第1節 タンパク質
A 生物体を構成する化学物質
◆細胞の成分とタンパク質
タンパク質は,生物の主要な構成物質で,固形物のほぼ半分を占める(教科書p.表1)。
細胞の成分でもっとも多いのは水で約70%である。固形物には,タンパク質のほかに,
細胞膜の成分の脂質,エネルギー源の炭水化物,代謝に必要な無機イオン,遺伝にか
かわる核酸などがある。
細胞の成分の分析は,細菌の大腸菌で詳細に行われている。純粋な細胞として容
易に集めることができるからである。大腸菌では約3000種類のタンパク質が存在
する。また,哺乳類の細胞では約10万種類ある。
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大腸菌の構成物質(J.D.ワトソン:遺伝子の 分子生物学(第2版),化学同人(1970)より) |
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構成物質 |
重量 〔%〕 |
平均分子量 |
種類数 |
細胞あたりの数 |
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水 |
70 |
18 |
1 |
4×1010 |
|
無機イオン* |
1 |
40 |
20 |
2.5×108 |
|
炭水化物** |
3 |
150 |
200 |
2×108 |
|
脂質** |
2 |
750 |
50 |
2.5×107 |
|
アミノ酸** |
0.4 |
120 |
100 |
3×107 |
|
ヌクレオチド** |
0.4 |
300 |
200 |
1.2×107 |
|
その他の低分子 |
0.2 |
150 |
200 |
1.5×107 |
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タンパク質 |
15 |
4×104 |
3000 |
106 |
|
核酸 |
|
|
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DNA |
1 |
2.5×109 |
1 |
2 |
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RNA |
6 |
5×105 |
1000 |
105 |
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*Na+,K+,Mg2+,Ca2+,Fe2+,Cl−,PO43−,SO42−など **前駆物質を含む |
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興味ある話
●タンパク質の用語の由来
1838年,オランダのゲラルドス・ムルダーは血清のアルブミン,卵白のアルブミ
ン,血液のフィブリンなどの元素分析をして,C40H62N10O12という組成が単位である
という結論に達し,これをプロティン(protein)とよんだ。プロティンとはギリシア語
のプロティオス(もっとも大切なの意味)からとったものである。動物の栄養にとっ
て根源的に大切な物質だからである。
のちになって,ムルダーの分析は間違いとわかったが,プロティンの用語は英語,
フランス語などにそのまま残った。ドイツ語ではアイワイス(卵白)とよばれ,その
漢字訳蛋白質はそのまま日本語となった。
タンパク質が物質として一定の構造をもっていることはフレデリック・サンガー
によるインスリンのアミノ酸配列の決定によって確立された(1955)。
B タンパク質
◆アミノ酸
タンパク質は20種類のアミノ酸からなっている。天然には120種類以上のアミノ
酸が存存するが,タンパク質をつくるのには20種類に限られている*。この理由に
ついては生命の起源にさかのぼり,わかっていない。
*ハイドロキシプロリン,メチルヒスチジンなどがタンパク質にみられるが,これ
らはタンパク質がつくられたあと−OHや−CH3などが付加されたものである。
アミノ酸は炭素化合物で,アミノ基(−NH2)とカルボキシル基(−COOH)をもつ。
唯一の例外はプロリンでアミノ基のかわりにイミノ基(−NH−)がある。中心の炭素
(α炭素原子,Cα)には,カルボキシル基,アミノ基,水素原子のほか,アミノ酸の
種類によって異なる側鎖(R基)が結合している。

アミノ酸の構造
アミノ酸は中性の水溶液でイオン化して,アミノ基はプラスにカルボキシル基は
マイナスに荷電する。そのため,アミノ酸は両性電解質とよばれる。
アミノ酸の側鎖によってさまざまな性質がみられる。
(1) 水になじまない(疎水性)−。CH3など。Ala,Val,Leu,Ileなど。
(2) マイナス電荷をもつ(親水性)。−COO−。Asp,Glu。
(3) プラス電荷をもつ(親水性)。−NH+。Arg,Lys。
(4) 親水性だが電荷をもたない。Ser, Thr,Gly,Tyrなど。
(5) S-S結合をつくる。Cys。

