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2節 遺伝子の操作と応用

 

 

A 遺伝子組換え

◆自然界の遺伝子組換え

遺伝子は染色体の乗換えのように自然界でもどんどん組換えが行われている。その観点からすれば遺伝子工学も自然界で普通に行われていることの延長と言えなくもない。

 

PCR

DNAを効率よく多量に複製する方法がある。DNA合成を開始するためにプライマー(目的のDNAの塩基配列と相補的な20塩基ぐらいのDNA)DNAに加えて加熱すると,DNA鎖がほどける。そして冷やすとDNA鎖にプライマーが結合する。そこでDNA合成酵素が作用すると,新しいDNA鎖が作られる。再び熱して冷やすと,さきほど合成された新しいDNA鎖をも鋳型としてDNA鎖が合成される。こうして倍々にDNA鎖を合成することができる。10回で210,約1000倍,20回で約100万倍に2時間程度で,(50万円程度の器械で,1回の反応は100円程度の試薬で)増やすことができる。微量のDNAを特異的に感度良く検出することができるし,増やしたDNAで遺伝子操作を行うことができる。細胞1個の遺伝子の解析もできる。この技術をポリメラーゼ・チェイン・リアクチョン(PCR)法という。この方法では,温度を100℃まであげる必要があるが,それでも変性しないDNA合成酵素が必要である。それは,温泉や海底火山にひっそりと生息していた耐熱菌から生成された。バイオテクノロジーもおよそ趣味的なさまざまな生物を観察する生物学に支えられているのである。

この方法を開発したマリスは巨万の特許料を得たが,ドライブの最中に突然このアイデアがひらめいたとのことである。

 

PCR

 

遺伝子改変動物

遺伝子工学の応用に,ある目的の遺伝子を導入したり(トランスジェニック生物),逆にある遺伝子の機能を除去する(ノックアウト生物)ことが可能になってきた。

クラゲのタンパク質を発現するようにしたトランスジェニックマウスを例に挙げるとしよう。クラゲには,その役割ははっきりしないが,紫外線を当てると光がでる蛍光タンパク質がある(緑蛍光タンパク質,Green Fluorescent ProteinGFP)。このタンパク質をコードする遺伝子を取り出して,マウスの細胞で働くようにした「人工遺伝子:DNA断片」をマウスの卵に打ち込むと,蛍光を発するマウスを作り出すことができる。蛍光タンパク質だけではなく,マウスが本来持つのとは異なる様々なタンパク質を発現させることができる。また,脳にしかないタンパク質を肝臓に発現させる,あるいは,胎児の頃にしか発現しないタンパク質を老齢マウスに発現させることもできる。治療に必要なタンパク質ホルモンを牛やヒツジで大量生産する試みも行われている。逆に,あるタンパク質の発現を無くしてしまうこともできる(遺伝子ノックアウト)。

クラゲの遺伝情報を担うGATCの羅列(塩基配列)がなんの配列であるのかは,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/にアクセスし,BLAST Basic BLAST nucleotide blastへとたどり,例えば上段のGGCTGACCGCCCAACGACCCCCや,

下段のACATCAGAATGAGTATTTGGTTTGGTTTAぐらいを入れて検索してみよう。このようにデータベースを検索することによって,ある塩基配列がどのような働きをするのか,生物を使った実験をする前に,ある程度は予想ができるようになってきた。

 

◆古生物の復元

コハクなどの中に,古い時代の昆虫が閉じ込められている。それらからDNAをとり出して,PCR法などでふやすことも行われている。それらの研究は,化石となった生物のDNAの塩基配列を知ることで,現在の生物との類縁関係を知る手がかりを得るのが目的である。

映画「ジュラシック・パーク」では,恐竜の復元が描かれている。実際にも,化石などにあるDNAを用いて,古生物が復元できないかということは真剣に研究されている。恐竜の場合,変質していないDNAが化石として残っている例は少ないと考えられる。また,仮にそのDNAが得られても,同じ塩基配列を持ったDNAとしてふやす技術はあるが,染色体という形にまとめる技術はない。ヒトの場合でも,1.7mをこえるDNAが,核内で46本の染色体に配分されている。それがどんなしくみで,どのように分けられているかがわからない。DNAだけで生物は復活できないわけで,ジュラシック・パークは現時点ではSFの世界である。

