トップ生物I 改訂版第3部 環境と動物の反応第2章 体液と恒常性>第1節 体液とその循環

第1節 体液とその循環

 

A 恒常性

◆恒常性 ホメオスタシス(homeostasis)

生物体が,外部及び内部の諸変化の中で,形態的・生理的状態を安定に保って個体の生存を維持する性質のことをホメオスタシスといい,日本語では恒常性と訳される。また,別の言い方では,外部環境の変化に対して内部環境を一定に保つ働きともいわれる。ホメオスタシスという概念は,アメリカの生理学者W.B.Cannon(1932)によって提唱されたもので,homeo(類似)stasis(持続)という2つのギリシア語からの造語である。フランスの生理学者C.Bernardの内部環境の考え方を発展させたものである。

 内部環境とは,ベルナールのmiliéu intériéurの訳であるが,個体の内部で細胞や組織を取り巻き,それらを浸す体液,すなわち血液・リンパ液・組織液のことであるということができる。それに対し,外部環境は,個体の外部の環境のことで,主に物理的環境(温度・浸透圧など)や化学的環境(糖・イオンなど)を指していたが,最近は生物学的あるいは精神的要素も含まれるようになっているという。よって,広い意味では,ホメオスタシスをストレスに対する防御反応と捉えることができる(ホルモンの分子生物学ホメオスタシスp.1竹井祥郎日本比較内分泌学会編(1997))

 ある機能や状態からのわずかなずれは,逆方向への反応によって補正され,結果として軽微なある幅をもった変動しか示さないように調節される。これらのしくみの多くは,自律神経系・内分泌系などによって無意識に行われる。具体的には,体液成分,浸透圧,pH,体温などが細胞の活動に適した一定の範囲に保たれている。恒常性の維持に働くしくみの多くは,自律神経系と内分泌系が重要な役割を果たしているが,最近は,免疫系も含める考え方が台頭している(同上)。恒常性の維持を,ストレスから体内環境を守る生体防御反応と考えれば,細菌感染などの生物学的ストレスから守る免疫系もまた恒常性の維持に働くということができる。 

 

◆体液:多細胞動物の体内の液体

(1) 細胞内液と細胞外液に大別されるが,教科書では,細胞外液をさす。

(2) 体内の細胞を取り巻く内部環境となる。

(3) 血液リンパ液組織液がある。

(他に脳脊髄液も体液といえるが,高校の授業においては,上記3者を体液としている。)

血液リンパ液組織液においては,後述するように,液状成分や白血球の一部などは,それぞれ別の管中に移動して循環することもあるので,これらは,その存在する場所によって定義したほうが実際的であるといえよう。

 

@ 血液:血管内に存在する体液

・有形成分(細胞成分):赤血球・白血球(リンパ球を含む)・血小板

・液体成分:血しょう

A リンパ液:リンパ管内に存在する体液

・細胞成分:リンパ球

・液体成分:リンパしょう

B 組織液:組織にあって細胞を取り巻く体液。直接の内部環境となる。

C 血リンパ:無脊椎動物の開放血管系では,血液とリンパ液の区別がつかないので,この体液を血リンパという。

 

実験3 観察 運動による体温・心拍数・呼吸数への影響

B 体液の浸透圧の調節

◆魚類の浸透圧調節

海水産硬骨魚類の血液の浸透圧は,海水と比べて低く,鰓やひれから脱水されやすい。そのため海水を飲んで水を補い,等張尿を少量排出して水の消失を防ぎ,能動輸送によって鰓から塩類を排出する。淡水産硬骨魚類の血液は,淡水より浸透圧が高く,鰓やひれから吸水しやすい。そのため淡水を飲まず,薄い尿を多量に排出して体液の薄まりを防ぐ。

 ウナギやサケ類などは,生息環境が海・川と変化しても体液の浸透圧はほぼ一定に保つことができる(広塩性)。一方,コイなどは外液の狭い範囲でしか体液の浸透圧を調節できず,ある範囲を越えれば死んでしまう。

 

海水産の軟骨魚類の血液の浸透圧は海水のそれとほぼ等しいが,塩類による浸透圧は約1/2で,他は尿素やトリメチルアミンオキシドによっている。エイ・サメ類の肉にアンモニア臭がするのはこれらの尿素などが分解してアンモニアを生ずるためである。

