トップ生物I 改訂版第3部 環境と動物の反応第1章 刺激の受容と反応>第5節 動物の行動

第5節 動物の行動

 

A 走性

走性

動物の動きに関する研究は,ロイブ(Jacques Loeb 18591924),フェルウォルン(Max Verworn18631921),ジェニングス(Herbert Spencer Jenning 18681947)により進められ,とくにロイブは,動物が左右対称の受容器をもつことに注目し,動物は体の体軸の両側に受ける刺激の強さが等しくなるように自分の体を強制的に刺激源に定位させるように機械的に運動しているという強制運動説〈forced movement theory〉またはtropism(すう性説)を提唱した(ロイブ,1918)

 当時,tropismに対する定義は研究者によりさまざまだったが,キューン(Alfred Kühn18851968)は,一般に生物がある刺激に対して自由に場所を移動して,一定の定位運動を示す場合を場所的運動反応と呼び,自由移動性動物の場所的運動反応をtaxisと名付けてtropismと対立させた。しかし,本来,taxistropismを動植物の違いによって区別したり,生物が定着性であるかどうかによって区別するようなことは,反応の本質からいえば意味のないことである。

 現在では,移動性生物が外部からの刺激に反応して全身的な運動を起こし,体軸を特定の方向に強制的に向ける性質をtaxis(走性)と呼び,刺激に向かって進む走性を正の走性,刺激源から遠ざかる走性を負の走性と呼んでいる。日本では,かつてtropismをすう性と訳していたが,今日では,植物の場合のすう性ということばを屈性に置き換えて使用している。

走性は,刺激の種類によって分類する場合,化学走性 (走化性),光走性 (走光性)などのことばが用いられ,刺激源を見分けながら進む動き方によって,屈曲走性,転向走性,目標走性(保目標性),保留走性(対刺激性),記憶走性などが区別されている。

 ところで,動物の動きの研究が盛んに行われていたところ,原生動物を使って各種の研究を進めていたジェニングスは,ゾウリムシがある刺激源,たとえばCO2の気泡に定位する過程を観察して,その動きが走性によく似ているが走性とは異なっていて,試行錯誤的な運動を繰り返しているうちにCO2の気泡から一定の距離を隔てた場所に大部分のゾウリムシが集まる現象を観察した(ジェニングス,1906)

 この運動は,ゾウリムシの体軸と刺激(水中を拡散してくるCO2分子)のくる方向に一定の関係が認められず,明らかに走性とは異なるので,このような運動を無定位運動性(kinesis,“運動”の意味)と呼んでいる

 

参考 フェロモン

リリーサー・フェロモン(解発フェロモン)

この種のフェロモンによる情報は嗅覚を通じ,神経中枢に送られ,中枢は直ちにフェモン受容個体に特異な行動を解発させる。

(1)性フェロモン――配偶行動に関与するフェロモンで,一般に雌が分泌し,雄がそれを感受して配偶行動が解発される。(カイコガ,ミツバチ)

(2)警報フェロモン――集まって生活している昆虫では,その集団の一部の個体が他の動物によって攻撃されると,その個体はある種の化学物質を分泌発散させて,集団のなかまに危険の迫ったことを知らせる。(ミツバチ,シロアリ,アブラムシ)

(3)道しるべフェロモン――アリ,ミツバチ,シロアリのような社会性昆虫では,食物のある場所を巣内のなかまに知らせるのに,食物をみつけた個体は,巣への帰り道にある種の化学物質をつけておく。(ミツバチ,ハキリアリ)

(4)集合フェロモン――集団を形成するのに必要なフェロモン。(ゴキブリ,キクイムシ)

 

プライマー・フェロモン(引き金フェロモン)

情報が経口的に味覚を通じて神経中枢に送られ,受容個体の内分泌,発生生理のメカニズムに作用し,形態および行動の変化をもたらす引き金的役割を担っている。

(1)女王物質――ハチ,アリ,シロアリなどの社会性昆虫の集団を構成する女王,王,働きバチなどの階級の分化と維持をコントロールする物質。交尾の際に雄を誘引する働きや新コロニー形成時に働きバチを安定させる作用もある。

 

動物の行動の研究史

19世紀以前は,動物の行動についての研究は,学問と見なされることはなかった。しかし,20世紀に入って現れた3人の動物行動学者によって,自然科学における位置を確保することになった。オーストリア生まれのドイツのフォン・フリッシュ(Karl von Frisch18861982),オーストリア生まれのローレンツ(Konrad Lorenz19031989),オランダ生まれのイギリスのティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen19071988)3人である。

