トップ生物>第4部 生物の集団>第4章 生態系の平衡とその保全>第3節 環境の保全

第3節 環境の保全

 

A 大気の保全と地球温暖化

◆大気の保全と地球温暖化

 地球には343W/m2の太陽放射が届いている。このうち約30%は反射によって宇宙空

間に逃げ,約70%にあたる239W/m2のエネルギーが地球表面で吸収されている。火山

活動などによって地球自らが生み出すエネルギーは微々たる量に過ぎず,地球から宇

宙空間へ放射されるエネルギー量もほぼ239W/m2と考えられる。表面温度の非常に高い

太陽からは,主には紫外線や可視光線など短波長の光が放射され,表面温度の低い地

球からは波長の長い赤外線が放射されている。

 物質の表面温度を絶対温度Tとすると,その物質からの放射エネルギー量は以下の

式で求められる(シュテファン・ボルツマンの法則)

  E(W/m2)5.67×10-8×T4  

この式を使って,239W/m2を放射する物質の表面温度を計算するとT255つまり

18℃となってしまう。しかし,地球表面の平均気温は約15℃だから,T288を式に

入れると,実際には390W/m2のエネルギーが地球表面から放射されていることになる。

したがって,大気中で吸収された地球放射エネルギーのうち390239151W/m2が再

び地球表面に戻されているはずである。こう考えれば,地球表面の吸収エネルギー量

(239151)W/m2と放射エネルギー量390W/m2とが一致する。このように,地球表面か

ら放射される赤外線を吸収し,地球表面に戻す役割を果たしているのが温室効果ガス

である。各気体の光吸収帯を調べてみると,赤外線を吸収できるのは水蒸気,二酸化

炭素,メタンガス,フロンなどであり,これらの気体の存在が地球の表面温度を生物

にとって適度な温度に保ってきたと言えるだろう。

 しかし,地球表面の平均気温はこの100年間に約0.5℃,この10年間では約0.13

上昇した。これが地球史における長期的気温変動の一部として理解できるのか,それ

とも二酸化炭素などの温室効果ガスの増加によるものなのかについて激しい議論がな

されてきた。もし,近年における温度上昇が温室効果ガスの増加によるものであれば,

理論的に以下のような特徴(温暖化のフィンガープリント)を示すと考えられる。

1) 温度上昇率は低緯度地域よりも高緯度地域で大きい。

2) 温度上昇率は夏よりも冬の方が大きい。

3) 温室効果ガスによる地球放射の吸収は主に対流圏で起こるので,その上の成層圏

ではむしろ平均気温が低下する。

最近の気象観測データは,これらのことが実際に起こっていることを示しているとい

う。また,地球史における最も急激な気温上昇は氷河期の氷期から間氷期に向かう時

期にみられたが,それでも100年あたり0.08℃程度の上昇率であり,100年あたり0.5

とか10年あたり0.13℃というような上昇率は温室効果ガスの増加を考慮しなければ説

明できないことが,様々な気候モデルによって確認されている。

 地球温暖化は海水の膨張をもたらし,海水位を上昇させる。これにグリーンランド,

ヒマラヤ,アルプスの氷河融水が加わる。ただし,海水に浮かんでいる北極の氷はい

くら融けても海水位の変化には関係ない。最も重要なのは南極の氷床がどのような影

響を受けるかだが,専門家の間では,現在予測されている100年後の温度上昇率3.5±

1.5℃程度では融けないだろうという見解が優勢である。これは,南極の気温が北極よ

りも低いこと,南極を取り巻く海域の冷たい深層水量が大きく,急激な気温上昇を妨

げることなどによる。地球温暖化によって大気中の水蒸気が増えると降雪量が増し,

南極の氷床はむしろ発達するのではないかという予測すらある。しかし,温度上昇率

が予測を大幅に上回ると,南極氷床の融解もあり得る。中生代中頃の地球平均気温は

現在よりも約10℃高く,極域や高山域にも氷河はなかったと考えられている。

 