 海鳥は食物や海水を飲んだことに由来する過剰な塩類を排出する塩類腺をもっている。分泌物は鼻腔をへて排出される。NaClを海水の約2倍に濃縮して排出することができる。ウミガメの塩類腺は目がしらの所に開口している。カメの“涙”はこの分泌物のことである。

 

◆甲殻類の浸透圧調節

ケアシガニMaiaのようなカニを希薄な海水中に入れると,水が体内に入りこむ。そのため体液の浸透圧が低下し,極端な場合には死んでしまう。海産であるカニの多くは,海水の濃度の限られた変化にしか耐えられない。

 ミドリイソガニCarcinusの場合には,体液の浸透圧を調節できるので希薄な海水中でも生活できる。つまり,浸入した水を緑腺(=触角腺)から等張尿として排出する。水とともに塩類を失うので,不足した塩類は鰓から能動的にとりこんで体液の浸透圧を調節している。

 モクズガニEriocheirはさらに高い浸透圧調節機能をもち,海水より淡水まで広い浸透圧の変化に耐えることができる。このカニは淡水中に生活するが,卵や幼生はそれには耐えられないので海にもどって産卵する。このような生活を可能にする浸透圧調節能力を有していることになる。塩水湖にすむアルテミアArtemiaなども高い浸透圧調節能力をもち,NaClの含有量0.26%〜30%の環境にすめる。

 

C 血液の働き

◆血液の働き

体重60kgの成人には,約4.8lの血液が含まれ,約1分間で全身をめぐっている。

血液には次のような作用がある。

@ 肺からの酸素,腸壁から吸収した栄養素を全身の組織へ運ぶ。

A 組織でつくられた二酸化炭素や不要物質(老廃物)を排出器官(肺やじん臓,

肝臓など)に輸送する。

B 白血球(リンパ球を含む)の抗菌作用や,血清中の抗体等により身体を守る。

C 血小板と血しょうなどにある血液凝固因子により止血する。

D 血しょう中にある100種以上のタンパク質により,生命維持に大きな役割をはたす。

E 酸塩基平衡(pH緩衝作用)・浸透圧平衡などの,体液の物理,化学的環境の調節をする。

 

●血液データ

正常値

赤血球数

410530/μl ♀380480/μl

(個人差あり)

ヘモグロビン濃度

1418g/dl  ♀1216g/dl

 

ヘマトクリット値(血液中の赤血球の割合)

4052%   ♀3648

 

赤血球の寿命

寿命平均約120

(毎日約200億個が生産される)

 

白血球数

40009000/μl(うちリンパ球3050)

 

血小板数

1235/μl

 

総タンパク質(血清中)

6.58.2g/dl

 

血糖値(食前)

60110mg/dl

 

カルシウム

8.510.5mg/dl

 

pH緩衝作用

 血液の水素イオン濃度(pH)は約7.4で弱アルカリ性である。この値が,酸性(pH6.95)で昏睡状態,少しアルカリ性に傾くと(pH7.7),けいれんを起こしたりする。血中の重炭酸ナトリウムやリン酸ナトリウム等の働きで平衡を保つ。

 

◆酸素と二酸化炭素の運搬

・ヘモグロビン

ヘモグロビンの分子は,αβ2種類2個ずつのサブユニットからなっている(4量体)。その各々のヘムの部分のFeが酸素と結合することができる。ヘモグロビンのサブユニット(1量体)は,筋肉中に存在するミオグロビンによく似た構造をもっている。

 

しかし,酸素濃度と結合酸素量の関係は,単量体のミオグロビンと四量体のヘモグロビンとでは大きな差がある。へモグロビンは,低酸素濃度にあっては,どの単量体にも酸素が結合しにくいが,どれかに酸素が結合すると,他のサブユニットの構造変化が起こって,酸素の結合がしやすくなり,急に酸素ヘモグロビンの割合が増す。

 また,ミオグロビンの酸素結合性は,水素イオン濃度や二酸化炭素であまり変わらないが,ヘモグロビンでは酸素親和性が変化し,pH一定でCO2濃度が増すと酸素親和性が下がる。活発に代謝している組織ではCO2Hが生じ,そのため,毛細血管では酸素ヘモグロビンからO2が離れやすい。逆に,肺ではO2分圧が高いので,HCO2が追い出される。

