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第1節 初期の光合成

 

 

光合成の研究史

光合成研究の歴史は,植物の栄養に関する研究で始まった。1648年にヘルモントは5ポンドの重さのヤナギの苗木を,200ポンドの土を入れた鉢に植え5年間,水だけで育てた。5年後にヤナギは164ポンド3オンスに生長したが,土の目方はわずか2オンス減少しただけであった。この結果からヘルモントは植物体はすべて水に由来すると考えた。この結論は半分しか正しくなかったが,植物の生育要因として水分を考えたことは評価される。

植物が酸素を発生することを観察したのはプリーストリ(1772)で,これを追試し,この現象が日光の当たった緑色の葉や茎でのみ行われることを確かめたのが,インゲンホウス(1779)であった。

光合成におけるCO2の重要性を明らかにしたのはセネビア(1782)とソシュール(1804)で,後者は植物体がCO2H2Oとから形成されることを実験的に証明した。これに対して植物栄養学者として有名なリービッヒが,植物は土中の腐植土から有機態の炭素を吸収し,植物体を作ると反論した。しかし,1857年に水耕法が確立され,CO2が植物体の有機物のもとであることが確定された。

葉の緑色色素にクロロフィルという名称が与えられ(ペルチェ,1817),光合成に関与していることが認められた(ディトロシェ,1837)

一方,光合成の産物については,1864年に,ブッサンゴールとザックスによって炭水化物,とくにデンプンであることが確認された。ザックスは光合成が緑色の細胞のなかの葉緑体で行われることを明らかにした。エンゲルマン(1882)も,運動性のある好気性細菌をO2発生の検出に用いることで,葉緑体が光合成の行われる場であり,光合成には赤色光が有効であることを証明した。

1900年以前には,光合成速度に対して,CO2濃度・光の強さ・温度などの要因はそれぞれ独立に働き,どれか1つの要因で限定されることはないと考えられていた。しかし,1905年にブラックマンは,光合成の諸要因の相互作用を詳しく調べ,光合成速度は諸要因のうちで最も条件の悪い要因(限定要因)により限定される,という限定要因説を提唱した。そして光合成過程は単純なものではなく,光を必要としない反応段階も含まれていると主張した。これを実験的に裏付けたのがワールブルク(1919)で,自分で改良した検圧計と,新しい実験材料であるクロレラを用いて定量的な実験法を開発した。そして光合成の反応過程は,光を必要とする明反応(1ight reaction)と,直接には光の関与しない暗反応(dark reaction)を含む複雑な反応系であることを示した。

1648 ヘルモント

植物の生長のなかでの水の重要性

1772 プリーストリ

植物の酸素の放出

1779 インゲンホウス

日光の当たった緑葉が酸素を 放出

1782 セネビア

1804 ソシュール

CO2H2Oから植物体の形成

1837 ディトロシェ

 クロロフィルの働き

1864 ブッサンゴール

ザックス

光合成産物としてのデンプン

光合成の場である葉緑体

1882 エンゲルマン

赤色光の有効性

1905 ブラックマン

限定要因説→暗反応の存在

1919 ワールブルク

明反応と暗反応の存在

1931 ヴァンニール

水の分解でO2の発生

1939 ヒル

ヒル反応→O2の発生と還元

物質(AH2)の生成

1954 カルビン,ベンソン

CO2還元経路の発見(カルビ ン・ベンソン回路の確立)

1966 コーチャック,ハッチ

C4-ジカルボン酸回路の発見

1931年にヴァンニールは光合成細菌が酸素を放出しないで光合成をすることから,緑色植物でも光合成細菌でも,光の働きはCO2を分解してO2を放出することではなく,水(または水素供与体)を分解し,生じた水素を用いてCO2を還元することであると考えた。これは1939年の葉緑体を用いたヒルの実験で支持された。CO2のない状態で葉緑体に光を照射してもO2は放出しないが,適当な水素の受容体(彼の実験ではシュウ酸鉄(II))を与えておくと, O2の放出が見られ,与えたシュウ酸鉄(II)は還元された。この反応(ヒル反応と呼ばれるようになった)は,水分子からのO2の発生と,還元物質(AH2)の生成という,光合成の明反応段階を中心とする反応系をあらわすものと考えられた。またルーベンは酸素の同位元素18Oを多く含む水と,普通の酸素16Oだけを含む水とを用いてヒル反応を調べ,発生してくるO2の同位元素組成が与えられた水のそれとまったく一致していることを見た。このことから,ヒル反応で発生したO2は水分子に由来することが確認された。

CO2が取り入れられどのような化合物に変化するかについては,初期にはバイエルのホルムアルデヒド仮説(1870)にもとづいて,光合成の初期産物と考えられるホルムアルデヒドを緑葉中に証明しようとする実験が多く行われた。しかし,この仮説はラジオアイソトープを用いた実験により完全に否定された。炭素の放射性同位元素を標識原子(ラベル)として用いることで,炭素回路系の研究は飛躍的に前進した。最初は11Cが用いられていたが,1940年ごろから半減期の長い14Cが用いられるようになり,研究が容易になった。カルビンやベンソンらは緑藻の懸濁液に14CO2を与えて一定時間光合成を行わせた後に,急激に反応を停止させた。緑藻から光合成産物を抽出し,これをペーパークロマトグラフィーにかけた後で,ラジオオートグラムにとって,14Cを含む光合成産物を同定した。これによって最初の光合成産物がホスホグリセリン酸(PGA)であり,つぎつぎに糖リン酸化合物を生成することが明らかになり,1954年にカルビン・ベンソン回路が明らかにされた。

カルビン,ベンソンらによって示されたCO2還元経路は,全部の植物に共通するものと考えられていたが,コーチャック,ハッチらはサトウキビの光合成の初期産物がリンゴ酸,アスパラギン酸などC4化合物であることを発見した。彼らはサトウキビ,トウモロコシ,キビなどの熱帯性植物はカルビン.ベンソン回路とは異なる新しいCO2固定経路をもつことを明らかにした(1966)

 

 








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