◆オゾンホール

 同じ極域でありながら,北極よりも南極でオゾンホールが発達しやすいのはなぜだ

ろうか。これは,北極が大陸に囲まれているのに対し,南極は海に囲まれていること

による。極域周辺では秋から春にかけて偏西風が強くなり,大気の渦(極渦)が発生する

が,北極周辺では大気の流れが大陸の山塊に妨げられるのに対し,海に囲まれた南極

周辺では極渦が発達しやすい。渦に巻き込まれると脱出が困難であることからも解る

ように,極渦には大気が閉じ込められる。また,北極上空の気温は−70℃程度である

のに対し,南極上空では−80℃以下になり,成層圏でも氷の粒(成層圏雲)が発生する。

フロンから塩素が遊離する反応は氷などの個体粒子の表面で進みやすく,冬の間に南

極渦の中には大量の有利塩素が蓄積される。春先,このような大気に太陽光が当たる

と,遊離塩素がオゾン(O3)から酸素原子1個を奪う反応が進み,オゾン量が急激に減少

する。南極で9月から10月にかけてオゾンホールが現れるのはこのためである。南極

のオゾンホールは年々大きくなっているが,2002年には一時的に縮小した。これは,こ

の年の極渦の発達が悪かったためであり,オゾン層破壊収束の兆候と考えるのは時期

早尚である。

 地球温暖化は対流圏内での現象であり,成層圏ではむしろ気温が下がると予測され

ている。これが正しいとすると,北極成層圏の気温が低下し,成層圏雲が生じる可能

性があり,北極オゾンホールの発生も懸念される。19973月には北極でもオゾン量

の大幅な低下が観測されている。

 

B 水環境の保全

◆水の循環

生態系での物質循環では,水も大切なテーマである。

地球上に存在する水の量は,人により多少異論があるが,大体下表のようである。

すなわち,現存する水の総量の98%は海水で,残りの大部分も氷山や氷河の氷の状態

になっている。人間が生活や生産活動に使いやすい「淡水」は.全体の0.04%に限ら

れている。しかし,これらの水は循環しているので,われわれが利用できる地球上の

大気は1cm2の大気柱内に平均して2.5gの水蒸気を含み,これに対して年間降水量は

1cm2あたり平均90gであるから,水蒸気は10日ごとに全部が降水となって降り,再び

蒸発するという循環をくり返していることになる。

 

地球上に存在する水の量

海洋

1413×1021g (98.2)

大陸氷

22.83×1021g (1.60)

陸水

0.51×1021g (0.04)

水蒸気

0.015×1021g (0.001)

地表水量

1436×1021g (100)

 

 水の役割は,@生物の生命の維持,A生産の反応の場,B不要物を拾てるという3

つに要約される。水がいろいろな物質を溶かしても,自身の性質が変わらないという

比較的不活性な溶媒であること,異常に大きい表面張力をもち,土の中の水の移動,

植物の吸水などに好都合であること,比熱が大きいことは地球に降り注ぐ太陽エネル

ギーを水蒸気の形でとらえ,その熱の移動が気象を形づくることなど,水のもつ特性

が上の3つの役割を果たすのに適している。

  植物と水の利用

 

 水の循環の中で,生物体を通って起こる循環は量的に少ないし,その中で生物の反

応に利用される水はさらに少ない。上図は,光合成に利用される水の量を示している。

1シーズンに20トンの作物をつくるために,地面から約2000トンの水が吸い上げられ

る。収穫のとき,作物の生重量の中の約15トンは移動中の水である。そこで,乾燥す

ると,作物の重さは5トンになる。それらの中の3トン,つまり1シーズンにつくら

れた作物の総量の15%が,光合成により水分子の分解で得た水素原子と炭素原子とが

結合したものである。

 日本の水収支をみると,総雨量6,000億トンの3分の1は洪水で流出し,他の3分の

1は蒸発し,残りの2,000億トンが利用可能であるが,そのうち実際に利用されている

のは,750億トン,つまり全体の1213%にとどまっている。また,人口1人あたり

に直してみると,次図のようになり,決して水に恵まれた国ではないことがわかる。

これは,日本の降水が季節的に偏っていること,利水より水害が心配される地形であ

り,河水の流出が早いことなどの理由による。したがって,わが国の大都市の水不足

は,今後も深刻な問題となると思われる。

 

