トップ生物II 改訂版>第2部 分子から見た遺伝現象>第2章 遺伝子情報の発現調節>第2節 遺伝子と発生

2節 遺伝子と発生

 

A 遺伝情報の維持

B 遺伝子と細胞の分化

◆細胞の分化とがん

教科書では,おもに遺伝子との関係で分化の問題を扱っているが,分化の研究は多様な角度からなされている。発生生物学と関連して,誘導や形成体の問題,細胞の接着と分化の関係,細胞性粘菌の細胞選別など,多くの研究が発表されている。原理的には,この項で記してあるように,時期によって遺伝子の発現が異なることが根本となるが,では発生のそれぞれの段階で,どんなしくみで特定の遺伝子群が働き,別の遺伝子群は働かないかは,まだほとんどわかっていない。

がんは単純に考えれば,細胞の増殖の制御機構が乱れ,不必要にどんどん増殖し始めた状況である。しかし,細胞の性質が変わったり,もともとあった性質を失ったり,あるいは,新たな性質を獲得したりする。さらに,がんが発生した場所にとどまらず,血流やリンパの流れに乗って遠隔部位に転移する。この過程には,受精卵から様々な組織が作られていく発生の過程と類似点が多い。従って,分化のしくみが明らかになれば,「がん」の成因も解け,逆にがん研究から分化の仕組みが解ることもある。実際,大腸がんなどいくつかのがんについて,そのがんの発現を指令する遺伝子と,その発現を抑制する遺伝子の存在が明らかになった。それは発生・分化にも深く関与していることが判明した。

なお,原核生物,特に大腸菌の分化に関しては,分化を特定の酵素の働きの発現と考えれば,シャコブ・モノーが提唱したオペロン説をもとにして説明できることになる。しかし,この説明が,そのまま真核生物の分化に適用できるかどうかは疑問がある。がんの場合も単純ではないだろう。また,細胞の分化には,核だけでなく,細胞質も何らかの影響を与えていると考えられるし,細胞外からの化学的シグナルや機械的シグナルの関与もある。化学的シグナルはいわゆるホルモンなど情報伝達物質である。それ以外に,細胞が押し込められているとか,物理的な圧力によっても遺伝子発現が変化することが明らかになっている。

 

◆パフ

だ腺染色体では縞模様のところどころに,ぼやけたふくらみが見えることがある。これがパフとよばれるもので,これが発生の時期によって,移動したり大きさが変化したりする。だ腺染色体がよく観察されるのは,羽化の近い幼虫に限られる。しかし,だ腺染色体と似たものが,マルピーギ管その他の内臓器官でも観察されており,時期が同じでも器官が異なれば異なる位置にパフが見られる。パフの位置ではRNAの存在が確かめられている。パフができるのは染色体を構成しているDNAがほどけて伝令RNAの合成がさかんに行われているものと考えられている。

ユスリカの実験で,前胸腺ホルモンを幼虫に注射すると,特定の位置にパフが生じることが見られている。パフの大きさや継続時問などは,ホルモンの濃度に比例する。正常の状態でパフができたり,消失したりするのもホルモンの作用であろうと考えられている。

 

C 遺伝子と形態形成

◆ホメオティック遺伝子とホメオボックス

体節を決めるショウジョウバエの研究がもとになって,近年ホメオボック遺伝子という語が注目されるようになった。体節構造を決定する遺伝子群をホメオティック遺伝子という。それらについて,DNAの塩基配列を調べてみると,互いに共通した配列が存在することがわかった。この部分をホメオボックスという。その後の研究で,ヒトやマウスなど体節構造(脊ついの積み重なりとほぼ一致)をもつ動物の遺伝子(DNA)内にもホメオボックスと同じ塩基配列が存在するが,体節構造のない細菌や線虫などのDNAにはホメオボックスが存在しないことがわかり,この塩基配列が体節構造と関連すると考えられるようになった。さらに,ホメオティック遺伝子の突然変異が多くみつかった。この突然変異は,ホメオティック突然変異,相同異質形成突然変異,体節転換突然変異などといわれ,これが起こるとショウジョウバエの触角の一部が肢の一部に変わるなどの変異が生じる。このようなことから,ホメオボックスは発生の過程で,どの細胞がどの体節に属するようになるのかなど,動物の形態形成のしくみに主要な役割を果していると考えられるようになった。

 

◆ホメオティック遺伝子

ホメオティック遺伝子の産物は転写因子であり,体節に特徴を与えるはたらきがある。突然変異が起こると,体の一部が別の部分に変わること(ホメオーシス)から,ホメオティック遺伝子と名づけられた。ホメオティック遺伝子は第3染色体の2か所に連なっており,アンテェナペディア・コンプレックスと,バイソラックス・コンプレックスとよばれる遺伝子群がある。

 

