産無脊つい動物のほとんどの門が出現する(「カンブリア紀の爆発」という)のに,この時代の地層には多細胞生物の化石は非常に少なかった。しかし,65千万年前から57千万年前の先カンブリア時代末期の地層,南オーストラリアのエディアカラ丘陵でたくさんの丈夫な外骨格を持たない動物の化石が最初に発見され(1940年代後期。地理学者スプリグSpriggによる),報告された(古生物学者グレスナーGlaessner1961以降による)。同様の地層はイギリス,ニューファンドランド,スカンジナビア,南西アフリカ,ロシアにもある。

エディアカラ動物群には301400種の化石が含まれる。グレスナーは多くを腔腸動物(中でもクラゲやソフトコラルが多い)と考えたが,体節をもった環形動物もあった。また,現生の生物から縁の遠い“失敗した進化の実験の跡や,まるで他の惑星の生物”のような化石もある。その後,クラゲ類も現生のクラゲと同じ門とは考えられないという新解釈(Seilacher1980年代)も出ている。

 

C 陸上への進出

◆古生代

古生代および中生代の気候は主に化石から推定されるが,シルル紀からデボン紀にかけての気候が少し見当がついているにすぎない。古生代の大半は両極で氷がなく,今日より温暖であった。石炭紀の末に寒冷化し,ペルム紀にかけて氷期となった。ゴンドワナ大陸は3000万年〜5000万年にわたって氷河作用を受けた。氷期になった原因として@石炭紀に繁栄した植物がCO2を大量消費したため。Aバリスカン造山運動が最盛期となり火山灰が拡散したため。B大陸相互の位置が移動し,磁極の移動があったため等が考えられている。石炭紀とペルム紀にはひとつの広大な氷冠が南半球の大部分を覆っていたが,北極はごく軽い氷河作用を受けただけだった。

カンブリア紀>《54千万年前〜5億年前

海産無脊つい動物が爆発的に進化した(カンブリア紀の爆発)ほか,藻類も多様化した。代表的な化石は三葉虫であり,二枚貝である。三葉虫の生活は海底に残されたはい跡や脱皮殻などの生痕化石から推測された。カンブリア紀の化石には陸生生物の証拠はない。

カナダのブリティッシュ・コロンビア州のバージェス頁岩(5500万年前)には奇妙な形態をした絶滅動物の化石が多数含まれている(グールド『ワンダフル・ライフ』参照)。これらは現生の生物と系統関係があるとする見解がある。バージェス動物群とよく似たほぼ同時代(52千万年前)の動物群が中国の澄江(チェンジャン)からも発見されている。

バージェス頁岩の動物の例=アノマロカリス14対のヒレで泳いだ大型の肉食性節足動物。ウイワキシア;独立の門ではなく,環形動物門,ウミネズミ類,コガネウロコムシ属と類縁関係にある特徴(平らなキチン質のフック)があるという見解がある(バターフィールド,1990)

ハルキゲニア;独立の門ではなく,最初の復元図(A)は上下が逆だったようで,有爪動物門のビロードムシの一種であるという(ラムスケルトと侯による)。グールドもこのハルキゲニア=ビロードムシ説を受け入れている。

 

オルドビス紀>《5億年前〜438百年前

無脊つい動物;三葉虫はカンブリア紀ほどは繁栄しなかった。新しい種類の捕食動物としてオウムガイ類が現れたのが最大の理由と思われる。最近,中国からオウムガイ類がカンブリア紀末期に劇的な適応放散をした証拠が発見された。殻を持った軟体動物腹足類(巻貝)や二枚貝と,きょく皮動物など浮遊物を食べる真体腔動物の多様性が著しく増加した。コケムシや造礁性サンゴが出現した。フデイシが栄えた。

脊つい動物;最も重要なのは魚類の一種,無顎綱の甲皮類カブトウオが出現した。

シルル紀>《438百年前〜48百年前

シルル紀から始まったカレドニア造山運動は陸地を拡大させた。海退が進んで,気候が不安定になった。

シルル紀にもっとも重要な事柄は生物の上陸である。大気中の酸素量が増え,現在の10%程度になった。オゾン層ができ,陸上でも有害な紫外線の量が減ったと考えられる。陸上では光と酸素は十分だが,水不足ときびしい温度変化にさらされる。