◆ペプチド結合
1つのアミノ酸のアミノ基と他のアミノ酸のカルボキシル基との間の化学結合
(−CO−NH−)をペプチド結合という。ペプチド結合をつくっているアミノ酸はアミ
ノ酸残基とよばれる。ペプチド結合は6規定塩酸存在下で110℃,24時間加熱する
と分解される。タンパク分解酵素は体温,中性pHで分解するが,アミノ酸に特異
性がある。ペプチド結合で線状につながったアミノ酸群をペプチドという。

◆タンパク質
タンパク質は,多数のアミノ酸がペプチド結合で重合したもので,ポリペプチド
ともよばれる。最小のタンパク質はアミノ酸51個が重合したすい臓ホルモンのイン
スリンである。多くのタンパク質は100〜400個のアミノ酸からなっているが1000
個以上からなるものもある。各アミノ酸の配列順序は一定であり,この配列をタン
パク質の一次構造という。これはタンパク質のもっとも基本的な性質である。第一
番目の遊離アミノ基をもつアミノ酸をN末端アミノ酸,終りのカルボキシル基をも
つアミノ酸をC末端アミノ酸という。タンパク質はN末端からC末端に向けて合成
される。
タンパク質の多くは,同一タンパク質,あるいは他のタンパク質と結合して複合
体を形成する。複合体の個々の構成要素をサブユニットといい,100種類ものタン
パク質が複合体を形成してはじめて機能する例もある。サブユニットはいつも決ま
ったサブユニットと結合しているわけではなく,多くの種類のタンパク質とさまざ
まな複合体をつくることができる。複合体をつくり,構成するメンバー(サブユニッ
ト)を変えることで,多様な役割を果たすことができるのである。
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タンパク質の形と大きさ |
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タンパク質 |
働き・所在 |
分子量 |
構成アミ ノ酸の数 |
ポリペプチ ド鎖の数 |
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インスリン |
すい臓のホルモン |
5733 |
51 |
2 |
|
リボヌクレアーゼ |
すい臓のRNA分解酵素 |
12640 |
124 |
1 |
|
リゾチーム |
細菌の細胞壁を分解する酵素 |
13930 |
129 |
1 |
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ミオグロビン |
筋肉の酸素結合タンパク質 |
16890 |
153 |
1 |
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キモトリプシン |
すい臓の消化酵素 |
21600 |
228 |
1 |
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アクチン |
筋肉の収縮性タンパク質 |
41785 |
374 |
1 |
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ヘモグロビン |
赤血球の酸素結合タンパク質 |
64500 |
574 |
4 |
|
アルブミン |
血清中のタンパク質 |
68500 |
〜550 |
1 |
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ミオシン |
筋肉の収縮性タンパク質 |
480000 |
4000 |
6 |
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ミオシンのH鎖 |
ミオシンの主要成分 |
200000 |
〜1670 |
1 |
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ホスホリラーゼ |
筋肉の解糖系の酵素 |
495000 |
〜4100 |
4 |
◆タンパク質の立体構造
疎水性のアミノ酸が連なっている部分は,水の中では,水を避けタンパク質分子
の内側に入り込む。一方,親水性のアミノ酸の割合が多い部分は周囲の水と接する
ように,タンパク質分子の表面に位置する。アミノ酸の電荷はタンパク質の立体構
造に大きく影響する。正電荷をもつアミノ酸と負電荷をもつアミノ酸は引き合い,
同じ電荷をもつアミノ酸は反発しあう。タンパク質の機能はpHに依存するのは,
pHはアミノ酸の電離度に大きな影響を受けるからである。各アミノ酸の電離度が
変化すれば,タンパク質の立体構造も変化する。
タンパク質の立体構造の形成には,ペプチド結合間に生じる水素結合も重要な役
割を果たす。側鎖が比較的小さく極性をもたないアミノ酸が連続しているところで
は,それぞれのペプチド結合のN原子と,そこから4番目のアミノ酸のカルボニル
基との間で分子内水素結合ができる。その結果,右巻きに1回転3.6アミノ酸のピ
ッチでらせん構造が形成される。同一らせん分子内で水素結合ができるので,比較
的しっかりしたらせん状(スプリング様)の構造になる。これをα-へリックスという。
ポリペプチド鎖の間で,アミノ基とカルボニル基との間に水素結合が生じてでき
るじぐざぐ状の構造をβ-シートという。β-シートは,タンパク質構造の核として機
能する場合が多く,球状タンパク質の中央部によく見られる。大規模な平行β-シー
トは,絹糸のフィブリンや毛髪のケラチンなどがある。β-シートは,いずれも安定
な波状構造をとる。
タンパク質は,一本のポリペプチド鎖であるが,分子の認識や,結合,触媒など,
いくつかの機能単位に分けることができる。この機能単位をドメインという。タン
パク質とタンパク質の結合,タンパク質による塩基配列の認識と結合などの機能は,
構造が安定なα-へリックスやβ-シート部分が担っている。一定の立体構造をとら
ない部分をランダムコイルという。
システインは分子内の他のシステインとジスルフィド(S-S)結合により分子内架
橋をつくる。どのシステインとも架橋できるわけではなく,タンパク質が安定な立
体構造をとった後,近くに来る特定のシステインと結合し,立体構造をさらに安定
化させるはたらきがある。