   () HbO2HCO2  HHbO2 (組織)

 

 

・二酸化炭素の運搬

二酸化炭素の血液中の溶解度は,酸素に比べて高いが,それでも100cm3あたり3cm3 (酸素は0.3cm3)にすぎない。しかし,静脈血には100cm3あたり50cm3も溶かしこんでいる。大部分は重炭酸イオン(HCO3)として存在している。これは,赤血球内にある炭酸脱水素酵素によって生じる。

 肺では逆向きの反応でCO2が放出される。静脈血のCO210%はヘモグロビンと結合して運搬される。

   () CO2H2O  H2CO3  HCO3H(組織)

(赤血球)  (血しょう)

 

◆血液の凝固

 血管に傷が生ずると,その部分だけ血液凝固が起こって止血される。まず,血小板が傷口に接着して血小板の塊(血小板血栓)が生じて傷口をふさぐ。同時に,血液が傷口に触れて血液凝固が発動してフィブリンが形成され,血栓を補強して傷口をより強くふさぐ。血管壁が内皮でおおわれているところでは,血小板は接着せず,血液凝固も発動しないので血栓は生じない。

 血小板は直径24μmの円盤状で核はない。血管の損傷により血管内皮細胞が剥離して,血管壁がむき出しになると,血小板は皮下組織のコラーゲンに粘着する。この過程で血小板は活性化され,形態は変化して突起が生じ,球状になる。また,活性化した血小板からADPやセロトニンが放出され,これらの物質によって血流中の新たな血小板は活性化され,すでに粘着している血小板と相互に接着するようになる。こうして血小板血栓が形成され,さらに,血液凝固によって生じたフィブリンが赤血球をまきこみながら血小板血栓にからみついて凝固血栓を形成する。

 

◆免疫と細胞

免疫という用語は,もともとは税金を免れる免税を意味し,転じて病苦から免れるという意味に使われるようになった。英国の田舎で開業していたジェンナー(17491823)は牛の乳しぼりをしている女性の手の指に水泡(牛痘)がしばしばできており,流行する天然痘にかからないことに注目した。1796年ジェンナーは牛痘にかかった婦人の水泡の液を牧童に注射し2か月後に天然痘を接種したが,病気にならずにすんだ。ラテン語で牛のことをvacca,牛痘のことをvaccinaということから,ジュンナーは種痘のことをvaccinationとよんだ。今日のワクチンの語源にあたる。ジュンナーの種痘はヨーロッパ中に広まっていった。天然痘と牛痘のウイルスは異なっているが共通性があり,いずれかを抗原として抗体をつくると,抗体は両者と反応する(免疫となる)

●白血球 血液中には赤血球のほかに白血球がある。これが免疫に関与する細胞である。白血球は,顆粒球(多核形白血球・リンパ球・マクロファージの3種類に分けられる。このうち顆粒球とマクロファージは異物食作用を示し,リンパ球はT細胞・B細胞の2種類があり,体液性免疫にあずかる。これら白血球は赤血球とともに,骨髄の中にある幹細胞からしだいに分化する。リンパ幹細胞のうちのあるものは胸腺(thymus)にしばらくとどまった後,T細胞となり血液中にでる。T細胞は異物(抗原)を認識し,さまざまな働きをする。他方いったん肝臓に移住した後,骨髄で成熟する細胞はB細胞となり,抗体産生にあずかる。B細胞とよばれるのは,ニワトリでは直腸のファブリキウスのうBursa of Fabricius経由で分化するからである。骨髄bone marrowとする説もある。

 

 

 

●細胞性免疫と体液性免疫 細菌やウイルスなどが体内に侵入すると,T細胞が認知してある種の因子(リンフォカイン)を放出する。するとマクロファージが集まって食作用を開始する。顆粒球も食作用に加わる。このように直接的な免疫のことを細胞性免疫という。これに対して産生された抗体が関与する免疫は体液性免疫とよばれる。後者は異物が最初に侵入して1か月ぐらい経てから(抗原がつくられてから)有効となる。前者は異物の侵入後ただちに起こる。

●マクロファージ マクロファージは白血球の一種であり,大型で単球(核の形状が球状でくびれがない)の食作用の旺盛な細胞の総称である。マクロファージは通常,老化した細胞や組織片,侵入してきた異物などを細胞内に取り込み,消化して処理する働きをしている。また,何らかの刺激を受けると,病原菌などの微生物や腫瘍細胞を殺して処理する働きもする。免疫については次のような働きをしている。