植物;植物はオルドビス紀中期(45千万年前)ごろには上陸したらしいことが陸上植物のものと考えられる破片の発見によって明らかになっているが,外形が復元できた最初の陸上植物は,シルル紀のクックソニアである。まだ葉が形成されていないので無葉であり,Y字型に分枝する裸の軸のような体の先端に胞子のうを付けている。このように茎と葉が分化していない植物は,古生マツバラン類としてまとめられたことがあるが,現在ではその中に維管束植物の祖先を含む複数の分類群があることがわかっている (西田治文「植物のたどってきた道」NHKブックスなど参照)。デボン紀になり,プシロフィトンなどの段階になると主軸をもち,主軸の両側にリニア型のY字型分枝を付ける。これらはトリメロフィトン類とされる。現生のマツバランと古生マツバラン類との関係はまだ充分に解明されたとはいえない。

動物;クモやムカデが陸上で進化した。これらの動物の体は化石化しにくく,シルル紀の地層からはわずかにサソリに似た動物が知られているだけである。海産の動物が進化した。ヒトデに近いきょく皮動物が繁栄し,2.7mもあるウミサソリが栄えた。重要な示準化石にフデイシがある。

デボン紀>≪41千万年前〜36千万年前

魚類時代ともよばれる。造山運動の最盛期で乾期と雨期が交代し,より乾燥に適したシダ種子植物も現れた。

動物;昆虫が陸上に出現し,アンモナイトも出現した。

脊つい動物;軟骨魚(ただし,現生のサメとは違う。現生のサメはエイとともに中生代の適応放散で生じたもの)や硬骨魚が進化し,肺魚が陸生化を始めた。デボン紀末期には四足の両生類イクチオステガも現れた。

デボン紀末には氷河の影響で海生生物が打撃を受けた。しかし,次の石炭紀に海生生物は再び多様化した。

シダ種子植物;シダ状の葉に種子をつけた絶滅裸子植物。デボン紀の前裸子植物から石炭紀に多様化し,ペルム紀以降に繁栄した裸子植物の祖先群となった。

肺魚;総鰭類とともに肉鰭類とすることもある。中軸の骨のある胸鰭や腹鰭を持ち,内鼻孔がある等の特徴がある。現生種はオーストラリアのネオケラトダスや南米,南アフリカに数種が生息する。

イクチオステガ;イクチオ(=魚)ステガ(=頭の後部)は旧赤砂岩の地層から発掘されるので淡水域の生活者であったろう。四肢で体を支えられるようになり,肋骨や胸部の筋肉が発達していた(肺が発達)。反面,魚類的特徴として尾鰭があり,体表は骨鱗で覆われていた。歯はエナメル質の表面にひだがあるため,迷歯類(亜綱)に分類される。なお,指の部分の骨は7本あるが,脊つい動物が初めから5本指であったと考える必要はない。デボン紀の両生類の研究はまだ発展途上で,ペデルペスなど新たな化石の発見が続いている。

魚類が上陸するにはいくつかの条件があったと考えられる。

(1)リン酸カルシウムの骨;骨はカルシウムの貯蔵庫である。海水中の過剰なカルウムをリン酸カルシウムに変えて排せつしたのが起源で,無顎類では皮膚に沈着させ甲皮とした。骨は食物中のリン酸の摂取量に応じて分解することができる。貝殻を作る炭酸カルシウムでは溶けにくい。

 

(2)浸透圧の調節;汽水から淡水に進出することによって,魚類は腎臓を発達させ,浸透圧を調節した。

(3)硬い骨の骨格;硬い内骨格は重力から体を支えることを可能にした。骨格の進化は淡水の浮力が小さく,重力の影響を受けることと関連がある。

(4)肺と浮き袋;空気中の酸素を利用するために食道の一部を膨らませ,原始的な肺を進化させた。魚類では主に浮き袋に進化した。

(5)手足を持った;ユーステノプテロンに見られるようにヒレの内部に骨格を持ち,筋肉を発達させた。

石炭紀>《36千万年前〜295百万年前

植物;石炭紀の植物化石には年輪がなく,世界中同じ構造であることから,温暖な気候が続いたと推測される。造山運動の回復期で海進があり,温暖多湿だった。世界各地の石炭のもとになったリンボクやフウインボク,巨大なトクサの大森林が作られていた。これらシダ植物は受精に水を必要とするため,まだ水から遠く離れることはできなかっただろう。

