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第6節 遺伝子の本体

 

DNAの発見

19世紀後半,メンデルが遺伝の法則を発見(1865年)したのとほぼ同時期に,スイスのフリードリヒ・ミーシャは細胞の核の成分を明らかにしようと試みていた。傷口を覆う包帯に付着している膿を材料に研究を行っていた。膿は白血球の残骸であり,無傷の大きな核が含まれている。この核には,タンパク質のほか,リンを多く含む未知の物質が多量に含まれていた。ミーシャはこの成分をヌクレイン(核物質)と名づけ,1871年に発表した。ミーシャの発見したヌクレインは,現在ではDNAとして広く知れ渡っている。

 

形質転換

1928年グリフィス(Griffith)によって行われたものであるが,当時はこの結果が,どこまで信用できるかということに疑問がもたれていた。その後になってエイブリー (Avery)とその一門の人たちの研究で,ハツカネズミを用いなくても,試験管内でも起こることがわかり,さらに1944年アベリーらは,99.5%純粋にしたDNAが,この変化を引き起こさせるのに有効であることを確かめ,DNAが形質転換を起こさせる物質であることを確認した。

 はじめは,無毒性の菌が死菌のさやをかぶって有毒性に変わるのだろうと単純に考えていたが,タンパク質のさやは表現型(pheno type)であって,DNAこそ遺伝子であることが明らかになった。

 

◆物理学者とファージ

ファージは,分子生物学の研究に不可欠な材料となっている。教科書にあげられているハーシー(A.D.Hershey)らの研究もその代表例の一つである。このファージに注目したのは,ドイツ生まれの物理学者デルブリュック(M.Delbrück)である。彼は,もともと化学結合の量子論や原子核理論を専攻していた。その後,遺伝子に興味をもち,放射線生物学の実験にもとづいた遺伝子のモデルを提案したりした。31歳のとき渡米して,カリフォルニア工科大学で,ファージの研究を始め,その増殖実験を手がけた。また,イタリア生まれで,米国で研究していたルリア(S.E.Luria)と共に,1940年代からファージの実験的な研究を始めた。ハーシーも彼らのグループで研究した1人である。1969年に,デルブリュック,ルリア,ハーシーの3人は,ノーベル医学生理学賞を受賞している。

 デルプリュックが,ファージに注目した点が面白い。彼は,ファージが増殖する系を,最も簡単な増殖モデルとしてとらえ,その解析に当たった。一般に,物理学者はより単純な系について,できるだけ普遍的に拡張できる理論の構築を目指す。実在しない理想気体を仮定して理論を建て,実際の気体に適用するには,補正を加えていくやり方などがその典型であろう。いろいろな観点に立てば,複雑な構造をもつ多細胞生物よりも,単純なファージ(生物ではないが,生物系のみを通して増殖する)を選んだのは当然といえると思われる。

 では,生物学者はどうであろうか,科学的な法則性を見出そうとするとき,できるだけ単純な系を用いようとすることも多い。しかし,一方において,「生物界はそんな簡単なものではない」として,知識を動員して複雑な例外を誇示する傾向もないとはいえない。「そんな簡単に割り切れはしない。生命現象はもっと複雑だ」といいがちになる。しかし,よく考えてみると,そのようないい方は,建設的でなく,専ら防衛的であることが少なくない。その点では,物理学者のやり方に学ぶべき点もあると思われる。

 現在,生物の多様性が注目され,それを保つことがヒトも含めた,地球上の生物にとって必要であると考えられている。しかし,そのことと上述のこととは矛盾することではない。多様性を「かくれみの」にして,分子生物学をはじめとする先端の進歩を否定することは,厳に謹むべきであろう。

 ファージで成功した多くの生物物理学者は,生物の行動に目を向けた。簡単な神経系をもつ線形動物などを用い,情報伝達のしくみを探ったが,残念ながら目ざましい成果はあがっていない。物理学者も,近年は複雑系の解析を手がけている。物理学と生物学という自然科学の両端に位置する学問が,互いの伝統的な手法の制度をいかしながら,協力して生命現象の究明にいどむことが,今後の生命科学の発展に不可欠であろう。

 

DNAの二重らせん構造

DNAは分子量100万以上の高分子化合物であるが,その構造は単純なヌクレオチドのくり返しにすぎない。DNAを分解するとヌクレオチドとよばれる単位になる。ヌクレオチドは塩基+糖+リン酸であり,リン酸と糖はどれも同じであるが,塩基だけ4種類,アデニン・グアニン・シトシン・チミンが関与している。