 マクロファージには,T細胞の機能発現を助ける重要な働きがある。抗原物質を細胞内に取り込み,適当な大きさの抗原ペプチド(アミノ酸数520程度)にする(抗原処理)。次いでその抗原ペプチドを細胞表面に表し,T細胞がそれに反応できるようにする抗原提示を行う。マクロファージとT細胞が反応するとマクロファージからインターロイキン1(ILl)が出てT細胞の分裂活性化を促進する。その後T細胞は特定のB細胞を捜しだして結合し,いくつかのインターロイキン(リンフォカイン)を出してB細胞の分裂活性化を助ける。こうして,抗体産生細胞(プラズマ細胞)となったB細胞は特定の抗原だけを標的とする抗体を放出する。

 

抗体産生におけるマクロファージの必要性 (a)マウスの脾臓細胞に羊の赤血球を与えると抗体産生が生じる。(b)リンパ球,(c)マクロファージのそれぞれに羊の赤血球を与えても抗体産生は生じないが,(b)(c)の混合したものでは抗体産生が生じる。

 

抗原と抗体

抗体を産生させる原因となる物質は抗原とよばれる。抗原となる物質の主要なものは非自己タンパク質である。ウイルスや細菌などのタンパク質が抗原となる。タンパク質中のアミノ酸配列10個ほどや立体構造の一部が抗原となる。多糖類,脂質も抗原となることがある。また低分子物質もタンパク質と結合していると抗原となる。

 抗体(免疫グロブリンG)2本ずつのH(鎖重53000)L(23000)とからなり,全体の分子量は152000におよぶ。H鎖とL鎖は1本のSS結合で連結され,H鎖どうしも2本のSS結合でつながり全体としてまとまっている(下図)

この抗体は免疫グロブリンG(IgG)とよばれているタンパク質で,体液性免疫で主導的な役割を果たしている。

 このように一定の形をした抗体が多種多様の抗原と特異的に対応しているのは,HL鎖ともに抗体の種類によってアミノ酸配列が異なっている可変部が存在しているためである。H鎖では446個のアミノ酸中110120個,L鎖では214個のうち107個が可変部である。残りはすべての抗体に共通なアミノ酸配列をもっており,不変部といわれる。H鎖,L鎖ともに可変部は抗体分子の両腕の先端にあたり,そこが異物抗原との結合部位となっている。

 抗体は抗原と強い結合(解離定数は1091010である)をする。酵素と基質の解離定数は104107にすぎない。抗原抗体複合体は巨大な結合体をつくり,沈殿してしまう。そこにマクロファージが集まってきて取り込み消化してしまう。

 

◆抗体産生のしくみ

いったい,どんなしくみで100万種類以上の抗体がつくられるのであろうか。1900年ドイツの病理学者エールリヒ(18541915)は,抗体産生細胞にはあらかじめ表面に特異的な側鎖(レセプター)をもっており,抗原が結合すると膜から脱落し,細胞はレセプターをどんどん産生・放出すると主張した。これは最初の選択説である。一般的には,抗原は産生細胞に入りこんでかぎとかぎあなの関係にある抗体をつくらせるとする指令説が有力となっていった。エールリヒ説をリバイバルさせたのはバーネット(18991990)のクローン選択説(1959)である。抗体産生細胞は分化の過程で遺伝子変異が起こり100万を超える抗原に対応する細胞群ができると考える。11つの細胞の表面にあらかじめ異なった抗体が存在すると仮定する。クローン選択説は1976年スイスのバーゼル大学で利根川進(1939)によって実証された。

 リンパ細胞は成熟過程で抗体遺伝子の再編成(体細胞変異)がなされ,各細胞に遺伝子変異をもたらす。抗体H鎖に対応する遺伝子は,制御部(LH),可変部(VHDHJH),不変部(CH)と続き,各部域間には遺伝情報に関与しない部域(イントロン)が介在する。可変部の3部域には,VH300個,DH12個,JH4個と複数の遺伝情報部分(エキソン)が存在してイントロンでそれぞれ仕切られている。リンパ球が抗体産生細胞(B細胞)に分化していく間にVHDHJHの各可変部で各1個のエキソンが残って連なり他は消失してしまう。遺伝子としては制御部,可変部,不変部と続いている。このとき可変部のエキソンの組合せは,300(VH)×12(DH)×4(JH)14400通りとなる。L鎖でもVLJL (DLはない)の変化で1200通りの組合せができる。H鎖とL鎖との組合せから1000万種類以上の抗体遺伝子の生成が可能となる。