◆生物濃縮

(1) えら呼吸による濃縮  水中の非常に微量の殺虫剤が,短時日のうちに魚を死に

至らしめるほどに高濃度に濃縮されることを示した実験がある。ホールデン(1966)

は,ディルドリンを2.3ppb含む水でニジマスを飼ったところ約3週間でニジマスは死

亡した。死亡したニジマスのえらと肝臓からは,それぞれ18ppm16ppmのディルド

リンが検出された。3週間の間に実に8000倍近い濃縮が起こった計算になる。与えた

水の2.3ppbという濃度は,25mプールに約1gの殺虫剤原体を混入した程度にすぎない。

なぜこのようなことが起こったのだろうか。バス(1959)が行ったえら呼吸による濃

縮の簡単な計算がこれを説明してくれる。ニジマスの代謝に必要な酸素量は,体重1kg

当たり300mgである。かりに,えらの酸素ろ過率を100%とすると,1l10mgの割合

でとけている酸素を必要量とるためには,ニジマスは1日に700 lの水をえらで濾過し

なければならない。この水に含まれる農薬のろ過率も100%とすると,1週間で約5000

倍に濃縮されるはずである。これでホールデンの実験結果も十分納得できる。

 汚染物質も薄めれば問題はないのではないかと安易な考えを否定するもう一つの例

がある。下の表に,いろいろの濃度に薄めた海水でホヤを飼育した時のホヤ体内での

DDTの濃縮率を示した。これでみると水中の濃度が低いほど,ホヤによる濃縮率は明

らかに高くなり,最も低い0.01ppbの濃度の海水からは,なんと100万倍の濃縮が起こ

っている。

ホヤによるDDTの濃縮(USDI1964)

水中濃度〔ppb

ホヤ体内濃度〔ppm

濃縮倍率

100

20

200

 10

10

1,000

   0.1

20

200,000

    0.01

10

1,000,000

(1ppb×10001ppm1ppmは百万分率を示す)

 

 これらの例は,分解し難い物質が自然の循環系に流れ出せば,たとえ非常に微量で

あっても大変危険なものになり得ることを示している。むしろそれが微量であるため

に生物は急性中毒死せず,長期にわたって濃縮していくのである。死亡個体は自然界

の分解の経路に入るが,生存しつづけることにより,生態系内の食物連鎖の経路を通

じて上位の生物へと受けつがれていく。南極のペンギンもこのような魚を食べたにち

がいない。

(2) 食物連鎖を通じた濃縮  生物が互いに食う・食われるの関係(食物連鎖)でつな

がっていることは,生物界でみられる最も普遍的な法則である。また,農薬の生物濃

縮も,主としてこの食物連鎖を通して起こるのである。

 

 