 DNAの構造の研究は,まずシャルガフ(E. Chargaff)らによる4つの塩基の割合を調べた結果から始まった。その結果わかったことは,アデニンとチミンの量は常に等しく,グアニンとシトシンの量は常に等しいということである。その後,ウィルキンス(M.H.F. Wilkins)X線回折でDNA内の分子の配列を調べた。これらの結果をもとにして,ワトソン(J.D. Watoson)とクリック(F.H.C. Crick)は, 1953DNAの立体構造のモデルを提案した。

 この構造の特徴は,遺伝情報の担い手である塩基配列が保存されやすいように二重らせんになっており,常にアデニンとチミン,グアニンとシトシンが結合していることである。この塩基の結合は水素結合という弱い結合で,70℃ぐらいに熱すると,結合が離れてしまう。再びこれらを静かに冷却すると,もとの二重らせんにもどるが,急に冷却すると,一重らせんのDNAが得られる。

 

DNAの複製

核分裂の際,染色体は縦に2つに割れて,それぞれが2つの娘核に入るが,DNAは分裂前に合成されて倍化し,娘染色体へ分かれていく。このとき,DNAは単に量が2倍になるだけでなく,正しく複製される。

 DNAが複製される際は,まずATGCの間の結合が切れて,2つのらせんが離れる。それぞれのらせんに新しいらせんが加わって,2組みの二重らせんがつくられる。このとき,もとのAのところにはTTのところにはAGのところにはCCのところにはGをもつヌクレオチドが結合する。したがって,新しく合成されたDNAの構造(塩基の配列順序)は,もとのDNAの構造とまったく同じである。

 このようにして新たに合成されたDNA2本鎖のヌクレオチド鎖のうち1本は古いものとなり,それを手本(鋳型)にして新しいヌクレオチド鎖が合成されたわけである。このような複製の様式を半保存的複製とよんでいる。これも,ワトソンとクリックの考えた仮説であるが,それを裏付ける実験が1958年にメセルソンとスタールによって行われた。彼らは,セシウムやショ糖の密度勾配をうまく利用した超遠心分離法で,14N15Nをそれぞれ含むDNAのわずかな密度の差を明らかにして,半保存的複製を証明した。その後,ケインズ(1963)がオートラジオグラフ法によって細胞内でのDNAの複製が半保存的に行われることを明らかにし,また,真核生物においても,フィルナー(1968)がタバコの培養細胞を用いて確証している。

 

参考 ゲノム情報の利用

 ゲノムにはたくさんの遺伝子が並んでおり,タンパク質をコードする領域ばかりでなく,遺伝子の発現を調節する領域などの情報が書き込まれている。ゲノムプロジェクトにより遺伝子のおおよその数とゲノム上の位置はわかってきたが,機能が明らかにされていない遺伝子が多くある。しかし,塩基配列を知ることにより,機能を予測したり,機能の解明に向けた実験計画を組み立てたりすることができる。

 ヒトの他に大腸菌,酵母,ラン藻,シロイヌナズナ,イネ,線虫,ショウジョウバエ,ホヤ,ウニのゲノムの配列が決定されている。驚いたことに,多細胞動物の遺伝子の数と遺伝子の種類は,どの動物もほとんど同じであることが明らかになってきた。たとえば,2006年の11月に発表されたウニの全ゲノム配列を見ると,遺伝子の数はヒトとほぼ同じであり,眼や脳をつくる遺伝子もヒトとほとんど同じものを持っていた。しかし,形態が全く異なることも事実である。遺伝子の発現調節領域の違いがヒトとウニの違いを生じさせているものと考えられている。さらに多くの種のゲノム解読が進められており,これらを比較することにより進化が解明されると期待されている。