 

◆アレルギー

アレルギー反応は,杉やブタ草の花粉,ゴミ中のダニ,牛乳,サバなどが引き金となる。血液中にごく微量に存在する免疫グロブリンE(IgE)がこれらのアレルゲン(抗原)によってできると,IgEは皮膚や鼻の粘膜中に散在する肥満細胞のレセプター(Fcリセプター)と結合する。IgE抗体にアレルゲンが結合すると,細胞内の顆粒がこわれ,ヒスタミンなど刺激物質が放出される。ヒスタミンは皮膚にじん麻疹を起こさせたり,肺の気管支をせまくして喘息を起こさせる。また鼻粘膜を刺激してくしゃみや鼻汁の症状が起こる。アレルギーの急激な症状はアナフィラキシーとよばれ,気管支が一時的に閉ざされて窒息死にいたることがある。ペニシリン注射でも起こることがあり,ペニシリンショックとよばれる。

 

◆拒絶反応

 ヒトの各組織には組織適合抗原があり,一卵性双生児以外では人によって異なっている。そのため,他人の組織を移植すると免疫系が移植組織を攻撃するため移植臓器が定着できない。これが拒絶反応である。

 免疫に関わっているT細胞とB細胞とでは,その守備範囲が異なっている。自己と遺伝的に大きく隔たっているもの(たとえば病原菌)に対して働くのがB細胞の分泌する抗体である。それに対してT細胞の方は自己により近いものに対して働く。ウィルスに感染した自分の細胞,自分の細胞が変わってしまったガン細胞などがT細胞のターゲットである。移植した臓器は,自分と同種の他人の細胞からできており,これもT細胞のターゲットとなる。だから免疫抑制のためには,T細胞の働きを抑える必要がある。

 免疫抑制剤としてはカルシニューリン阻害剤,ステロイド,代謝拮抗剤,有糸分裂抑制剤,抗体などがある。カルシニューリン阻害剤としては,シクロスポリンがよく使われている。これは真菌からとられたペプチドで,T細胞内のカルシニューリン(カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質脱リン酸化酵素)の働きを抑制し,その結果インターロイキン2(IL-2)の転写が抑えられる。IL-2はサイトカインの一種で,T細胞に細胞増殖のスイッチを入れる働きをもつ。T細胞の抗原受容体に抗原が結合すると,そのシグナルはT細胞のIL-2遺伝子のスイッチを入れてIL-2がつくられ,つくられたIL-2はすぐに細胞外へと放出される。シグナルはIL-2受容体遺伝子のスイッチも入れ,このT細胞はIL-2受容体を細胞表面にもつようになる。この新たにつくられた受容体に自分が放出したIL-2が結合すると,それが引き金になって細胞分裂周期が早まりT細胞の数が増えていく。つまりIL-2遺伝子がつくられなければT細胞は活性化しない。シクロスポリンはIL-2遺伝子の転写の活性化に関わるカルシニューリンを阻害するのである。カルシニューリン阻害剤としては他にタムロリムスがあり,これはシクロスポリンよりよく効き副作用も少ない。

 ステロイドもシクロスポリンとは別の経路でIL-2の転写を抑制する。代謝阻害剤は核酸合成に干渉する。T細胞と結合するポリクローナル抗体を与えてT細胞を破壊に導いたり,IL-2受容体に結合するモノクローナル抗体を与えたりするという,抗体による免疫抑制も行われている。さまざまな免疫抑制剤の開発により,臓器移植の成功する確率が大いに改善されてきている。

 免疫抑制剤を用いない臓器移植法の研究も行われている。免疫系が自己の組織をなぜ攻撃しないかというと,胸腺の中で自己に反応するT細胞が除去されているからである。ただしこの除去は完璧ではなく,T細胞のうちの5%ほどは自己に反応してしまう。だからこれらのT細胞により自己免疫病が発症するおそれがあるのだが,通常は発症しない。免疫制御系があるからである。制御に関わる細胞の一つに制御性T細胞がある。これは胸腺でつくられ,他のT細胞の増殖を抑える。制御性T細胞をとりのぞくと自己免疫病になり,そうなったものに制御性T細胞を与えると,自己免疫病は抑えられる。この作用に注目し,制御性T細胞を培養して,これを臓器移植された患者に与えて拒絶反応を抑制しようという研究がすすめられている。