◆カーソンとコルボーン

 DDTBHCなどの有機塩素系殺虫剤が環境中に蓄積し,地球上の生命に大きな脅

威を与えつつあることを最初に警告したのはRachel Louise Carson女史である。膨大な

文献をもとに1962年に著した「沈黙の春」は,大きな反響をよび,賛否両論を巻き起

こした。農薬や食品工業の会社は,農薬をやめたら害虫が大発生するとか,DDTBHC

が人体に無害であることは証明ずみであるとカーソンを批判した。しかし,これらの

合成化学物質がヒトや動物の脂肪中に蓄積しやすいこと,乳癌や肝臓癌の原因となり

うること,実際にこれらの物質によると思われる大量死が鳥などで起こっていること

などが次々と報告され,カーソンの正しさが認められるようになっていった。これを

きっかけにして各国で農薬の使用が規制されるようになり,日本でも,1972年までに

DDTBHCの使用が禁止された。

 カーソンが合成化学物質の毒性と発ガン性に着目していたのに対し,内分泌撹乱作

用について警告を発したのがTheo Colborn女史である。ダイオキシンなどの合成化学

物質がホルモンの作用に影響を及ぼすことは,科学者の間ではすでに1960年代から知

られていた。コルボーンは,1996年,膨大な資料をもとに他の2名の共著者と「奪わ

れし未来」を著し,五大湖の鳥の異常な性行動,ワニのペニスの短小化などが合成化

学物質の内分泌撹乱作用によって引き起こされているらしいこと,ヒトにおける精子

数の減少や生殖器の奇形なども同じような原因による可能性があることなどを指摘し

た。急性毒性や発ガン性に比べて内分泌撹乱作用の証明は難しいことから,コルボー

ンらの指摘にはこれからの検証を必要としているものもあるが,彼女らの著書がきっ

かけとなって日本でも環境ホルモン学会(日本内分泌撹乱化学物質学会)が設立される

など,世界的に大きな反響をよんでいる。

 

実験18 水生生物を指標とする河川の環境調査

 

 生物多様性の保全

◆生物多様性の保全

生物多様性は種の多様性とほぼ同義語として使用されてきたが,近年,種の多様性

だけではなく,遺伝的多様性,群集や生態系の多様性,景観の多様性を含む広義の用

語として使用されるようになった。また,保全とは,次世代の需要と希望を満たし得

る生物圏の潜在能力を維持しながら,現世代に最大の持続的利益をもたらすように生

物圏の利用を管理することである(IUCN「世界保全戦略」1980)

地球上ではこれまでに約140万種の生物が知られており,未知の種を含めると,500

万をこえる生物種が生息していると考えられる。しかし,地球上の生物多様性は,特

に産業革命以降の人口爆発とともに急速に減少している。たとえば,1600年から1950

年までの350年間に絶滅した種数は鳥で113種,哺乳類で85種であり,1950年以降の

絶滅率はさらに急上昇している。鳥とほ乳類では約11%が絶滅の危機に瀕しており,

特に,水鳥,オウム類,有袋類などでは30%から50%の種が危ない。魚類,両生類,

爬虫類の絶滅危機種は約3%と言われているが,イグアナ,オオトカゲ,ボアなどの大

型爬虫類では半数以上の種が危機に瀕している。昆虫類の推定は難しいが,特に熱帯

林では発見されることなく既に絶滅してしまった種も少なくないと考えられている。

植物でも熱帯林,マングローブ林,針葉樹林の乱伐により約10%の種が絶滅の危機に

瀕しており,裸子植物やヤシ類では約30%の種が危ない。

 個体数が減少する原因として,生息地の破壊や劣化,狩猟や採取による乱獲,外来

種との競争などがあり,一旦少なくなってしまった個体数を回復させるのは容易なこ

とではない。これは,個体数が少なくなると遺伝的多様性が急激に減少する,近親交

配が進んで繁殖力が衰える,台風などによる撹乱によって全滅しやすくなる,性比が

かたよる確率が高くなる,などの理由による。生物の多様性を維持するには,生息環

境を保全し,各生物種の個体数をあまり減少させないことが大切である。

 

興味ある話−生態系の保全

●ウミガメの保護に見る生態系の保全への取り組み

生態系は大気や水・生物間におけるエネルギーの流れや物質の循環によって,安定

した平衡状態を保っている。地球全体も1つの生態系と見ることができ,この地球生

態系には復元力があり,火山活動や人間活動によって環境が変化しても,やがて平衡

状態を取り戻すことができる。しかし,人間活動の拡大にともなって,環境変化の規

模と速度が復元力の及ばないものとなってきており,地球生態系の保全は人類にとっ

てもっとも重要な課題となっている。

1 日本におけるウミガメの産卵地の分布

 