昆虫類;適応放散し(バッタ類,ゴキブリ類,カゲロウ類,セミ類など),巨大なトンボ(メガネウラ)が空を飛び,ゴキブリの祖先が朽ち木の間をはっていた。

 

 

脊つい動物;湿地には両生類が繁栄した。また,は虫類が出現した。は虫類の卵は卵殻を持ち陸上で発生できた。は虫類は体表に硬いうろこを備え,水辺から離れることができた,より乾燥に適応した動物である。

リンボク;レピドデンドロンLepidodendronともいう。小葉系ヒカゲノカズラ綱,リンボク目,リンボク科に属する。茎の表面に見られる鱗状の模様は葉が落ちた跡。・フウインボク:シギラリアSigillaria。リンボク目,フウインボク科に属する。リンボクの葉はらせん状に配列するが,フウインボクでは縦に配列する。

トクサ;シダ植物門,トクサ目。現生のトクサはスギナやミズトクサなど小形の種類が多いが,石炭紀にはロボク(カラミテス)のような巨大なトクサ類が繁栄した。茎は有節で節には葉が輪生する。

ペルム紀二畳紀>《295百万年前〜25千百万年前

ペルム紀は周期的に寒く乾燥化したが,大森林時代は続いた。大気中の酸素は現在の地球の割合とほぼ等しくなった。

脊つい動物;は虫類が適応放散し,両生類が衰退した。

昆虫類;石炭紀で出現しなかった多様な昆虫の目(古トンボ類,トンボ類,カワゲラ類,カメムシ類,ウスバカゲロウ類,シリアゲムシ類,トビケラ類,甲虫類,ハエ類など)が出現した。

ペルム紀末に三葉虫やフズリナなど浅い海にすんでいた多くの海生生物が絶滅した。骨格を待った海生無脊つい動物の52%の科,96%の種が絶滅したと推定されている。古生代末の大絶滅である。その理由は大陸が寄り集まって超大陸パンゲアを作ったためなどが考えられている。大陸棚が失われて生息地が減り,競争が起こったり,海面低下が起こって種が減ったのである。さらに海洋の酸素濃度が急減したことや,小天体の衝突なども原因として検討されている。

 

D 裸子植物とは虫類の多様化

中生代

気候は中生代には再び温暖多湿になった。熱帯が拡大し(ペルム紀には熱帯の範囲は北緯20度から南緯20度だったが,三畳紀には北緯23度から南緯23度になった),熱帯の年平均気温は25℃から30℃であった。大陸には砂漠気候が卓越し,その結

果,赤色砂岩ができた。中生代には極地に氷冠がなかった。

乾燥に適応したは虫類と裸子植物が繁栄し,は虫類時代をつくった。白亜紀には造陸運動によって大海進が生じた。このためやや低温となった。

トリアス紀三畳紀>《25千百万年前〜2億年前

超大陸パンゲアは北部のローラシアと南部のゴンドワナに分裂しはじめ,三畳紀には大陸の内部は広く砂漠化していた。

動物;海ではアンモナイトが優勢になった。ペルム紀の大絶滅で古生代のアンモナイトは23の属を残して絶滅してしまったが,中生代に入って急速に適応放散した。造礁生物が六放サンゴに置き換えられた。

植物;陸上では裸子植物(針葉樹,ソテツ類,イチョウ類など)が繁栄し,それらの多くは風媒で受粉した。乾燥に強い種子で繁殖する裸子植物は,陸上に拡大した。

脊つい動物;海洋を遊泳するは虫類も優勢になった。その代表はイクチオサウルスである。恐竜の祖先は三畳紀前期に出現した。飼犬と同じ位の大きさで身軽であった。鋭い歯を持たず,地表のシダやコケを食べていたと推定される。恐竜の食物や隠れ家となったのが,裸子植物の大森林であった。恐竜は初めは小さかったが,次第に大形化し,裸子植物の巨木の葉を食べ,三畳紀の末期には6mにも達した恐竜がいた。また,恐竜よりも長く地上に生存することになる4つの重要な脊つい動物が進化した。両生類のカエル類,は虫類のカメ類・ワニ類,ほ乳類である。