主要組織適合抗原 臓器移植の際,拒絶反応が起こるのは,組織を構成する細胞の表面に存在するある分子が個体ごとに少しずつ異なるためである。このような分子は,移植組織が受容者に適合するか否かにかかわっているため組織適合抗原とよばれる。この分子は共通の祖先の遺伝子が,少しずつ変異を起こし,それぞれが別の家系にひきつがれてきたことによって多様になっていると考えられる。組織適合抗原の中でとくに拒絶反応に重要な働きをしているものを主要組織適合抗原という。

ヒトの組織適合抗原については,1958年に輸血患者血清に白血球と反応する抗体が見出されたのをきっかけに解明が始まり,HLA(human leukocyte antigen)とよばれる主要組織適合抗原の遺伝子複合体が第6染色体に存在することがわかった。通常,主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility gene complexMHC)の遺伝子座はIIIIII3つのクラスに分けられる。クラスI領域の産物(クラスI抗原)はすべての細胞の膜表面に発現している。クラスII抗原は,B細胞,T細胞の一部,マクロファージ,精子などの表面にあることがわかっている。免疫的に「自己」と「非自己」を認識するときには,このクラスII抗原が主要な役割を果たす。たとえば,マクロファージが提示した外来抗原(非自己)T細胞が認識する場合,マクロファージのもつクラスII抗原(自己)と外来抗原(非自己)とを同時に認識する必要がある。

 

◆エイズ

19816月アメリカで2名の患者が25万人に1人というまれなカポジ肉腫で死亡した。これがエイズの最初の記録である。1993年までに世界中で1000万人のエイズ患者がいるといわれ,治療薬はまだ開発されていない。エイズ(後天性免疫不全症候群acquired immunodeficiency syndrome)は,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virusHIV)によってひきおこされることが19845年に発見された。

 HIVRNAをもつウイルスで,RNAからDNAを合成する逆転写酵素をそなえているのでレトロウイルス(レトロは逆方向に向かうの意味)とよばれる。ふつうはDNA→RNA→タンパク質なのに,ここではRNA→DNAとなり,寄主の核のDNA中に入りこむ。ときにこのDNAからRNAがつくられて,それからタンパク質が合成されてウイルスがふたたびできる。HIVは直径100ナノメートルの球状をしており,外側は脂質二重層からつきでたスパイクをもった外被がとりまいている。内部に内被があり,その中にコアがあってRNAと逆転写酵素を包んでいる。RNA9000塩基からなり,7種類のタンパク質をコードする。

 HIVのスパイクはT細胞(ヘルパー)の細胞膜について細胞内に侵入し,外被,内被,コアがほどけてRNAを出す。もってきた逆転写酵素の働きで1本鎖RNAから2本鎖のDNAがつくられ,これが核内のDNA中に挿入される。ウイルスのDNAは細胞のDNAと挙動を共にし,細胞分裂のさいには複製されるときにウイルスDNARNAをつくってタンパク質を合成させ数百個のウイルスを再生し寄主細胞を破壊させてとびだし,他の寄主に分散する。そのためエイズではT細胞の減少に伴う免疫不全が起こるのに数年かかる。直接の死因であるカポジ肉腫やカリニ肺炎は免疫が正常であれば発病しない。

 

D 血液の循環

◆循環の意義

 多細胞動物では,多くの細胞は外界と直接接していないので,細胞周囲に有用なものを速やかに運び,不要なものを速やかに除去するしくみがないと,細胞は安定した機能を営むことができない。体液を循環させることにより,積極的にこれらを移動させることができる。また,体内での情報伝達物質(ホルモン)の運搬,体温の運搬などの役割がある。すなわち,総じて内部環境の恒常性維持のために,体液は循環するといえる。