では,シベリアの凍土に冷凍されているマンモスのような場合,その核を近縁のゾウの卵細胞に入れて,クローン技術と同じように,ゾウの子宮に戻して妊娠・出産させることができないかと期待する人もある。しかし,それが可能なら,イヌにネコを生ませる(逆手も良いが),あるいは,ヒトの代理母としてサルを使うのが可能になるということで,考えにくいし考えたくない。同種でない胎児は,そのままでは拒絶反応により流産してしまう。が,バイオテクノロジーの進歩は計り知れない。サルを代理母とすることの倫理性について,近未来を仮定して議論しよう(答えは無い)

 

B 遺伝子改変生物と安全性の確保

◆遺伝子組換え技術の規制

遺伝子組換え技術は,開発直後からその危険性を防ぐために,さまざまな規制が加えられている。この技術の開発者の1人のバーグは,19747月に,「危険に関する問題が解決するまで,この実験は中止すべきである」というアピールを,英国の科学雑誌「ネイチャー」,米国の科学雑誌「サイエンス」および「米国立科学アカデミー会報」に発表した。翌75年には,米国カリフォルニア州にある「アシロマ会議センター」で,米・英・仏・ソ連・オーストラリア・イタリア・ベルギー・スウェーデン・デンマーク・日本など十数か国からなる90人の科学者と,法律家,報道関係者など約60人が集まり,「組換えDNA技術」の規制問題を論議した。このアシロマ会議では,組換えDNA技術は人類の福祉に貢献する重要な技術であることを認めたが,安全性について十分な配慮をなすべきであるという結論になった。

その後,19766月に,米国国立衛生研究所(NIHと略称される,ただの研究所ではなく膨大な予算配分を行い,アメリカの医学研究を支配している)は,「組換えDNA研究のガイドライン」を発表し,それに沿わない研究には研究費を支給しないことを明らかにした。このガイドラインは,その後世界各国でつくられた規制案の模範ともいえるもので,同様な規制が広くなされるようになった。

NIHガイドラインでは,物理的封じ込めと生物的封じ込めの2つから成っている。物理的な封じ込めは,実験室から危険な微生物が外へ出ないことを目標としている。それには危険度に応じて,P1P4まで4段階あり,段階に応じて厳しい設備が要求される。P1は整備されたふつうの実験室並みおよび消毒設備程度であるが,P2は安全キャビネットが必要,P3になると安全キャビネットのほかに実験室内の圧力を大気圧より低くして微生物が外へ漏れないようにすること(維持費の高い微細フィルター付き空調装置が必要になる)P4では実験専用の建物か区画を設け,菌の採取は手袋を通して行い研究者が直接菌に触れないようにすることが要求されている。生物的封じ込めは,EK1EK3(日本ではB1B3)とし,それぞれ用いる菌株を規定している。そして,危険度の高い実験ほどP段階が高く,用いる菌も弱い菌(EK3の方がEK1よりふつうの条件では生育しにくい)を指定している。NIHガイドラインは,予想される実験について,それぞれ物理的に封じ込めと生物的封じ込めの組み合わせを示している。

しかし,この規制は,その後の研究成果から厳し過ぎるとされ,80年代になってから規制はしだいに緩和されている。すなわち,ヒトのDNAを扱う実験はEK1ならP4EK2ならP3の設備が必要とされたが,現在ではそれぞれ2段階下がり,EK1ならP2EK2ならP1で行えるようになった。

 

さらに平成16年度は大幅に基本方針がかわり,より緩やかで現実的な規制となった。高校でもそれまではP2を必要としていたような実験(例えば大腸菌で蛍光タンパク質を発現するような実験)も安全委員会を設置することなく「気軽に」実習を行うことが可能になった。ただし,違反者には罰金刑や禁固刑が課せられるようになった。