ジュラ紀>《2億年前〜145百万年前

ジュラ紀はおおよそ温暖,湿潤であった。大型の恐竜や昆虫が繁栄し,羽毛を持った始祖鳥が出現した。

脊つい動物;恐竜は骨盤の骨格で2群に分かれる。体長25m,体重50トンにもなるアパトサウルスが竜盤類の,植物食のステゴサウルスが鳥盤類の代表である。現生のコウモリのように皮膜を持ったプテロサウルスやプテロダクチルスといった翼竜も見られた。恐竜に関しては温血性動物(恒温動物)だったという説がある。温血説に関するまとめは瀬戸口烈司「恐竜の生理」(小島郁生編『恐竜学』東京大学出版会)にある。体が巨大になると温まった体温はすぐには下がらなくなる。コモドドラゴンなら大形のものは体重100kgぐらいになるが,これで熱伝導率がほ乳類と変わらなくなるのであった(MaNab and Auffenbergによる)。この現象は慣性恒温性とよばれる。恐竜の熱生理はこれに近く,熱源を体内にもつ内温性ではなかったと推定される。また,瀬戸口は恐竜の脳はワニ程度で,しかも新皮質が発達していないことから,マイアサウラの子育て行動やディノニクスの集団での共同餌捕獲といった復元図を疑問視している。

植物;被子植物が出現した。

白亜紀>《145百万年前〜65百万年前

白亜紀後期までには大陸の分裂は進み,各大陸はほぼ現在の形と位置に落ち着きつつあった。

脊つい動物;肉食恐竜ティラノサウルス・レックスが繁栄した。この恐竜の小さな前肢は立つときに使われたらしい。

ティラノサウルスの前足の役割

 

植物;イチョウやソテツ類などの裸子植物に加えて,ジュラ紀後期から白亜紀初期までに出現した被子植物が花を咲かせるようになった。花粉を運ぶ昆虫と関連して被子植物は多様になった。後期には森林も増加した。被子植物は繁殖が早く,裸子植物は次第に衰退した。

 

白亜紀未に恐竜やアンモナイト,その他多くの生物が絶滅した。大規模な気候の変化が絶滅の原因と思われるが,詳細は未知である。物理学者アルヴァレスの隕石衝突説(1980)が有名だが,その説の当否,他の絶滅の原因に関しては平野弘道「絶滅」(小島郁生編『恐竜学』東京大学出版会)や平野『繰り返す大量絶滅』(岩波書店)が参考になる。

隕石衝突説は白亜紀と第三紀の境界に異常に多いイリジウム含量に注目したもの。このような濃集は地球外起源である。惑星が地球と衝突して,惑星質量の60倍の岩石を粉々にまき散らし,成層圏にとどまって,暗黒をもたらし,光合成を抑止した。植物が絶え,植物食の恐竜が絶滅し,肉食恐竜も滅んだ。

古生物学者からは隕石衝突説に対する反論,アンモナイトは白亜紀を通じて徐々に多様性を減らしていて突然滅びたのではないとか(ただし,やはり白亜紀末に突然滅びたという論文もある),絶滅は海水準の低下と関連しているが,隕石衝突説は海水準の低下を説明していないとか,イリジウムの濃集は火山活動によるもの等が提出されている。

 

◆日本の恐竜化石の発堀

日本列島は中生代にまだ形をなしておらず,恐竜化石は望みうすと思われていたが,アジア大陸の東岸に日本の土台が形成され始めた白亜紀前期の地層から恐竜化石が産出され始めた。なかでも日本海側の手取層群から多数の恐竜化石が出ている。手取層群は福井県・石川県など4県にまたがる地域に分布する中生代の地層である。福井県立博物館では,福井県勝山市北谷にある滝波川支流の杉山川左岸で1989年から発掘調査をしている(1993)1991年までに発掘された恐竜の骨や歯の数は約300個にものぼっている。なかにはイグアノドンの足跡や化石もある。参考資料としては『わくわくウォッチング図鑑I 日本の恐竜』(学習研究社)がよく出来ている(下図)

 

 

E 被子植物とほ乳類の多様化

◆新生代

新生代は現代に近く,地層の研究も盛んに行われていて,区分もずっと細かく行われている。

新生代第三紀にも高温の時代があり,中緯度では現在よりも20℃高かった。始新世から中新世の頃には熱帯は北緯28度〜南緯28度,亜熱帯は北緯40度〜南緯40度の間に広がっていた。500万年前頃から低温になり始め,中緯度では10℃になった。南極大陸では氷河が広がった。