◇ホメオティック・コンプレックスの構造と機能

アンテェナペディア・コンプレックスは3′末端から,レイビアルlab,プロボシピディアpb,デフォームドDfdエスシーアールScrアンテェナペディアAntpの順に並んでいる。pbは成体になってはじめて機能する遺伝子であり前端の口の形成にかかわる。labDfdは頭部の体節を分化させ,ScrAntpは胸部の体節を分化させる。正常なハエでは,Antpは第2胸節の形成にかかわるが,頭部でAntpを発現する突然変異体では,触角となるべきところに脚ができる。一方,Antpが欠損すると,第2胸節の脚の代わりに触角が形成される。

バイソラックス・コンプレックスは3′末端から,ウルトラバイソラックスUbx,アブドミナルA abdA,アブドミナルB abdBの順に並んでいる。

Ubxは,3番目の胸部体節の分化にかかわり,欠損すると,平均棍をもつ第3胸節の代わりに,翅をもつ第2胸節と同じ構造が形成される。abdAabdBは,腹部体節の分化にかかわる。

 

興味深いことに,ホメオティック・コンプレックスの各遺伝子の前後軸に沿った発現領域の並び順と,遺伝子の並び順が一致している。脊椎動物もホメオティック・コンプレックスをもっており,各遺伝子をまとめてホックス(Hox)クラスターとよぶ。脊椎動物では遺伝子重複してHoxAHoxBHoxCHoxD4つのコンプレックスになっており,ショウジョウバエのホメオティック・コンプレックスと同様に,前後軸や四肢の基部先端軸に沿って領域特異的に発現する。なお,ホックスの各遺伝子の前後軸に沿った発現領域の並び順と,遺伝子の並び順も,ショウジョウバエのホメオティック・コンプレックスと同様に一致している。脊椎動物のHox遺伝子群も体軸に沿ったパターン形成にかかわることが明らかになっている。

 

D 細胞間相互作用による形態形成制御

◆組織の分化と因子

筋肉細胞については,未分化の細胞にMyo Dというタンパク質を発現させると筋肉細胞に分化することが知られている。他の組織の細胞でも似たような因子が存在すると考えられているが,単独ではなくいくつかの因子の相互作用の結果としてそれぞれの組織に分化するようである。

 

◆中胚葉誘導

動物極の割球や植物極の割球は,発生の早い段階からそれぞれ表皮外胚葉や内胚葉組織に自律的に分化する傾向がある。アフリカツメガエルの胞胚の動物極領域をアニマルキャップといい,アニマルキャップを胚から切り出し,単離した状態で培養をすると,表皮外胚葉にしかならない。植物極領域を切り出し,単独で培養すると,消化管に似た内胚葉になるが中胚葉は形成されない。ところが,表皮外胚葉にしかならないアニマルキャップと内胚葉にしかならない植物極領域の細胞を結合させて培養すると,典型的な中胚葉構造が形成される。なお,アニマルキャップと植物極領域の中間にある帯域とよばれる領域を切り出し,単独で培養すると筋肉や管などの中胚葉になる。このことから,オランダの生物学者ニューコープは植物極領域の細胞と動物極領域の細胞間に相互作用があり,帯域が形成されて中胚葉になると考えた。この現象は中胚葉誘導とよばれ,脊椎動物の発生で起こる最初の誘導現象である。

カエルの未受精卵には動植物軸があり,精子は色素が沈着した動物半球に進入する。卵の表層は精子が進入すると,卵の内部細胞質に対して約30度回転する。これを表層回転という。回転の方向は精子の進入点によって決まり,表層回転によって左右相称が確立する。色素が沈着した表層が動物極方向に回転すると,精子の進入点の反対側に色が薄くなった領域が現れる。これを灰色三日月環といい,将来の背側中胚葉となる。背側中胚葉は形成体となり,脊索,体節,神経管などの背側の組織を誘導する。この背側中胚葉を誘導するのが,植物極背側領域であり,これをニューコープセンターとよぶ。植物極背側領域は消化管内胚葉に分化する。

微小管の重合を阻害する紫外線照射により表層回転を妨げると背側の構造が形成されず,微小管の形成を重水D2Oにより促進すると腹側の構造が小さくなり,背側の構造が増大することが知られている。また,卵割期の胚をリチウムイオンで処理すると,胚全体が背側化する。リチウムイオンはWntシグナル伝達系のGSK3βの活性を抑制し,転写因子βカテニンの核への移行を促進することから,Wntシグナル伝達系が背側構造の形成に関わることが示唆されている。

ニューコープセンターの働きに関わる遺伝子の探索は,アニマルキャップを遺伝子産物を加えた培養液で培養し,その発生を調べる方法で行われてきた。この手法をアニマルキャップアッセイという。中胚葉誘導因子の候補として,繊維芽細胞増殖因子(FGF)とアクチビンなどの形質転換増殖因子βTGF-β)が最初にあげられた。アクチビンは濃度依存的にさまざまな中胚葉組織を誘導する。また,背側中胚葉の誘導にも関係していることが示されている。しかし,アクチビンノックアウトマウスで中胚葉が正常に分化し,アクチビン受容体のノックアウトマウスでも中胚葉の分化が正常であるなど,アクチビンが単独で中胚葉誘導を担っているわけではなさそうである。他に,TGF-βファミリーに属すVg1や,BMPサブファミリーに属すNodalが中胚葉誘導因子の有力な候補にあげられており,アクチビンはBMPNodalを介して働いていることが示唆されている。