ウミガメが産卵する海浜環境の保全 世界のウミガメのうち,日本はアオウミガメ・

タイマイ・アカウミガメの主要な産卵場所の1つとなっている。アオウミガメは草食性

で,食用として乱獲され,個体数が減少した。このため,産卵場所である小笠原諸島

や南西諸島ではふ化・放流などの活動が行われている。タイマイはカイメンを食べ,

サンゴ礁の発達した海域に生息している。日本では沖縄本島以南の南西諸島で産卵し

ているが,タイマイの甲羅はべっ甲細工に利用され,かつては世界中から輸入されて

いた。これがタイマイの減少を引き起こした主な原因の1つと考えられている。貝やヤ

ドカリなど海底の動物類を食べるアカウミガメは,前2種に比べれば多く,関東以南

の主に太平洋岸で産卵している(1)。しかし,海浜環境の悪化とともに,産卵のため

に上陸するアカウミガメの個体数が減少しており(2),各地の海岸でその保護活動が

行われている。

2 アカウミガメの上陸回数の変化

 

ウミガメ類は地球温暖化の影響を受けやすいと考えられている。まず,海水面の上

昇は,ウミガメの産卵に適した海浜砂地を減少させるだろう。また,温暖化にともな

って起こると予想される気圧配置の変化は,海流の変化を引き起こし,ウミガメの回

遊に影響を与えるだろう。例えば,日本でふ化したアカウミガメは黒潮に乗ってアメ

リカ西海岸付近まで回遊し,成長する(3)。海流の変化はその生活史に影響を及ぼす

かも知れない。

3 日本で生まれたアカウミガメの回遊経路

 

さらに地球温暖化はウミガメの性比を大きく歪めてしまう可能性がある。カメ類の

性は性染色体によって決定されているのではなく,卵が発生するときの温度によって

決まる(4)。約29℃をさかいとして,これよりも低い温度で発生すると雄に,高い温

度で発生すると雌になる。温暖化は雄を減少させ,雌の交尾機会を減らす可能性がある。

対策としては,海浜環境の多様性を保つことが重要と考えられる。砂中の温度は植生

の有無や砂質でかなり異なり,気温が多少上昇しても,雄が発生できる環境を確保す

ることが可能となるからである。

4 アカウミガメの卵の発生温度とふ化した幼体の雌の率

 

生態学の研究史

 フンボルトによる生活形の分類や相観による植物群落の分類(1805)などのように,生態学の萌芽は既に19世紀以前の博物学にみられるが,学問体系としての生態学はダーウィンが1859年に著した「種の起源」に始まると考えられている。実際,この著書には自然選択説に関連して食物連鎖,種間相互作用,ニッチなど,生態学の基本概念の多くが示唆されている。しかし,新しい学問としての生態学の必要性を具体的に説いたのはダーウィン自身ではなく,彼の主張に共感したヘッケル(1866)であった。彼は「個体発生は系統発生を繰り返す」という言明で有名なドイツの形態・発生学者であるが,ダーウィンやラマルクと同じ進化論者の立場から,主に「生物と,それを取り巻く生物的・非生物的環境との関係」を明らかにする生物学としてEcologyを定義している。温度やpHなどの物理・化学的要因が非生物的環境であり,生物的環境とは喰う・喰われるの関係や種間競争を意味する。

 20世紀に入ると,ラウンケル(1907)が「生活形」という概念を確立し,グリンネル(1917)はツグミ3亜種の研究から,ニッチを「生息空間における種の位置」と定義し,「生息場所ニッチ」論を提唱するなど,現代生態学につながる重要な研究が現れるようになった。中でも,1930年前後に出版されたエルトンの「動物生態学」(1927)とブラウン・ブランケの「植物社会学」(1937)は,その後の動物生態学者および植物生態学者に大きな影響を与えた。特に,エルトンは動物における「喰う・喰われるの関係」を重視し,ニッチを「食物連鎖や食物網における種の位置」(栄養的ニッチ)と定義するとともに,北極周辺における捕食者と被食者の個体群動態を詳細に解析し,個体群生態学の礎を築いた。これにはパール(1925)によるロジスティック式の再発見,環境収容力という概念の確立,ガウゼ(1934年など)の数理モデルや微生物を用いた実験による競争排除則の検証なども大きく貢献している。