第三紀>《65百万年前〜160万年前

初期のほ乳類は小型だったが,恐竜が滅んだ後のさまざまな環境に適応放散して繁栄し,新生代第三紀はほ乳類時代とよばれる。植物では被子植物が繁栄し,昆虫と関連して虫媒花が多様化した。

 

脊つい動物;ほ乳類の進化の例としてウマがあげられる。ウマは犬ほどのヒラコテリウム(エオヒップス)を祖先としたが,次第に大型化し,足が長くなった。メソヒップスでは前足が3本指となった。新生代の中ごろ(中新世),イネ科の草原が広がったが,イネ科は葉の中にシリカ(二酸化ケイ素)の粒を含み臼歯の摩耗を早める。それに対抗してウマは高い臼歯を持ち,葉食から草食へと進化した系統のウマが発展した(メリキツプスなど)。臼歯の発達につれて,歯列が前に移動して,現生のウマの顔に近くなった。より草原へと適応し,中指がひづめとなり,やがて1本指のプリオヒップスが進化し,その後,現生のウマ,エクウスが出現した。

植物;第三紀は寒暖の変化があり,日本では始新世と中新世中期には亜熱帯性の植物の混じった暖帯林(クスノキ,シュロ,プラタナスなど)が優勢となり,漸新世後期と鮮新世にはメタセコイア植物群(スギ科のメタセコイア・スイショウ・タイワンスギ・広葉杉,マツ科のイヌカラマツ・ユサン,マンサク科のフウ,イチョウ)が優勢となった。ときには針葉樹(トウヒ,モミなど)を混じえたりした。

第四紀>《160万年前〜現在

第四紀は氷河時代であり,人類時代でもある。更新世には4回の氷期があった(ギュンツ,ミンデル,リス,ウルム)

・脊つい動物;熱帯で霊長類はいったんクモザルのように樹上生活に適応した。地上に下りた類人猿の中から直立二足歩行する猿人が進化した。以前は「人類百万年」と言われたが,次第にヒトの起源は古くなっている。現在はチャドで発見されたトゥーマイ猿人と呼ばれる,身長約150 cm,脳容量約350 ccのサヘラントロプス・チャデンシス Sahelanthropus tchadensis (600万年〜700万年前)が最古の人類である。この年代は,分子時計による人類の分岐推定年代と近い値である。インドで発見され,一時最古のヒト科と考えられたラマピテクス(1400万年前)は新標本に基づく新たな復元から,現在はヒトの直系ではなく,オランウータンの祖先と考えられている。

厳密な定義はないが,猿人は,Homo属出現以前の原始的な人類で,原人はHomo属に分類される化石人類をさす。化石人類として火を使用し世界各地に分散した原人(ジャワ原人や北京原人),大きな脳を持つ旧人(ハイデルベルク人)などが現れた。ヒトHomo sapiensは約20万年前にアフリカで起源し,世界に広がった。ネアンデルタール人のような別種の人類も,数万年前までヒトと共存した証拠がある。ネアンデルタール人はかつてヒトの直接の祖先とも考えられたが,現在は化石DNAの比較から否定されている。旧石器時代後期のヨーロッパで生活していたクロマニヨン人は,ヒトと同じ種である。

植物;第四紀更新世前期の日本の森林はトウヒ属のヒメバラモミ,マツ科のチョウセンゴヨウ,そしてスギ林が主だった。300万年前にミツバマツ,カリヤグルミ,ヌマミズキが絶滅した(大阪層群)200万年前になるとイヌカラマツ,イチョウ,シマモミ,フジイマツが消滅。90万年前までメタセコイア,イヌスギ,セコイア,オオバラモミがあった。更新世後期には針葉樹のゴヨウマツ・トウヒ属・ツガ属・モミ属の他,ハンノキ属・カバノキ属,クルミがあり,ミツガシワなどがあった。

氷期には亜寒帯針葉樹(チョウセンゴヨウマツ,トウヒ,チョウセンゴミシ,ミツガシワ,マンショウグルミ)が出現し,温暖な間氷期にはブナ属・スギ・コウヤマキが優勢となった。氷期に平地に咲いた植物(ミツガシワなど)は,温暖化すると高山に逃避した。

(井尻正二『大氷河時代』東海大学出版会,湊正雄.井尻正二『日本列島』岩波新書,塚田松雄『花粉は語る』岩波新書による)

 

 








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