@ 外界から取り入れた酸素や養分の運搬

酸素の運搬 肺から体内の各細胞へ

養分の運搬 小腸や貯蔵する組織から体内の各細胞へ

A 体内の細胞で生産された二酸化炭素,老廃物の運搬

二酸化炭素の運搬 体内の各細胞から肺へ

老廃物の運搬 体内の各細胞から腎臓・汗腺などへ

(アンモニアは肝臓で尿素に変えられてから)

B ホルモンの運搬 内分泌腺から標的器官へ

C 体温の運搬 筋肉や肝臓で温められた血液が全身へ

 

◆閉鎖血管系と開放血管系

@ 閉鎖血管系 脊つい動物,無脊つい動物のうち環形動物・軟体動物(頭足類:イカ・タコ類)

心臓 動脈 毛細血管 静脈 心臓

血管は,途切れることなく,閉じた回路をつくっている。

環形動物は心臓ではなく,蠕動運動をする背血管によって血液を送る。

A 開放血管系 無脊つい動物のうち軟体動物(頭足類以外:貝類など)・節足動物(昆虫・エビのなかまなど)

心臓 動脈 (組織) 静脈 心臓

血リンパは,動脈枝の開口から直接組織の間隙に流れ,呼吸器官などを経て心臓に戻る。

 

◆循環のしくみ

@ 心臓の構造と働き ポンプの働きをすることによって,血液循環の原動力となっている。ほ乳類では,右心房・右心室・左心房・左心室の4つの部屋からなる。心臓には,切り離されても自ら拍動する自動性がある。細胞レベルでも自動性がある。右房室弁(三尖弁),左房室弁(僧帽弁)…それぞれ心室から心房への血液の逆流を防ぐ。弁の下方は,腱になっていて,心室内の乳頭筋につながり反転しないようになっている。心房と心室が交互に規則正しく収縮することによって,ポンプとしての働きをする。

・刺激伝導系 心房と心室の交互の収縮は,心臓内の刺激伝導系による。洞房結(とうぼうけっせつ:ペースメーカー)・房室結節・ヒス束・プルキンエ繊維右心房の上大静脈基部にある洞房結(ペースメーカー)から発せられた電気的な信号が刺激伝導系を経て心房,心室に伝わり,収縮が起きる。

 

図 刺激伝導系

 

・自律神経による拍動の調節

交感神経   拍動を促進

副交感神経   拍動を抑制

 

A 動脈と静脈

・動脈 中膜に輪状平滑筋が発達する。弾性繊維が融合して弾性板をつくる。つぶれずにまるい形を保つことができる。

・静脈 内膜に弁を形成し,血液の逆流を防ぎ,心臓方向への血流を助ける。弾性繊維は少なく,血液がないときは,自身でまるい形を保てない。

 

B 毛細血管における体液の移動

 スターリング(1866-1927)は,毛細血管壁から組織への水の移動は,毛細血管内外の静水圧と膠質浸透圧によって変わると考えた(スターリングの仮説)。これはその後,実験的にも理論的にも正しいことが証明された。

動脈側 心臓からの圧力によって,血液の液体成分である血しょうが組織に出る。

静脈側 浸透圧差によって,組織から血管内に組織液が戻る。一部の組織液は,組織に分布する毛細リンパ管に入る。

 

        図 Starlingの仮説(原理) 

 

◆リンパ系

@ 体液の回収 組織液は,毛細血管に回収されるだけでなく,一部は組織に分布している毛細リンパ管中に入る。成分としては,組織液中のタンパク質を含めたほとんどの成分がとり込まれる。毛細リンパ管は,しだいに集まって太い管となり,最終的には,鎖骨下静脈に合流する。

A 脂肪の輸送 小腸の柔毛では,消化されて小さくなった脂肪滴が吸収される。また,脂肪酸とグリセリンにまで消化されたものは吸収された後再び脂肪になる。これらの脂肪滴は柔毛内のリンパ管(管という:小さな脂肪滴によって乳糜…乳かゆのように白濁することによってそうよばれる)に入る。下半身のリンパ管に合流して胸管を経て左鎖骨下静脈から血液に入る。

B 免疫現象  E体液による生体防御

 

◆リンパ液の移動 ほ乳類のリンパ管には,心臓のようなポンプがない。内側に弁があり,リンパ液の逆流を防ぎ,体を動かしたような場合に少しずつリンパ液が移動していく。は虫類以下には,リンパ心臓(リンパ管の一部が拍動)がある。

 

 

 

 








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