興味ある話
●タンパク質の立体構造と白濁
タンパク質は多くの疎水性アミノ酸を含んでおり,本来は水に対して不溶性であ
る。たとえば,熱を加えてタンパク質を変性させると白く不溶性になる。タンパク
質(蛋白質)の白の由来である。生体内では,タンパク質は疎水性部分を内側に,親
水性部分を外側にして水分子と安定な水素結合をして溶けている。熱を加えると熱
運動エネルギーによりタンパク質の立体構造が乱され,疎水性部分がタンパク質表
面に露出し,水分子と安定な水素結合ができなくなる。同時に,疎水性部分でタン
パク質どうしが結合して,大きな固まりをつくり沈殿する。これがタンパク質の熱
変性による白濁と凝固である。
タンパク質の立体構造の形成には,正または負の電荷をもつアミノ酸の電荷によ
る反発力や引力が関わっており,塩濃度はこれらの静電力に影響を与える。卵白を
真水に懸濁すると白く濁る。白くなったのは本来のタンパク質分子の立体構造がと
れなくなった(変性した)からである。一方,体液と同じぐらいの濃度の塩水に懸濁
すると白濁しない。しかし,塩濃度をさらに高めると逆に白濁する。生理的なイオ
ン濃度で,タンパク質分子は機能する立体構造をとっているのである。
◆タンパク質の種類数
タンパク質が20種類のアミノ酸100個からできているとすると,重複を許した
種類数は20100になり,これは10130に相当する莫大な数である。1兆は1012にすぎな
いことを思い出してほしい。
しかし,タンパク質の種類は哺乳類では約10万であり,理論的にできるタンパ
ク質の種類数に比べ,はるかに少ない。安定的な立体構造をとるアミノ酸配列は少
なく,実際に存在するドメインの種類は約100種類と推定されている。ドメインの
中の1つのアミノ酸を変えてしまうと,まったく機能しなくなるタンパク質が多い。
進化の選択圧の中で,立体構造が定まらず一定の機能を果たさないドメインは消滅
したと考えられる。
◆シャペロン
アミノ酸多数からなるペプチドはその側鎖の化学的性質によって自然に折りた
たまれてα-へリックスやβ-シート構造を組みたて(二次元構造),全体としての立体
構造(三次元構造)をつくりあげる。ところが,安定した立体構造を完成させるのに補
助役を必要とする場合がみいだされた。たとえばアクチンやチューブリン(微小管タ
ンパク質)ではリボソームでつくられたあと,介添役がないと三次元構造をつくれな
い。この補助役は貴婦人の介添役の意味からシャペロンとよばれる。ミトコンドリ
アや小胞体の膜を通過する際にタンパク質はほどけるが,あとで復元するのにシャ
ペロンを必要とする。シャペロンはATPを分解しながら作用する。シャペロンは数
十個のタンパク質の集合体をつくっていることが多く,その集合体はシャペロニン
といわれる。

興味ある話
●プリオン
プリオンとは感染性タンパク質(proteinaceous infectious particle)の略称である。クー
ルー病(ニューギニア原住民)やクロイツェル・ヤコブ病のように長年月かかって脳細
胞が萎縮して海綿状になる病気の原因は不明であった。ヒツジで同様な病気(スクレ
イピー)が知られており,その骨を餌として食べたウシの発病(狂牛病)が社会的問題
となった。
アメリカのカリフォルニア大学医学部教授スタンレー・プルシナーはスクレイピ
ーの原因がアミノ酸208個からなるPrPSCによることをつきとめた(1985)。ところが
健康なヒツジにも同じタンパク質(PrPC)