 動物行動学(ethology)は,エソロジーや,行動生物学とも言われる。動物の行動を研究することにより,行動の総合的な理解をめざすものである。エソロジーは,もともとヒライアー(1859)の造語である。その定義は生物の本能・習性およびその他一般に生物が表す行動と外部環境との関係を研究する科学である。

 フォン・フリッシュは,ミツバチのコミュニケーションに関する研究で有名である。彼はハチに印をつけて,その行動をガラスばりの特別な観察用箱を使って研究した。その結果,働きバチがなかまにえさ場の位置を,円形ダンスと8の字ダンスで知らせることを発見した。また,ミツバチが,時間や色を学習できることも研究している。フォン・フリッシュは,これらの研究のほかに,ミツバチや魚類の視覚と化学感覚に関する研究も行っている。

 ローレンツは,エソロジーの創始者と言われている。特に鳥類のコクマルガラスとハイイロガンについて研究を行った。彼の有名な「刷込み」の論文(1935)の中で,

「ヒナがふ化直後の短時間の間に最初に目にした動く物体を,同種の仲間と認め,その物体に刷込まれる。」ことを発表した。

 彼は,後のティンバーゲンとともに,その後,鳥類の研究を続け,猛きん類に対する小鳥類の反応を模型を使って,明らかにしている。著書『攻撃』(1963)において,彼の鳥類についての研究成果を,人間の行動の特に攻撃性に適用している。

 ティンバーゲンの研究で有名なものは,イトヨ(トゲウオの一種)に関するものである。繁殖期の雄の求愛または攻撃行動がおこるメカニズムを実験を通して解明した。『セグロカモメの世界』(1953)では,カモメのテリトリー行動などの社会行動を書いている。また,人間の攻撃行動について,人の攻撃性は,植物食から,狩猟を行うようになってから発達した遺伝的本能であると考えた。

 これら,3人は,その成果により,1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

1919年 フォン・フリッシュ

 ミツバチの味やにおいの区別

 について報告

1935年 ローレンツ

 「刷込み」を発表

1943年 フォン・フリッシュ

 ミツバチのダンスの研究発表

1951年 ティンバーゲン

 『本能の研究』で,トゲウオ

 の求愛・攻撃行動を発表

1973年 3人でノーベル生理学

 医学賞を受賞

 「個体的ならびに社会的行動

 様式の組織と誘発の研究」

 

 

B 本能行動

 動物の動きが,その個体の生存や繁殖などに意味づけられる場合,それを行動と呼ぶ。行動には,習わなくてもできるものや,経験をつんではじめてできるようになるものがある。習わなくてもできる行動を生得的行動と呼ぶ。

 動物が種によって定まった複雑な生得的行動を示すとき,それを本能行動と呼ぶ。本能行動は,動物自身は目的を知らないにもかかわらず,その動物の生存に適した行動となっている。

 

トゲウオの生殖行動

 トゲウオの生殖行動はティンバーゲンによって研究され,本能行動の代表的な例として知られている。これは動物行動学の基礎を築く上で,歴史的な意味をもつ重要な仕事であるため,高校のどの教科書にもとりあげられている。彼の著書(「動物のことば」渡辺宏章・目高敏隆・宇野弘之訳,みすず書房,1955)をもとに,トゲウオの生殖行動の実際を紹介しよう。

 トゲウオは世界に5種類おり,北半球全域に広く分布している。ティンバーゲンの用いたものはトゲウオ科イトヨ属のイトヨGasterosteus aculeatusであり,これは日本にも分布している*

 イトヨは体長48cm。背に3本の棘をもつ。棘は根元が蝶つがいになっており,ふだんはたたんでいるが,ライバル雄を攻撃したり,雌を誘ったりするときには棘を垂直に立てる。

 ふだんイトヨは群れをなして生活しているが,繁殖期になると,雄は群れを離れ,自分の縄張りを形成する。雄は婚姻色を示し,目は輝くような青,背は緑色がかり,口先からえら蓋・腹面にかけて赤色となる。そして他の魚,とくに同じイトヨの雄が縄張りに侵入してくると威嚇する。背中の棘を立て,すぐ咬みつけるように口を開けて敵に突進して威嚇する。ただし実際に咬みつくことはせず,敵が逃げ出さずに抵抗する場合には,頭を下に向け,水中に逆立ちして鼻先を砂の中へつっこみ,穴を掘ろうとするような痙攣に似た動きをする。