 既知のクローンに通し番号をつけ,各クローンをスライドガラス上に,高密度で固定したものをマイクロアレイという。フォトリソグラフィー(集積回路のプリント基板を焼き付ける技術)を用いて,1pの基盤上に100万種類のオリゴヌクレオチドを合成・配置したマイクロアレイを,特にDNAチップという。DNAチップを用いることにより,遺伝病になる可能性を迅速に検定できるようになった。ヒトのゲノム配列の個人差は約0.1%であり,そのほとんどは1塩基が異なる点変異である。これをスニップスSNPsSingle Nucleotide Polymorphisms:一塩基多型)といい,ゲノム上に300万個以上ある。スニップスは高密度で存在するので,個人の多型をとらえるための遺伝マーカーとして有用である。DNAチップと組み合わせると,少量のDNAスニップスを検出することができる。塩基の変異により引き起こされる遺伝子の異常発現や,タンパク質の機能異常ががん化を促進する。スニップスを検出することにより,これらの病気の予知(遺伝子診断が行われるようになってきた。

 

発展 遺伝子の研究が進み実用可能となった技術

遺伝子治療

 原因遺伝子が明らかになっていて,遺伝子機能が喪失している場合は正常な遺伝子を補うことにより治療することができる。遺伝子導入は,導入効率のよいウイルスベクター法がおもに用いられる。通常のウイルスをベクターとして導入した遺伝子は一過的にしか発現しないので,継続して遺伝子導入を行う必要がある。一方,レトロウイルスをベクターとして用いると,ゲノムDNAに遺伝子を挿入することができ,安定した治療が期待できる。しかし,導入した遺伝子は,周囲の染色体環境の影響を受け,DNAのメチル化やヒストンの脱アセチル化による発現抑制を受ける。その結果,しだいに導入遺伝子が機能しなくなる問題がある。そこで,染色体の境界(インスレーター:遮断の意)を探し出し,これを用いて導入遺伝子の不活性化を防ぐ試みがなされている。

遺伝子組換え作物

 殺虫毒素の遺伝子を導入することにより,ジャガイモ,トウモロコシなど,農薬を使わなくても高い収穫が得られる作物が作り出されている。また,ウイルス耐性のイネや,除草剤に耐性の遺伝子を組み込むことにより,除草剤の濃度を高くしても枯れないダイズ,トウモロコシ,ナタネなどの作物が作られており,効率良く雑草を除去することができるようになった。実が柔らかくなる原因のポリガラクツロナーゼ遺伝子を抑制しているトマトも商品化されている。しかし,害虫ではない虫が殺虫毒素を合成する作物を食べて死ぬなど,生態や環境への影響や,人体への安全性など慎重に検証すべき問題も多い。

動物工場・植物工場

 ヒトの血液製剤として用いられるアルブミンなどの有用物質の遺伝子を,ウシなどの動物に導入して,乳腺で発現させ,乳汁として取り出す技術の開発が進められている。  

ワクチンはニワトリの有精卵に無害化したウイルスを感染させて作製する。したがって,ワクチンの接種ではワクチンに混入する卵タンパク質のアレルギーが問題になる。そこで,アレルギーを引き起こさない植物にウイルスタンパク質や病原毒素の一部を合成させる植物ワクチンの作成が試みられている。このように,遺伝子導入によって有用物質を合成させる動植物を,動物工場・植物工場とよぶ。

 

◆染色体とDNA

細胞を固定・染色して核を観察すると,明るい部分と暗い部分があることがわかる。暗い部分はクロマチンが凝集した状態にあり,これをヘテロクロマチン(異質クロマチン)という。ヘテロクロマチンは転写因子やRNAポリメーラーゼがDNAに近づけない構造になっている。一方,明るい部分は,クロマチンの構造が緩んでおり,転写にかかわるタンパク質が接近できる状態になっている。これをユークロマチン(真正クロマチン)という。だ腺染色体に見られるパフは,ゆるんだクロマチンに相当しており,パフにある遺伝子は活発に転写されている。

 クロマチンの状態はDNA分解酵素(DNase)に対する感受性でも知ることができる。活発に転写されている遺伝子があるクロマチン領域はゆるんでいるので,核をDNase処理すると,容易に消化される。一方,ヘテロクロマチンはDNaseで消化されにくい。これらのクロマチンの状態をそれぞれ,DNase感受性DNase非感受性という。また,ヌクレオソーム構造をとっていないDNAは特にDNaseに対する感受性が強いので,そのような領域をDNase高感受性領域とよぶ。

クロマチンの凝縮と脱凝縮にはヒストンのアセチル化がかかわっている。ゆるんだクロマチンを構成するヒストンのN末端はアセチル化されており,凝縮して遺伝子がはたらいていないクロマチンのヒストンはアセチル基が除去されている。ヒストンをアセチル化する酵素をヒストンアセチル化酵素,ヒストンからアセチル基を除去する酵素をヒストン脱アセチル化酵素という。