 1950年代に入ると,ブラウン・ブランケの方法にもとづく植物社会学が発展し,既に開発の進んだ地域でも原植生図の作成が試みられた。また,動物個体群の変動要因をめぐって,生物間相互作用や密度依存的調節機構を重視する生物学派(ニコルソンなど)と,気候変動の影響を重視する気候学派(アンドレワーサなど)の議論が展開された。最近では,気候要因の影響を強く受ける種と生物学的要因の影響を受けやすい種があるとする折衷説が有力であり,たとえ気候要因の影響を強く受ける種の個体群変動でも,密度依存的調節の効果を検出できる場合が多い。

1805年 フンボルト

 生活形の分類や植物群落の

分類

1859年 ダーウィン

 「種の起源」を著す

1866年 へッケル

 Ecologyを定義づける

1895年 三好 学

 生態学の訳語

1907年 ラウンケル

 生活形の概念を確立

1911年 シェフィールド

 実験生態学と野外自然の生態

 学とを結びつける

1917年 グリンネル

「生息場所ニッチ」論を提唱

1925年 パール

 環境収容力という概念の確立

1927年 エルトン

名著「動物生態学」出版

1934年 ガウゼ

 実験による競争排除則の検証

1935年 タンズリー

 生態系という概念の確立

1937 ブラウン・ブランケ

 「植物社会学」出版

1953年 E・オダム,H・オダム

 「生態学の基礎」(初版)出版

1958年 ハチソン

生物多様性研究の基礎を築く

1962年 カーソン

 殺虫剤による地球汚染を警告

1972年 国際連合

 第1回人間環境会議開催

1975年 ウイルソン

 「社会生物学」

1980年 アメリカ政府

「西歴2000年の地球」調査を

発表

1982年 メイナード

「進化とゲーム理論」

1990年 IGBP(国際地圏生物圏

研究計画)の発足

 

また,1953年に出版されたオダム兄弟の「生態学の基礎」は,食物連鎖に沿った物質とエネルギーの流れを重視するエルトンの自然観と,生物的環境と非生物的環境を1つのまとまりとしてみるタンズリー(1935)の「生態系」という概念を発展させ,1960年代以降における生産生態学の隆盛や1970年代以降における生態系生態学の隆盛を先導した。さらに,ハチンソン(1958年など)は生息場所ニッチと栄養的ニッチを統合するニッチモデルを示し,現在盛んに行われている生物多様性研究の礎を築いた。
 地球環境問題とも絡んで大きな盛り上がりをみせている生物多様性研究の根本的課題は,競争排除則が支配する自然界において多種の生物の共存を可能にしている機構は何かという問題である。この問題をめぐる議論では,少なくとも2つの異なる群集観が対立している。1つは,多くの群集で資源の需要と供給が平衡状態に達していると考え,資源をめぐる激しい種間競争が自然選択を通じて種間のニッチ分化を引き起こし,多種共存を可能にするという説であり,主にハチンソンやマッカーサー(1967年など)などの「群集理論」学派によって主張された。これに対し,潮間帯の動物群集を研究していたペイン(1966)やサンゴ礁の生物群集を研究していたコンネル(1978)は,捕食効果や気象現象を含む中規模の撹乱により多くの種の密度は環境収容力よりも低いレベルに抑えられており,これによって競争排除が避けられ,多種共存が可能になっていると主張した(非平衡学説)。さらに,個体数が増すにつれ有利さが減少し,少数者の方が有利になるという密度効果によって多種共存が維持されるという頻度依存説も加わり,特に熱帯雨林の種多様性の高さに関する議論が展開されている。

