トップ生物I 改訂版第1部 生物体の構造と機能第3章 細胞の増殖と生物体の構造>第3節 単細胞生物と多細胞生物

第3節 単細胞生物と多細胞生物

 

A 単細胞生物

原核生物界のすべてと原生生物界のほとんどが,単細胞生物である。単細胞生物の多様性は途方もなく大きい。地球上で人類はたかだか五百万年の歴史しか持っていないのに,単細胞生物は四十億年近い()歴史を持っているのだ。ところで,無性生殖で増える単細胞生物には寿命がないのである。接合などの有性生殖をしなということは核相が半数体であるということだし,適応度が下がるような遺伝子突然変異が起きれば絶滅の憂き目に合う可能性が高いということだ。実際,数限りない淘汰を繰り返して今に至る現存の単細胞生物は,結構,新しい時代の生まれなのかもしれない。進展しつつあるゲノム研究が新しい単細胞生物の世界を切り開くだろう。

形態研究と生活環研究から面白い単細胞生物が発見され,DNA研究が生かされた例として「ハテナ」を取り上げてみよう。

2005年アメリカの科学誌「Science」(1014日号)に新種の藻類ハテナHatena arenicola の論文が掲載された。種小名arenicolaはラテン語で「砂の中に住む」という意味で,著者は筑波大学の井上勲教授と岡本典子さん。岡本さんは,和歌山県の砂浜で採集した生物のなかに2本の鞭毛を使ってぺたぺたとシャクトリムシのように動き回る緑色の鞭毛虫を発見,緑藻類にはない運動をするこの藻類を「ハテナ虫」と呼び始めて研究を始めた。培養できないため採集してきた細胞を徹夜で観察していたとき,分裂細胞を発見した。この分裂が奇妙であった。ハテナは細胞内に緑藻類が共生しているのだが,分裂の際に共生体が一方の細胞にだけ受け継がれる。分裂してできた2つの娘細胞の一方は藻類として光合成を行い(植物的生活),もう一方は捕食性の原生生物として生活する(動物的生活)のであった。このような二重の生活環を持つ生活様式は,植物が多様化する過程の初期段階と考えられ,その点でハテナは植物進化上の重要な鍵を握る生物と考えられたのである。

ハテナの核DNAの解析からはハテナが鞭毛虫,カタプレファリス門に属することが確認された。一方,共生体である緑藻類はDNA解析の結果,緑色植物の最も原始的なグループであるプラシノ藻のネフロセルミス属の一種であることがわかった。こうしてハテナは無色の真核生物(鞭毛虫)が真核の緑色藻類(プラシノ藻)を共生体として取り込んだ「二次植物」であるということが示されたのである。

無色になったほうの細胞では捕食装置が形成され,実験的に単独の藻類を与えるとこれを取り込むという。取り込んだ藻類が次第に葉緑体の形になっていくものと考えられる。ただし,現在のところでは共生体の藻類では実験が成功していない。 共生体が葉緑体になる以前の段階にハテナがあると考えられる。一般化すれば原生動物から藻類が進化する中間段階にある生物という見方もできるのである。

ハテナの生活環

[参考文献] TJB学生編集部 (筑波大学 生物学類),2006動物型から植物型へ1世代で変身植物進化の謎に迫る不思議な生物「ハテナ」つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200603SE1.

 

B 多細胞生物

◆細胞群体から多細胞生物へ

単細胞が集合して,お互いが接着して生活をしている場合,細胞群体という。緑藻のクラミドモナスは2本のべん毛をもった単細胞生物であるが,条件によっては,分裂して生じた細胞が分離せずに群体をつくることがある。しかし,条件がよくなると離れて単細胞生活をする。パンドリナは,クラミドモナスと似た細胞が16個集まって群体をつくり,丸い球のような形で水中に浮遊する。

ボルボックスは,やはり2本のべん毛をもった細胞が数百個から数万個集まって一つの球形の群体をつくっている。この群体はパンドリナと違い,群体内の細胞に分化が生じている。生殖細胞と,光合成をする栄養細胞である。まさに,多細胞生物の原形である。

 

 

◆多細胞生物(ヒドラ)の体をつくる細胞

胚葉をもつ動物中,もっとも単純な体のつくりをもつものが刺胞動物である。刺胞動物は二胚葉性であり,中胚葉を欠く。内胚葉と外胚葉の2層の上皮細胞で体の外面と内面が覆われており,内胚葉と外胚葉の間には,非細胞性の中膠(メソグレア)がある。