 妨害されないときは,雄は水底に巣をつくり始める。適当な場所を選んで,底の砂を口いっぱいにくわえて運んでいき,10cmほど離れた場所に捨てる。こうやって浅いくぼみ(直径46cm深さ12cm)をつくる。それから藻類の繊維などを集めて来て,くぼみの中に押しつける。そして,ときおり体をゆっくり揺らしながら,材料の上を這うようにしては,腎臓から分泌した粘りけの多い糊のようなもので繊維を粘着させる。6時間〜2日で草の塊(直径810cm程度)をつくりあげ,上から砂泥をかけ,塊の中央に,からだをのたくらせるようにしてトンネルを掘る。これで巣の完成である。

 巣ができあがるとすぐに雄の体色が変わる。赤色はより強くなり,背中は輝く青白色になる。そして縄張り内を上へ下へ踊り回る。

 とかくするうちに,雌も輝く銀色の光沢を帯び,発育した卵で腹がふくれてくる。雌たちは群れをなし,雄か陣数っている縄張りを,日に何度も繰り返し通り過ぎる。もし雄が雌を迎え入れる準備かできていれば,雄はジグザグダンスを踊って雌に対応する。これは,雄が初め身をひるがえして雌から遠ざかり,次に,急に向きをかえて口を大きく開いたまま雌に近づき,また身をひるがえして遠ざかるという,跳びはね運動の連続する行動である。ジグザグダンスをすると,たいていの雌は驚いて逃げるか,中に一匹,卵を生まんばかりに成熟しているのがいる場合には,そのような雌は雄の方へ向かっていき,雌と雄は同時に多少からだを反らせ気味にする。すると雄は直ちにくるりと向きをかえ,急いで巣の方へ泳いで行き,雌はそれについて行く。巣に到着すると,雄は入口に鼻先をつっこみ,からだを横にして雌に背を向ける。すると雌は巣の中へのたうって入り込もうとし,尾を強くうって小さい入口から滑り込む。巣に入った雌は,両方の入口から頭と尾をのぞかせている格好になる。雄は鼻先で雌の尾の根元を連続的に早くコンコンと突く。少したつと雌は尾を上げて,まもなく卵を生み落とす。これが終わると雌は静かに巣から抜け出し,入れ替わって雄が入り,卵に受精する。それから雄は雌を追い払って巣に戻り,さっき2匹が通ったために壊れた巣の屋根を修理し,卵を屋根の下によく隠れるよう位置を直す。

 雄は数日間に23(あるいはそれ以上)の雌に求婚し,巣の中に,たくさんの卵からなる卵塊を数個保有するようになる。すると親としての行動を示し始める。敵から卵を守り,卵に新鮮な水流を送る。「水煽り」は巣の正面に位置して頭を斜めに下げ,むなびれを交互に前方に動かして巣に水流を送る。78日の後に卵は孵化する。雄は幼魚を注意深く保護する。仔の一匹が仲間の群れから泳ぎ離れると,雄はこの仔をパックリと口の中に取り込み,もとの群れの中に吐き出してやる。次の2週間ほどで幼魚は好き勝手に行動するようになり,数週間の後には,雄は仔の保護に関心を示さないようになり,縄張りを去り,仲間の雄と群れるようになる。

こうした営巣と育児を,雄は一生の間に1〜3回繰り返す(イトヨの寿命は1年と数カ月)

)イトヨ(G. aculeatus form trachurus)とハリヨ(G. a. f. leiurus)2つの型がある。イトヨは水底に巣を作り,トミヨは水底から離して水草の茎に作る。

 

 

行動と反射の違い

行動と反射とは,混同されることがある。いずれもある刺激に対して起こる反応という点では共通しているが,違いもはっきりとある。反射は,ある一つの刺激に対して体のある部分が単ーの動きをすることである。それに対して,行動はある刺激が原因となって,ひとまとまりの動作が引き出せることである。その場合,ひとつの刺激が原因となって反射が起こり,さらにそれが刺激となって一連の反射が起こるが,その場合,合目的に見える行動が生じるのは,そのような動作の組みあわせが,遺伝的にプログラムとして組みこまれるためであると言われているが,まだはっきりしていない。