 種多様性に加え,最近注目されているのは遺伝的多様性の問題である。ある種の個体群サイズをNとすると,遺伝的多様性の指標となるヘテロ接合度は世代あたり12Nの割合で減少していく。これは,個体群サイズの小さい種では1遺伝座あたりの対立遺伝子数が急速に減少していくことを意味する。また,たとえ個体数が多くても,個体群が小さなパッチ状に分断されていると,やはり遺伝的多様性は失われていく。近年,分子生物学的手法へのアプローチが容易になったこともあり,生物多様性の問題を種多様性だけでなく遺伝的多様性や集団の遺伝構造の面から問い直そうとする生態学者が増えている。このように,生態学の課題に分子生物学的手法を用いて取り組む分野は分子生態学とよばれ,世界的な隆盛をみせている。逆に,種よりも高次な群集や生態系の多様性を対象とした研究プロジェクトも行われている。主な課題は,「多様性の高い群集は安定か,不安定か」や「多様性の高い生態系は生産性が高いか」などである。

 本書では,動物の行動進化は第3部で取り上げられているが,近年における行動生態学の進歩は目覚しい。そのきっかけとなったのは,ダーウィンを最も悩ませた動物の利他行動の問題をハミルトン(1964)が血縁選択によって解いたことであろう。つまり,一見利他的に見える行動も,遺伝子レベルでみると個体の包括適応度を上げようとする行動として理解できようになった。これを契機として,ウィルソンは「社会生物学」(1975)を,トリヴァースは「生物の社会進化」(1985)を著し,動物の行動の多くは適応度をめぐる個体間の対立や協調の結果として説明できること,行動の進化には自然選択とともに性選択や血縁選択が重要な役割を果たしていることなどを示した。メイナード・スミスも「進化とゲーム理論」(1982)を著し,闘争行動やなわばりの進化をゲーム理論によって説明できること,闘争戦略では個体あたりの平均適応度を最大とする最適戦略ではなく進化的に安定な戦略(ESS)が選択されることもあることを示し,行動生態学の発展に貢献した。

 1990年代に入り,生態学は多様な分野へと分化しつつあるように見える。これには,ヒトゲノム計画以来目覚しい進歩を遂げた分子生物学と,近年深刻さを増している地球環境問題が大きな影響を及ぼしている。前者は進化生態学や行動生態学の立場から分子レベルの現象まで研究対象とする生態学者を生み出し,後者は保全生態学の発展を促すとともに,生物多様性だけでなく地球温暖化の生態影響とも取り組もうという生態学者を生み出している。「20世紀は物理学の世紀,21世紀は生物学の世紀」と言われているが,21世紀が生態学多様化の世紀となることもほぼ間違いないだろう。

 

 

参考 分子生態学の興隆を支える技術

生態学の課題に分子生物学の手法を用いて取り組む分野を分子生態学と呼び,世界的

な興隆をみせている。生態学者でも分子生物学的手法を比較的容易に導入できるよう

になった背景には,DNA分析法の技術革新がある。

まず,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応法,第2部の「PCR法」の項参照)の開発により,

ごく微量のDNAからでも標的領域のDNAを分析可能なほどの量に増やすことができ

るようになった。この方法では,塩基間の水素結合が高温で破壊され,常温で再形成

されることをうまく利用する。まず,溶液中の二本鎖DNAを約94℃で変性させて一

本鎖にした後,5060℃で各一本鎖の上流域(5’)にプライマーを付着させる(一本鎖が

2つあるため2種類のプライマーが必要)。プライマーは標的領域DNAの上流域約20

塩基に対応するオリゴヌクレオチドであるが,塩基には4種類あるため,20塩基であ

ればゲノム中に全く同じ配列のある確率は(14)201兆分の1以下となり,標的上流

域にほぼ正確に付着することができるのである。ただし,温度が低いと数塩基違うだ

けの他の配列にも付着することがあるので,温度の調節が大切となる。プライマーと

は種火という意味であり,4種類のデオキシヌクレオチド(dATPdGTPdTTPdCTP)