もともと自然界で自然に生じたDNA断片を他の生物が取り込むことは,大腸菌のプラスミドなど,ごく普通の事象である。そのため細胞は外来の遺伝子を破壊する仕組みを持っている。そして,時として外来遺伝子が本来の遺伝子と同じように機能することもある。進化の一過程である。遺伝子組み換え技術はその過程を急速に大規模に行っているとも言える。だから安全と言うこともないし,また,非常に危険と言うこともない。しかし,SF的ではあるが,未知の危険なウイルスを人為的に作成する可能性は無視できるほど低くはないと言えよう。現実に,遺伝子治療では,その患者で異常となった遺伝子をウイルスに組み込んで患者に導入することが行われる。つまり,ある目的に従ってウイルスを作り替えることは可能になっている。

 

◆遺伝子改変食物

トウモロコシなどに害虫にのみ有害なタンパク質を組み込んだ遺伝子改変作物は使用する殺虫剤の量を減らせるという意味では環境に優しい。しかし,ほとんどのヒトには無害な外来タンパク質が特定の人にはアレルギーの原因となる危険性がある。また,このような遺伝子改変作物を作成する場合,遺伝子工学の情報として細菌の抗生剤耐性遺伝子を用いる。この薬剤耐性遺伝子は遺伝子改変作物にもそのまま残る。これを食すると,大腸内で分解された抗生剤耐性遺伝子が切り出されて,腸内細菌に取り込まれる可能性がある。あるいは,広く環境に抗生剤耐性遺伝子が蔓延する可能性がある。健康状態なら問題ないが,感染症に罹患したときに,抗生剤が無効な細菌が大暴れする危険性が無いとは言い切れない。

 

◆動物の品種改良

優れた品種のウシが生まれたとしても,その子供がその優れた形質をそのまま受け継いでくれるとは限らない。しかし,体細胞クローンを作成すれば,その優れたウシを増産することができる。この場合,この元のウシはもともと自然に生まれたものであるから何ら危険なことはない。したがって,クローン牛そのものには危険性は全くないと言えよう。ただ,味を良くするために遺伝子操作を行い始めると,その余計なタンパク質がなんらかの悪影響を一部のヒト(アレルギー)に引き起こす可能性はある。

また,環境に及ぼす影響としては,全く同じ遺伝子を持った牛が多数存在することは今まで経験しなかった事態である。全く同じタンパク質からなる牛肉を繰り返し食することによって,その牛に対してアレルギー反応などが生じる可能性もあるかもしれない。また,あるウイルスにそのクローン牛がすべて感染して牛が全滅するとか,そこで著しく増殖したウイルスが問題となるかもしれない。

 

C 遺伝子治療

◆遺伝子治療による発現

アデノシンデアミナーゼ欠損症はリンパ球の機能不全のために免疫不全となる。まず患者からリンパ球を取り出して培養する。このリンパ球に欠損している酵素遺伝子を導入する。この場合,ベクターとして改変したウイルスを用いる。こうして患者で欠損した酵素が補われたリンパ球を得ることができる。このリンパ球を再び患者に注射して体内に戻す遺伝子治療が行われた。治療効果は得られたが,2例,白血病が発症してしまった。これは,ウイルスが増殖遺伝子の上流に入り込んで,増殖因子を過剰発現させたためであった。

 

RNA干渉

線虫で短い二本鎖RNAを投与すると,それと相同の配列を持った伝令RNAを分解してタンパク質合成を阻害することが見いだされた。それは程度の差はあるが,哺乳類の細胞でも生じる現象であった。これを利用して,特定の遺伝子の発現を抑制することが治療法として期待されている。

RNA干渉は実は細胞の遺伝子制御の機構でもあるらしい。つまり,ゲノムから短いRNAが産生されてそれが発現を制御するわけである。塩基配列から遺伝子発現を推測することはますます困難な状況になってきたと言えよう。

 

 

 








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