学校でも容易に飼え,なじみ深いものがヒドラであろう。ヒドラは刺胞動物ヒドロ虫綱に属し,刺胞動物中,もっとも単純な体制をもつものの一つである。ヒドラの体は約10万個の細胞からできているが,細胞の種類は少なく,6種類しかない(ヒトの場合は,体が約60兆個の細胞でできており,200種類以上の細胞があると言われている)6種とは,@上皮筋細胞(上皮細胞であるが,収縮性の繊維をもち,筋細胞としても働く),A消化細胞(内胚葉の上皮筋細胞),B神経細胞(感覚細胞を含む),C刺胞細胞(刺胞動物特有の細胞で,毒針を発射したりする)D腺細胞(内胚葉にあり消化液を分泌する),E未分化な細胞,である。この他に,有性状態になった際には,卵や精子ができる。

われわれの場合は筋細胞と上皮細胞とは分かれているが,刺胞動物では,体の外表面や内面を覆っている上皮細胞に収縮性の繊維が含まれており,上皮細胞が収縮する。このような細胞を上皮筋細胞と呼ぶ。外胚葉の上皮筋細胞の繊維は体の長軸方向に走っており,縦走筋の役割をはたす。一方,内胚葉の繊維は周方向に走っており,環状筋として働く。

細胞系列は3種に分けられる。外胚葉上皮細胞系列(上皮筋細胞),内胚葉上皮細胞系列(消化細胞),間細胞系列(多分化能幹細胞である間細胞と,それが分化した神経細胞・刺胞細胞・腺細胞・卵・精子)である。

発展 単細胞と多細胞の生活をくり返す生物

細胞性粘菌は,生物Iでは「細胞の分化」に深入りできないので,単細胞と多細胞の2つの生活環をもつ生物として紹介されている。しかし,研究上は,「細胞の分化」を中心にして,世界各地の研究室で広く培養されている材料である。

 細胞性粘菌はいろいろな特徴をもつ。まず,「細胞性」と名づけられたのは,一生の間,細胞構造が持続されるためである。これに対して,原形質流動の観察材料などとして用いられる真性粘菌(真正粘菌)は,変形体という細胞構造をもたない時期がある。

なお,ともに粘菌という名がついているが,両者の系統上の関係について互いの類縁関係はないと考える人が多い。ほかにも,次にあげる特徴がある。

(1) 成長の時期と分化の時期が分かれていること

 細胞性粘菌の成長期は,胞子が発芽して生じたアメーバの時期のみであり,それが細菌などを捕食してふえ,餌がなくなった時期から「分化」が始まる。よく発生や分化の研究に用いられる動物の受精卵や胚では,成長しながら分化していく。その点で,この材料は「分化」の研究に有利である。

(2) 胞子と柄しか分化しない。

多細胞動物の場合,発生にともなって,多種多様な細胞や組織に分化するが,細胞性粘菌の場合は,分化は柄になるか,胞子になるか,二者択一である。多細胞の移動体で,先端の部分が柄になり,後部が胞子になることもわかっている。このように,分化が簡単な点も,研究上有利である。

(3) 生涯を通じて半数体である。

真性粘菌の場合,胞子から発芽したアメーバに原始的な性の区別があり,接合し,接合子が融合して,変形体を形成する。したがって,真性粘菌ではnの時期と,2 nの時期の両方がある。多くの他の生物も同様である。しかし,細胞性粘菌は,半数体(n)のアメーバが単に集合するだけで,特別な場合を除いて接合せず,一生nのままである。それで,アメーバなどに突然変異が生じたとき,それがそのまま形質として表現される。一方,接合して2 nの時期をもつ生物では,一方の突然変異形質がかくれてしまうことが多い。こうした点も,細胞性粘菌が有利である。

(4) 培養しやすい。

細胞性粘菌は,大腸菌やエアロバクターなどを餌にして,ペトリ皿(シャーレ)などの上で簡単に培養できる。

そのほかにも,研究材料として都合のよいいくつかの性質をもつので,この材料は広く用いられるようになった。なお,「分化」以外にもおもしろいことが見つかっている。アメーバが飢餓状態になると,集合を始める。その集合のきっかけとなるのは,細胞が出す環状アデニール酸(cAMP)とよばれる物質である。cAMPは動物においては,ペプチドホルモンの働きを仲介することなどで知られている。さらに興味深いのは,cAMPを分泌するだけでなく,一度分泌してから次にそれを分解する酵素を出すことである。このことは,一見むだのように見えるが,もしcAMPを出しっ放しにすれば,しだいにその濃度が高くなり,まわりのアメーバを走化性で引きつける能率が悪くする。それで,一度分泌してまわりのアメーバを集合させ,すぐに酵素でその情報を消し,さらに改めて次の分泌をして引き寄せていると考えられる。

このように,細胞性粘菌には,驚くべき「知恵」のようなものが備わっている。

なお,細胞性粘菌はそれほど珍しいものではなく,都会の片隅に残された公園や林の落ち葉などから見つかることも少なくない。

 

 

 








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