大量に加え,約72℃に保ちながら高温耐性菌から単離されたDNA合成酵素(たとえば,

Thermus aquaticusから得られたTaqDNAポリメラーゼ)を使用するとプライマーの下流

(3’)に鋳型一本鎖DNAの塩基に対応するヌクレオチドが連鎖的に繋がっていく。こ

の時合成されるDNAは下流域に歯止めがないため,長さがまちまちだが,このサイク

ルを繰り返すと,やがて2つのプライマーに挟まれた標的領域だけのDNAとなる。

PCR法ではこのサイクルを3040回繰り返すので,標的領域のDNA量も23040倍と

なる。これにより,たとえば動物が残す糞や毛からとれる微量のDNAでも十分な量に

増やすことができ,動物を捕獲したり傷つけたりすることなく,個体群の動態や遺伝

構造を解明できるようになった。

また,ポリアクリルアミドゲルの開発により電気泳動法が格段に進歩し,わずかに1

〜数ヌクレオチドだけ長さの違うDNAでも簡単に分離できるようになった。たとえば,

ゲノム中には,GA16回繰り返し(GAGA・・・・GA)TATT6回繰り返し

(TATTTATT・・TATT)のように,24個の塩基からなる短い配列が何度も繰り返されて

いるマイクロサテライトが数多くみられ,ほとんどの場合,繰り返し数に多型が認め

られる。ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動法は,マイクロサテライトDNAにお

ける繰り返し数のわずかな違いをも検知し,塩基配列が似ている血縁個体の識別さえ

可能にした。特に,個体間の血縁関係が重視される行動生態学では,マイクロサテラ

イトDNAを用いた血縁度の測定が盛んに行われるようになった。また,植物生態学で

も,実生の親個体をマイクロサテライトDNAで判定し,花粉や種子の分散距離を推定

している。

PCR法の開発と電気泳動法の進歩は,DNA塩基配列決定法の進歩をも促した。特に,

ジデオキシDNA塩基配列決定法を応用したDNAオートシーケンサーの開発は,塩基

配列の判読を極めて容易にしてくれた。この方法では,まず,PCR法によって標的領

DNAを得た後,さらに一方のプライマーのみを使ってDNAを増やすのだが,その

際,多量のデオキシヌクレオチドとともに,3’炭素にOH基ではなくH基のついたジ

デオキシヌクレオチド(ddATPddGTPddTTPddCTP)を少量加える。これにより,

デオキシヌクレオチドの代わりにたまたまジデオキシヌクレオチドがDNA合成に取

り込まれると,そこでDNAの伸長が止まる。ジデオキシヌクレオチドの取り込みはど

の伸長段階でも起こり得るため,これらのDNAをポリアクリルアミドゲル上で電気泳

動にかけると,標的領域の塩基の数だけDNAバンドができることになる。4種類のジ

デオキシヌクレオチドを異なる色の蛍光物質で標識しておけば,バンドを色で識別で

き,それらの蛍光バンドを短い順に検出器で読み取ることにより,標的領域DNAの塩

基配列を決定できる。現在,DNAオートシーケンサーを用いて,個体群の遺伝的多様

性の測定や,個体群間や近縁種間の分子系統解析が盛んに行われている。

これまで,分子生物学と生態学は生物学の中でも両極に位置すると考えられてきた

が,分子生態学の興隆は両分野の距離を大幅に縮めつつある。最近,その傾向は益々

加速されており,遺伝マーカーを用いた研究だけではなく,動物の行動や生態に直接

関わる遺伝子の特定とその発現機構の解明をめざす生態学者さえ現れ,分子生物学者

にも大きな刺激を与えている。分子生物学が単に医学的要求に応える学問としてでは

なく,行動や生態を含む広範な生物現象を解明するための学問として成長していく上

で,分子生態学が果たす役割は極めて大きいと考えられる。

 

 

 

 








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