 転写を活性化する転写因子は,ヒストンアセチル化酵素と結合する性質があり,転写活性化因子がエンハンサーやプロモーターのシスエレメントに結合すると,ヒストンアセチル化酵素を転写開始点に近づけることになる。その結果,ヒストンアセチル化酵素が転写開始点付近のヒストンをアセチル化し,転写開始点付近のクロマチンの構造がゆるみ,転写開始複合体が形成される。

 多細胞生物のDNACメチル化されていることが多い。メチル化されるCは塩基配列で決まっており,動物の場合はCG,植物ではCNGCがメチル化を受ける。多くの場合,DNAがメチル化されていると遺伝子の発現が抑制される。

 DNAをメチル化する酵素をDNAメチルトランスフェラーゼといい,DNAのメチル化のパターンを維持するメチル化維持酵素と,新たにDNAをメチル化するメチル化真正酵素がある。分化した細胞が分裂しても,もとと同じタイプの2つの細胞になるのは,もとと同じ遺伝子がはたらき,もとと同じ遺伝子が抑制されているからである。メチル化維持酵素はDNA複製の際に,鋳型にメチル化5´-CG-3´があると相補する3´-GC-5´のCをメチル化する性質があり,メチル化のパターンが維持される。

 DNAが高度にメチル化されていると,メチル化CpG結合タンパク質MeCPMethyl-CpG-binding protein)が結合する。ヒストン脱アセチル化酵素はMeCPに結合する性質があるので,高度にメチル化されたDNAに結合しているヒストンが脱アセチル化され,凝縮し,遺伝子が不活性になる。

哺乳類の性染色体は,雄ではXY,雌ではXXである。雌の細胞のX染色体は雄より1本多い。そこで,雌の細胞では2本あるX染色体の片方を積極的に不活性化させている。不活性化されるX染色体は父方,母方にかかわらずランダムである。不活性化の役割を担っているのがX染色体上にあるXist遺伝子であり,詳細はまだ不明であるが,Xistからは非コードRNAが転写され,このRNAX染色体を覆うと,特殊なヒストンへの置換,ヒストンの脱アセチル化,DNAの高度メチル化が起こる。その結果,X染色体全体(Xistがある領域以外)がヘテロクロマチン化する。逆に,Xistがメチル化されていると,不活性状態になり,X染色体上の他の遺伝子が発現する。

クロマチンの不活性化にはヒストンのメチル化もかかわることがわかってきた。ヒストンがメチル化されると,タンパク質HP1ヒストンメチル化酵素によりメチル化ヒストンの周辺のクロマチンのヒストンが積極的にメチル化される。タンパク質HP1は,ヒストンH3N末端領域のLysがメチル化されていると,H3に結合する。次に,H3-HP1複合体にヒストンメチル化酵素が結合し,隣のヌクレオソームのH3をメチル化する。この繰り返しにより,次々とH3がメチル化される。さらに,H3-HP1複合体にDNAメチル化酵素が結合し,DNAがメチル化され,クロマチンが凝縮する。遺伝子治療などの目的で外来遺伝子を染色体DNAに組み込むと,導入遺伝子が不活性化されるのはヒストンのメチル化が引き金となっている

染色体の外側は膜でおおわれ,内部にタンパク質性の基質と,DNAと塩基性タンパク質(ヒストンなど)よりなる糸状部分がある。

分裂期にない染色体(染色糸)では,DNAと塩基性タンパク質が伸びた状態になっている。DNAはヒストンが球状になったものにからみついている。このDNAとヒストンの混合物をヌクレオソーム(nucleosome)という。核分裂にはいると,このヌクレオソームがコンパクトに折りたたまれ,らせん状になる。このことは,次の図で示される。また,ヒストンはH2AH2BH3H4がそれぞれ2分子ずつ8量体の形で球状になり,それにDNA糸が巻きついている。もう1つのヒストンであるH1は,ヌクレオソームを安定化させるのに働いている。

核分裂にはいる前の間期に, DNA合成が行われることがわかっているので,分裂を始める前にDNAの複製が終わり,量的にも倍化されている。なお,染色体には,ヒストン以外のタンパク質 (非ヒストンタンパク質)も,基質などに含まれている。

 

 

 

 

 

 

 








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