 

かぎ刺激(信号刺激)

本能的行動を解発するのに有効な刺激で,その動物の受容可能な刺激のごく一部に限定される。

1.視覚的かぎ刺激  ティンバーゲン(Tinbergen 1948)によるイトヨ(トゲウオの一種)の雄の縄張り防衛行動の研究は好例である。つまり雄に縄張り防衛行動をひきおこす刺激になるものは,イトヨの形態そのものよりは “赤い”腹部なので,フナのような形であろうとドジョウのような形であろうと,下半分が“赤い”なら闘いが解発されるのである。

 また,イトヨの雄は縄張りの境界近くに雌が現れるとジグザグダンスのディスプレイを示す。このときのかぎ刺激は腹が“ふくれた”ことであり,ふくれていなければ正確に雌をコピーしてもディスプレイは起こらない。その逆に,腹がふくれていればディスプレイが起こる。

2.聴覚的かぎ刺激 ニワトリのひなの“悲鳴”によって親の救援行動が解発されるので,ピンチにおちいっているひなの “姿”そのものによっては救援行動は起こらない。

 もはや鳴声をたてなくなった弱ったひなに対しては,親は全くこれを“無視”してしまい,ときには踏みつけてしまう(Brücker1933)

3.触覚的かぎ刺激 イトヨの雄はジグザグダンス以後の連鎖反応的行動によって,成熟した雌を自分の巣に誘導する。巣に入っている雌の横腹を,雄が口吻でつつくと雌は巣内に産卵する。このとき,雄を遠ざけてしまい,ガラス棒による刺激でも有効である。つまり,かぎ刺激は横腹への触覚的刺激なのであり,必ずしも雄によることを必要としない。

 

◆動物間のコミュニケーション

一般に,ある動物個体の匂いや音声などが信号(手段)となって,同種の他の個体に対して通信の役を果たしていると認められる場合に,これを動物間のコミュニケーションとよんでいる。

 人間と同様,動物においても,個体相互間のコミュニケーションには,情報(伝達する内容)とその情報を伝達するための手段が必要である。動物個体が相互にどのような手段によって情報の交換を行うかは,それぞれの動物種がもつ感覚器の構造とはたらきに依存しているが,一般に,水中から陸上生活へと移行していく動物進化の過程にしたがって,より複雑な情報の伝達が可能となってくる。

 水中または湿度の高い場所でなければ生活できない動物たちの情報伝達の手段は,直接的な接触刺激か,近距離間での視覚刺激,あるいは水によく溶ける化学物質による刺激に限られている。原始的な体制をもつ動物群に,複雑な社会構造が発達しない理由は,情報伝達手段が未発達であることにその一因があるかもしれない。

 ところで,動物が相互に交信しあう情報は,匂いなど嗅覚に関係する化学的信号,音,振動,接触など聴覚や触覚に関係する機械的信号,体色や発光,身ぶり,表情など視覚に関係する視覚的信号により伝達される。

 

・化学的コミュニケーション

動物はさまざまな化学物質を体外に分泌排出しているが,そうした化学物質が種内あるいは種間の情報伝達の手段として重要な役割を果たしている場合がある。化学物質による個体間の情報交換を化学的コミュニケーションといい,一般に,同種間の化学的コミュニケーションに使われる化学物質をフェロモン(pheromone)と呼ぶ。フェロモンは動物の体内でつくられ,体外に分泌されて,同種の他の個体に特定の行動(配偶行動や,仲間に敵の近づいたことを知らせる。)を引き起こす化学物質の総称である。

 

・機械的コミュニケーション

動物界を通じて,音または振動によるコミュニケーションを発達させた動物は脊椎動物と節足動物の2門に限られている。このコミュニケーション方式は発信者・受信者が接触したり出会ったりする必要がないため,障害物があったり距離的に隔たっていても,暗闇のなかでも有効な通信方法である。また,音は速く通過し,痕跡も残さない。この点,音によるコミュニケーションは化学的コミュニケーションにはない特性をもつといえる。音のもつこのような特性から,この種のコミュニケーションの手段は,水中 (魚類,海産ほ乳類など),空中(有翅昆虫,鳥類など)などの三次元空間を自由に活発に行動する動物群に発達している。

 