背側中胚葉はシュペーマンにちなんでシュペーマンオーガナイザーとよばれる。シュペーマンオーガナイザーで発現する遺伝子も,転写因子をコードするgoosecoidlim-1や,分泌タンパク質をコードするnogginchordinなど,多数報告されている。

 

E 植物細胞の全能性

◆植物の茎頂培養

1960年代にフランスのMorelがランの茎頂の培養に成功してから,植物茎頂を培養する方法が確立され,実用上も広く用いられるようになった。従来は,これを成長点培養と呼んでいたが,最近は茎頂培養,あるいはメリクロンといわれることが多くなった。メリクロンは,最初,米国のラン業界で使われた語である。メリクロンでは,茎頂の部分はウイルスに感染していないので,ウイルスに感染していない個体を得ることができる。ウイルスに感染すると,葉に病斑が生じたり,イチゴでは実が小さくなったりするので,ウイルスフリー株を育てることは,実用上も重要である。現在,ランの他にイチゴ,ジャガイモ,サツマイモなどでも,ウイルスフリー株が育てられている。

茎頂培養では,ウイルスフリー株を得るために,茎頂を切るとき,茎頂をごく小さくしなければならないので,ろ紙の上で培養するぺ一パーウイック法(下図)などが用いられる。活発に活動している芽を大きく切り取り,その外側を殺菌液で消毒し,滅菌水で洗い,次に滅菌したよく切れるメスかカミソリの刃で,まわりの葉や葉原基を次々と切り落して,茎頂を露出させる。さらに,刃を取りかえて,茎頂から必要な距離のところで,切り離す。あらかじめ培養液を入れた試験管にろ紙を挿入し,滅菌しておく。そのろ紙の上に切り取った茎頂の切片をおき,光照射を行って培養する。培養液にはMS培地にBA(ベンジルアデニン)を添加したものを用いる。茎頂が展開して数枚の葉が出てきたとき,発根用の培地に植えかえ,根が十分に発達したら,試験管から出して鉢に植えかえる。(以上の記述,並びに下図は,竹内正幸著「植物の組織培養」裳華房を引用した。)

茎頂培養によるウイルスフリー植物を得るペーパーウィック法(竹内による) 試験管の底に筒型に形を整えたろ紙を置き,その上で茎頂切片を培養する。培地は下からろ紙の上にあがってくる。芽と根が分化した後で移植する。

 

◆動物細胞の培養

動物細胞あるいは動物組織の培養は,20世紀の初めから試みられているが,それが本格化したのは第二次大戦後である。現在は広く行われているが,半永久的に同じ細胞を培養していく継代培養が確立されているのは,限られた細胞株のみである。発がんウイルスなどによって株化することも可能であるが,時として不安定で継代培養している間に性質が変わる。また,通常の組織の細胞は数十回の分裂を繰り返すと分裂しなくなってしまう。がん細胞ははるかに長く分裂が継続する。この分裂能から発がんや老化が調べられている。

ヒト子宮頸がんから培養細胞として最初に1952年に樹立されたHeLa細胞は世界中で現在でも実験用培養細胞として広く使われている。しかし,少しずつ性質の違う細胞(亜株)が報告されている。極端なことを言えば,実験室毎に微妙に違っているとも言える。

動物細胞の培養で問題なのは,栄養条件である。ヒトの細胞を培養する場合,最少限に必要な栄養素をあげてみても,13種類のアミノ酸,グルコースなどの糖類,6種類の無機塩類,7種類のビタミン類,および,ウシの胎児の血清となる。

ウシの胎児の血清は500mlあたり約10万円程度まで下落したが,狂牛病騒動で(たぶんに便乗値上げのきらいがあるが)20万円から30万円に平成16年の段階で高騰してしまった。その他の薬品も考慮すると,動物細胞の培養は高価になり,大量培養の場合は採算面で問題が生じる。したがって,産業上はいかに培養のコストを下げるかが問題である。ウシ血清はほとんどの場合必須であるが,その培養で作成した産物を医薬品として用いる場合は,今までのところ事例の報告はないし,非常に確率は低いとは思われるが,狂牛病感染の危険性を否定することはできない。

動物細胞は器の壁面に接して増殖するのがふつうである。したがって,微生物のように液体中に高密度で浮遊させて培養するのは難しい。また,細菌やカビなどの感染に弱いので,それが入らない無菌培養をしなければならない。このようなことから,産業上動物細胞の培養をするには,いろいろな工夫がなされている。

 

◆植物細胞の培養

動物細胞と比べると,植物細胞の培養は容易で,安価である。植物細胞は,光合成や炭素同化などの能力をもっているので,無機塩類を中心とした培地で生育させることができる。もちろん,光や温度などをコントロールする必要があるし,細胞を分化させて個体に育てるには,植物ホルモン類(植物成長調節物質)の微妙なバランスも必要である。しかし,微生物ほどではないが,植物細胞の大量培養は動物細胞と比べれば問題が少ない。したがって,植物細胞の大量培養は著しく進んでいる。

 

 

 








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