・視覚的コミュニケーション

動物が視覚的コミュニケーションの信号として使用する形質には,体全体の姿勢や動作・表情,体色や模様(色彩のパターン),光の点滅のパターンやタイミングなどさまざまなものがある。動物はこれらの形質を組み合わせて,無限に近い数の信号をつくることができる。

 モンシロチョウやアゲハの雄は,雌の翅の“色”や色彩のパターンによっで性行動が解発され雌に接近する。雄の接近を感知した雌は,自分が交尾する状態にあるかないかを動作や姿勢によって雄に示し,雄は雌の応答にしたがって一定の行動をとる。また,ホタルの雄は,種に特異的な光信号を発し,飛びながら雌を深す。一方,雌も種特異的な光信号で雄に応答する。ホタルは種特異的な光の点滅のパターンや応答のタイミングなどによって同種の異性であることを確認している。

 求愛,闘争,防御などの行動で,動物がしばしばみせる誇示(display)やリリーサーとしてのはたらきをもつ行動パターンの儀式化(ritualization)などは,すべて,動物が視覚を基礎として行動の進化(特殊化)の過程でつくりあげてきたコミュニケーションの方法である。

 

発展 学習と知能

◆慣れ

学習のなかでもっとも単純なものは慣れ〈habituation〉であるといわれる(ソープ,1956)。これは,ある動物個体に同じ刺激を繰り返し与えていると,刺激に対する応答が衰えてくる過程をいい,強化は起こらない。また,持続的性質があるという点で,疲労や感覚順応と区別される。ちなみに,強化〈reinforcement〉とは,報酬の取得や保存,完了行動の解発,感覚情報のより完全な組織化などを通じて,生物体により安定した完全な状態を生みだす状況またはそのような活動をいう(ソープ,1979)

 巣にいる鳴きん類のひなは,ふ化直後は何に対してもおくびょうで,頭上を木の葉が舞っても,害を与えない鳥が飛んでも,すぐ巣内にうずくまってしまうが,日がたつにつれて,「害のないもの」には逃避姿勢を示さなくなる。これは,「害のないもの」の影が何も攻撃しないということに慣れるからである。しかし,鳴きん類のひなは猛きん類に似た図のようなモデル(+記号のもの)が,頭上を矢印+の方向に飛んだ場合には逃避姿勢をとるべきことを生得的(本能的)に知っている(ティンバーゲン,1951)。したがって,あまり出会うことのない猛きん類に対しては慣れることがなく,いざ猛きん類の影が頭上に飛んだときには,生得的逃避行動をとることができる。この鳴きん顆のひなの逃避行動の例は,経験に基づく慣れの例と考えられる。

 

◆刷込み

生まれてからしばらくの間にみられる学習の一形式で,急速に形成されて,しかも大変安定したものである。ガン,カモ,キジ類のひなは,ふ化後20時間ぐらいの間に見たある大きさの音を出して動く物体(自然の場合は母親)のあとを追う行動を示す(ローレンツ,1935)。追従行動のしくみそのものは遺伝的であるが,その行動を何に向かって行うかは変化し得る。このような発生初期における臨界時間の短い条件づけを“刷込み”(インプリンティング)といい,学習の一種と考えられている。鳥類やほ乳類の幼期に著しい。

 いったんインプリントされてしまうと,それがミスインプリントであってもやり直しがきかないし,また適期にインプリントされないと欠損が起こるかあるいは不完全なものになってしまう。

 インプリンティングは,親子のきずなを確立するとともに,同種の個体を認識することにも役立つ。そのため,ヒトやヒトの行動型をミスインプリントされた小鳥やその他のペットは,本来の同種社会では生活できなくなることが多い。

 このように,刷込みはローレンツが発見した当時は,決定的なことと考えられていた。しかし,その後アメリカの心理学者で,動物行動を研究しているヘスらは,マガモなどで刷込みを調べ,刷込みは決定的でないことを示した。たとえば,初めヒトとの刷込みができても,その後,親鳥と会うとその刷込みが消えてしまうが,逆に親鳥の刷込みが一度成立すると,その後いかにヒトが努力しても,その刷込みは消えないことを見つけた。

 考えてみると,その方が合理的である。もし,ローレンツのいうように一度刷込みが起こり,それが決定的であるとすれば,野外で親鳥が何らかの原因でいなくなったときに,ひなは生存がむずかしくなるように思われる。特に,親が一時的にいなくなることも起こる可能性がある。そのようなとき,一度刷込みが生じても,その後親鳥にあえばそれが消えてしまう方が,生存に有利と思われる。

 動物の行動に関しては,この刷込みのように,あまりに単純に考えると事実と相違しがちであるので,注意が必要である。なお,刷込みには,適当な時期や臨界期が存在することも,ヘスらの研究で明らかになりつつある。

 刷込みのことを,「刻印づけ」と訳す人もあり,特に心理学者にこの語を用いる人が少なくない。

 

◆知能をもった行動

チンパンジーがバナナのような報酬を手に入れるために,長い2本の棒を連結して1本の長い棒にする現象は,問題解決行動の間に突然起こることがある。このような現象は,洞察行動の例としてよく引用されるが,これは,実際には初期の行動パターンから新しい様式に改変され,結合されて形成された行動パターンである。このパターンが発達するには,まず動物が手のとどかないところにあるものに直接手を伸ばすという初期のパターンを変える必要がある。

 棒を利用することを学習する過程は,次のように行われる。

(1) はじめは,棒がもの自体としていじられているだけである。好物には手を伸ばすだけで棒を握ることはせず,無用のものとして捨ててしまう。

(2) 近くのものを棒でつつく時期が現れる。この時期に得られた経験は,後に遠くのものを手に入れるのに,棒を腕の延長として利用できるようになるために不可欠であることが証明されている。

(3) 棒を腕の延長として利用し,遠くのものを手に入れるようになる。

 この種の複合行動のパターンや生殖行動のパターンの特徴は,それらがしだいに形成されていくということである。また,年をとった経験豊かなチンパンジーは,問題状況におかれると,たやすく問題解決の態勢に順応する能力をもっている。最初からえさに直接達しようとする行動は抑制され,まず1本の短い棒をとり,それを2本目の棒とつないで,より長く,より有効な1本の棒にすることさえ可能になってくる。さらに,チンパンジーは,天井からつり下げられたえさに直接達しようとする動作を抑えることもできる。その代わりに,二つまたはそれ以上の箱をえさの下に積み重ねて,その箱に登ってえさに達しようとする。この行動は,次のような過程を経て習得される。

(1) まず,箱をえさの真下に移動させることを習得しなければならない。

(2) 下においた箱の上に自分が乗りながら,その上にもう一つの箱を積み重ねる。

(3) 自分が床の上にいて,いくつかの箱が積み重なった状態ができなければならない。

このときになってはじめて,箱の頂上に登って,つり下げられたえさを手に入れることができる。

 忘れてしまっていることの一部を思い出すために,チンパンジーが身ぶりを利用するという証拠がある。このような身ぶりは,目標物に手を伸ばすような動作から成り立っている。この行動は,以前に棒を利用したことと連合しているために,現状況では欠けている棒を思い出させるのであろう。

1匹の動物による社会的身ぶりの使用は,2頭のチンパンジーに共同して問題解決の仕事をするように強制したときに認められる。たとえば,2頭のチンパンジーは,えさをつけた重い箱を手に入れるために,一対のロープを引っぱることを学習できる。

 このような共同作業を学習すると,1頭が他方の腕を軽く引いて合図し,いっしょにロープを引っばらせることができる。個体の信号として,また個体間のコミュニケーションの方法として,身ぶりを使用できるということは,チンパンジーの活動のパターンの発達の程度が高いことを示している。

 

◆チンパンジーの言語学習

チンパンジーとヒトが,人間のことばで交信することができないかというきわめて興味のある試み(C.Hayes1953)は失敗に終わっている。生後1か月の雌のチンパンジーをヴィキイと名付け,わが子のように育てて,人間のことばを教えようとしたのである。その後の研究で,その試みの失敗はチンパンジーの発声器官の構造が,ヒトのそれとは異なっていることに起因することがわかっている(室伏靖子,1982)

 その後,人間の音声言語を使わない方法で,チンパンジーと対話する試みがなされた。一つは,アメリカで手話を教え込んだ例(Gardner1969)や,プラスチックの図形を並べて文章を作ることを教えた例(Premack1978)がある。京都大学の松沢哲郎は,アイと名付けられたチンパンジーを,コンピュータ・ディスプレイ上の文字や図形を指でさわるよう訓練をし,アイがアラビア数字や図形文字を理解することを示した。

 

 

 

 








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